湖の守護竜は彼の地を追われ。

たびびと

序章

第0話 プロローグ

 不気味な曇天の下、すっかり動物が避難してしまい小鳥の囀りすら響かぬ森は、二頭の巨大生物による縄張り争いの戦場と化していた。


 一方は、獅子の頭と山羊の身体、蛇の尾を持つ魔獣。

 そしてもう一方は、この森の主。全食物連鎖の頂点に座する爬虫類だ。正称を竜、通称――ドラゴン。


 本来ならば相見える筈のない両者が出会ってしまったのは、自然の悪戯か、それとも他者の陰謀によるものか……。



 払われた尾が木々を薙ぎ倒し、振り下ろされた鉤爪は大地を割る。

「ガァッ!!」

 轟く咆哮と共に、直径一メトル程の火球がドラゴンの口から吐き出された。しかしその攻撃は標的に命中することなく、森の湿った地表に炸裂。


 パァッ、と眩い光が世界を染め上げる。

 遅れて聳え立った火柱が空気を焦がす。


 爆発的な熱風が周囲の草木を地面ごと抉り取り、辺りを一瞬にして灼けただれた不毛な土地へと変貌させた。


 だが……熾烈しれつを極めた戦闘は、それ程に地形を変えても尚、終わりを迎える事はない。


 その巨体からは意外なほど軽やかに飛び退った魔獣が、そのまま大きな翼を広げて天へと舞い上がる。それを追うようにドラゴンも翼を羽ばたかせ、飛翔した。

 そこまでの闘いで優位を占めていたのはドラゴンの方であった。

 だが中々反撃する気配を示さぬ敵からまるで戦意を見出せないドラゴンは、最後の追い討ちを掛けるべく流星の如き勢いで魔獣へと迫った。


 油断。それは王者ゆえのおごり。


 数瞬後、彼は自分の認識が大きく誤っていたことを悟る。

 上方にて待ち構える魔獣の眼光が、未だ弱まってはいなかったからだ。

 獅子も、そして――尾の蛇も。


「キシャアアアアッ!!」


 大蛇がアギトをかっと開き、喉の奥から紫色の煙を放出した。

 ドラゴンの脳内で本能が警鐘を鳴らし、それが危険なものであることを知らせる。が、今更止まることは出来ない。ドラゴンはその速度を抑えることなく毒の霧の中へ飛び込み、ものの数秒で反対側へ突き抜けた。

 だがそこで彼は、異変に気が付いた。


 敵がどこにいるのか、分からない。


 たとえ見失おうとも、嗅覚で、聴覚で、空気の動きで敵を感知できるはずなのだ。それなのに何故か敵の居場所を特定できない。ぐにゃり、と己の把握空間を捻じ曲げられたかのような、今まで経験したことのない感覚。

 ドラゴンはただ困惑する外なかった。


 ――旋回して一旦様子を見よう。 


 ドラゴンが下したその判断は、恐らく間違ったものではなかったはずだ。だが次の瞬間、凄まじい衝撃が彼の身体を叩く。


 森の一角から、大量の土砂が舞い上がった。


 感覚の麻痺とは恐ろしいもので、空を飛んでいたつもりのドラゴンは、実際には、彼自身も意識せぬまま一直線に地面へと落下していたのだ。

 地表に叩きつけられたドラゴンが動きを止めていたのは、たった数秒のことだった。けれど闘いの中で、その時間は途方も無く長い。


 起き上がらんとするドラゴンの頭蓋は、天からの攻撃によって、いとも容易く砕かれた。

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