第9話 結末と決意
合図と共に、デリックの部下達が武器を掲げてラトに飛び掛かる。同時にラトは腰の鞘から
「大剣っ!」
ギャィィィンッ!! と甲高い金属音を伴って、彼の頭上から振り下ろされた幾つもの刃が火花を散らした。全攻撃を防いだ大剣の下で、ラトが快然と笑む。首だけでミィナとリーシャの方へ振り向き、何事か伝えようと口を開く。
刹那、バキッと木材が損壊する音と共に、ラトの姿がまたしても視界から消えた。
キメラを撃退してしまうラトに最早敵など存在しないのでは、とすら思っていたミィナも予想外の事態にはっと息を呑み、ラトへ攻撃を仕掛けた敵も驚きの声を上げる。
その中で一人、相も変わらずヘラヘラと薄ら笑う人物がいた。
「そりゃそうでしょー。普通に踏み出すだけでも軋むような床の上で、こんな大勢の力が一人に集中したらそうなるに決まってんじゃん。あーあ残念だったね、そこは丁度落とし穴になってる場所だ」
得意げに解説を披露しながらラトが落ちた床の穴へ歩み寄る。その中を覗き込んで勝ち誇ったような笑みを見せ、しかしすぐに不機嫌そうに眉根を寄せた。ラトの驚き交じりの声が響く。
「っぶねーっ!! もうちょいで串刺しになるとこだった!」
「……本当にしぶといなぁ。でもまぁ、その剣をつっかえ棒にして底まで落ちるのは避けたみたいだけど、この穴に落ちた時点で君に勝ち目は無いよ」
言って片手を立てると、デリックの合図で部下の数人が彼の前に進み出る。すると彼らは、何かを了解したように小さく頷いた後、他の仲間から武器を回収し始めた。
「自分の得物は足元にあり、回避するスペースも無い……。そんな君は、頭上から降り注ぐ凶器の雨を、一体どう防ぐ?」
仲間全員分の武器を抱えたデリックの部下数人が、それらを投下すべく穴に接近する。
そのとき彼らの背後では、リーシャが自らの背にそっと手を伸ばしていた。
幾ら丈夫な身体を持つラトでも、無防備な状態で、しかもあんな大量の武器の下敷きになれば相当なダメージを負うのは必至だ。だからラトを助けるには、今この瞬間、敵の全意識がラトに集中している今しかチャンスは無い。
音もなくゲイルロッドをベルトから外す。完全に隙を突いていた。このまま行けると思った。
けれどそこで、リーシャは動きを止めた。
デリックが、おもむろに懐から取り出した銃の銃口を、真っ直ぐにリーシャへと向けたから――……。
「ふぅん……勝手に戦力外って決め付けてたけど、君も戦えるみたいだね。でも、今は動かないでくれるかな?」
視線はラトへ向けたまま囁くように言った後、撃鉄を起こす。
「流石に君は、避けられないでしょ?」
「……どうして分かったの?」
この男は先程も、屋根上のラトに逸早く気付いていた。特に何かラトが失態を犯した訳でもないのに、だ。エルフにも匹敵する程のその察知能力に、リーシャは尋ねずにはいられなかった。
「別に大したことじゃない。ただ、仕事柄そういう機会が多い所為で自然と身に付いただけさ。……質問はお仕舞いだ。落として良いよ」
その命令は驚くほどさらりと下された。
しかし、デリックの部下らが抱えていた武器を落とそうとした次の瞬間、その場にいた誰もが予想だにしなかった幾つかの出来事が、立て続けに起きた。
ドンッ! という低い衝撃音の後、建物全体が大きく揺れたのだ。
しかも一度や二度では治まらない。連続して地中から震動が駆け抜ける。その度に建物がギッシギッシと耳障りな音を立てて激しく軋んだ。
リーシャやミィナも含めた全員がよろめき、たたらを踏んだ。
「地震!?」
敵も狼狽えているのを見ると、この現象は彼らが起こしているものではないらしい。なら考えられる原因は一つ……いや、一人しかいない。
「くそ、アイツ……ッ!」
デリックが憎々しげに悪態を吐くのが聞こえた。
そしてその直後、またどこかで木材が折れるような音がしたのを、リーシャは聞き逃さなかった。でもそれは床が抜けるような生易しいものじゃない。あれは、もっと大きくて太いものが破損した音。
直感と本能がリーシャを突き動かした。
咄嗟に近くにいたミィナを脇に抱きかかえると、まっしぐらに出口へ走る。
出口までの距離は2メトル。強く踏み込んだ一歩が足元の床板を踏み抜く。しかしリーシャの推測が正しければ、そんな事を気にしている余裕すらも無い。
――お願い、間に合って!
力いっぱい床を蹴って、思い切り身を投げ出した。既に大きく歪んだ出入り口へダイブ。少しの浮遊感。ミィナを庇って背中から着地した先は、店先の石畳の上だった。
刹那の後に響く轟音、そして崩壊。
舞い上がった砂埃で悪い視界の中、咳き込みつつリーシャが身を起こしたとき、眼前にはもう――
酒場は無かった。
代わりに、かつて屋舎を構築していた木材が山を成しているだけ。それを見た時、真っ先に脳裏に浮かんだのは仲間の顔だった。
「ラト……っ!」
恐らくデリックの部下らは、一人残らず下敷きになっているだろう。ならば当然、ラトもあの下にいることになる。きっと大丈夫。無事なはずだ。そう自分に言い聞かせて、倒壊した酒場を見つめ続けた。
その思いは決して希望的観測などではない。信じているのだ。
こんな事で命を落としているようなら、カルビナを訪れる遥か昔にとっくに死んでいる。
「う~~~~~~~っおりゃあああああ――――!!」
高らかに雄叫びが轟き、酒場の残骸の一角からボコッ! と真っ二つに折れた梁が吹っ飛ぶ。数秒遅れて、どっこいしょーっという爺臭い掛け声と共に人影が姿を現した。
彼は残骸から飛び降りると、リーシャとミィナの前まで歩いて来て誇らしげに胸を張った。
「にっしししし! 一件落着だな!」
「どこがよ!」
「どこがですか!?」
二人の突っ込みが見事にシンクロしたところで、ミィナがしまったとでも言いたげに、あっと声を上げた。
「あ、いえ、すみません……つい……」
「良いのよ、もっと言っちゃいなさい。何てったって私たち、危うくラトに殺されるとこだったんだから」
言いながらラトを睨み付けると、ラトは悪びれる様子もなく言い訳を垂れた。
「んー、パンチすれば壁ぶっ壊せると思ったんだけどなー」
「はぁ…………あのね、あんたがいたのは地下なのよ? だからあんたが殴ってたのは壁じゃなくて地面。普通に考えて壊れる訳ないでしょ」
というリーシャの指摘を聞いたラトがぽかーんと口を開け、何とも阿保っぽい表情を作ってリーシャを指さした。
リーシャは、がくぅーっとあからさまに肩を落として再度溜め息を吐いた後、ラトの額を指で軽く弾く。
「いて」
「……気付くのが遅いっ」
「まぁ良いじゃねぇか、細けぇことは気にすんなって! そんじゃ三人で朝飯食いに行こうぜ!」
「全然反省してないわね……。まぁでも、言われてみれば確かに私もお腹空いてきたかも。人が集まってくる前にさっさと退散しちゃいましょっか」
と、リーシャとラトは先程の事件をもう忘れてしまったかのように、あっさりと壊れた酒場に背を向けて来た道を引き返そうとする。そんな二人の後ろをのうのうと付いて行くことが、ミィナにはとても出来なかった。
二人は少し歩いたところで、ミィナが付いて来ていないことに気付く。
「ミィナちゃん、どうしたのー? 行こう?」
数歩分離れた所からリーシャが声をかける。ミィナは踵を返して振り向いたが、しかし依然として動こうとはしない。代わりに、浮かない表情のまま勢い良く頭を下げた。
「……ごめんなさいっ!」
その謝罪が何に対するものかは、リーシャもすぐに理解した。
確かにミィナが盗みを働いたのは事実だが、しかし物音に目を覚ましていながらも、未遂で済まさせる事も出来たのにわざと泳がせたリーシャとラトにも、責任が全く無いとは言い切れない。
けれどそれを今のミィナに説明したところで、素直に納得してくれるとも思えなかった。
リーシャは顎に当てて考える仕草を取って、小さく呻る。
「うーん……私たち、そんなに気にしてないんだけどな……。他人の物を盗んだって事にミィナちゃんがちゃんと罪悪感を感じてるなら……それで良いんじゃない?」
ようやく顔を上げたミィナだったが、しかし未だ沈んだ面持ちは変わらないままだ。下唇を軽く噛んでぎゅっと拳を握りしめる。そんな彼女の心境を、リーシャは痛いほどよく理解していた。こういう時、むしろ罵詈雑言を浴びせられ責められた方がよっぽど楽なのだ。過ちを悔い改めた人間は、償いを求める。
だから、その時ふと受かんだとある妙案を、リーシャはパチンッと指を鳴して躊躇いなく口にした。
「ねぇ、もしミィナちゃんがどうしても私たちに罪滅ぼしがしたいって言うなら、私たちの旅に付いて来れば?」
「えっ!?」
ミィナにとって、それはあまりに唐突過ぎる提案だった。彼女が思わず驚きの声を漏らすと、リーシャが続いて補足の説明を添える。
「一五〇万ギルもの大金を簡単に出せる人間なんて、そういないと思うのよね。このカルビナにいないんだったら、探すべき場所もそれなりに大きな町とか王都とかに限られてくるわけだし……」
「ミィナと似た匂いがしねぇから、多分この町にミィナの姉ちゃんはもういねぇっぽいなー」
リーシャの言葉の途中で、ラトが割って入った。
「――だってさ。どう? 一緒に来ない?」
今一度問われたミィナは、暫時、何も声を発することが出来なかった。
この人たちは一体どこまで綺麗な心を持っているのだろう。そして、そんな二人に多大な迷惑をかけてしまった自分はなんて最低な人間なんだろう、と改めて込み上げてきた心苦しさが、ミィナの視界を霞ませた。
チャンスがあるなら今度こそ、この二人に恩を返したい。そう思ったとき、ミィナの意志は固いものになった。服の袖で目元を拭い、リーシャの瞳を真っ直ぐに見返す。
「迷惑には……ならないでしょうか?」
「もちろんっ!」
ミィナの問いかけに、リーシャは屈託無い笑みを浮かべて大きく頷く。せっかく拭ったミィナの瞳から、何かが溢れ出す。
「……これからも、よろしくお願いします」
深々とお辞儀をしたミィナは、自分が泣いているのか笑っているのかさえ、分からなかった。
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