ネス・レギール ー制御不能の魔導士ー
斎木リコ
第一話 時期外れの卒業
しんと静まりかえった廊下に、小柄な人影があった。彼女の目の前には、重厚な扉があり、「学院長室」というプレートが掲げられている。
夏休みに入った学院は人影もまばらで、遠くからクラブ活動で残っている生徒達のかけ声が聞こえてくる程度だ。
本日の彼女、ネス・レギールの予定は職員室に補習代わりの課題を提出した後、延び延びになっていた実家への帰省を果たすというものだった。ちなみに、延びた原因は課題が終業式までに終わらなかったからである。
一体、何故自分はこんな場所に呼び出されたのか。課題を提出した途端、担当教官から学院長室に行くように指示されたのだ。
不安な思いを抱えつつ、ネスは覚悟を決めて扉を叩いた。すぐに入室の許可が下り、ネスは職員室に入る時同様学年と組と名前を言ってから扉を開けた。
「入りなさい」
大きな机の向こうには、初老の女性が座っている。彼女がここ、セントーオ魔導学院の学院長だ。
扉を閉めて中に入ったネスは、学院長に促されるまま机の前に立った。その彼女を座ったまま見上げた学院長は、何でもない事のように彼女に告げる。
「あなたは本日をもって当学院を卒業する事になりました」
「は?」
あまりの内容に、一瞬何を言われたのか理解出来なかった。それもそのはずで、ネスはまだ卒業する学年ではない。現在九年生の彼女は、あと三年学院生活を残している。
なので、その事実をそのまま口にした。
「学院長、私はまだ九年生ですよ。卒業までにはまだ三年あります」
彼女の反論に、学院長はそれは深いため息を吐く。人はこれ程深く溜息を吐けるのかとネスが感心した程だ。
学院長は、俯き加減にしていた顔を上げて、ネスを一睨みする。
「……あなた、理論の授業は既に十二年生の分まで全て終えていますね?」
「う……」
学院長の言葉は正しかった。諸事情により、ネスは魔導理論に関しては飛び級をして既に十二年生が学習すべき内容を全て終えている。
「この学院には、もうあなたに教えるべき事は何もありません。だから、本日であなたは卒業です」
「ま、待ってください! そうは言われても私は――」
「ネス・レギール、これは決定事項です」
お先真っ暗だ。そう思ったネスは、もう何も言い返せなかった。
セントーオ魔導学院がある帝都ヴェンキーント、その帝都を持つのはパライオン大陸一の国力を誇るパトリオート帝国だ。
大陸には十二の国があり、過去には大陸中を巻き込む大きな戦争があったそうだが、今は全ての国が参加した平和条約がある為、表向きは平和そのものである。
ネスはその帝都から出ている列車の一路線に乗り、ある場所を目指していた。
学院を卒業するからには、寄宿舎にいる訳にはいかないので早々に荷物をまとめるようにと学院長に言われたのだ。要は学院から追い出すと言われた訳である。
『安心なさい。あなたのこれからはきちんと決めておきましたから』
『これから?』
『詳しくは、そこに書いてある内容をよく読んで、そこに記載されている人物の元を尋ねなさい』
そう言って学院長が渡したメモには「魔導機構本部中央第二別館、実行部部長室、実行部部長ヴォーキ・ナージ」とあった。
魔導機構とは、パライオン大陸で全ての魔導士を統括する組織の事だ。大陸戦争よりずっと昔、殆どの国で魔導士は迫害されたという。
その歴史を繰り返さない為に、魔導士の保護と育成、また彼等の能力を正しく使うべく設立された組織が魔導機構になる。
魔導学院を卒業した生徒は、例外なく魔導機構に就職するので、時期外れとはいえ卒業を言い渡されたネスが行く先としては、これ以上の場所はないだろう。
魔導機構は、それだけで一つの街となっている。パトリオートのソルティースト自治区にある本部は、外周を高い壁で覆われた城塞都市だ。
列車の窓から見える本部の姿に、ネスの不安はいや増した。
――十年生になれば、本部に研修に行く授業も組まれてたのに……
九年生を終えたばかりで卒業してしまった彼女には、機構本部は初めての場所だ。ネスは溜息を吐きつつ。進行方向を見つめた。
自分の卒業に関するいざこざは、自分が一番わかっている。理論を全て学習し終わったから、という学院長の言葉は嘘ではないが全てではない。
本当の所は、厄介払いが一番の理由だろう。ネスは俯きながらこれまでの学院生活を振り返った。
パライオン大陸の十二の国では、子供は皆六歳になると魔力の検査を受ける。そこで魔力数値が一定以上ある子供は全て魔導学院に入る事になるのだ。
ネスも故郷で検査を受けていて、その時の彼女の魔力は学院入学ぎりぎりの数値だった。
そのまま地元の魔導学院に通い、周囲の子供と同じように勉強して何の問題もなかったのだ。
それがわかったのは、彼女が三年生になった頃だった。
魔導学院で習うのは、大きく分けて理論と実技の二つになる。理論は魔導の成り立ちや術式を、実技はそれらを実際に使って体で魔導を覚える事を主眼に置いている。
三年生の実技授業の最中、ネスはちょっとした事故を起こした。ロウソクに火を灯す授業で、火の加減を間違えてロウソクを全て燃やし尽くしてしまったのだ。
次の授業では器を水で満たすという実技が行われたが、ネスは出した水で陶器の器を割ってしまった。
二回も続くとさすがに周囲の教官達もおかしいと思い始めるらしい。それでもまだ周囲への影響が少なかったので、ネスは実技の授業に出ることが出来た。
そして三回目、風を起こして紙を浮かべるという実技の最中に決定的な事が起こった。
ネスの起こした風で、同じ授業に出ていた生徒数人が巻き上げられて危うく怪我をする事故が発生したのだ。
――あの時は大騒ぎだったな……
ネスは当時を思い出して乾いた笑いがこみ上げた。あの事故以来、それまでは魔力調節が苦手なドジな子、というネスの評価が得体の知れないおかしな奴になったのだ。
友達も一斉にいなくなり、孤独な学院生活を送る事になったのは言うまでもない。
教官の誰もがネスの魔力調節に疑問を抱いていたが、ある一人の教官だけはまったく別の観点から事故を見ていて、結果その教官のおかげで原因がわかったのだ。
事故の原因は、ネスの魔力の型にあった。彼女は非常に珍しい成長型という魔力を持っていたのだ。
魔力には、総量と濃度に三つの型が存在する。持って生まれた総量と濃度が一生変わらない一定型、魔力消費で総量や濃度の上限が減少する消費型、そして魔力消費や時間経過によって総量や濃度の上限が増大する成長型だ。
一番多いのが一定型で、殆どの魔導士はこれに分類される。珍しいと言われる消費型でも、全体の1%は存在していると言われていた。
そして最後の成長型だが、記録に残る限りネス以前に見つかったのは数百年前という状態である。
――そりゃー、学院も放り出したくなるよね……
故郷の学院では扱えないという理由で、地方都市の魔導学院から故国の首都の学院へ、そこからさらに大陸随一と言われるセントーオに送られた。
表向きは学業優秀という理由でだ。実際ネスは理論だけなら学年一の優秀さを誇る。それも実技が伴わなければ何の意味もないのだが。
落ち込むネスを乗せた列車は、予定通り機構本部の中央駅へ滑り込んだ。さあ、ここからが本番だ。
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