23.知らない方が、幸せなこともあるんだよ…

「よーし、そうと決まれば善は急げ! 二人とも、このあと空いてるでしょ?」


 女子は、俺と佐倉の返事を待たずに立ち上がった。


「え、いや、空いてないですけど」

「ゲームセンター行こ! ここから近いとこ知ってるから!」


 断ってみたが、人の話をまったく聞いていない。

 それとも、俺に予定がないことを見抜かれているのか?


 何が「善は急げ」なのか、どうして三人で遊びにいく流れになっているのか、彼女の思考回路が理解できない。


 そもそも俺はまだ、この女子の名前すら知らないというのに。

 

 佐倉に助けを求めて視線を送ったが、彼は拒否権など存在しないと言わんばかりに、青い顔でこくこくと頷いていた。

 

 こうして俺たちは、正体不明の女子と様子のおかしい親友と、三人でゲームセンターへ向かうことになった。午後の講義をサボって。


 ・


 平日の昼下がりのゲームセンターは、そこそこ空いていた。

 派手な電子音と光が店内に満ち、クレーンゲームの筐体が整然と並び、奥にはメダルゲームのコーナーが広がっている。


「私、こういうとこ久しぶりなんだよねぇ! ねぇ、まず何やる?」


 女子は心底楽しそうにはしゃいでいる。

 学食で俺を探っていた、あの鋭い目つきは影を潜めていた。

 どちらが素なのか判断がつかない。


「佐倉、何かやりたいのある?」

「お、俺は……音ゲー、とか」


 佐倉がおずおずと口を開いた。


 ここで、彼が一番力を入れているジャンルである音ゲーとは。

 てっきり、この状況から逃げ出したがっていると思っていたが、覚悟を決めたのか?


「へぇ、音ゲーとかやるんだ。ちょっと見てみたいかも」

「……が、頑張ります……」


 彼女の一言に、佐倉の表情が引き締まった。

 おかしな気合いの入り方だ。


 音ゲーの筐体の前に立った佐倉は、なぜか深呼吸を繰り返している。

 ただゲームをするだけだというのに、その背中は大舞台に上がる直前かと思うほど強張っていた。


「じゃあ、いくぞ……!」


 曲が始まると、画面を流れるノーツに合わせて佐倉の指が動く。


「おおーっ! すごいね!」

 

 最初の十数秒は上手かった。

 もともと彼は音ゲーが得意だったし、よく分からん大会にも出ていると言っていた。


 だが、それも束の間だった。


「あっ……」


 一つ判定を外し、それをきっかけに、佐倉の指がみるみる乱れていく。

 焦れば焦るほどノーツを取りこぼしていき、額からは汗が噴き出し、目が泳ぎ始めた。


「わー、ミスってるミスってる!」

「くっ……」


 女子が横から茶々を入れるたびに、佐倉の動きはさらに硬くなっていく。


 最終的に、画面には見るも無残なスコアが表示された。

 判定は「FAILED」。

 曲の途中で強制終了である。


「佐倉……音ゲー得意なんじゃなかったのか?」


 俺は素直な疑問を口にした。


 自分からやりたいと言い出したくせに、この体たらくは何なのか。

 俺に解説するくらいにはやり込んでいるはずが、まるで初心者の手つきだった。


「い、いや、これは……調子が、悪くて……」

「そんなに緊張することか? いくら女子の前だからって——」

「青柳には分からないんだよ……!」


 佐倉が涙目で叫んだ。


 何がそんなに佐倉を追い詰めているのか、俺にはさっぱり分からない。


 見ているのが俺ではなく可愛い女子だからといって、ここまで人が壊れるものだろうか。


 隣では彼女が口元を押さえてくすくすと笑っている。


「じゃあ次、あっちやろうよ。クレーンゲーム!」


 促されて、俺たちはクレーンゲームのコーナーへ移動した。


 ずらりと並んだ筐体の中に、小さなぬいぐるみが詰まった台がある。

 丸っこい猫のキャラクターが山と積まれている。


「先せ……君、これ取ってみてよ」


 女子に指名される。


「……別に、いいですけど。その前に一つ聞いて良いですか?」

「なぁに? 彼氏ならいないけど〜?」

「いや、そういうのじゃなくて……名前、なんて言うんですか?」


 女子の顔に、ピシッと亀裂が入ったような気がした。


「え、えっと……み……」

「み?」


「…………ミカ。そう、ミカっていうんだぁ! いい名前でしょ? ねぇ?」


 ミカ……と名乗った女子は、隣にいた佐倉の肩を勢いよく叩く。


「め、めちゃくちゃいい名前っ! ミオ……じゃなかった、ミカちゃんってピッタリの名前だね!」

「そうでしょ〜? だからもう間違えないでね〜!」


 なんか違和感があるんだよな……。

 

 でも、その正体は分かりそうもないし、俺は仕方なくクレーンゲームの台に二百円を投入して、アームを操作し始めた。


 狙いを定めて、ボタンを押す。

 アームがぬいぐるみを掴んで持ち上げる——が、するりと滑り落ちた。あと一歩だった。


「あー、惜しい!」

「もう一回……」


 俺は次の二百円を入れていた。

 全く動かない景品なら諦めもつくが、なまじ掴めてしまうと引けなくなる。

 俺は無心でアームを操作し続けた。


「意外とムキになるタイプなんだねぇ?」

「うるさいですよ」


 ミカが横からスマホを構えているのに気付いたが、ぬいぐるみに集中していてそれどころではなかった。


 写真くらい好きに撮ればいい。

 こんな冴えない男の姿を撮ったとして、使いどころなんてない。

 陽キャ特有のやつだろう。


 そして、千円という大台に到達するところで、ようやくぬいぐるみが穴に落ちた。


「と、取れた……!」

「おおー、やるじゃん!」


 子供じみているのは分かっていたが、かなりの達成感がある。


 取り出し口から丸い猫のぬいぐるみを拾い上げた。

 手のひらに乗るくらいで、間の抜けた顔をしている。


「よかったねぇ先生」

「……先生?」


 聞き慣れない呼ばれ方に、俺は眉をひそめた。


「あはは、なんでもない。こっちの話」


 ミカはあっさりと話を流した。

 今のは聞き間違いだろうか。追及する間もなく、彼女は次の筐体へと歩き出していた。


 結局、しばらくの間、俺たちはゲームセンターを見て回った。


 メダルゲームで大負けした佐倉が半泣きになったり、ミカがレースゲームで俺を煽り倒したり。気付けば二時間近くが過ぎていた。


「そろそろ行こっかな。私、このあと用事あるんだ」


 ひとしきり遊んだあと、ミカがそう切り出した。


「あの……結局、君は何がしたかったんだ?」


 ずっと抱えていた疑問をぶつけた。

 

 いきなり現れたと思えば、俺が小説を書いていると知っている。

 敵のように振る舞いながらも三人で遊ぶ。


 彼女の目的が最後まで読めなかった。


「ん〜、別に? ただ、君がどんな人か気になっただけ」

「気になったって、なんで俺なんかを」

「それはぁ……ひ・み・つ」


 人差し指を口元に当てて、ミカはいたずらっぽく笑った。


「でも、思ってたよりずっと面白い人だったよ。うん、合格……とまでは言わないけど、悪くないんじゃない?」

「合格?」

「それじゃ、またね!」


 ひらひらと手を振って、ミカは去って……いこうとして。


「あ、これだけ貰ってく!」


 俺の持っていたぬいぐるみをひったくり、今度こそ去っていった。

 最後までこちらのペースを掻き乱すだけ掻き乱して消えていったな。


 またねと言っていたが、次に会うことはあるのだろうか。

 あってたまるか、という気もする。


 残されたのは、俺と魂の抜けた佐倉である。


「おい佐倉、生きてるか」

「……青柳ぃ……俺、もう駄目かもしれない……」


 佐倉が幽霊じみた声を出す。


「大げさだな。ただゲームしただけだろ」

「お前は……本当に、何も気付いてないんだな……」

「何がだよ」

「……いや、いい。知らないほうが、幸せなこともあるんだよ……」


 彼はそれきり口を閉ざしてしまった。


 やはり、この二人の間には俺の与り知らない何かがある。

 だが、聞いたところで答えないだろうということだけは、なんとなく分かった。


ーーーーー

ミカ…一体誰だったんですかね?


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