壇ノ浦の阿修羅への応援コメント
楠本ラリアットさまの、呪文系……!
文体そのものが、波のうねり。
船酔いしそうです。
中将さんと主人公の会話が好きです。
中将さんが、短く、簡単に答えてくれるのがいい。
上司ってすぐいいこといおうとするから。
この人は、そんなことないので信頼できます。
またお邪魔します。
ありがとうございました。
作者からの返信
直します。
Sawatani-Asariさん、ありがとうございます。
船酔い、よかった。させたかったので。
中将は平家の中でもかなり高位の血筋で、歌の嗜みもあるはずなんですよ。でも歌わせなかった。極限状況で文学的饒舌を発揮できる人間なんていなくて、そういう場所では言葉は虚しいと思っていて、でもそこにしか本当のことはないとも思っていて、だから田村隆一みたいにリリシズムが一切出てこない、わからん、だけが残る、そういう人間を書きたかった。わからん、と言い続けた人間の言葉の方が、きれいに整えられた言葉より遠くまで届くことがある。そういうことを信じて書いています。
またお邪魔します、て書いてくれてよかった。待ってます。
壇ノ浦の阿修羅への応援コメント
メタ視ですね👀
トコトン、メタ視。
そうなっちゃうんでしょうね。
考えてもわからないことは、わからない。
ふとしたときの、笑い。
素の反応。
ソレが、本当の感情、涙を誘ったのでしょうね。
滅びを待つ日々。
このシチュを淡々と書かれたお話。
人は、いかなる状況でも、
人なんだなと、感じました。
ありがとうこざいました🤗✨
作者からの返信
宮本賢治さん、ありがとうございます。レビューまでいただいて。
おっしゃる通りで、メタ視というか、もうそれしかできない人間を書きたかったんです。三位中将という身分も、平家という家も、戦の意味も全部剥ぎ取って、わからんしか言えなくなった人間、それでも夜明けを待っている人間、そういうただの修羅を書きたかった。古典文学なら合戦の前に一首詠むところだけど、そこは意地でも詠まなかった。詠んだら嘘になる気がした。
笑いが涙を誘ったというの、それが聞けてよかった。ふとしたときに笑えるのが人間で、それが本当だと思って書いてた。修羅でも何でも、腹は減るし、飯はうまいし、五郎のいびきはうるさい。それが嘘じゃないと信じて書いた。
死ぬ気で書いたのは本当で、アドレナリンがまだ抜けてなくて、でも言葉になる一歩手前のものが届いたなら、死ぬ気で書いてよかった。それだけです。ありがとうございました!