10-4
結論から言えば、俺が
「んっ、ふぅ……あ、っ、
「いや、大丈夫だよ。契さんは、そのまま休んでてください」
どうやら頑張りすぎてしまったようで、契さんはとても幸せそうに、ベッドの上でまどろんでいる。俺の全身にも幸福な疲労感がまとわりついていたが、このまま契さんの家に泊まることは、残念ながらできない。
無断外泊なんてしてしまうと、俺の両親も、流石に不審に思うだろう。
それは避けたい。いや、避けなければならない。
俺の正体を両親に疑われるような事態は、絶対に避けるべきなのだ。
だけど、このまま契さんと一緒にベッドで眠れたら、どんなに幸せだろうか……。
「それじゃ契さん、また今度……」
「んちゅ……、はい、お待ちしております」
無防備に全てをさらけ出している契さんを見ていると、このままもう少し、ここに居たいという思いが強くなるばかりだ。
俺は断腸の思いで決断すると、それでも未練がましく、契さんにキスをしてから、甘美な誘惑に後ろ髪を引かれつつ、濃密な空気が漂うベッドルームから出ることに、辛くも成功した。
契さんがうとうととしてる間に、すでにシャワーは浴び終えている。後はいつものようにリムジンに乗って、いつものように家に帰るだけだった。
「うー……、もうすぐ冬だな……」
黒塗りのリムジンは目立つため、家から少し離れた人気のない場所で下りて、そこからは徒歩になる。秋の夜空は空気も澄んで、大きな三日月が眩しいくらいだった。
それにしても、寒い。空気が冷たい。肌が痛い。
俺は身体を温めるためにも、軽く走って家へと向かう。
見慣れた我が家に辿り着くのに、それほど時間はかからなかった。
俺は少し心を落ち着かせ、ちょっとした覚悟を決めてから、玄関を開ける。
「ただいま~」
「お帰り~、今日は、ちょっと遅かったのね?」
努めて平静を装って帰宅した俺を、母さんが笑顔で出迎えてくれる。
さぁ、ここから一勝負だ。
母さんが言うように、今日の俺の帰宅時間は、これまでより遅くなってしまった。
契さんと一緒に、ちょっと頑張りすぎてしまったためなのだが、絶対に気付かれてはならない。なんとか帰るのが遅くなった理由を、誤魔化す必要がある。
俺の嘘がバレないため……、というよりは、なんとなく、俺が女性とイチャイチャしていたということを、母親に知られたくないというだけなんだけど。
「あぁ、うん、ちょっと盛り上がっちゃって、囲碁が」
「ふ~ん……、囲碁が、ね」
俺のぼんやりとした言い訳を聞いて、母さんはニヤニヤと笑っている。
まずい。なんだか非常に、よくない空気を感じる。
「そうなんだよ! もう、それはそれは盛り上がっちゃってさ! 将棋の方も!」
「へえー、将棋もなの。ふーん」
とりあえず勢いで誤魔化そうと、声を張ってみるが、母さんの微笑みは崩せない。むしろその笑みを強めて、なんだか生暖かい目で、俺を見ている。
やめろ! そんな目で俺を見ないでくれ!
「いや、もう、盛り上がりも最高潮で、こうなったら、囲碁と将棋を組み合わせた、まったく新しいゲームを生み出そうって話に……!」
「ご飯、もう用意しちゃってるから、部屋にカバン置いたら、すぐに降りてくるのよー?」
「……はい」
テンパった余り、なんだか荒唐無稽なことを言い出した俺を、余裕の表情で
完全敗北である。俺の覚悟は、無駄に終わった。
あれ、絶対なにかに気付いてるよ……。
俺は、なんだか暗い気持ちになりながら、重い足を引き摺って階段を上り、自分の部屋へと向かう。
そして、部屋の扉を開けてカバンを放り込み、ついでに携帯を充電スタンドに突っ込んでから、すぐに階下のリビングへと向かう。
さぁ、晩飯の時間だ。
「それで、なんだか最近忙しそうだけど、彼女とかできたの?」
「ぶっ」
食事か開始すると同時に、母さんから放たれた直球すぎる問いかけに、俺は飲んでいた味噌汁を噴き出してしまった。
母さん、せめて最初は、ジワジワ探りを入れるとかにしてくれ……。
そんな興味津々、楽しそうに顔を輝かせないでくれ……。
というか勘弁してくれ……、そっと気付かないフリとかしてくれ……。
俺は布巾で味噌汁を拭きながら、脳内でぐるぐると、如何にしてこの状況を切り抜ければいいのか、思考を巡らせる。
彼女、なんて言われると、どうしても、先程までベッドを共にしていた契さんと、同じく、俺とただならぬ関係を結んでいる、
いきなり三人の女性が出てくる辺り、自分でも、どうかと思うが。
ただならぬというより、爛れた関係な気もするが。
だがしかし、しかしである。
この悪の女幹部たちとの関係が、母さんに気付かれたとは、考えづらい。
理由は単純で、俺とみんなの関係は、悪の組織ヴァイスインペリアルの総力を挙げて、厳重に隠蔽しているからである。
俺たちの関係に気付かれるということは、俺が悪の組織に入り浸っているという、最も隠さなければならないことを知られるのと、同義だ。
そして、もし俺が悪の組織に関わっているなんて知ったのなら、母さんは、こんなにも笑顔では、いられないだろう。
それは、息子が怪しげな集団と関わりを持っていると知ってしまったら、親なら当然心配するだろうとか、そういう次元の話ではない。
「あらあら、大丈夫? もう、そんなに慌てちゃって」
このなんだか嬉しそうに、のほほんと息子の恋話を期待している、一見ただの主婦にしか見えない俺の母親は、実は、正義の味方の戦闘教官なのだから。
「……飯は静かに食え」
そしてこちらの、味噌汁の表面が真っ赤に染まるくらい七味唐辛子をぶち込んでいる冴えない親父は、実は、正義の味方の司令官なのだから。
そんな二人に、俺が隠している最大の秘密が知られたのなら、これほど平穏に晩御飯を食べることは、不可能だろう。
つまり、母さんが疑っている彼女とは、悪の組織絡みの話ではない。
「い、いないって、そんな相手! 俺は孤独な独り身だ!」
「え~? でも母さん、近所の奥様方から、統斗が可愛い女の子たちと仲良さそうにしてるのを見たって、聞いたのよ? 主婦の情報網は、馬鹿にできないわよ?」
恐るべし、主婦の情報網。
恐るべし、井戸端会議。
だがこれで確定した。
母さんが疑っているのは、やはり、俺と
俺が街で仲良くしている相手と言われれば、それは桃花たち以外にはない。悪の組織のみんなとは、関係の露見を防ぐために、街では仲良くするどころか、顔を合わせるようなことすら、していないのだから。
「なーんだ。それなら、ただのクラスメイトだよ。クラスメイト!」
「え~? 本当に~? なんだかとっても、良い雰囲気だったって聞いたわよ?」
「本当だって! 本当も本当、母さんの早とちりだよ! ハハハ!」
母さんは楽しそうな顔をして、俺への追及を緩めない。
俺はなんとか、笑って誤魔化そうとするのだが、表面上の笑顔に反比例して、なんだか心が重くなっていくのを感じる。
桃花たちのことを、ただのクラスメイト、なんて言ってしまったことに、どうやら俺の心が、ズキズキと痛みだしてしまったようだ。
マジカルセイヴァー
どうしても、そのことが頭にチラつく。
悪の組織として、正義の味方の正体を掴んでしまった以上、なにもせずスルーするというわけにもいかず、強硬手段に出る代わりとして、祖父ロボが俺に提案してきたのが、この作戦だ。
そもそも、桃花たちがマジカルセイヴァーだとバレてしまった原因は俺なので、なんとか可能な限り、彼女たちに直接的な被害が出ないようにと、その作戦を引き受けるフリをすることにしたのだが、事態は、俺が思うようには動いてくれない。
この、マジカルセイヴァー全員を俺のモノにしろという滅茶苦茶な作戦は、なんだか俺の思惑を超えて、無視できない成果を上げてしまっていた。
俺は、桃花、
これは、否定できない事実である。
そう、それは決して、否定してはいけない、揺るぎない事実なのだ。
だからこそ、俺の心は重くなる。
つまり俺は、桃花たちを騙して、その好意を
「でも、統斗も高校二年生……、もうすぐ三年生でしょう? そろそろ彼女の一人くらいは、いてもいいんじゃない?」
「彼女の一人くらいって、彼女が複数いたら、それはそれで問題だろ? まったく、なに言ってるんだよ、母さん! ハハハハハ!」
ハハハじゃねぇよ。
お前、もう三人の女性と同時に関係持ってるだろう。
なに言ってるんだは、自分の方だろうが。
俺の心の中で、もう一人の俺が、自らを罵倒する。
本気で桃花たちのことを考えるなら、少しでも彼女たちに申し訳ないと思うのならば、俺は全てを話すべきなのだ。包み隠さず、なにもかも洗いざらい、全部。
実は俺は、悪の組織の人間であること。
深い仲となった女性が、すでに複数いること。
今も全員と、その関係は続いていること。
桃花たちの中から、誰か一人を選ぶ気はないこと。
むしろ全員、俺のモノにしようとしていること。
その全てを、俺は桃花たちに言うべきなのだ。
だが、それができない。
俺には、それができない。
それを言ってしまうことで確実に、俺は桃花たちから嫌われてしまうということが、分かっているからだ。
俺には、もう複数の女がいるけど、お前らもそれに加わらない?
なんて言われて喜ぶ女性は、いないだろう。
契さんたちとの関係は、あくまでも特殊な事例であって、様々な要因と幸運の上に成り立っている、奇跡のような関係なのだ。
常識的に考えれば、こんなに異常な関係を、強引に相手に押し付けてみても、引かれて嫌われるのが、関の山。
そして俺は、マジカルセイヴァーのみんなに、嫌われたくないと思っている。
つまり、俺はただの、卑怯者なのだ。
「お前たち、だから、飯は静かに食べろと……」
「お父さん、お魚に醤油かけすぎよ?」
自らの情けなさと、不誠実さを自覚しながらも、俺はなにもできない。
俺がマジカルセイヴァー籠絡作戦を続けなければ、祖父ロボが、なにをしでかすか分からないというのは、実に体のいい言い訳だった。
「まぁ、なんでもいいが、付き合うなら付き合うで、ちゃんと学生らしい付き合いをだな……」
「だから、付き合ってないっての! そういう関係じゃないんだって!」
「あらあら、それじゃあ、そういうことにしておきましょうか?」
親父は焼き魚に続いて、青菜のおひたしにまで、じゃぶじゃぶと醤油をぶっかけながら、俺に人生の先輩らしく、忠告を送る。
母さんは、必死に彼女なんていないと否定する俺を見て、嬉しそうに笑っている。
俺は精一杯、家族団らん演じながら、必死に心の中の不安を押し隠す。
卑怯者の俺はただ、少しでも俺の日常を維持しようと、必死だった。
だから、俺は気が付かなかったのだ。
部屋で充電を続ける携帯に、続々とメールが貯まり続けていることに。
そのメールの差出人が全て、
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