第4話 怪物の正体とラトの謎
怪物と盗賊の一味を撃退した後、ラト、リーシャ、ミィナの三人は気を取り直して港町カルビナへ向かい街道を進んでいた。
リーシャが遠い目で正面の空をぼんやり眺めながら、ぽつりと口にした。
「あいつ、結局何だったのかしら。あんな生き物、私見たことないわよ」
「俺もねぇ」
戦っていた本人ですら知らなかったらしい。となればもうお手上げである。町に着いたら適当に調べてみるかなー、とそんなことを考えていたのだが、そこで予想外の人間が名乗り出た。
「あの……私、知ってます」
振り向くと、二歩ほど後ろを歩いていたミィナが、胸の前で控えめに手を立てていた。
「あれはたぶん……“キメラ”だと思います」
聞き慣れない名前に、二人して小首を捻ってしまう。するとミィナが補足の説明を加える。
「昔、よく祖母に読んでもらってたお伽話に出てきた怪物です。魔獣キメラ――獅子の頭を持ち、山羊の身体と蛇の尾を持つ魔物……。でも、本当に存在したなんて……」
未だ信じ難いとでも言うように小さく
ラトはその話をあまり興味なさげに聞いていたが、そのうち何かを思い出したらしく、あっと声を上げた。
「そういやあの野郎、俺と鉢合わせた時、ドラゴンの死骸食ってたんだよなー。お前らの後ろ歩いてたときにさ、なんかドラゴン臭ぇなぁと思って匂いを辿ってったらよ、いた」
「いた、ってあんたね……。そーゆーの先に言いなさいよ。じゃあ私たちが追ってたのって、そのキメラ? ってので間違いないじゃない。そいつがドラゴンを殺し回ってた犯人じゃないの」
リーシャが指摘をすると、ラトは何を思ったのか急に黙りこくってしまう。誰も発言をしない数秒が流れ、不思議に思ったリーシャが声を掛けようとしたとき、彼の顔がゆっくりと彼女へ向く。
度肝を抜かれたような表情をしていた。
「今気付いたのね……」
「おい、マジかよ! 逃がしちまったじゃねぇか! くっそ、こうなりゃ急いで追いかけようぜ!」
突然、正面の空を指差して走り出そうとするラトの首根っこを、がしっと引っ掴む。
「バカ、今からじゃ間に合う訳ないでしょー。それにどこ行っちゃったかも分かんないし、手遅れよ」
「んだよ、ちくしょー!」
ラトは心底悔しそうに悪態を吐き、一方のリーシャは呆れた溜め息を吐いた。
有り得ないほど強いラトだが、やはりどこか抜けている部分がある。まぁ、そういう所があるからこそ、彼を一人の人として見れるのだろうけれど。ラトが何もかも完璧な超人であったなら、きっとリーシャはここまで一緒に旅を続けることは出来なかったに違いない。根拠はないが、何となくそんな気がするのだ。
呆れながらもそんな事を考えていると、とててっと小走りでミィナがリーシャの隣に並んだ。
「それにしても、お二人ともすっごく強かったんですね! リーシャさんがエルフと人間のハーフだったなんて驚きました! あんな間近で魔法を見たのも初めてで、私もう興奮しちゃって! それにラトさんのあのすっごいパワー! あれも魔法の力のお陰なんですか!?」
目を輝かせて、それまで抑えていたものを吐き出すかのように一息で
エルフの里で生まれ育ったリーシャは、物心付いた頃から魔法と馴れ親しんできたので魔法などもはや珍しくも何ともないのだが、やはり人間――特にリーシャのような少女にとって、魔法とは稀有なものらしい。
まぁそれは置いておいて、一つだけミィナの解釈に間違いがあったのでそこは訂正しておかねばなるまい。
「うーん、ラトのあれは魔法じゃなくて素なのよね……」
「ええ!? ――ってことは、やっぱり……」
「うん、本人も自分が何者なのか分かってないんだけど、少なくとも“人間”でも“エルフでもないのは確かよ。エルフにもあんな身体能力は無いし。……でもラトってば、こう見えてもドラゴンと会話できちゃうのよね……」
魔法とはまた別種の、竜と意思の疎通が可能という
「もしかして……“竜人族”、なんですか……?」
「消去法でね」
――尖がった特徴的な耳と美しい金髪を持つエルフに対し、竜人族はこめかみの辺りに小さな角が生えているのが大きな特徴だ。だがしかし、ミィナが反射的に視線を走らせたラトの頭部にそれらしき突起物は見当たらない。
その様子を見たリーシャは、クスっと可笑しそうに笑んでから言葉を継いだ。
「でもラトの場合、角は無いし、竜人族なら小さい子でも出来るはずの“変身”も出来ないし、色々と謎なのよ。……もしかしてあんた、竜人族の落ちこぼれなんじゃないの~?」
と小馬鹿にしたような頬笑みを浮かべて、右を歩くラトの脇腹を軽く小突く。しかし当のラトは、まるで他人事のような顔をして「どうだろなー」と興味無さげに呟いただけだった。
そのリアクションの薄さに少々詰まらなく思いつつ、ふとミィナに目を戻す。ほわぁー……と瞳をキラキラ輝かせて、二人をじっと見つめていた。
「エルフのハーフと、竜人族……」
そんな慣れない憧れの眼差しに、リーシャははにかみつつも居心地が悪そうに身を捩る。不意に顎に手をやり考え込むような仕草を取ると、その視線から逃れるように話題を切り替えた。
「それはそうと、既にドラゴンが殺られてたってのいうのは本当なのラト?」
「おう」
「はー……道理でおかしいと思った。だって普通に考えたら、ドラゴンが居るはずの森を盗賊が拠点にしてるなんて有り得ないじゃない。少人数ならともかく、あれだけの人数が縄張りに侵入したらドラゴンは黙ってないだろうし。……ただそうなると、あのキメラがドラゴンを倒したあと何をしていたのか、っていうのが引っ掛かるのよね。近くの町や村で目撃例はなかったんでしょ?」
目でミィナに問い掛けると、彼女はこくっと首肯する。
「だとすると、やっぱり辻褄が合わないわね……」
考えれば考えるほど謎は深まるばかり。歩きながら思索に耽り、どうやら険しい顔つきで地面を凝視していたらしい。はっと我に返ったとき、ミィナが心配そうな視線を投げかけていた。
んっんー! とわざとらしく咳払いを入れて顔を上げた。
「ま、今考えても仕方がないし、取り敢えず大きな町へ行けば何か分かるかもしれないし! さーて、そうと決まれば急ぐわよ、二人とも!」
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