第一章 イデア王立アルティス魔法学園

01 赤髪青目の新入生①


「これより、アルティス魔法学園入学試験を開始する。受験生始め!」


 赤髪青目の少年、リュウ・ブライト。

 王国首都の街に設けられた特設会場の中心で、少量の汗を垂らしつつ紙をめくる。小汚ないながらもしっかりとした生地の服、その襟元をパタパタと動かし風を送るが汗は引いてくれない。

 なのだから汗の原因は熱さではない。

 確かに、この世界では体温の高い人間の部類に入るリュウ。しかしそれは特別なことではなく、この世界ならば寧ろに二十人に一人は必ずいるという具合。それでも雪が積もるような真冬のこの季節は乗り越えられない。何せ真冬なのだから。

 ちらりと窓の外を見てみれば、外はどこを見ても真っ白で、視角から直に寒さを伝えてくる様だった。室内にはストーブがあるがここまで熱は届かない。


 なのだから原因はやはり熱さではない。


 考えは結論を生み、再び目の前に置かれた紙を見つめる。ペンを見つめ、再び目を閉じる。

 思い返せば、ペンは嫌いだ。現在進行形であるその思いの根幹には、特に何もない。薄っぺらい紙のようにどうでも良い理由だが、それゆえに何故それらが嫌いなのかも覚えていない。見れば寒気がし、そして脂汗を滲ませる。

 自分の名前は一番右下に書く決まりとなっている。せいぜい幅一センチ長さ七センチ程度の空白に、はみ出しながら名前を書いた。

 東洋のどこかの神話に出てくる与えられた名と、輝いてほしいと誰かに“与えられた”姓。それ以外に、ペンは動かない。


「わっかんね~!」


 少年リュウ・ブライト。運命の狂った、明るい少年。特徴、馬鹿。


 * * *


「国語赤点。数学赤点。魔法史赤点。下級魔法知識学、赤点。……馬鹿」

「うるせー! 問題が間違ってんの!」


 燃えるような赤髪を揺らし右に怒鳴る。


「あんたさ、受験勉強したよね。何コレ」

「うるせー! 俺がやったところと違ったの!」


 透き通った青目を左に向けて睨む。


「だいたいさ、アルがちゃんと教えてくれりゃこんな点数にはならなかったんだよ!」


 リュウは再び右を見た。雪のような光のような白色の髪を程よく立たせ、左耳にピアスを着けた少年。

 名をアル・グリフィン。

 背は同年代と比べると極端に低く、さらには童顔。無口な性格のアルは、その童顔を引き締めて口を閉じる。


「それに俺は思う。こんなものをわざわざ返してくるってのは喧嘩売ってるってことかって。なあティナ?」


 リュウは再び左を見た。透き通った南国の海を想像させる水色の髪を、後ろで一つに纏めた女の子。澄んだ目と通った鼻筋によって、美人の部類に入っているその少女。

 名をティナ・ローズ。

 明朗快活、天真爛漫、恐らくは良妻賢母。そのような性格の幼馴染みだ。しかし、胸はない。ストンと落ちるその部分は、三人の中では禁句。


「けど、俺の夢は終わってねー!」

「馬鹿」

「アルの言う通りよ。少し魔力が高いからって、調子に乗りすぎ」


 入学試験から三週間。過ぎ去った真冬の積雪も落ち着き、春の日差しで溶け出す。三人は首都アルティスの道を歩いていた。ついに本日、入学式の日となった。


「で、どうするのよ」

「決まってる」

「そう。俺達の冒険はここからだ!」


 明日への高みを見つめて。


 魔力というエネルギーに満ち溢れた世界。内に秘められたその力を、魔法として使うことで人々は発展していった。

 そしてここイデア王国首都アルティスでは、十五歳になった少年少女に魔法を教える学園が存在する。

 名を「イデア王立アルティス魔法学園」。

 古より建てられた立派な城。首都の中央に位置するそれは、元は王宮として存在していた。しかし今では、国内牽いては世界にも名を届かせる程の名門校として存在する。


「イデア王立アルティス魔法学園。俺は受かった!」


 白髪童顔少年アルと、水色髪の美少女ティナは盛大に溜め息をついた。


「あり得ない」

「本当よ。なんで筆記がこんななのに受かるのよ」


 王国一の難関であり、将来を約束されるほどの学園。入学倍率はとても直視できず、さらには全寮制のこの学園。白髪童顔少年アルは、楽々突破できた。そして、水色の髪をふわりと揺らしたティナは、リュウに強く言う。


「私、満点よ。学年首席合格! 何て言うか、不公平」

「いいじゃねーか。ティナも頑張ったぜ!」


 グーサインで微笑む赤点大魔王。ティナはリュウの採点結果を握りつぶし、そして城の門をくぐった。


「なんで、受かる?」

「折れない心を試験官サマが認めてくれた、とか?」


 鼻で笑って、アルはティナを追いかけた。


「とにかくここから……」


 リュウは二人の背中を見つめる。追いかけ続けたその背中は、近くそして遠い。


「ここから、俺は『世界一の魔導師』になる!」


 リュウは、一歩を踏みしめた。


「にしてもデッケー!」

「さすが元王宮。ザ・お城って感じね」


 無駄に広いグラウンドの先に佇む、麗しの古城。

 焦げ茶色のレンガ造りの城壁は、古より悠然と構えていただけの時間を感じさせる。蔦の絡まりあった風合いが特徴的で、日光の当たり具合によってグラデーションが作られている。

 中央に構えられた時計塔はこの街のどこからでも見えるシンボルで、その下が複雑な構造になっていることにようやく気がついた。

 いくつもの防衛用の小窓を取り付け、それらを取り付けた小さな塔達を、中央時計塔と通路で結ぶ。

 雄大な視覚的重みを全面に出しているのに、迎えるその器の大きさも併せ持つような古城は、数秒もの間リュウ達の視線をかっさらう。我に帰った頃には、何人もの生徒達に追い越されていた。


「式は体育館でやるって」

「城に体育館があるとか、似合わねー」


 そして、たどり着いたのは大きな体育館。古城には似合わない近代的な造りだが、後付けのために仕方がないとされている。そういった茶目っ気も、王国一の学園の愛嬌だ。綺麗に手入れされた花壇を背に、体育館の前に立った三人。

 入学式開式まではまだ余裕がある。中へ入り自由に座ればよいと言われたが、早すぎてしまうため入ることを渋っていた。


「きゃー!」


 その時、後ろから悲鳴が聞こえた。後ろを向いて見ると、綺麗に手入れされた花壇近くで女子生徒二人がうずくまっていた。

 何事かと近づくと、急に砂塵を巻き上げる程の強烈な風が吹いた。先頭を走っていたティナにその風は直撃し、そして勢いよくスカートをめくった。強風で逆に開く傘のように、開き間違えたパラシュートのように。

 そして、黄色と黒と紫のネズミがこれでもかと大量にプリントされたパンツが現れた。


「ラスボスみてーなパンツだな」


 リュウは一言そう告げた。


「何まじまじと見てんのよ!」


 新調したばかりのスカートをばっと抑え、戻り様にリュウをひっぱたいたティナ。綺麗な紅葉マークが頬に残った。


「それは学園内を自由に動き回る【やんちゃ掃除クリーンウィンド】さ。ごみ拾いするだけだが強風だからな、お前らも慣れろよ~」


 楽しそうに助言してくれたのは、容姿と制服からもわかる通り学園の先輩達だった。得したと、小声で聞こえた。そう言って体育館へ入っていく二人を見て、またもティナの怒りが沸き上がる。


「なんて学園なの!」

「なんでだよ!」


 ティナはもう一発、今度は腰を乗せ遠心力も加えて、リュウをひっぱたいた。


 * * *


「これより、イデア王立アルティス魔法学園入学式を始めます。若き芽の君達に、祝福があらんことを」


 綺麗に両頬に紅葉マークのついたリュウ。用意されていた椅子に座ったは良いものの、痛みと退屈さから、既に足をパタパタと動かし始めていた。落ち着きが無くなり始めるとおこる癖だが、それは学園長の挨拶になっても止まらない。完全に話を無視し、式は進んでいく。


「つづいて新入生代表挨拶、新入生代表ティナ・ローズ」

「はい!」


 ティナは快活な返事と共に壇に上がった。先程までラスボスのようなものが描かれたパンツをひけらかし、リュウに秋を訪れさせたとは思えないほどの明るさ。

 南国の海を思わせるような透き通った髪をポニーテールにし、学園の制服であるブレザーを着る。その上にローブを羽織るその姿は、誰が見ても美しいと呼べるものだった。

 沸き上がったのは、羨望と感嘆とが合わさった声。ティナは壇上で今一度深呼吸をする。


「新入生代表ティナ・ローズ。私はこの学園で様々な魔法を学びます。そして──」


 あらかじめ決められていた台本通りに読み上げた。終われば、当然のように大拍手が贈られる。ティナのスピーチの実力もあったが、この日一番のイベントが次に控えているからというのが大きな理由だ。待ちきれず早く次に行けという、催促の拍手だった。


「これで、入学式を閉会する。そしてこれより、新入生のクラス分けを開始する。皆、その場を動くな!」


 それがこの日最大のイベント“クラス分け”。これからの三年間の最初に訪れるビッグイベントだ。新入生全員が沸き立った。


「それでは行くぞ皆のもの。待ちきれぬお前達の想い、今答えよう!」


 一斉に、教師達が天井へ向け魔法を放った。

 杖や剣から放たれた様々な魔法が、体育館の天井を壊してしまいそうな程にぶつかっていく。炎で作られた鳥は火の粉を撒き散らしながら飛び回り、水で作られた獣が壁づたいに登っていき、土の階段ができたかと思えば、その上を雷が走っていく。

 轟音と閃光とが入り交じり、いつの間にか天井に激突していた。


「すっげー」


 一人の教師が喚び出した妖精がそれと同時に歌い出す。絶佳の衣と帯をするりと舞わせ、踊りも加える。空気を振動させるだけである歌だが、その小さな妖精が行えば色がつく。

 赤の歌は激しさを、緑の歌は落ち着きを、そして白い歌は祝福を。

 異空間とも異世界とも呼べるようなその場が、そして落ち着く。我に帰った時に気づいたこと。それは何かが降り始めていると言うことだった。

 降ってきたのは雪だった。ひんやりとして、白い。手のひらでそっと受けとると、煙に包まれ一枚の紙になる。リュウが受け取ったその紙には「A」とだけ書かれていた。


「俺Aクラス!」


 叫んだリュウの声に反応したアルとティナ。その二人共がリュウと同じ「A」と書かれた紙を見せてくれた。


「やったぜ、一緒のクラスだ!」


 思わず跳び跳ねたリュウを、一人の教師が注意した。しかし、それ以降跳ね回ったのはリュウだけではなかった。初めて見る巨大な魔法と、これから見る大きな夢への期待とが誰しもの心の中で爆発していた。


「早く行こう! 俺達の教室に!」


 リュウは、ティナとアルを連れて教室へと走り出した。


──君は、ボクのためだけに生まれた。この世界の英雄、そして世界一の魔導師になるために。ボクは、つまり弱虫なんだ。

 蔑まれ、疎まれ、憚られ、そしていつの間にか消されていく。それを心の底から否定してしまった。

 一言寂しいと言えたのなら、君を苦しめることは無かったのかもしれないね。

 だから。

 だからどうか、英雄譚として君のことを褒めさせてほしい。それくらいは、されてもいいじゃないか──

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