愛埜佑さま。
初めまして、水島あおいと申します。
読ませて頂きました。
人は有限である事を知っているから、全宇宙よりも尊い。
そのお言葉に感じ入りました。
人間には必ず死があります。
どんなに善行を重ね、人から尊敬を受ける善人であったとしても老いる事、そしていつかは死ぬ事。この2つからは逃れる事は出来ません。今は超高齢化社会で日本人全人口の3人に1人が高齢者だと言われる時代を私達は生きています。周りには100歳近い人々も沢山居て、それを少ない若い人達が介護などに追われているのです。更に地震や自然災害が何度も襲い、若者層の犯罪が激増……
こんな時代に生きるのが辛いと言う人々の悲鳴が聞こえるのです。だから異世界ファンタジーや転生物に今の小説の殆どがなっている。
フィクションと言う別の世界に一時でも自分を連れて行きたい……今の人達にとって小説とはそう言う世界なのではないかと私は思うのです。ですから愛埜
編集済
ぼくも似たような気持ちになることがあります。
どうしてかと考えたことがあるのですが、フィクションって昔はもっと、本当に好きな人だけがこっそり楽しむような過激なもの、刺激的なものも多かったような気がするんです。
だからこそ面白かった、のではないかなあ、と。
少年漫画みたいなものだって、暴力的だからとか、ちょっとエッチだからウケた部分って少なからずあるんじゃないかなあと。
それが多くの人に開かれて過激なことを書けば色々言われるようになり、毒が抜けて、もともとのフィクションの刺激的な体験が失われてしまう。
ニッチなスタイルで人気が出たインディーズバンドがメジャーデビューする
↓
多くの人に受け入れられるように意識して丸くなる
↓
ファンの総数は増えるが、もともとのファンがいなくなる
似たような現象が、色んな場所で起きているような気がするんです。
ある意味、必然なのかもしれませんが……。
昔のフィクションや古典、ニッチなジャンル、新しい映画でも比較的マイナーなものなどは、変わらず色褪せず、面白いと感じます。
単にぼくの脳が時代についていけず、アップデートされていないだけなのかも……w
興味深く読ませていただきました。ありがとうございました。
作者からの返信
つきかげさん、私の雑感をお読みいただき、ありがとうございます。
確かに多くの人に読まれるようにするためには、角を取って丸くしていく作業が必要ですよね……
その段階でその筆者さんのエッセンスが失われていくとすれば悲しいことです。
その結果、似たような作品(に見えてしまう)ものが増えていることが、私がフィクションを読めない遠因になっているかもしれません……
私も似たような感じがしてきています。
歴史もわりと好きなのですが、そういった本を読んでも長続きしません(笑)
YouTubeの動画を観るくらいです。
結局のところ、フィクションを鑑賞するより、自分で書く方が楽しくなってるのかも知れません(笑)
作者からの返信
そうなんですよね~
私も結局「自分が読みたいものを自分が書いている」ので、そっちの方が楽しくなっちゃうんですよね~🤣
私もそうなんです。昔はあんなに好きだった本が読めなくなりました。特に物語が込み入ってる小説。
で、自分では込み入った小説を一生懸命書いてるってオチです。
こんばんは(^^)/ いやあ、なんだかすごい読書体験をしてしまいましたね、御作のお陰で(`・ω・´)!
僕もノンフィクションは好きですが、同時に空想的な趣味を持っている(映画とかアニメとか)のは何故なのだろう? と考えていた矢先、御作に出会ったという次第です。
おすすめレビューも書かせていただきますゆえ、しばしお待ちを!(^ω^)
作者からの返信
岩井さん、拙作をお読みいただきありがとうございます。
ちょうど岩井さんの思考と、私の雑感がクロスオーバーするタイミングだったみたいで僥倖です。
「すごい読書体験」とまでおっしゃっていただけると、ちょっと恥ずかしいですが😉
岩井さんの心に何かを残せたならとても嬉しいです!😊
私は20代半ばですが、なぜか急に冷めまして。どうしてかなと自問した結果、ある種の諦めなのかなと。考えてみれば子ども時代は望めばなんだって出来るし、何でも手に入る気がしました。でもフィクションはフィクションなんですよね。世界に浸る事までは可能でも、実際に行けるわけではない。そして何より、読めば読むほど展開に対する予測の精度や期待値が勝手に高まって、目新しさが減り、誰も自分の欲求に応えられなくなると。そうなると限られた時間を現実と向き合う作業に使った方が有意義なんじゃないかと感じるようになりました。何というか、フィクションって思っていたほどは万能じゃないのだなと。1人語りしてしまい申し訳ございません。ではこれにて失礼いたします。
作者からの返信
刻堂元記さん、私の雑感をお読みいただき、ありがとうございます。
お気持ちはわかります。そうなんですよね、冷めるんですよね……
私も「もしかしたらまたドエライ作品と出逢ってフィクションも読めるようになるかもしれない」と一縷の希望を抱きつつ、でも現状はノンフィクションを読み漁っている毎日です😓
面白いテーマですね、私もまあまあいい歳になりましたが
特にそういう衰えと思えるものはありません。
私は幼少期の方が伝記とかを読んでた傾向があります。
今もノンフィクション、フィクションは関係なく読みます。
何故なら両方私が知らない世界で未知の想像を掻き立てられるからです。
なのでファンタジーもノンフィクションも私は等身大という想像で楽しんでいます。
趣味でダイビングや海底写真なんかもやってますが
暗い海底と極彩色の珊瑚礁コントラストと未知への恐怖とスリル。
そして歴史も共に動く人々の物語と文化の推移、それが大好きです
当然今も一日10冊では足りない程度の漫画や書籍を読みます。
要するに私は満たされてないんです、知らない事を吸収する事に。
読めば読むほど私の脳内の世界は広がり、深みを増します。
それが虚構が本当にあった事かは重要ではないのです、私にとっては。
私の理屈を言い換えるなら作者さんは今が忙しいか十分に満たされているのかもしれません、面白かったです、
考える機会をありがとうございました(笑)
作者からの返信
みずたまさん、お読みいただきありがとうございます。
1日10冊はすごいですね……なんという速読……私もそのぐらいのスピードで読みたいです……。
ダイビングと海底写真はまったく知らない世界です……みずたまさんの世界は広いですね……私はアウトドアまったくだめなので……💦
虚構から人生を学んだり、ドーパミン的な即日の快楽を必要としていたことから、生きていく主体としての実用的な学びを欲するということなのかなと思いました。
それでも、自分自身は虚構の世界を描き続けると言うのも、またおもしろい皮肉なのかもしれませんね。
作者からの返信
自分でも矛盾した存在だと痛感しております……
編集済
長文にて失礼します。とても興味深い内容に魅かれました。
自分の有限さを知る⇒歴史に興味、一度は頭の中で否定しましたが読み進めると「なるほど」と感心させられました。
私事ながら約30年前にて読書を始めたのは、新田次郎や司馬遼太郎など御大作家の作品からでした。実はその頃人生に挫折を経験していました。
今思えば自分がどう生きるべきか分からなくなっていた時、無意識ながら時代小説で学ぼうとしていたのかも知れません。フィクションではありますが作品を通して日本史に興味が湧きました。
山岡荘八御大の作品のように人を食った生き方をしてみたい、出来ないけどww
恐れながら最後のノンフィクションからのフィクション執筆は矛盾ではないと思われます。某漫画家の「リアリティこそが作品に生命を吹き込むエネルギー」とあるように、ノンフィクションを取り入れていらっしゃる作者様の中にはエネルギーが溜まっているとお見受けしました。是非見習いたいです。
作者からの返信
naimedさん、お読みいただき、ありがとうございます!
今度山岡荘八先生の作品、読んでみたいと思います!
自分は生涯ずっと、物語に魅了されています。( ˘ω˘ )
作者からの返信
それはとても幸せなことだと思います😊
「まあ、あるいはただ疲れてるだけかもしれませんよ……」と思いながら読んだら、最後😂
作者からの返信
人は矛盾している生き物なのです……😂
【雑感】最近フィクションが読めなくなってきたんだけど……というお話への応援コメント
私もここ20年ほど(大学生になった頃から)フィクションがあまり読めず、年が経つにつれもっと読めなくなってきて、疲れてるからかなと思っていたので、とても共感します。深い知識に裏付けられた洞察にはっとさせられます。有限であることに気づいたから…たしかに。私はフィクションを書いて、フィクションが少し読めるようになりました。おそらくフィクションを書くのは、現実を自分が少し変えることだから、フィクションが読めなくなっても、できるんじゃないかな、と思いました。