10-3


「――ふぅ。どう、けいさん? なにか変わった?」

「はぁ、あぁ……、んむっ、そ、そうですね……」


 快感に身体を震わせながら、いつもとは違う、青い肌の契さんは、自らの変化を探っている。



 柔らかなベッドに身体を預けながら、裸の俺たちはしばらく、乱れた息を整えた。



 学校も終わり、放課後、俺は、いつものように悪の組織の本部へとおもむき、いつものように訓練を終え、いつものように愛しい人と、いつものように甘い時間を過ごしていた。


 今日の訓練内容は、魔術の修練だったので、キチンと本日のノルマを終了した俺たちは、そのまま契さんの住んでいる高級マンションへと直行し、たっぷりと二人きりの時間を楽しんでいた。こういう時、本部とマンションが直通というのは、本当にありがたい。



「なんだか、いつもより、んっ……、快感が直接、私の中に、あん、流れ込んでくるような感覚が……」

「気持ち良かった?」

「……はい」


 俺の意地悪な問いかけに、青肌の契さんは、自らの腕で顔を隠しながら、恥ずかしそうに頷いてくれる。そんないじらしい彼女が、なんだか、堪らなく愛おしかった。


「でも、統斗すみと様は……、その、大丈夫でしたか?」

「うん? 何が?」


 俺に身を寄せている契さんの髪を撫でていると、彼女は不安そうな顔をしながら、こちらの顔を覗きこんできた。


「……あの、今の私、こんな姿ですから、統斗様のご嗜好しこうに添えたかどうか……」


 こんな姿……、と契さんが卑下したのは、悪魔と契約し、人外の力を手に入れた、我が組織最高幹部の一人、悪魔元帥デモニカとしての姿だった。


 海のように深い青色の肌、金色の瞳、頭部に生えた悪魔の角。

 確かにその姿は、尋常ではない。まさしく人外、異形の姿だ。


 だがしかし、人外には人外の、異形には異形の美しさがあると、俺は思っている。


 現にこうして、俺の目の前で、その全てを剥き出しにしている青肌の美女は、俺の欲望を十分以上に刺激してしまうくらいには、魅力的な存在なのだから。


「大丈夫、今の契さんも、とっても魅力的ですよ……」

「あっ、んむ、ちゅ……」


 俺は俺の正直な気持ちを伝えるために、契さんと深い口付けを交わす。彼女もそれを受け入れて、安心したように、その身を俺に委ねる。


 クイーンサイズのベッドの上で、俺たちはしばらく、互いの温もりを分け合った。




 そもそも、なぜ俺は、デモニカの姿となった契さんと、こうしてベッドの中で愛を確かめ合っているのか?


 実はそれは、契さん自身の提案だった。


 人智を超えた魔術を行使するために、悪魔と契約している契さんは、その代償として、悪魔の望む供物を、悪魔の望むままに、捧げ続けなければならない。


 彼女と契約している悪魔は淫魔と呼ばれ、主に人の精……、というか、なんだ、あれだ、生物としての本能的なエネルギーというか、溢れ出す情欲というか、欲情というか、そういう感情を発散するための繋がりというか、肉体的というか、官能的な関係を求めている。


 俺とそういう関係になってから、初めて悪魔に供物を捧げ始めた契さんは、それまでの反動とでもいうべきか、それはもう激しく、情熱的に、貪欲なまでに、俺を求めてくれているのだが、今回の一件も、それに関係あることなのだ。


 つまり、この行為が、悪魔への供物を捧げるというお題目ならば、人間の姿の時よりも、悪魔との契約が表面化している状態の時にした方が、より効率が良いのではないかという好奇心……、いや、学術的な探求心で試してみた、というわけである。


 もしかしたら、こっちの姿でした方が、もっと気持ちいいんじゃなかろうか?

 みたいな本音は、ここでは隠しておくことにする。 



「それで、どうなんですか? リリーの方は?」


 長い長いキスを楽しんで、ようやく唇を離してから、なんとも気持ち良さそうな契さんに、今回の成果を尋ねてみる。


 ちなみにリリーというのは、契さんと契約を交わしている悪魔の名前だ。


「そうですね……、直接聞いてみましょうか」


 まるで名画に描かれた美しい裸婦のように、契さんは、ベッドに横たわったまま右手を掲げ、精神を集中するように瞳を閉じた。次の瞬間、彼女の右手から、青白い炎が立ち上る。


「…………!」


 出現したバスケットボール程の大きさの炎が、声にならない叫びを上げると共に、その形を変え、まるで愛らしい妖精のような姿となる。


 淫魔リリー、ここに降臨だ。


 契さんによって呼び出されたリリーは、俺の方を見て、モジモジと恥ずかしそうにしたかと思うと、辺りを飛び回って、その姿を隠そうとしている。


 淫魔リリーは、とっても恥ずかしがり屋さんなのだ。


「どうやら、いつもより、大分調子が良さそうですね」

「……そうなの?」


 確かに、この大人っぽいシックモダンなベッドルームを、激しく飛び回ってる様子を見るに、元気なことは元気そうだと思うけれど。


「はい。炎の色つやが、違いますから」

「あっ、調子を判断するの、そこなんだ」


 はっきり言って、その違いは俺には分からないのだけれど、まぁ、契約している当人同士にだけは分かる、微妙な違いがあるのだろう。多分、きっと。



 悪魔は本来、自分が契約した相手の、上位に立とうとする傾向がある。


 これは契約という行為そのものが、人間の方から悪魔に対して、助力をう形で成立するという事実に起因した、当然の上下関係であるとも言えるが、それとは別に、悪魔という存在そのものが、基本的には人間を見下し、常に相手を破滅させようとしてくる生き物であるという特徴でもある。


 悪魔はあくまでも、悪魔なのだ。

 契約した相手を誘惑し、堕落させ、破滅させるのが、悪魔の本質である。


 しかし、そんな凶悪な悪魔の中でも、この淫魔リリーは、かなり特殊な存在であると言えた。


 自己主張に乏しく、人見知りで、まったく前に出たがらない。


 自分から人間に契約を求めるどころか、人間の方から契約しようとしても、その姿すら見つけることは困難というから、筋金入りだ。


 そんな悪魔と、こうして契約できたのは、ひとえに契さんの才能と、努力の賜物であり、そのおかげで彼女は、本来なら非常にリスキーな悪魔との契約に対して、自らが主導権を握るという快挙を、成し遂げている。


 

「……というか、なんだかリリー、大きくなってません?」


 どうやらリリーは、逃げ回るのを止めたようで、ベッドルームに置かれていスタンドタイプの照明に隠れるようにして、チラチラとこちらの様子を伺っている。


 思わず相手が悪魔だということを忘れるくらい、それはそれはチャーミングな仕草だったが、俺としてはそれよりも、リリーがその少し大きめのスタンドに、完全には隠れ切れていないという事実の方が、気になってしまう。


 最初に見た時のリリーは、契さんの細い指と、同じくらいの大きさだったと記憶してるだけど……。


「はい。統斗様が私を愛してくださるようになってから、リリーにも、ちゃんと供物を与えることができるようになりましたので、どうやら、彼女も成長したようです」

「悪魔って、成長するんだ……」


 というか、悪魔にも性別がある上に、リリーは女の子だったんだ……。


 なんだか突然、新たな事実を色々と知ってしまった……、というよりは、これまでの俺が、悪魔について知らなすぎたのか。


 正直、それはあまりよろしくないことだと思う。


「……統斗様? なにか心配事ですか?」


 俺の表情や声色から、なにかを察してくれたのだろう。

 契さんが、優しく俺の胸を撫でてくれる。


「あぁ、ちょっと、ワールドイーターのことでさ」


 自分一人で抱え込んだところで、このままでは答えは出ない。ここは専門家の意見も聴くべきだ。恥じるべきは無知ではなく、無知を隠そうとすることなのだから。


 俺は胸を撫でてくれたお返しに、契さんのくびれた腰を愛撫する。幻想的な青い肌が、俺の手の平にしっとりと吸い付き、その見た目に反した温もりが、俺の心を落ち着かせてくれる。


「敵対組織に、もしかしたら悪魔と契約した奴がいるかもしれないと考えたら、もっとちゃんと、悪魔のことを知っておいた方がいいかな、と思ってさ」

「ゴードン・真門まもん、ですか」


 契さんの挙げた名前に、俺は頷く。


 常人が知覚することすらできない魔素エーテルを感じ取り、操り、魔術として行使できるだけでも超常者ちょうじょうしゃ……、人智を超えた力を手にしていると言えるのだが、悪魔との契約は、容易くその枠組みすら飛び越えて、まさしく人外の力を契約者に与える。


 そんな規格外の相手が、敵にいるかもしれないと考えるのは、あまり嬉しいことではなかった。


「一応、私の一族である大門だいもん家から分派した家系の人間のようなんですが、私もローズから報告を受けて、初めてその存在を知りましたので……」


 契さんが言う通り、ゴードン・真門についての調査報告は、すでに行われている。


 だが、その殆どが真門家についての情報であって、ゴードン本人については、ほぼなにも分かっていないというのが、実情だ。


「申し訳ありません……。統斗様のお役に立てず……」

「そんな、契さんが悪いわけじゃ、ないですよ」


 少し俯いてしまった契さんを慰めるために、俺は彼女を優しく抱き寄せる。

 契さんの豊満な胸が、俺の肌に直で押し当てられて、卑猥にその形を歪めた。



 現状、ゴードンについて分かってる数少ないことは、奴が、悪魔と契約するために使用する禁断の魔術道具マジックアイテム悪魔偽典グリモアールを持っている可能性がある、ということだ。


 もちろん、可能性の話だが、真門一族が大門から離れる際、かなり強引に悪魔偽典を奪っていったという事実から考えるならば、その血筋であるゴードンは、それを受け継いでいると考えた方が、自然だろう。それほどの価値が、あの魔術道具にはあるのだから。



「――えっと、それじゃ……、契さん、悪魔との契約について、一つ俺に、教えてくれますか?」

「統斗様……、ありがとうございます……」


 俺は俺の知りたいことを聞いているだけで、別に俺の役に立ちたがっている契さんに気を遣ったわけじゃない……、なんて誤魔化しは、無意味だろうか?


 契さんは嬉しそうに、俺の首元に顔をうずめている。


「じゃあ、その……、悪魔との契約って、どうやったら切れるんですか?」


 万が一、ゴードンが悪魔と契約していた場合でも、なにか外部的な要因で、その契約を断ち切ることができるのならば、色々と対処の仕方もあるのではないか?


 なんて安直な考えだが、これはそれと同時に、契さんとリリーの間で交わされている契約について、詳しく知りたいという、俺の思いだったりもする。


「悪魔との契約を、途中で打ち切る方法は、存在しません」


 だがしかし、契さんから返ってきた答えは、なかなかに厳しいものだった。


「存在しないって、悪魔偽典を燃やすとかじゃ、ダメなんですか?」

「はい。悪魔偽典を使用して、悪魔と契約が済んだ時点で、契約の本質的な概念は、悪魔側に譲渡されることになります。そのため、契約後にいくら悪魔偽典を破壊しても、契約自体は破棄されません」


 そして契さんは、俺に向かって、更に厳しい現実を、平然と告げる。


「悪魔との契約が終了する条件は、ただ一つ、契約した人間のだけです」

「死って……、つまり、一度契約したら、死ぬまで悪魔とは離れられない……?」

「そうです。そして死んだ後は、その魂は、契約した悪魔のものとなります」

「……そんな」 


 契さんは平然としているが、その瞳は真剣だ。彼女は、嘘を吐いていない。

 嘘を吐いていて欲しいと、俺は心から、そう思ったのだけれども。


 悪魔との契約がもたらす想像以上に重い代償に、俺は言葉も出なかった。

 

 俺の頭の中からは、一瞬でゴードンのことなんて吹き飛び、ただ目の前の、契さんのことだけを心配してしまう。


 だって、彼女もまた、悪魔と契約した人間なのだから。


「ですから、もしゴードンがもうすでに、悪魔と契約しているならば、我々にできるのは、悪魔の力を手にした相手を、正面から打倒する以外にはありません」


 契さんは冷静に話を進めてしまうが、正直、俺はそれどころではない。


 心は千々に乱れ、妙な焦燥と不安が胸に重く圧し掛かり、彼女を抱く手にも、力が入ってしまう。


 契さんが俺にとって、一体どれだけ大切な存在であるのかということを、今更ながらに、痛感していた。


「……大丈夫ですよ」

「――えっ?」


 そんな俺の不安を感じ取ったのか、契さんが俺を抱きしめ返してくれる。素肌と素肌が強く擦れ合い、彼女の吐息が、俺の耳をくすぐった。 


「統斗様のおそばにいられる限り、私は大丈夫なんですから……」


 まるで俺を落ち着かせるように、契さんは俺の頭を撫でながら、そのまま体を動かし、彼女の柔らかい胸の谷間に、俺の頭を導いた。


 その幸せすぎる感触に浸りながら、俺はゆっくりと深呼吸する。契さんのとろけるような香りが、俺の肺を満たして、少しづつ俺の不安を溶かしてくれる。


「私は、あなたが生きていてくれるだけで、それだけで救われているんです……」

 

 彼女の体温が、彼女の感触が、彼女の香りが、彼女の想いが、その全てが俺を包んで、その全てに、俺は救われている。


 そして同じように、俺の全てが、契さんを救っていてくれればと、どうしても、願わずにいられない。


「契さん……」

「統斗様……」


 俺たちは、そのまましばらく、生まれたままの姿で抱きしめ合う。

 互いの心を、分け合うように。


「あっ、統斗様、そこは――っ! あぁ! 統斗様!」


 ……ちょっと、分け合いすぎちゃうかもしれない。




「そうなると、やはり、我々は相手の魔術だけではなく、悪魔自身が持つ特殊な能力にも、警戒するべきでしょう」

「悪魔の特殊な能力?」


 お互いに十分満足して、スッキリしたところで、話は再び、悪魔の契約へと戻る。

 ……戻ったはいいのだが、また突然、俺の知らない事実が出てきてしまった。


「そうです。魔素を自在に操るというのは、悪魔ならできて当然。通常は、それとは別に、様々な特殊能力を持っています」


 つまり、悪魔にも人間と同じ様に、個性がある、ということだろうか?


「様々ってことは、その能力は、悪魔によって違うのか?」

「はい。そもそも悪魔とは、画一的な存在ではなく、様々な種族が混在する、多様性を持った生き物ですから、当然、その能力の種類も千差万別です」


 千差万別、と言われても、そもそも悪魔の特殊能力について、今知ったばかりの俺には、それが一体どういうものなのか、正直、想像もつかない。


「それなら、リリーにもなにか、特殊な能力が?」

「もちろんです。統斗様、少しリリーに触れてみてください」


 契さんから突然、そんな提案をされて驚いたのは、実は俺ではなく、悪魔リリーの方だった。


 なんだか完全に怯えた視線を俺に向けている……、ような気がする。相手は悪魔なので、本当にそうなのか、実はよく分からないのだけれど。


 俺としては、悪魔の特殊能力とやらを実際に体験できるというなら、大歓迎だ。


 百聞は一見に如かずってやつである。


 契さんが、こうして気軽に俺に勧めるということは、そんなに危険なことではないということだろうし。


 俺はベッドから立ち上がり、まだ照明の影に隠れていたリリーに近づいてみる。


「…………!」


 リリーが怯えたように立ちすくむが、逃げようとはしない。見た感じ、なんだか恐怖のあまり動けないといった雰囲気だが、大丈夫なのだろうか? いや、俺ではなくて、リリーの方が。


 悪魔とはいえ、まるで可愛らしい妖精のようなリリーに、こうして全裸で迫るというのは、なんだか微妙な罪悪感を、チクチクと感じてしまう状況だった。


「ほーら、怖くない、怖くないですよー」


 とは言え、そこで怯んでしまっては話は進まない。俺は危害を加える意思がないとアピールするために、自分の全てを丸出しにしながら、リリーへと接近を計る。


「……っ! ……っ!」


 なぜだか、より一層怯えたように震えてしまったリリーは、幸いにして動かない。俺は素早くその悪魔に近づくと、頭を撫でることに成功する。少しだけ、リリーが安心したような表情を見せてくれたのが、なんだか嬉しかった。


 そして、リリーに触れたその瞬間から、俺の中で、ある変化が起き始めたことを、ハッキリと自覚する。


 お腹の芯が、ぐんぐん熱くなるというか、下半身に、どんどんとナニかが貯まる感覚というか、脳ミソの奥が、ふらふわと湧き立つというか。


 具体的に言うと、さっきまで頑張ってた身体の一部が、もう完全に。元気になってしまったというか。


「……なんだか、えっちな気分になってきた」

「その青い炎に触れた者の性欲を刺激する……、それがリリーの能力です」


 なるほど、そういえばリリーは、淫魔と呼ばれていた。

 そういう意味では、実に分かりやすい能力だと言えるだろう。


「人間にも個体差が存在するように、悪魔にもまた、ヒエラルキーとでも呼ぶべき格差が存在します。上位の悪魔の特殊能力は強力で、視線を合わせた相手を即死させるとか、触れた相手を問答無用で石にする能力があるなどと、聞いたこともあります」

「それは、凄いな……」


 というか、それもう、無敵とかそういうレベルなのでは?

 俺はリリーから手を離しつつ、軽く戦慄を覚える。


「ただし、そういう強力な能力を持った上位の悪魔ほど、契約した人間をもてあそぶ傾向にありますので、長期間その恩恵を受けるというのは、難しいでしょうね。大抵は即座に魂を奪われてしまい、悪魔に貪り喰われるのが関の山のようです」

「……なるほど」


 強い力を得るために、それ相応の代償があるというころなのだろう。

 そもそも悪魔と契約するということ自体が、非常に危険なことなのだけれど。


「つまり結論としては、悪魔と契約している相手は、魔素を自在に操ることができるだけでなく、どんな危険な能力を持っているのかも分からないので、最大限警戒すべきである、ってことか」


 その結論すらも、あくまでゴードンが悪魔と契約しているいう想定の上での、確証のない空論でしかないというのは寂しいが、まぁ、それも仕方ない。


 仮想敵を甘く見て痛い目を見るよりは、無駄な対策に苦心するほうが、はるかにマシだろう。


 情報が少なすぎる現状では、その無駄な対策すらできないんだけど、まぁ、警戒は強めておいて、損はないだろう。


 俺はそう考えることで、自分で自分を納得させる。


 正直、もうそろそろ、限界だったのだ。


「――そうですね。そういうことになりますね……」


 契さんも、どうやら俺と同じ状態らしい。それもまた、リリーの影響だろうか?


 いつもの理性的な彼女らしくない、実におざなりな結論で話を打ち切ると、その青い肌を淫靡いんびな汗で濡らしながら、長く官能的な両足を俺に向けて大きく開き、なにかを乞うように俺を見つめる。


「統斗様……、私、もう欲しくなってしまいました……」

「俺も、もう我慢できない……。契さん……、契さん!」


 そう、俺はもう、我慢の限界だ。


 リリーに触れたその瞬間から、俺の内部では謎のマグマが荒れ狂い、俺の脳を焼き切ろうとしている。恐るべし、悪魔の能力。


 俺はふらふらと、ベッドの上で淫らに俺を待っている契さんに近づくのが、まさしく精一杯だ。


「あぁ! 統斗様! 愛してる! 愛しています! 愛してるんです! どうか私を好きにしてください! 私の全てを、むさぼってください!」

「――契さん! 契さん! 俺も、俺も契さんを愛してる! 愛してるんだ! 契さんの全てが欲しい! だから、俺の全部を受け取ってくれ!」


 俺が契さんに覆いかぶさるのと、契さんが俺を抱きしめるのは、殆ど同時だった。


 俺たちは互いに愛を叫び、愛を剥き出しにして、愛に溺れる。

 心地よい快楽の荒波に浸りながら、俺たちは裸で、愛をぶつけ合う。



 お互いの存在全てを貪り合うような、激しい繋がりを求めて、俺たちはただただ、夢中だった。



 だから、俺は気が付かなかったのだ。


 愛に溢れたこのベッドルームの片隅で、俺の携帯が、激しく鳴っていることに。


 何度も何度も繰り返し、必死に着信を知らせ続けてくれていたことに。



 その携帯の着信履歴が、緑山みどりやま樹里じゅりの名前で、埋め尽くされていたことに。



 俺は、気が付かなかったのだ。


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