02 赤髪青目の新入生②
「スッゲー! 広ォー!」
校舎である城の中に入って最初に見えたのは、巨大な聖堂のような空間だった。巨人なんて者すら容易に収まってしまう高さにある天井には、色鮮やかなステンドグラスが散りばめられている。
「スッゲー! ピカピカー!」
光の一つ一つが魔力によって動かされており、常に色味が変化していく。火の魔法や水の魔法が舞うその場所も、教師達によって祝福された場所だった。
「スッゲー! これが靴箱だー!」
全校生徒は九百人弱だというのに、その場所には下駄箱と言うものがない。あるのは数えられる程度にしか置いていない、縦に長い姿見だけだ。
壁に添えるようにして置いてあるそこに生徒は集まっていく。名を『一身鏡』と言い、生徒達はそこに自分の靴を入れていた。
するとすぐに自分の上履きが出てくる上、制服の乱れや髪の毛についた埃を落としてくれる。その後上履きに履き替え、自分達の教室へと向かっていく。
「スッゲー! 階段も廊下も動く!」
雷魔法によって照らされた廊下を抜け、ひとりでに動く土で作られた階段を昇っていく。ゴミを集める風魔法を今度はするりと避けながら、リュウ達は一学年の校舎へ直行した。
馴染んでいないブレザーとローブの集団が集まる階に到着したリュウ達は、三百六十度あらゆる場所に驚きながら「1―A」と書かれた部屋の戸を開けた。
「ふっつ~。ココだけ普通すぎてむしろ斬新だぜ」
正面に黒板と教卓の置かれたシンプルな場所。黒板には座席表と、名前が貼られ既に席は決められていた。
自分の名前が書いてある座席表に少し触れると、当日支給である教科書やペンが召喚される。リュウも原理のわからない魔法に驚きながら受け取った。
「これからは……予定では担任紹介だけしか書いてないけど、終わるの昼過ぎになりそうよ。紹介だけでそんなにかかる?」
リュウの近くだったティナは、同じく近くに座っていたアルにも聞いた。
リュウは面倒だと言おうとしたが、その言葉は予鈴によって遮られた。あと一時間もすれば正午になるような時で、とてもこれからのことの予想は出来なかった。
「くそ、フェルマの奴め……」
予鈴が鳴り終わらぬ内に、その女性が入ってきた。アッシュブロンドの短い髪にカジュアルなジャケット。動きやすさを追求したパンツスタイルの女性は、にじみ出る覇気のようなものを携えている。
「私が一年間このクラスの担任をするシエラ・アミットだ。授業での担当教科は『魔法戦闘学』。よろしく」
凛とした女性だった。一目でその女性の体を表すようなしぐさと言葉遣い。はきはきとしていて、曲がったことが嫌いな性格。クラスメイトの第一印象は一致した。
「今日からお前達は王国一といわれる学園に入学した。ここではありとあらゆる魔法を好きなだけ学ぶことが出来る。私はそこの教師だ」
その話の終着点は見えなかったが、皆は静かに聞いていた。
「とりあえずこれから最初の授業を第二修練場で行う。授業とは言っても魔法ショーのようなものだから安心しろ」
初めての魔法の授業。批難するものはいなかった。
「私達の国は、かの英雄アルティス・メイクリール様が建国なさった。もちろんそれまでは今の五大国が四大国と言われていた時代だ」
シエラが語り始めたのはこの世界の歴史だった。誰しもが一度は習い、そして憧れる魔法世界の歴史。『アルティス・メイクリール』の英雄譚。
「今から八百年前、百年戦争が終わりこの国が作られた。……とまあそんなことはいずれ習う。そろそろ時間だ、第二修練場に行くぞ」
シエラの言葉と共に、一年A組生徒は歩き出した。
学園には主に魔法の練習や武術の修行を積む部屋が存在する。それが修練場だ。
修練と言う名の通りそこは戦闘にも耐えうる部屋で、その設備は王国軍にも劣らないと言われている。この学園にはそれが五つあり、実戦的な授業を行う場所として使われている。
リュウ達Aクラスの生徒はシエラに着いてきた通り、「第二修練場」と書かれた部屋に入る。入るや否やすぐにどこかへ行ってしまったシエラ。しかしそれを気をかける者は誰一人としていなかった。目の前に広がる光景の方が何百倍も重要だった。
(広いな)
ここは城の中ではない別の建物だが、それでもかなり広い作りになっており、下手をすれば教室四つ分はあるのではと、アルは考えた。その上床の材質は土で、屋内ということに違和感を覚える。
「すっげー」
リュウの感動の声もわんわんと反響する。その広い空間を有効活用した生徒が楽しそうに鬼ごっこをしていると、シエラはものすごく大きな丸いものを片手で担ぎながらやって来た。
Aクラスの生徒全員を自分の前に集め座らせると、その大きな物体を降ろす。間近で見ると誰にもよくわかるようなそれは、球状の形をした水晶だった。水晶を通して奥の景色も確認でき、相当な透明度を誇っている。
しかし、それはシエラの身長よりも大きい。そこまでばかでかい水晶を見たのは、リュウは初めてだった。そして何より、それを持ち上げたシエラに驚いた。
「スッゲー。そんな大きさのもの持てんの?」
「何を驚いてる、ただの肉体強化の魔法だぞ?」
シエラは生徒を見渡しながらそう言うと水晶を下に置く。シエラはただのと銘打ったが、しかしあの大きさの水晶を片手で持ち上げるなど、人間業ではない。
たとえ魔法を習わない小学生にも使える肉体強化だとしても、完成度が違う。生徒と教師の差を、リュウ達は一気に見せつけられた。
シエラは生徒達の好奇の眼差しをするりと躱し、一息ついてから喋り始める。
「今から、自分の持つ基本属性の種類を見ていく。ああ、その前に魔法についての説明をしなくてはいけないか」
シエラはそう言うと持ってきていた名簿に目をやる。そして学年一位という理由でティナを指名した。
「はい。魔法というのは体内に宿るエネルギー『魔力』を体外に具現化することを言います。炎を出したり身体を強化したりと、体外に具現化するというだけでもいっぱいあります」
シエラは満足そうにティナを座らせると今度はシエラ自身が口を開くことにした。
「入学式前に学園に吹く風を見たものはいるか? 見たものは手をあげてみてくれ」
名を【
「あれは風属性の魔法だ」
魔力によって起こす風。本来は空気の気圧差によって生まれるものだが、それさえも魔力は簡単に生み出せる。
「【火】【水】【土】【雷】【風】の五つの基本属性がこの世に存在し、我々は特にこの五つの属性を付与して魔法を使う。そして属性の無いものが、文字どおり【無属性】の魔法だ。これらには優劣関係などがあるが、それはまた後日だな」
そこで一度口を閉じるシエラ。地面に置かれた水晶に手を乗せ、魔法初心者の一年生でも分かるほどに魔力を高め始める。高い魔力は体外に出ると空気さえも震わせる。そうして震えた空気が、生徒達を圧迫した。
すると、先程まで無色だった水晶は、みるみるうちに淡い茶色に変わり、またすぐに元の色に戻ってしまった。
「何それ何それ!」
興奮したリュウは跳び跳ねながら訊く。シエラに落ち着けと制されるまで止まらなかった。
「この水晶は魔力を溜めることのできる魔晶石というものだ。魔晶石にはいくつか種類があるが、これは溜めた魔力の属性によって色が変わるもの。今からお前らにはこれを使って自分の持っている属性を調べてもらう」
「シエラの今のやつは何属性?」
「私の茶色は、土属性を表す。……そうだな、自己紹介も兼ねて出席番号順で始めよう」
最初の生徒が立ち上がった。身の丈と同じような大きさの魔晶石に両手を添えて、魔力を高めていく。シエラのような空気を震わせるほどの魔力ではないものの、研ぎ澄まされたそれは魔晶石を緑色に染めていった。
「お前は風属性か。よし次」
そうして授業は順調に進んでいく。
「次、ティナ・ローズ」
「はい」
座っていた地面から立ち上がる。スカートについてしまった砂が払わずとも落ち、柔軟剤のふんわりとした香りを発する。クラスの男子の視線は皆、ティナに向いた。
学年首席、容姿端麗、恐らくは良妻賢母。人気ランキングでも即日一位に登り詰めるのだから、その視線は特別なものだ。
「ふう」
一息吐いてから魔力を高める。
ティナの魔力に呼応した魔晶石は、一瞬で濃い青色に染まっていった。澄みきった深海のごとく濃淡な青と、あとから沸き上がったような弱い茶色だ。
「水と、土か。水主体なんだな」
「はい、水属性とちょっぴりの土属性を持ってるティナ・ローズです。皆よろしくね!」
笑顔をクラスメイトに向けて自己紹介する。男子からは歓声が上がった。
「次アル・グリフィン」
返事もなく立ち上がった。その表情と、童顔を見つめられるアル。特に舐め回すように女子から見られることに気づいたアルは少しのため息をついた。
「……ねえ、カッコよくない?」
「可愛い系よ!」
「……私タイプかも」
目立つことが嫌いなアルは、酷く不快なまま魔晶石に手を添える。高まった魔力は、しかし魔晶石をほのかに黄色く染める程度だった。
「ん? その色は雷属性のようだが、随分弱いな。ほとんど発動出来ないんじゃないか?」
「えと、光属性が得意なので……」
シエラはそれで納得したが、他の生徒達は納得しなかった。聞きなれないその単語に首をかしげてしまっていた。
「基本属性に値しない【光】と【闇】という特殊属性のことだ。互いに打ち消しあう性質を持ち、保有者が少ないことで有名だ。この魔晶石では感知出来ない珍しい属性。なるほどな」
「はい」
短い返事を残して戻っていったアル。白髪童顔が既に目立ったことを、早く忘れ去りたかった。
「次、リュウ・ブライト」
「よっしゃ、待ってましたァー!」
走り出してリュウは、魔晶石の前に仁王立ち。躍る気持ちを落ち着かせてから手を添えた。跳ね回る魔力を落ち着かせ高めると、
(なんて魔力だ)
魔晶石は驚くほど綺麗な赤に染まっていった。
ある意味ではそれは太陽、地獄の業火とも、麗しの聖火とも表現できるような赤。部屋ごと赤く染め上げるほどの豪快な赤は、次第に止んだ。己の主張に満ちた赤に、生徒達はまるで石像にでもされたかのように固まっていた。
「綺麗な赤だな。純度の高さから見ると持つのは炎属性のみだろうが、それ以外に属性は増えなさそうだな」
「え、一つしかないってこと?」
リュウの質問に、シエラは首を縦に振って肯定した。
「ああ、お前は炎しか使えない。一生増えることは無いだろうな。それでもこの純度なら、極めればとても素晴らしいものになる、まあ気にするな」
「ええ~。多い方がいいじゃんかよ~」
シエラは全員分の測定結果を紙に書き写した。
(あの魔力量に純度の高い炎。これは……)
その胸中では、一つのデータが引っ掛かりを見せていた。入学試験には魔力量の測定もあるのだが、その中でも特に話題になったものだった。
「魔力量は入試の際に測っているから、ここではやらない。が、リュウ・ブライト、今から私が指示する魔法を発動してみろ」
「えっ……」
「お前の魔力量と高純度の炎は相当のレベルだ」
リュウの魔力量は同年代の中では最高値を示していた。圧迫するように大気にまで影響を与えるようなものでもあった。
「え、えへへ照れちまうぜ~。でもほら、タイミング的に今は違うんじゃねーかなとか思ってみたり……」
しかし、リュウはどうしても魔法を使いたくなかった。もちろんそこには、理由がある。
「中級魔法の【
高めた魔力を魔法とする際に必要なのが詠唱文。詠唱をすることで、より濃密に魔力を動かすことができ、それがなければ魔力の流れのイメージさえ掴みにくくなってしまう。結果魔法の完成確率も下がってしまう。
シエラは嫌がるリュウには構うことなく前に出させた。心配するようなティナとアルの視線に気づきはしたが、深くは考えなかった。
「で、でもさ~」
「いいから早くやってみろ」
シエラは徐々に語調を強める。
(あの魔力量、化けるぞ)
そこには確信があったから。リュウは最後まで魔法発動に渋りながらも、嫌々魔力を高めた。文字通りの圧迫が訪れ、爆発的に魔力が高まる。
「ふん!」
高めた魔力を右手に集め、魔法にしていく。詠唱文などわかるはずもなく、炎を動かすというイメージだけで進めていく。
それでも、リュウの右手のひらには、少しの炎が集まった。リュウの手のひらに現れた魔力は次第に球状となっていき、三十センチを越えて形が楕円になった。
「楕円?」
そして暴発した。リュウの制御を極端に外れた炎は、リュウを巻き込むような形で爆発し、黒い爆煙のみを残していった。
「お前、下手くそだな」
「誰も上手いなんて言ってねーし」
「そんなに魔力があるというのに…… 」
リュウは多すぎる魔力を持ち、純度の高い炎を持つ。しかし、魔法の才は与えられなかった。
「うるせー! それでも俺は世界一の魔導師になる!」
突如現れた途方もなく遠いところにある『世界一』の称号は、クラスメイトの笑いを誘った。
「なんだ今の、お前が世界一になれるもんかよ」
「ボフンっていったわー!」
「世界一だってよ、プクク」
金切り声を上げて反論したリュウにも目をくれず、シエラは思い考える。
(だとしたら、明日の授業は“あれ”だな……)
一つの決心をした。
「見ていろリュウ、こうやるんだ」
そう言ってシエラが出したのは三十センチ程度の土塊だった。【
「明日は同じように、【
出されたのは非常な宣告だった。シエラの瞳が見つめる先のリュウは、驚きを隠すことが出来なかった。
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