第1話(最終話) 綺麗な「絵」だけが正義じゃないへの応援コメント
受け手の感覚によって左右する評価ですね💦
単純にこうして『綺麗』『上手い』という文字だけでも好みが出てきそうです。
因みに私は『上手い』、もしくは、『巧い』派です。
第1話(最終話) 綺麗な「絵」だけが正義じゃないへの応援コメント
そうですよねぇ。
天野喜孝さんのフルボディな絵柄で描かれたら、情報が多過ぎて読むのに時間がかかり過ぎちゃいそうです。
漫画を読む時はリズムも大切だと思いますので、ある程度簡略化されていた方が良いのでしょう。
第1話(最終話) 綺麗な「絵」だけが正義じゃないへの応援コメント
わかりやすくて面白かったです。わりと小説を読んでいても映画やドラマ、漫画、アニメが浮かんでくる派なのですが、お話によって絵柄や情報量や媒体を妄想してます。本なんですけどね。短編ドラマか映画のスクリーンか(好き勝手NG集とかまで妄想)漫画、アニメみたいだなあと思うものはほんとにキレイな1枚絵だなあ、ここは見開きページだろー!とか。四コマ漫画みたいだな、キャラが暴れてるいい少年誌だなあとか(もちろん心の中)思い浮かんで声優さんをあてたりします(笑)
第1話(最終話) 綺麗な「絵」だけが正義じゃないへの応援コメント
こんばんは、Akiです。
ちょっと感じることがあったので思わずコメント。
確かに「うる星やつら」=活き活きしてる!
呪術廻戦モジェロ=いや作画エグ!綺麗すぎるってっ!
と。時代が違えど芯を食ったお話だなっと思いました。
その言語化が凄かったです、勉強になりました。
ゆるっと応援させて頂きますね🏳🌈
編集済
第1話(最終話) 綺麗な「絵」だけが正義じゃないへの応援コメント
言いたいこと、激しく同意です。
もとは白黒だったマンガのフルカラー版って、作者と関係無しに出版社がそれっぽく色を付けたものなので、要は『作者が意図してない情報』が勝手に付与されてるわけなんですよね。そりゃあ邪魔ですよ。
ただ、根拠のエピソードとしてはちょっと弱いかなぁ、なんて。
世で評価されているものは、原作者が既に『最適な絵柄』にしたからで、それに余計な物をつければそりゃあ最適でなくなるでしょう。
漫☆画太郎先生のマンガだって、あれが最適な絵柄なのです。
フェルメールの『窓辺で手紙を読む女』は……(目をそらす
そもそもの『芸術に正義はあるのか?』は100年以上論争され、モネやピカソやデュシャン、絵画だけでなく音楽でもストラヴィンスキーやシェーンベルク、ジョンケージなど、様々な芸術家が『キレイだけが正義じゃない』と常識を疑ってきたという歴史が有ったりします。(いきすぎると理解不能になってしまうのですが)
ついテンションが上がって早口オタクになってしまいました。
とにかく『キレイだけが正義じゃない』というのは、良い視点です。さらに言えば『当たり前を疑う視点』は大事です。大好きです。
駄文、失礼しました。
第1話(最終話) 綺麗な「絵」だけが正義じゃないへの応援コメント
ぞいや様
小説にも同じことを当てはめて考えられる。
そんなご考察として拝読しました。
「物語がゆっくり進む作品」と「綺麗」の相性は、
たしかにそういう印象を受けます。
第1話(最終話) 綺麗な「絵」だけが正義じゃないへの応援コメント
ぞいや@舌癌ステージⅣ💖余命は如何に? 先生へ
コメント失礼します。
お話しされている内容、とてもわかります。
その絵に意味はあるのか、その線に意味はあるのか、今その情報量を与えるのは適切であるのかなど。
絵といえど情報であり、緻密に組み立てられているのもいいですが、あまりにも情報量が多いと疲れてしまう。それはとてもわかります。
小説だってそうです。最初から100話ある作品を読めなんて言われたら、「えぇ、自分に合うだろうか、区切りまでが長い」とか、情報量過多に陥るとそれだけで、フリーズしてしまう事もありますから。文字だけでもそれは表現できます。例えばコチラ。の文章
《修飾語がゴテゴテしていて、聞きなれないカタカナで、主語の前にやたらと多い文章(←これもそうです。文章の前に情報が多すぎて、なにを伝えたいのか分かりづらくなっている。)》
この塊なんだ?情報過多だろ。ってなりますからね笑
絵であっても、文字であっても、映像であっても。
何かを伝える媒体には、それぞれ明確な目的があってほしい。そこを意図して欲しいですね。
編集済
第1話(最終話) 綺麗な「絵」だけが正義じゃないへの応援コメント
作品による(θ‿θ)
ブッサイクな絵で耽美モノとか描かれても
「ギャグかな?(θ‿θ)」
って、思うし。
綺麗な動きのない絵でスポーツ者とか描かれても、
「なにこの静止画(θ‿θ)」
と、思うし。
初めまして。
宮田朋枝と申します
(θ∨θ)
あと、漫画の面白さは、話はもちろんかもですが、キャラとかより個人的にはコマ割りだと思っております。
編集済
第1話(最終話) 綺麗な「絵」だけが正義じゃないへの応援コメント
こんにちは。
下手なりに小説用にイラストを手書きし、
リアルではガチで水彩画を描いていたりしますので
上手い=綺麗ではない。
うんうんと(多分、こういうことを言っているんだろうなと)
うなずきながら読ませていただきました。
漫画とは違いますが、例えば展示会で綺麗なだけの絵って
うん、すごいね、よく描いたね、綺麗だねで終わっちゃうんですよね。
反面、画面半分殆ど書き込みがないのに、おおってなる絵がある。
絵でも漫画でも、その画面で何が伝えたいのかが大事なのではないでしょうか。
多すぎる情報量は、ノイズになっちゃうのかも知れません。
と、素人が生意気なことを申しました。
失礼しました。
第1話(最終話) 綺麗な「絵」だけが正義じゃないへの応援コメント
同じく「上手い絵」と「綺麗な絵」の違い、腑に落ちて思わず頷いてしまいますね!
読者の「疲れ」まで計算した独自の分析に、深い漫画愛が伝わってきて面白かったです。
第1話(最終話) 綺麗な「絵」だけが正義じゃないへの応援コメント
「漫画が上手い」と「絵が上手い」は別物である、という事と通ずる物がありますね
第1話(最終話) 綺麗な「絵」だけが正義じゃないへの応援コメント
わたしはマンガでは思いつきませんが、一番好きな絵はラファエッロの『小椅子の聖母』です。優し気な眼差しにいつも魅せられます。
ところで、この度も拙作に多大なご評価をいただき、ありがとうございました。心より御礼申し上げます。嬉しくて、近況ノートにてご紹介させていただきました。深謝。