07 お助け、押し寄せる不安


「もう無理動けねー!」

「しっかりしなさいよ男でしょ」

「はい出た男女差別ぅ~」


 右に左に連れ回される地獄の買い物は四時間の時が過ぎた。両手いっぱいに袋を抱えたリュウはせめてもの反抗で文句を垂れ流しながら、ティナの後ろを歩いていた。

 一周間分だと言われて食材を七キロ買った。筋肉トレーニング用の鉄アレイも勿論持っている。終いには新しい靴と洋服まで。辛うじて使える強化魔法というものの便利さにこの時ばかりは恨みを覚えているリュウ。己の肉体を強化する魔法など、地獄の苦痛に耐える手段にしかならない。地獄を回避したいのだ。

 完全に、ティナに振り回されたリュウは疲労困憊、歩くことすら困難になっていた。


「──て! ──めて!」

「ねえ、今何か聞こえなかった?」

「いや、別に……」


 どさりと荷物を置いてベンチにもたれ掛かったリュウ。昼食は軽く済ませた分すぐに空腹感が襲ってきていた。もう一度どこかに寄ろうか、それともこっそり買った食材の中で食べられそうなものを物色しようかと悩んでいた。


「やめてください!」

「ほらやっぱり誰か叫んでる」

「……だな。向こうだ」


 リュウ達がいる路地を曲がってすぐの辺りからその声は聞こえた。少女の声と思わしきもので、注意して見てみればそこには既に人が集まっている。買ったものを詰め込んだ袋はそのままに人だかりの方へと走っていく。リュウのスピードは速かった。


「いいじゃねえかよ~。俺らと楽しく遊ぼうぜ~」


 リュウ達が声の聞こえた場所まで来ると、そこには大勢の人だかりが出来ていた。ベンチからは見えなかったがかなりの大事にまで発展しているのだ。

 人混みの後ろからジャンプして見てみると、体格の良いスキンヘッドの男達四人と、先程の声の主と思わしきブロンド髪の女の子が立っていた。一瞬しか見ることは敵わなかったが、その女の子は大きい瞳いっぱいに涙を浮かべていた。


「何あれチンピラじゃない。もう、せっかくの休日なのにあんなの見ちゃうなんて。そう思わない? リュ……」


 ティナは呆れながら隣を見る。普通ならばそこには赤髪のおバカな少年がいるはずだ。いる“はず”なのだ。ティナの横で騒ぎを見ていた彼は、丸々太ったおかっぱ頭のおじさんに変身していた。


「整形?」


 を疑ったが当然ありえない。


「まさか、嘘でしょ……?」


 ティナがその異変に気づいたときには、


「おい! いい年したおっさんが昼間から何やってんだ!」

「オーマイガー」


 既に手遅れであった。チンピラ四人組を円になって取り囲む野次馬達。それを押し退け、リュウは乗り込んで行ってしまっていた。


「変なやつが来た……ってかガキじゃねえか!」

「ほらほらガキはママのおっぱいでも吸ってな」

「チューチューってな、がっはっはっは!」


 それを見た男達は腹を抱えて大きく笑いだす。


「ちょっ、リュウ。何やってんのよ!」


 ティナは仕方なく、半ば条件反射でリュウの先走った行動を止めるため、円の中へと入ってきてしまった。野次馬から向けられる好奇の視線にやはり後悔する。


「何って、助けに来たんだよ」

「バカじゃないの? 何考えてんのよ!」

「人助けのこと」


 ティナとリュウの言い合いがここで始まった。


「だいたいなんなの? 勝手に出ていってさぁ、正義のヒーローにでもなったつもり? 冗談はその空っぽの頭だけにしてって何度言えばわかるのよ!」

「困ってる奴がいるんだから助けるのは当たり前だろ! お前みたいな残虐非道じゃないんですぅ~」

「覚えたての言葉ばっかり使ってバカアピールしてんじゃないわよ。魔法もろくに使えないのに助けるなんて大口叩かないでよね」

「四人くらい楽勝だ!」

「私一人に勝てないくせに調子に乗らないで」

「そ、それは……」

「ほら、何も言えない。考えなしに突っ込むからバカなのよ! バカリュウ」

「うるせーな! バカバカ言うんじゃねーよ!」

「バカにバカって言って何が悪いのよ!」

「また言った! バカって言ったら自分がバカなんだ!」


 絡まれている女の子を助けに来たかと思ったらこの騒ぎである。その場にいる人達、もちろん被害者も加害者も唖然とした表情で固まる。見るに見かねた加害者側のスキンヘッドの男が、二人をなだめるために口を開く。


「お前らよぉ、痴話喧嘩なら他所でやってくんねえかな。ほら、お兄さん達今からそこの女の子襲わなきゃいけねえからよぉ」

「「うるさいハゲ!」」

「は、ハゲ!?」


 崩れ落ちるスキンヘッドの男。周りのスキンヘッドの下っ端達も自分達の頭を触り始める。ぺちぺちと周りに音色を聞き入らせる。


「あれ、もしかしてティナ……さん?」


 その時、絡まれていた女の子の一言が学生達がはしゃぐ近所迷惑なこの騒ぎを止めた。


「え?」


 ティナの名を呼んだ女の子。隣に座り込んでいたその子は、ブロンドの髪の毛を揺らし、ティナを見上げていた。ウェーブがふわりと掛かり、綿のように広がっている。腰まで伸びたその髪が、美しい。

 背が小さく、顔つきも子供の方に近い。しかし、胸の部分の大きな膨らみがそれを一気に否定させる。悩んでいるらしいティナのそれとはまるで違い、そこには男の子達の希望と夢が詰まっている。春の実りを多いに感じられる。

 白を基調としたワンピースが、女らしさを引き立たせていた。クリクリとした可愛らしい翡翠色の瞳に覚えのあるティナは一瞬考え、そして頭にうかんだ言葉を口にした。


「あれ、あ! マリー!」

「やっぱり、ティナさんですよね?」

「あぁ? 誰だよこいつ」


 状況の飲み込めないリュウは、頭の上にハテナマークを並べている。


「ほら、同じクラスのマリー! ちっちゃくて可愛い娘! 席は確か後ろの方の」


 ティナはマリーに近づくと、ちょうど良い位置にある頭を撫でながらリュウに言う。


「うーん。そんな奴居たような居なかったような」

「いたでしょ!」


 ニヤケながら頭を撫でるその手の動きは、次第に速くなっていた。ふわりとその度に髪の毛は揺れている。


「やだ偶然! 何しに来てたの?」

「今日新発売のクレープを食べに。あそこの角のお店なんだけどもう売り切れちゃってて、仕方ないから帰ろうかなって……」

「うっそ今日からだったの? え~私も食べたかったな~。いや私もね、このバカと買い物に来たんだけどもう使えなくて使えなくて」

「うるせー」

「あ、じゃあさ今度二人でいこうよそこの店。そうね、連休中は混むから明けてからでどう?」

「うん! 行きたい行きたい!」


 終いには頭を叩くように撫でていたティナ。その振動が、たわわに実った胸の膨らみを揺らす。野次馬達からは歓声が上がり、それに気づいたティナは悲壮感に包まれる。自分には完成の上がるような実りはない。精々冬場の氷の固まりだ。


「ていうかティナさん……あの人達何かしてくる気満々なんですけど……」


 小さく呟くマリーの声にティナ達は振り返り、先程から落ち込んでいた男達の方を見る。マリーの言う通り、男達四人は全員体制を低くし、戦闘体制に入っていた。


「おいおい兄ちゃんたちよぉ。黙って見てりゃ、夫婦漫才始めるわクレープは売り切れるわ、そろそろ我慢の限界だぜ?」

「お前らクレープ狙ってたのかよ」


 珍しく突っ込むリュウ。


「こいつはな、バナナチョコカスタードが好きなんだよ!」

「意外と乙女ね」


 スキンヘッドには似合わない。


「俺らのクレープを返せ!」

「さっきまでと言ってることが違う……」


 一番の損を経験したマリーだった。

 それを皮切りに男達は不敵な笑みを浮かべると、魔力を高め始めた。リュウもそれに対抗し、指の関節をポキポキと鳴らす。伸脚し、軽くジャンプする。


「上等だよ」


 既に両者は臨戦態勢だった。


「俺達こう見えても魔法使いなんだぜ」


 スキンヘッドの男達は嫌らしく笑いながら魔力を高める。かなり近い距離で高められた魔力をマリーは肌で感じた。


「やっぱり危ないよ……」


 マリーは表情を曇らせ不安感を全面に出している。思わずティナの袖口を握りしめていた。


「ああ、大丈夫大丈夫」

「え?」


 ティナは急に落ち着き、ついでにマリーを落ち着かせる。大人の魔導師四人を相手に、たかが学生三人が太刀打ちできるはず無い。それはマリーも周りの野次馬達も、勿論スキンヘッドの男達も共通の見解だ。

 同じクラスなだけにリュウの魔法の苦手っぷりは見たことがある。悲惨なものなのだ。

 学園に入学してすぐの未熟な魔導師が中級魔法をそう易々と使えるわけではないが、それでも下級魔法はほぼ問題なく発動させられなくてはならない。しかしリュウはそれさえも満足に出来ていないのだ。

 それに相対する彼らは高まった魔力から、簡単に中級魔法を発動できてしまうことが感じ取れてしまう。幼少の頃よりちゃんとした教育を受けていないとしても、この歳ならば中級に近い下級魔法を扱える。男達の実力を悟ったマリーに襲いかかる不安は想像を絶するものだ。中級など容易いもので敵うはずがない。


「あの人達ちゃんとした魔導師だって……」

「でしょうね」

「わかった。リュウ君って実は魔法がものすごく上手で隠れた実力があるとか?」

「無い無いあり得ない。こんなバカにはそんな頭もないわ」

「なんでお前が敵みたいになってんだよティナ!」


 耐えきれずに言い返すが顔は前から背けない。それは戦士の瞳。獲物を捉えた肉食獣の瞳だった。


「相手は本物の魔導師なんだよ……」

「まあまあリュウなら大丈夫だって」

「でも……」

「付き合い長いからね。こう言うときはそこら辺でゴロゴロしてればいいのよ」

「え、えぇ~?」


 マリーには更に不安感が押し寄せた。

 

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