応援コメント

すべてのエピソードへの応援コメント

  • 第1話への応援コメント

    企画にご参加ありがとうございます。

    今の時期にピッタリすぎて切なくなりました。
    最後飛んでいった蛍は彼女なのかな、って想像するとまた切なくなりました。
    あと、描写が素敵。
    セリフも情景も独特の雰囲気があって、繊細な世界観がより切なさを感じました。
    ありがとうございます!

  • 第1話への応援コメント

    文芸部へのご参加、ありがとうございます。
    直接的な「死」や「心中」といった言葉を一切使わずに、小道具や風景を通じて二人の選んだ結末や感情の動きを読者に伝えており、極めて象徴的で美しい表現が際立っていました。

    ■ 全体を読んでの感想
    蛍や紫陽花を眺める穏やかな情景や、二人で食卓を囲む日常の描写から、徐々に静かな狂気と深い愛情が入り混じる結末へと向かっていく展開に、強く引き込まれました。
    最後に羅列される「短針が動いた。日が昇った。(中略)世界が動き出した。」という日常の動きと、「二人の世界はずっと雨だけれど、二人とも笑顔だった」という結末の対比が、あまりにも切なく、そして美しく胸に響きました。

    ■ お題「象徴」の活用について
    本作では、お題である「象徴」が、劇的な出来事をあえて直接的な言葉で説明せず、読者に深い意味を感じさせるために非常に洗練された形で散りばめられていました。

    ・コップに入った「とろみのある透明な液体」【永遠に結ばれることの象徴】
    「本当にこれでよかったの?」「これで幸せになれるね」という言葉と共に飲み干される透明な液体。これは明確に「毒」のようなものを示唆していますが、二人にとっては現世の苦しみから解放され、永遠に一緒にいるための手段(死)の象徴として描かれていると思いました。

    ・窓の外に降り続く「雨」【悲哀や外界の冷酷さの象徴】
    少女が「雨が降ってきた」とつぶやいてから徐々に強くなる雨。そして最後の「二人の世界はずっと雨だけれど」という一文。この雨は、彼らが生きる世界にあった絶望や悲哀の象徴として機能しているように感じられます。しかし、「二人とも笑顔だった」と続くことで、雨の中でも心は満たされているという究極の愛が表現されているように感じました。

    ・「蛍」とその光【儚い命と魂の象徴】
    冒頭で少女が手に包み、最後に部屋へ舞い込んで少女の頬を照らす蛍。その儚く明滅する光は、今まさに消えゆこうとしている二人の命そのものを象徴しているように思えます。少女が眠りについた後、窓の外へと飛び立っていく姿は、肉体を離れて空へ昇っていく魂を象徴しているようで、深い余韻を残しました。

    ■ 最後に
    「象徴」という魔法を通じて、言葉にしないことで逆に「二人の想いの強さ」をここまで鮮やかに描き出してくださった筆致に、深く敬意を表します。
    また部室にて、あなたの紡ぐ、美しく切ない物語に出会えるのを心より楽しみにしております。

  • 第1話への応援コメント

    コメントは2回目になりますね。
    前回拝読した作品もそうでしたが、今回も扱いの難しい問いに向き合っている作品だと感じました。
    今回も、作品の奥にあるものについて少し踏み込んで書きたいと思います。

    少し長文になりますがお許しください。




    読み終えてしばらく、「一緒じゃない方が嫌だもん」という言葉が残りました。

    液体を用意します。
    「本当にこれでよかったの?」
    青年は確かめます。「一緒じゃない方が嫌だもん」と言って、最後に眼を閉じます。

    少女は「いいの」と受け入れ、「嫌だったらいいんだよ」と青年の気持ちを気にして、「これで幸せになれるね」と言い、「大好きだよ」と告げて、眠りについていく。

    同じ選択の前にいるようで、二人は同じ場所にはいない。そのずれが、後半でとても効いてくる作品だと思いました。

    この作品の奥で静かに支えているものについて、私なりに考えました。



    一緒ではないことを拒んで進んだ行為が、少女を先に眠らせます。そのとき青年は、一度だけ「一人」になります。

    「一人になった青年は、雨の日特有の土の匂いを感じ、僅かに悲しくなっていた」

    この一文が重かったです。

    一緒にいたくて、離れたくなくて、そのために選んだことが、最後にいちばん避けたかった形を、一瞬だけ作ってしまう。
    その一瞬があるから、後に出てくる蛍の光が、ただ綺麗なものでは済まなくなっているのだと思いました。



    蛍は部屋を飛び回ったあと、少女の頬に止まり、「少女を美しく照らした」

    そして、

    「その光景に青年は耐えられず」

    この短い言葉が、深く残りました。

    少女はもう眠りの中にいて、青年だけがまだ目を開けてこちらに残っている。その時間のずれを、蛍の光が見える形にしてしまう。だから青年は少女を先程より強く抱きしめて、「僕も、大好きだよ」と言い、眼を閉じます。

    蛍は冒頭で、弱く光を点滅させながら紫陽花の葉に休んでいました。青年は「そっとしておこう」と言い、少女はそれを静かに観察していた。あの蛍と最後の蛍が同じ存在なのかどうかは、作品は言いません。

    でも最後の場面の蛍は、少女をあたたかく照らしながら、青年に「自分だけがまだ残っている時間」を見せているように感じました。

    青年を最後に動かしたのは、やはりその光景だったのだと思います。



    食事の場面も心に残りました。

    少女がリスのように頬を膨らませて、青年が思わず笑う。「その後も部屋は楽しげな声で満ちていた」。トマトスープの湯気、サクランボのジャム、マーガリン。そこには、具体的なものがたくさん置かれています。

    だからこそ、寝室に入ってからの落差を大きく感じました。


    「これ」

    中心にあるはずのものは、こう呼ばれます。
    液体も「とろみのある透明な液体」としか書かれない。何のためにそれを選んだのか、何を飲んだのか、二人の世界とは何なのか、最後の笑顔を誰が見ているのか。

    大事なところほど、名指しされていません。

    その静かな空白が、読んでいる間ずっと残りました。



    「これで幸せになれるね」という言葉も、心が動きました。

    幸せだと言えるのは、まだそれを言える人がいる間だけです。けれど二人がそこへ向かうための行為は、同時に、幸せを確かめることのできる人を眠りの中へ連れていってしまう。

    だから最後の「二人とも笑顔だった」も、きれいな救いとしてだけは読めませんでした。

    幸せになれた、と言われた。
    でも、それを確かめた人はいない。

    その笑顔を誰が見ているのかを、この作品は言わない。言わないまま、笑顔だけが残る。

    その宙吊りが、最後の一文のあとも、ずっと残り続けています。



    雨の使われ方も、とても印象に残りました。

    最初は庭で降り始めるだけだった雨が、屋根を打つ音になり、「互いの息吹のあたたかさを感じられる距離」を作る音になり、青年が一人になったときには土の匂いとして戻ってくる。そして最後には、「二人の世界」そのものの状態になる。

    外では短針が動き、日が昇り、スズメが鳴き、カーテンが開き、子供が笑い、卵が焼け、虹が出て、世界が動き出している。

    でも、二人の世界だけは、あの夜の雨のまま止まっている。

    止まっているのに、二人とも笑顔だった。
    誰も確かめていないものが、笑顔の形で残っている。

    読み終えたあと、冒頭の蛍にも、雨の降り始めにも、もう一度戻りたくなりました。光は内側から出るのではなく、外から一瞬だけ触れて、去っていく。雨は止んだはずなのに、二人のところでは止まらない。

    その静かなずれが、今も頭のどこかに残っている感じです。



    追記

    別企画にも参加されていて、そちらのテーマが「象徴」とのことだったので、私なりにこの作品の蛍や雨の置かれ方についても考えました。

    どちらかというと少し哲学・思想寄りの読みになりますので、ご了承ください。

    私にはこの作品の蛍や雨は、「蛍=命」「雨=悲しみ」というふうに、ひとつの物にひとつの意味を対応させる象徴ではないように見えました。動きのある象徴というか、場面が進むにつれて、読者に見せるものが少しずつ変わっていくような感じです。

    蛍は、冒頭では「蛍を食べたら自分も光ったりするのかな?」という問いから始まります。光を自分の内側に取り込めるのか、という少し幼い問いです。
    けれど最後に少女を照らす光は、少女の内側から出るものではありません。蛍が外からやってきて、少女の頬に一瞬だけ触れるように光ります。

    この違いが、とても大きいと思いました。

    光は少女のものになるのではなく、青年に見えてしまうものとして置かれています。
    少女が眠りにつき、青年だけがまだ「一人」として残っている。その時間のずれを、蛍の光が見える形にしてしまいます。
    だから蛍は、ただ命の儚さを表すものというより、私には「もう同じ時間にいない二人」を一瞬だけ照らしてしまう象徴のように見えました。

    しかも、その光は答えを与えません。
    青年に答えを渡すというより、耐えられない光景を見せてしまう。意味を説明する光ではなく、言葉にする前の限界を見せてしまうような光だと思いました。


    雨も同じで、単に悲しみの背景では終わっていないと思いました。

    最初は「雨が降ってきた」という、窓の外の出来事として現れます。
    次にそれは屋根を打つ音になり、部屋を満たして、二人が「互いの息吹のあたたかさを感じられる距離」にいるための条件になります。
    そして少女が眠ったあと、青年が一人になった瞬間に、雨は土の匂いとして戻ってきます。
    そして最後には、「二人の世界はずっと雨」という形で、二人の世界そのものになります。


    外の世界では、雨は過ぎていきます。

    短針が動き、日が昇り、虹が出て、空が青くなります。

    でも二人の世界だけは雨のまま残ります。

    ここでの雨は、悲しみという感情だけではなく、外の時間から切り離された場所の象徴として働いているように感じました。止んだはずなのに、二人のところでは止まらない雨です。


    そして、その蛍と雨のあいだに「とろみのある透明な液体」が置かれています。

    透明なのに、いちばん見えない。
    コップの中にあるものとしては見えているのに、それが何なのかは本文では名指しされていません。

    この液体は、二人を「幸せ」へ向かわせるものとして扱われます。でも同時に、その幸せを確かめることのできる人を眠りの中へ連れていってしまう。だから私には、この透明な液体は、ただ具体的な物としてあるだけでなく、「見えているのに、意味だけが最後まで明かされない中心」の象徴のようにも読めました。

    最後の笑顔も、その延長にあるのかなと思いました。

    笑顔は見えるものです。

    けれど、その笑顔を誰が見ているのかは分からない。二人が本当に幸せになれたのかどうかも、二人の言葉としてはもう確かめられない。見える形だけが残って、その内側はもう閉じています。

    だから、この作品の象徴は、何かを分かりやすく説明するための記号ではないと思います。むしろ「見えているのに確かめられないもの」を残すために置かれているようにも感じました。

    蛍の光

    透明な液体
    笑顔

    どれも目に見えるものなのに、最後の意味だけはつかませてくれない。そこに、この作品の静かな怖さと、読み終えてからも消えない余韻があるのだと思います。

  • 第1話への応援コメント

    イベントにご参加いただきありがとうございました。

    胸にグッとくるお話でした。

  • 第1話への応援コメント

    企画「校正してほしい作品集」への参加ありがとうございました。

    作者からの返信

    まこわり様、こちらこそ素敵な自主企画をありがとうございました。また、読んでくださりありがとうございました。