私の手記への応援コメント
信じるものは幸いである
何も信じられない人はもっと幸いである
二元論に執着した人間同士の争いに嫌気がさして全方位を非難するのは正常な心理状態でしょう。
あなたの目からみて醜く見える人物が信じている物は、全て信じなくて良いし、目を向ける必要もないでしょう。
どうせ、それらはあなたを救うことは無いですからね。
まず向き合うべきは自分の内心であり、その想いをそのままに認める事だと思います。
また、当事者としての手記を人目に触れる場所に投書すべきだという判断は大変に素晴らしいと思います。
私からは、読ませて頂いた事に心よりの感謝を捧げます。ありがとうございました。
あなた様が善き御縁に巡り会えることをお祈りします。
同級生Aの手記への応援コメント
遺族の方、当事者の方、事実を淡々と述べる姿勢に敬服いたします。
わたしたちが知りたいのは、youtuberの憶測や意見ではなく、
「事実」なのですから。
真実が明らかにされ、正しい判断がくだされ、ご遺族・当事者の方々の心が
少しでも軽くなることを願ってやみません。
風化させることを断じて許さず、粘り強く見守っていきたいと思っています。
私の手記への応援コメント
あなたが辛く悲しく、そして怒り感じた事を丁寧にまとめ発信してくれた事に感謝します。
文を読み進めるうち、涙が溢れ止まりませんでした。
学生であるあなた達にこんな思いをさせてしまった世界の、一人の大人としてとても申し訳なく思います。
編集済
同級生Aの手記への応援コメント
誰かさん、同級生さん、はじめまして。
お二人の投稿には愛情と熱意を感じました。
自分のことになりますが、私も高校生の時、つらい別れを経験しています。
半世紀前のことですが、私が高校3年生だった時の学校行事の最中に、一学年下の女生徒が心臓の発作で急に…でした。
私が通っていた高校の校舎は当時としては少し変わっていて、広めの廊下の両側に教室があり、
左には2年生の教室、右は3年生の教室が並んでいて、例えば2年1組の教室を出ると目の前は3年1組という、両側にお店が並んだ商店街の通りのような作りでした。
そのため2の1と3の1の生徒は学年は違えどお向かいさん同士となり、休み時間や掃除の時間などに多少の交流が生まれます。
私は3年の1組で、その子は2年1組でした。
その子とはあるきっかけで話をするようになれたのですが、そのきっかけとは生物の授業です。
誰かさん、同級さんも、生物の授業でカエルの解剖をしたご経験があるかもしれませんが、
この高校では2年生の時に解剖実習が必須でした。
2年生の一人ひとりの前に固定されたカエル。それを見て生徒は大騒ぎ……最後は電極をカエルの脚に当てて筋肉を収縮弛緩させる等のアレです。
それで授業で使うカエルですが、どこかで買ってくるのではなく、生物部の部員が調達・採集してきます。
繁殖期のカエルは沼地に集まってきますが、たくさん集まる場所を知っている生物学の先生が主導のもと、生物部の部員(私もそのひとりでした)が駆り出され、2年生のために数百匹のカエルをつかまえてくるのです。
そしてまだまだ生物部員の仕事は残ってます。
実習当日、まず先生が薬品でカエルを眠らせます。
そして生徒の人数分のカエルを、生物部員が15センチ四方のベニア板に仰向けに寝かせて、ピン止め作業をするのです。
2年生たちが実習台にずらりと並んだカエルを見ての驚きの反応に、先生と生物部員はニンマリするわけです。
この時に私は初めて、その子と話すことができました。
その子への私の思いは強くなりましたが、関係に進展はなく秋になって、全校生徒参加のマラソン大会の時です。
町から少し離れた川沿いの道を行って帰ってくるコースで、男子は10キロ、女子は5キロ。
男子がスタートした後に女子がスタートし、そして女子が先にゴールして、続いて男子が戻ってくることになります。
体育が得意ではない私は、最後尾のほうでゴールしましたが、先に完走した生徒たちがだらだらとしてまとまりがなくて、様子が変と思っていたら、
女の子が倒れたらしい、と伝わってきました。
バイクが先生達のいる本部テントにやってきて、なんだなんだ?っと思ったら、バイクを運転していたのは体育の先生でした。
ライダーの先生が連絡係として病院との間を往復していたようです。
(スマホがない時代だから)
少しして、一緒にカエル採りに行った生物の先生がメガホンで「2年の女子生徒が倒れて、校長先生が車で病院に運んだが、心臓麻痺で…」
そのあとどうやって家まで帰ったのか、当時から今でも思い出せません。
何日かあとの朝礼の壇上で校長先生が泣き崩れたことは覚えてます。
その子のお母さんからのメッセージも読み上げられましたが、これは断片的にいまも覚えています。
そして半世紀たったいまも私はその子を思い出します。
たまに思い出すというより、毎日一瞬はその子を思い出してると思います。
それから数十年後、地域の自治会長をやっている時、消防署で心臓マッサージの講習を受けました。
ドラマで役者が行なってる心マでは手ぬるくて助からない、と知りました。
心房細動からの蘇生を目指すならマッサージではなく、手動のポンプなんだと。
そして数年前、私の目の前で友人がバタッと倒れました。
問いかけに反応がなく、まったく動きません。仰向けにすると唇が紫になってきて、口から泡がわいてきました。
あたりの人に119へ電話・コンビニAEDを取ってきてください、と頼んで「心マ」をしました。
彼女の肋骨を6本折りました。
彼女は駆けつけた救急車の中でAED蘇生して、救急病院、それから専門の病院へと3つ転院しましたが、行く病院の先々で「後遺症もなく元通りに戻れるなんて、あなたは相当運がいいんですよ」と医者に言われたそうです。
私が彼女を救える助けになれたのは、半世紀前、あの子が好きだったこともあるのかもしれません。
かなり長い話になりました。
誰か。さん、同級生さん、おふたりの明るい未来を祈っています。
私の手記への応援コメント
この件に関しては共産やら左翼やら以前に、安全面に配慮の欠けた大人たちの無責任が故に起きた事故であると私は考えてます。そういった意味でしっかりと行政は団体及び学校に対してきちんとした監査が入ってほしいものです。
同級生Aの手記への応援コメント
未だにこの事件のことは、謎と混乱に包まれている部分が多々あります。加えて、事件の衝撃が大きかったから、しばらくはこの事件が大きく取り上げられるでしょう。そのたびに辛い記憶を引き摺りだされるでしょう。とても悲しく辛い、忘れたい記憶が思い出されるでしょう。ですが、それが生きることだと思います。生きているから、悲しみや辛さを感じられるのですから。あなたには、生きることを諦めないでいて欲しいとも思います。生きていれば、きっといい事があります。そう信じ、辛く悲しい今を乗り越えて下さい。辛く悲しい事は、自分以外の誰かと共有し、ともに背負って貰えば、少しは軽くなります。自分ひとりであまり荷物を背負い込まないで。今はまだ笑えないかも知れませんが、いつかは自然に笑顔になれますように。
私の手記への応援コメント
50になったおっさんです
50年も生きてやっと世の中の事が見えてくる事がありますが、
今回の事故の原因を言えば、あの様な小さい船で民間人の子供を乗せて活動してはいけなかった
日本には言論の自由も思想の自由もありますから何を主張しようと自由です
巻き込まれると理不尽を感じてしまいますが、何とか俯瞰した視点で色々と判断して頂けるとありがたいです
私はネトウヨ側なのでこれを期に沖縄県の状況が動く事を望みますがね
編集済
同級生Aの手記への応援コメント
まだ、お若い方ですが、しっかりした内容で、その時に何が起こっていたのかが良くわかりました。
私は報道でしか知りません。
平和学習と今回の事故については別に考える必要があると感じました。
日頃、慣れてる海だからと、資格のない船長が高校生に救命胴衣の正しい着用も指導しなかったと聞いていました。
これは海という自然は何が起こるかわからない、その為には最善の策を行うことを怠った大人達の大きな過失だと思います。
また、事故が起こった際の対応にも疑問が残ります。
確かに、現状を伝える必要はあるでしょうが、その後に先生やカウンセラーは各部屋を周り、大人が不安な気持ちをいつでも一緒に受け止めるよと言う姿勢が欲しい、、、。
こうした場合、不要な会話をするよりは背中をさすってあげるとか手を握ってあげるとか眠るまでそばにいるからねと言う姿勢を見せることが大切だと思います。
生徒さん達が受け止めきれない事実と葛藤している中で、平和学習がとか学校が左翼だとかと言うバッシングは全くもって意味を無さないと思いました。
それよりもカウンセリングの体制を国指導で学校に臨床心理士や児童精神科医の派遣をして専門家の意見をもとに子供達の精神的フォローを図る必要を感じました。
同級生のみなさん、自分のこころを大切にしてください。
逃げてもいいんです。忘れたいならそれでいいんです。生きていく貴方達は人生を謳歌してもいいんです。
うしろめたく思わないでください。
これは私達、大人が背負うっていくべきことだから。
編集済
私の手記への応援コメント
読みました。
私も文句言いました。
イライラしてる事もあります。
私は2019年頃から、辺野古の問題で揺さぶられます。亡くなった翁長知事の「沖縄は先住民族で差別されてる」と。それを聞いてショック受けて、沖縄に嫌悪感持ちながら分析してます。沖縄に住んでたこともあって。沖縄に住んでて知ってる人は、自分らを先住民と言ってなかった。
つい最近は住んでた時の事を振り返ったり批判したりしてます。
https://note.com/kaosiung01/m/m4fdf37e9087e
今見ると、みっともないです。
一つ申し上げれば、辺野古の事故は、反対派の船長の年長主義と、付き添いの先生が船に乗って安全を怠った弊害で起きてると思う。
前者の年長主義は、沖縄にある年齢階級的な物で、年長者が正しいと思えば皆、年下は正しいと思って従うから。逆らうと、村八分で干されるか、年下煽って袋叩きにして、従わせてくるもの。
私も、学生時代、ある事で先輩に反対したら、仲いいと思ってた同級生に袋叩きされて、同級生が先輩にかしづいて、後になって、年長主義と気付いた。沖縄ではシージャーと言う。
樋口耕太郎の「沖縄から貧困がなくならない本当の理由 」読んでわかった。
https://search.yahoo.co.jp/commerce/catalog/detail?ei=UTF-8&p=%E6%A8%8B%E5%8F%A3%E8%80%95%E5%A4%AA%E9%83%8E&fr=top_smf&sftype=&aq=0&ai=ac09d0f7-7c6e-4538-80ce-256ac6d852a1&oq=%E6%A8%8B%E5%8F%A3%E8%80%95%E5%A4%AA%E9%83%8E&aa=0&ts=10308&at=s&iau=1&tile=1&ml=prop%3Aec_ctlog%3Bq%3A%E6%A8%8B%E5%8F%A3%E8%80%95%E5%A4%AA%E9%83%8E%3Bctlgid%3A8809398675%3Bbffstype%3Aec_pdlist%3Bfrtype%3Aec_list-1-pdlist_ec_list-ttl%3Bdestprf%3A27%3Bmtids%3A1868_2%2C1862_1%2C1864_ctrl%2C104_ctrl%2C1851_1%2C1884_3%2C1882_2%2C10167_ctrl%2C1850_ctrl%2C66_2%3Bcvpk%3A1868_1%2C1884_2%2C1864_1%2C104_1%2C1862_2%2C1851_1&ml2=%7B%22bffstype%22%3A%22ec_pdlist%22%2C%22ctlgid%22%3A%228809398675%22%2C%22cvpk%22%3A%221868_1%2C1884_2%2C1864_1%2C104_1%2C1862_2%2C1851_1%22%2C%22destprf%22%3A%2227%22%2C%22frtype%22%3A%22ec_list-1-pdlist_ec_list-ttl%22%2C%22mtids%22%3A%221868_2%2C1862_1%2C1864_ctrl%2C104_ctrl%2C1851_1%2C1884_3%2C1882_2%2C10167_ctrl%2C1850_ctrl%2C66_2%22%2C%22prop%22%3A%22ec_ctlog%22%2C%22q%22%3A%22%E6%A8%8B%E5%8F%A3%E8%80%95%E5%A4%AA%E9%83%8E%22%7D&sc_e=sydr_eclist_pdlist-pdlist_ttls_statexp___1862a-2,dsb-1
私もみっともない人間だから、笑ってくれ。
負けんな!
あと、文の頭に、
人は、誰かを非難することでしか生きることができない。自分が蔑み、軽蔑、非難の対象になったことがある人ほど誰かを非難したがる。
とあるが、みんな思い通りにならなくなると皆そうなるよ。いろんなことで。
そういえば、民衆が娼婦に石投げてて、キリストが止めて、民衆に「あなたがたは何も悪い事したことないのか?」と言った話あるが、誰にも愚か者になる可能性はあると思う。
中々、コントロールすることができなくなる事多くなるから。
私の手記への応援コメント
亡くなった生徒のご両親のnote、文科省の報告書、サキシルや三枝玄太郎さんのネットチャンネル、そしてこちらに辿り着きました
様々な感情を抱えながらも、冷静さと客観性を失わずに書かれた日記に、感服しながら最後まで読ませていただきました。
筆者の知性と理性を感じました。
ネット上に溢れる言葉に
在校生の皆様が、2次被害を受けている気持ちは理解できます。
当然、母校に対する愛情もあるでしょう。
それを踏まえ
在校生の皆様にお伝えしたいことがあります。
皆様は「まだ」高校生でもありますが、「すでに」高校生でもあります。
3年生になれば、選挙権を得る生徒もおられるでしょう。
「おかしい」「間違っている」と感じたら、声を上げ、行動してください。
大切なのは、皆様の後輩が二度と
今回のような痛ましい事件の被害者にならないことです。
在校生でなければ、できないことがあるはずです。
この事件はイデオロギーの問題ではありません。
安全管理の問題です。
文科省の報告書を読む限り、学校は安全管理について何もやっていないに等しいです。
自分が動いても、何も変わらないかもしれません。
でも確実に言えることは、自分が動かなければ、何かを変えることはできません。
これが、私の拙い50数年の人生で学んだことです。
同じ空の下で
皆様の今後のご活躍を期待し、祈念しております。
高校2年生の息子の父親より
編集済
同級生Aの手記への応援コメント
あなたはとても勇気のある人です。
発信してくれてありがとう。
そしてニュースの裏の当事者である生徒たちの生の心の動きや空気が、あなたが思う違和感や憤怒がとてもよく伝わりました。
高校生という多感で感受性が豊かな時に起きた今回のこと、高校生を持つ母として感情移入してしまい涙が止まりませんでした。同じ学校の高校生が頑張って手記をあげた、それだけでも自分の子供なら頑張ったねと抱きしめたい。
そして、自らは発信できない他の生徒の声もあなたが発信してくれたことはとても意義があると思いました。みんなもがいてる。
残酷ではあるけれど、亡くなった彼女が残したものは、残された皆さんの中に根付き、さまざまな形で皆さんの中で生き続けていく。それを目の当たりにした気がします。
葛藤があったと思いますが、本当に頑張りましたね。あなたの行動で、ただのニュースがそうではなくなりました。教えてくれてありがとう。
心無い人たちは大勢いますが、あなたはブレない強さがあるようにお見受けしました。でもやり過ごせない時はまたここに戻って声をあげたらいいと思います。
あなたは高校生。文章も気持ちの整理も、私たち大人だってもできないのだから高校生なりの感性で、未熟さで(良い意味です)壁打ちしながら進めばいい。そんな姿を見ながら私たち大人が学ぶことも多い。
ここにあげないまでも、心の揺らぎを文字にするということは心療内科的にも効果があります。そして大人になってそれを振り返った時驚きや発見もあります。辛い時は書いて吐き出してみてください。
私は心からあなたや他の生徒さんを応援しています。亡くなられた生徒さんの人生の続きを皆さん全うしてあげてください。
同級生Aの手記への応援コメント
DMさんの日記紹介と追伸をありがとう。
亡くなられた女生徒さんのご家族の『Note』から伝わってくる人物像も然り、『誰か。』さんも然り、このDMをくれた生徒さんも然り、善き人格を育てる校風なのが伝わってきています。
きっと皆が素晴らしい生徒さんたちなのだろう。
正しくない大人たちのせいで、
研修旅行を楽しい思い出だけにできなかったのが悲しいです。
大人の一人として本当に申し訳ないです。
大人たちの顔が見えなくても、
心の傷は簡単には癒えなくても、
それでも少しずつ進むしかない、、、
顔の見える善い大人になってください。
応援してます。
59歳のオッサンより。
同級生Aの手記への応援コメント
こっちも読んだ、やはり言葉足らずと思うけど描きます
沖縄本土の人は、やはり少し本州の人とは人生観が違います
それは良い悪いでは無く、本州の人間よりも人死に近い人生観があるのかもしれません
彼らの言うとおり人生は楽しむべきです、自分が思うままに成すべきです
人に言われて成すことにどれほどの価値があるでしょう?
昔、俺の人生に一石を放った漫画の言葉に
人生を悩む引きこもり学生に。
『人はハッピーになる為に生きている。人を殺しても、何をしても良いんじゃ。
だけどな、人を殺せば警察に追われるし生きづらくなる、
悪い事をすると心がハッピーから遠のく。
ハッピーになる事は難しいんじゃ。』
悲しい事件はあったけど、あなた方まで悲しい人生を送らないように
自分の思った事を成してください、
考えて考えて考えて、自分なりに生き続けるのも答えですぜ
私の手記への応援コメント
ここまで読んで、何か書きたくなるけど、上手く書けない自分が悔しぃ
とか書き始める
事件と言って良いのか、このニュースを聞いたときは
自分も学校名と場所と、次々に流れてくる情報を聞きながら
大抵のネット民が思うような、
そんな学校だから・・・と思うような続報が続き、
今では世間的に、終わった話題になりつつあると思います
そんで、筆者の受けている傷は癒えることなんて無く
傷に慣れてゆく、否応なく時間がそうさせていくと思う
あと、唐突に現れた『けん玉』さんは不意打ちすぎる。
で、戦争反対、平和が大事なのは誰もかも思ってることで
ただただ、脳死で戦争反対を唱えている集団に猜疑心を持っています
考えることを辞めないでほしい
今の戦争反対を唱える活動をしている方々はデモ行為を飯の種にしている
ただの悪党や寄生虫なので、それを何歩か遠くから見て
貴女の学校は世間からどう見られているのか、今一度考えて見てほしい
編集済
同級生Aの手記への応援コメント
平和運動家、学校、政治家、マスメディアら大人は恥を知れ。
子どもにこんな辛いことを書かせて、恥ずかしいと思わないのか?
私の手記への応援コメント
初めまして。
事実を少しでも伝えたいというお気持ちに感謝申し上げます。
サバイバーズギルトという事故の生存者が罪悪感を抱いてしまう事を現す言葉がありますが、それを感じることはあなた様もご学友も本来なら一切ありません。
今回の事故は思想とか大義以前の問題で無資格の闇営業で基本的な安全対策も管理も全くなっておらず、身内贔屓と思想的繋がりでそんな活動家の船に学校側が事実を伏せて大事な生徒を乗せてしまった事が原因です。
学校が伝えるべき情報を伝え生徒側が納得して参加し旅客業者は安全と法律に則って運行していればただの課外授業として無事終わったでしょう。
思うにあなた様は現在過去問わず人の苦しみや悲しみを自分の事の様に感じられる優しい方でありそんなあなた様に人は非難する事でしか生きられない、ニヒリズムに陥っている、何を信じれば良いのか?と言わせてしまう様な事態になってしまったのは失礼と知りつつも同情を禁じ得ません。
残念ながら100%の信頼というものは神様でも保証できないものと思われますがその代わりに人は教訓を血で紡いできました。事故が起きない様に、起きてもできるだけ最小限の被害で済む様に、傷が一刻も早く回復するように。完全でなくとも信ずるに値するものは先人達が残してくれています。
あなた様とご学友におかれましては何卒過剰な罪悪感を抱かず少しでも日常にお戻りくださいますように
静かにご学友の死を悲しめますように
最後になりますが黙祷を捧げます
それでは
私の手記への応援コメント
少しずつ読み進めていたので、ここまでかかりましたが全て読ませて頂きました。
まず、この度の事故で亡くなられた女子生徒の方に哀悼の意を表すると共に、怪我をされた生徒さんへお見舞い申し上げます。そして、深い心の傷を負われた同志社国際高校の生徒の皆様におきましても、穏やかに過ごせますよう、お祈り致します。
ご遺族が記しているnoteは全て目を通しており、特に事故後の経緯が書かれたところや、思い出に触れるところは涙無しには見れませんでした。そして今回貴方が書き上げたこの手記を読み、不手際があったとしても第三者という立場の私が安易に情報を利用して安易な批判に繋げていた事は素直に認めます。大変申し訳ごさいませんでした。
愛する我が子を理不尽な形で亡くしたご両親の気持ちには寄り添っていたいと思っていて、そんなご遺族が発信という形を取っているところを見ると、全くの第三者でありながらも、何か出来ることはないかと思うところはあります。
そして、内部からこの事故を経験なされた貴方の悲痛な叫びも心に響きました。
人は非難することでしか生きられない。
直接間接問わず、今回の事故に関わった全ての人たちの言動に憤りを感じるのは当然の事と思います。決してその事で自分を責めないでください。
1人の失われた尊い生命と静かに向き合う時間が必要なのは、貴方が持つ当然の権利だと思います。
どうかその想いが叶いますように。
この手記をあげて下さりありがとうございます。
同級生Aの手記への応援コメント
彼女のこと、いつまでも忘れないでください。そして祈ってあげてください。
みんなのこれからの人生に祝福を。
同級生Aの手記への応援コメント
備忘録として、文科省のレポートのURLを貼っておきます。
https://www.mext.go.jp/content/202600525-ope_dev02-000050128_1.pdf
同級生Aの手記への応援コメント
まず、ご本人とそのご両親に心よりお悔やみ申し上げます。またその親族の皆様、関わった皆様のご心痛は計り知れませんが心の傷が癒える日を願っております。
目的は手段を正当化する、と勘違いしていた浅はかな人達の暴走が、よりによって無関係な高校生の未来を閉ざしてしまったことは、これまでの政権を選択して来た社会人として申し訳なく思っています。
特に民主党政権の誕生に自身の一票を投じてしまったことが今回の事故に無関係ではなく、既に決まっていた辺野古基地拡充を「最低でも県外」と代案なく口にした鳩山総理大臣誕生に手を貸してしまったことが今回の根本原因。
何故なら停滞期が無ければ今頃既に完成していたからです。
実際、私の娘が中学の修学旅行が沖縄で中学校に対して「平和を願うなら戦争に備えよ」と言うチャーチルの言葉を借りるなら戦争体験を聴いたら何故平和になるのか掛けた値段に見合う学習効果を文書で説明してください、と尋ねて見ました。
何ら有意な返答はありませんでしたし、教育委員会も同じでした。だから同志社国際高校の問題ではなく教育界全体の問題です。
因みにジュネーブ条約に民間人の戦地における行動様式を決めた条文があり、沖縄の犠牲はその無理解に端を発しています。
1949年の条約には締約国は軍民に関わらずその教育に努力義務を持つ、と書いてあるのですが何処もやっていません。自衛隊にもその指導をする用意があるのか聞いてみましたが「問い合わせがあって初めて検討する」と言うものでした。
その隙間の犠牲になったのが高校生と言うのが本当に腹立たしい。私にとって今回の事件は当事者の親になった可能性があり他人事ではありませんでした。
その環境が少しでも改善することが故人の手向けにはなりませんが微力でも努力を継続すべきと思う次第です。合掌
編集済
同級生Aの手記への応援コメント
この事故(・事件)について、私も2か月以上、ずっとモヤモヤが整理できないでいました。
そして、あなたがこの手記を挙げてくださったことで、私の立場では本来何を受け止めなければならなかったのか。という整理が一気に進められました。
今日のこの同級生の手記。もちろん、挙げてくださってありがたいのですが、
それ以上に、自身が行動を起こした後のことを、語ってくださったことが一番心に響きました。
発信することにすごく思いがあったと思います。反響などを通じて、少しでもそれがいい方向につながることを願ってやみません。
本当に、発信してくれてありがとうございます。
(一番大事なことを書き忘れたので編集しました。。。)
編集済
私の手記への応援コメント
読ませていただきました。
事故以来、不条理の中で戦っているすべての高校生を心配しています。
人は生きていれば不条理に対峙することがあります。
これまで確かなものと思っていた土台が崩れ去ったとき、支えとなり得るのはその不条理を越えて見事に生き抜いてきた模範となる人の姿だと思います。
今回の事故で一番残念なのは、その尊敬できる大人の姿がどこにも見えないことでした。
私は長年、高校の教員をしていて、沖縄修学旅行も十度以上引率しました。また校長も経験しました。
事故のとき、船に同乗しなかった先生方は、ご遺族に謝罪されたのでしょうか。また、生徒たちに謝ったのでしょうか。彼らこそ、生徒たちの生命の最後の砦だったはずです。
校長が左翼でも右翼でも構わない。自分の思想や信念のために偏ったプログラムを生徒たちに提示したかもしれない。百歩譲って、それに目を瞑るとしても、自校の生徒が亡くなった時点で、全責任を取るのは校長です。校長の仕事は、その一点だと言ってもいいと思います。記者会見でも、その後の言動でも、残っている生徒たちのために、彼は尊敬できる人間の模範を見せなければならない人でした。時代が違えば、潔く切腹することで、責任を取るとはどういうことかを示さねばならない立場です。責任逃れをする大人たちの姿しか見当たらないなら、生徒たちは不条理の中を漂うしかありません。
この日記を書いてくれた生徒さんへ。
答えを見つけるまで時間がかかるかもしれませんが、諦めないでください。
「人は誰かを非難することでしか生きられない」
それはあなたが望む答えではないと思います。
あなたの苦しみをほんの僅かかもしれませんが共有しようとしている人たちもいます。そして、あなたが沖縄で見た美しい景色のように、この世界は美しく、戦いながらでも生きる価値のある世界です。そして、あなたがこの世界に生まれてきたのは、あなたにしかできない使命があるからです。この日記を世に問うたのも、その一つだったのかもしれません。傷だらけになりながら不条理と戦う姿に深い感銘を受け、勇気をいただきました。ありがとう。
私の手記への応援コメント
宗教だとか政治関わりなく、ちゃんと
安全管理を怠った団体と学校としてさっさと裁かれてたら学生の皆さんもこんなにも振り回されることなかったんだろうな
これは大人や政治のせいですね
大人の1人として謝らないといけないです
ごめんなさい
何もできなくて
編集済
私の手記への応援コメント
全部読みました。
嘉手納基地周辺で生活している沖縄の人間であり、カクヨムのいちユーザーです。
全文読みましたが、学校側も陸上での見学とか、船を乗るにしても人数制限や希望者だけにすればこういう事は起こらなかったのではないか?と思っています。
(私の母も言っておりましたが、なぜ船に引率の教員がいなかったんだ?と言っていました)
私がこの学校の先生や反対協の人間なら陸上見学のみにします。
亡くなった武石さんの家族や友人はショックだったと思います。
意外ですが、まさかガマブヤーの具志堅隆松さんの名前が出てくるとは思いませんでした。少し驚いています。
同志社の研修旅行に具志堅さんと関わるコースがあったんですね。
後、やはりミッション系なので私が卒業した県立高校とは違う独特の校風があるなって思いました。
言いづらいですが、私の住む地域では3月13日から米軍基地で訓練を夜中もしており、夜でも基地のライトが輝いておりました。
私の母校の近くにある湧水にはPFASが出ております。
事故が起こった名護市辺野古もそもそ政府が普天間基地の移設先として決めたものであり、そこの住民は30年も分断されています。
しかも新しい情報によると、辺野古に基地ができても普天間基地はそのまま残るそうです。
もちろん、基地反対協や同志社国際高校には事故の責任は問われるべきですが、沖縄の問題は右か左かではなく、上か下かである事を忘れないでください。
後、琉球·沖縄で暮らす人間に偏見を持たないでください。
私たちはただ、基地に囲まれている中で日々の生活を送っています。
私の手記への応援コメント
読ませていただきました。
この出来事のことも、亡くなられた方のことも、第三者である私が軽々しく語れるものではないと思っています。
それでも私は、この文章を、亡くなられた方を大切に思うご家族やご友人の痛みと、その記憶を誰かの主張や批判の材料にしてほしくないという思いが込められたものとして、受け取りました。
書いてくださって、ありがとうございます。
亡くなられた方との思い出が、ご家族やご友人の中で、大切に守られますように。
私の手記への応援コメント
読ませていただきました。ありがとうございます。
何か、あなたの心が穏やかになるような言葉を書けたらと、しばらく「コメントを書く」で推敲していました。
おこがましいことをしようとしているな、と感じ、あなたの文章を読んでからの一連の私のことを伝えてコメントとさせていただきます。
あなたの心の平穏を願うものです。
私の手記への応援コメント
閲覧させていただきありがとうございました。
沖縄県民として、知ってもらいたいのですが、ほとんどの沖縄県民は辺野古の移転に対して肯定的です。
やはり、基地が来るとお金周りも良くなるので辺野古の住民は好意的です。
現在のデニー知事の下では左派勢力が力を振るってます。
私は県の職員ですが、労働環境を改善するためにある労働組合が、組合費を勝手に使って辺野古の反対の抗議活動に使われてしまってるぐらいです。
組合員から反対意見が出ても詭弁で取り合いません。
反対派は正直異常です。
今回は巻き込まれてしまったことが何より残念でなりません。
私も関西で中学受験を経験してましたので、同志社系列の学校が人気高く、思想やなんやらで選んだというわけではないことは充分わかります。
モヤモヤが晴れることはないでしょう。
ずっと付き合うことになるでしょう。
それでもなんとか前に進んで幸せになっていただけることを切に願います。
私の手記への応援コメント
勇気が要ったと思う。読ませてくれて。ありがとう。泣けた。あなたも、他の生徒さんも、しっかり生きてくれ。
私の手記への応援コメント
辛い気持ちの中、真実を書いてくれてありがとう。大切に読ませてもらいました。
亡くなった生徒の方に祈りを捧げます。
そして、残された、あなたとあなたの学校の仲間たちがどうかこの事件を乗り越えていくことを願います。
私の手記への応援コメント
ご愁傷さまでした。
丁寧に思いの丈を発信くださりありがとうございます。
あなたが感じだことすべて(悲しさ、寂しさ、怒り等)は、あなたにとって正しいです。
聡明なあなたならもうわかると思いますが、大人も皆それぞれ自分が正しいと思っているだけです。すべて一意見として聞くくらいで、今後もご自身で判断していってください。
まだまだ色々思うことはあるかと思いますが、がんばって生きてください。
編集済
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闇雲に信じると不信に陥ります。
学業はもちろん、実社会での仕事を通じ学ぶことで自分のベースができます。狭いクラスタに閉じこもっていては見識は広まりません。教師や学者の見識は真理であるように見えて、世界には通じない理想論だったりします。
視座によって見え方は異なります。共感しやすいの個人に合わせた視座です。あなたはこれまで学校や反基地運動が個人に寄せた視座で動いていたので共感したのかもしれませんが、事故が起きた途端に組織防衛の視座に発言が成り変わり、戸惑われているのだと思います。
政府も当然ながら個人の視座では動いていません。そういった意味で信用できない、共感できないのは確かです。様々な方の意見に耳を傾けてみてください。
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一度感想を書きましたが長すぎたので削除しました。因果の巡りに関する素晴らしい知見を得られたことに感謝します。ありがとうございました!
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生徒間でまでこの事故以前から校長への疑義が噂され、
日本という世界でも稀にみるダダ甘な自由の国が
史上初の、教育基本法違反を認定したという異常事態
何が正しいか、何が間違っていたのかなんて自分で考える力があればはっきりと分かる事だろう?
「思想強い」って言った隣の誰かは恐らく多少はその辺の事に明るかったんだろう
良識ある民衆の正しい怒りにお気持ち表明する前に「少しは考えてくれ」
「事故の当事者」である遺族のnoteは読んだか?
君の論調であれば今も戦っている遺族すら、「大衆よりは近い位置にはあるが、あくまで傍観者であった立場から」否定する事になるがそれは理解しているか?
本当に偏向教育というのは罪深く危険だと
見本となって示してくれて感謝する
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発信してくれてありがとう。
正直に言うと、あなたのような、実際にその場の状況を知っている生徒たちに、少しでも事実を伝えてほしいと思っていました。
ただ、それはあなたたちの傷をさらに深くしてしまうかもしれないと、聞いてはいけないことだ思っていました。届けてくれて、本当にありがとう。
もっとみんなの声が聞きたいです。
おかしな方向へ進み、まるですべてを知っているかのように発信し、議論している、大人たちのことは置いておいて、同志社国際を非難するたびに、生徒たちを傷つけていることに気づかず、堂々と顔を出して、Youtubeの自己のチャンネルを通して、正義感を振りかざしている大人たちのことも放っておいて、そして、そのあらゆる情報を鵜呑みにし、ゴシップとも疑わずに周囲へ広め、伝言ゲームを繰り返している大衆のことも。
どうか、これから先の未来を生きていかなければならないあなたたち、あなたたちのご家族、そして亡くなられた方のご家族のために、生徒たちが知る真実を、これからも伝えてください。
今日も8:20AMまでにチャペルへ入り、あの門を通り、これからも学校生活を続けていかなければいけない、あなたたちに対して、私達保護者が何ができるのか、どう支えていけるのかを、考え、行動していかなければならないと思っています。
この試練が、必ずあなた自身の、そして誰かの未来のために、大きな意味のあるものとなる事を信じて。
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心が締めつけられる思いで読みました。誰か。さんがこの作品を書いてくださったことで事件のあらましが分かりました。ほんとうにありがとうございます。書くのは辛かったと思います。よく書いてくれました。これで愚か者どもの故なき誹謗中傷が止んでくれればいいと思います。ほんとうにネット愚民には怒りと軽蔑が禁じ得ません。
この作品を書かざるを得なかったお気持ちは推察して余りあります。なんで二度三度と傷つけられなければいけないのか、誹謗中傷する人が許せません
誰か。さんをはじめ、今回の旅行に参加したすべての皆さんの心が一日でも早く平安を取り戻すことを願ってやみません。皆さんを守りたい思いでいるのはわたしだけではありません。多くの人々が自分の子や孫のように愛情を込めて見守っています。悪意はほんのわずかなのに目立ちますが、多くの善意は目立ちませんが確実にいるのです。信じてください。
勇気ある投稿をありがとうございました。
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全文拝読させていただきました。まず、今回のちらい体験について記していただいたことに感謝いたします。思い出すことがつらかったでしょうが、当事者の目を通した研修旅行とその後の学校側の対応についてしることができたのは、第三者の我々に取っ手貴重な情報でした。そしてあなたが記した内容に考えさせられるものがありました。「何も信じられなくなった」という一言は非常に重たい気持ちにさせられました。そのように思わせたのは大人の責任です。今回の日記を読んで当事者の気持ちに寄り添うことは何か、と考えさせれました。
心の傷は簡単に癒えないと思います。ただこのような形で気持ちを吐露したことで少しでも心が軽くなるならば、今回の行動は良かったと思います。
このような日記を書いていただき、有難うございました。
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2011年3月21日、愛知県在住の私は気仙沼の浜辺に居ました。これは携帯電話の避難所での電波回復のための派遣でした。
内陸では情報が錯綜し、津波で流されて存在しない避難所を巡り、探してたどり着いたその街の高台から見た風景をみた瞬間に呆然と立ち尽くした。津波に流されて内陸に打ち上げられた何隻もの大型船、津波で流された重油タンクやLPGガスボンベから着火し火炎に包まれて焼け落ちた家屋たち。そのときに目に焼き付いた風景がおおよそ5年程私の行動に影響を与えました。PTSDと言う奴ですね。この派遣のあと所謂ボランティアで何度も東北に出向きました。出向いた先での歓迎と誹謗と中傷。地元での応援と誹謗と中傷。それは酷いものでした。
それらに耐えられたのは、自身の全力を以て取り組むと決めるまでに10日間以上かけて考えてたどり着いた答えは『覚悟』という一言。どれだけ批難されても、どれだけ苦しくても3年はやる。
目標は『たった一人でもいいから東北の人と親戚のような関係になる。』でした。
それは達成できました。
でも未だに3月11日になると、あの光景が心に浮かびます。
長くなりました。(ごめんなさい)
59歳のオッサンから、エールになるかどうか判らないけども一言贈ります。
貴方(貴女?)が、この文章を勇気をもって公開したことに、私にも『覚悟を以ての』敬意を表させて欲しい。
僅か18歳の貴方(貴女)が、どれだけ苦しんで、これだけの心の内を吐露してくれたこと。ありがとう。
どうか大人にも世の中にも失望しないでください。
東北への往復で何時も聴いていた曲を贈ります。
「Nobody Is Right 」中島みゆきさん
https://www.youtube.com/watch?v=C7IOqGUpn1c
https://www.youtube.com/watch?v=3E_4qWQhg2g
(歌詞)
https://www.uta-net.com/song/57276/
貴方(貴女)の、心の安寧を願ってやみません。
59歳のオッサンより
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遺族のnoteと、あなたの日記を、葛藤や内に秘めた怒りや抑制するためのエネルギーや他も含め応援します。私はというべきか、私もというべきか、まだ色々固まりきらない年代の頃友人の死を体験しました。
この度の事故には宗教やら政治やら、大衆までもまるで不可分かのようにからみあい、高校生というだけでも大変な変化を伴うのに察するにも私では能力に余りあるのですが、
私が友人の亡くなった当時読みたかったなと思う本をいくつか紹介します。実際は宮沢賢治とかを適当に読んでました(もちろんもう読んでるかもしれないし、読むかどうかは自由です)
仰天・俳句噺 夢枕貘
魂にメスはいらない 河合隼雄・谷川俊太郎
カフカ寓話集 フランツ・カフカ
ジョン万作の逃亡 椎名誠
あと、いらないかもしれないけど余分にからみあった社会のあれこれについて10代の時に読みたかったかもしれないやつは以下です
ゲゲゲのゲーテ 水木しげる(これは戦後の考察用)無文字社会の歴史 川田順造(SNS考察用)チェコスロバキアめぐり カレル・チャぺック(国家・故郷考察用)
長々失礼しました。私は友人を忘れてないけど、なんとなく、黄泉の国に求めて会いにいったのにあまりの現実に生きるために背を向けて逃げ帰ってきた、、、ような気がしています。
このように死者と生きることは古来から普通の事ですが、10代の私には本当につらかったし、今も昔もそういう普通のことを言う人は少なかった。など、思い出したので。応援しています
編集済
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まずは、大変辛い思いの中、このような実体験を記録していただき誠に感謝します。
わたしのことは信じなくていいです。
今回の事故で遺族のnoteを読んで泣き崩れ、
あなたの記事を読んで泣いている、ただの1人の人間です。
そのため、今から書くことは、読まなくても良いですし、適当に流していただいて問題ありません。
〜何も信じられなくなったあなたへ〜
大人の言うことは信じなくて良いです。
学校の先生もメディアもネット民もそしてもちろん私のことも。
ただ、あなたはあなた自身を信じてください。
そして、あなたの幸せを実現するためだけに生きてください。
そこに余裕ができたら、次はあなたの信じられる人(家族や友達)を信じて、その人も幸せにできるように生きてください。
その信じられる輪、幸せの輪をあなたが広げたいと思える分だけで十分です。
今はまだ、1人の尊い命を亡くした悲しみでいっぱいかもしれませんが、
いつかあなたが何かを信じたいと思えた時のご参考になれば幸いです。
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今年中学校に入学した娘がいます。
行きたい学校があり、公立ですが受験をして入学しました。
彼女は「まだ何がしたいかわからないけど、出来るだけ正しい情報を知りたい」と度々言います。
彼女が色々な人とフラットに付き合おうとし、友達と笑い合い、日々勉強に取り組んでいる様子を見聞きしていると
きっと彼女と同じような、聡明で清々しい同志に恵まれている環境なのだろうなと、大変ながら進学させてあげられたことを嬉しく思う日々です。
今回の事件、最初の一報を聞いた時は衝撃でした。
以降ご遺族の方のnoteも含め、動向を見ています。
親としての立場、子どもの立場
どちらも想像すると、本当に胸が痛いです。
私は近畿に住む人間で、部落問題などが語られる地域がある学区に住んでいました。
小学生時代、差別の反対、平和教育などがありました。
それが間違っているとは思わないけど、子ども心に先生が言うことにモヤモヤすることもありました。
大人になり、そんなことも忘れた頃に
今回のご遺族の方が仰っているような「反対運動をするために船に乗ったのではない」に近いことが、自分自身の身に降りかかり、激しく憤り
小学生の頃のモヤモヤはこれだったのだと、知る出来事がありました。
そんな色々な経験を重ねながら、あなたの『何が正しいのかわからない』という叫びにとても胸が痛みます。
また学校という、子ども達が一番守られるべき環境で、安心できないこと。
一人の大人として親として、こんなに辛いことはありません。
どうして聡明な子ども達がこうやって傷付かなくてはならないのか。かける言葉が見つかりません。
なのに、それでもどうか、あなたたちには聡明でいてほしいと願う私がいます。
それがどんなに難しいことか、わかっているはずなのに…です。
まずは、あなたや傷を受けた生徒さん達が
どうか悲しい時辛い時、泣けますように。
そして嬉しい時喜びを感じた時、共に笑い合えますように。
つたない文章ですみません。
心から祈ります。この日記を書いてくれて、本当にありがとう。
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読ませていただきました。
何かを言える立場ではありませんが、
あなたが感じた悲しみや戸惑いは、とても自然なものだと思いました。
無理に整理したり答えを出そうとしなくていいと思います。
文章を残してくださってありがとうございました。
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長い日記、全部読みました。
彼女を亡くした悲しみ、トラウマ、そしてネットや周囲からの非難の嵐の中で、それでも必死に言葉を紡いでいる姿に胸が痛くなりました。「何が善で何が悪かわからない」「もう何も信じられない」という気持ち、痛いほど伝わってきました。
学校も、活動団体も、ネットも、政府も、それぞれの都合でこの出来事を自分の物語に利用しているように見えるのは、きっとあなただけじゃないでしょう。一番大事なのは、亡くなった子のことを、ただの象徴としてではなく、一人の友達として覚えているあなたたちの記憶です。それだけは、誰にも奪えません。どうか、これから少しずつでも、彼女のことを「ただ悲しむ」時間を大切に過ごせますように。
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大衆に憶測でものを言うなとは随分と傲慢だな
それこそ言論弾圧じゃないか
大衆が左翼の横暴を許してきたからこそこのような事故が起きたわけで、今こそ大衆が声を上げてそいつらに対抗しようとしているのに釘を差すとは
しっかり同志社国際の思想教育に毒されているということか?大衆が騒がなければこの事故は左翼によって風化させられていたぞ?報道界隈と教育界隈と沖縄界隈の異常性からしてそれは明白だろう
大衆がピラニアだと?だったらアンタは当事者として、左翼教師どもにこのような事故が起きないよう事前に防ぐような働きかけをしていたのか?当事者以外は口を塞げという理屈が通ると思っているのか?教育基本法違反を認定されるような悪質な学校が非難されるのは当然だろう
キリスト教が善だと?アンタは目の前にある世界と繋がれる金属で自発的に情報を収集するよりも、学校という狭いコミュニティーで話されることのほうを盲信してきたというわけか。そうやって大衆を悪者にしたければ、一生そうやって生きればいい
犠牲者を死なせたのは大衆ではなく、沖縄左翼と学校関係者だろう。八つ当たりをしているのはいったいどっちか
アタシはそう言いたい
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書いてくれてありがとう。
卑怯な大人たちに邪魔されないよう、心と頭脳を磨いて、強くて優しい大人になってください。
私はあなたの様に賢く強い人間ではありません。励ます言葉も、傷を癒す言葉も知りません。
なので、私の母校の標語を書きます。
人間の尊厳のために
地の塩、世の光たれ
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心苦しい日々の中、このように記録と思いを吐露する選択を取られたこと、その選択を取らざるを得ない状況となったことにどのような言葉をかければいいのかわかりません。
ですが、今、あなた方が生徒という立場の中、本来守られるべきであるはずなのにより一層傷を深めるような事態となっていることにひとりの大人として深くお詫び申し上げたいと思います。
本来ならこのような心痛を抱えずに学校生活を楽しく過ごして欲しかったとそう思ってなりません。
今、様々な立場からの発信がある中、生徒の立場からの発信は改めて私たちがあなた方に負わせてしまっている不毛な傷に気づかせてくれるものでした。
報道やSNSなどで飛び交うものが刃物のように感じられると思います。
これは私の自己満足に過ぎないかもしれません。再び同じようなことが起きないために声を上げる姿さえ怖いものに映るかもしれません。その姿を事故に巻き込まれた人たちに許して欲しいと言うつもりはありません。
あなた方の心の安寧には不要どころか、より傷を深くするものかもしれません。
誰かが犠牲になったことでしかおかしいことをおかしいと言えずにきた大人たちを恨んでもらっても仕方ないとさえ思います。
大人の外野の声が届く度に、心を痛めるかもしれません。それでも、あなた方に少しでもどうか心休まるときがひとときでも訪れることを願っています。
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この経験を無駄にしないようにすることが一番の方法なんだろうね。
私は学生の時に親に借金取りが来たり、親が捕まったり、両親が離婚したり、色々あったけど、それは親が悪いだけで世間が悪かったわけではなかったので、自分の人生はどうでもよいや〜くらいで思って自己防衛と言うか、達観してた気がする。
ただ嫌なことや悔しいことあったら無駄にしたらダメなんだな。負けたらダメなんだなと若い頃はよく思ってました。
何が言いたいか自分でもわからなくなってきたけど、悩むことも納得できないことも色々とあるし、学生では自分の力では出来ないことばかりで、流されるしかないと思って悔しくなると思うけど
大切なことを読ませてくれて、ありがとう。
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当事者では無いので、どの様に世間から見られたのか、
どの様なご情報の報道を受けたのか判らないですが、
大変だったろうと思います。
憶測だけで発言する人や、政治利用する人、事実とは関係なく
ただ売れればいいという内容の記事、責任を取りたく無い人々。
客観的な内容の文章で想いが伝わりました。
ただただ故人のご冥福をお祈りします。
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大人の勝手な事情と、ネットやメディアの不確かな情報に感情を掻き乱されて、また事故の当事者として大変な思いをされたのだなと、心が痛くなりました。
被害にあわれました生徒についてはご遺族のnote等で知られる機会あるのの、同級生の方々の心の痛みには思いを巡らせたり、少しでも寄り添う事ができるような機会がなかったなと、改めて思い返すキッカケになりました。
高校生という多感な時期に、悪い意味で心を揺さぶられるような苦しい体験をされ、とても辛いと思います。当事者でない自分がどんな言葉を書き記そうが、貴方の辛さに寄り添うことは叶わないかも知れません。
しかし、貴方の言葉で、皆さんの傷を考えるキッカケをいただきました。
拙い文章で大変申し訳ありませんが、せめて、心穏やかに過ごせる日々が1日も早く皆さんに訪れて欲しいという願いを、伝えさせてください。
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書かずにはいられなかった状況がひしひしと伝わってきました。伝えてくれてありがとう。以前から暴走するSNSには賛同できませんでしたが、更にその思いが強くなりました。現場を知らない他人が当事者を傷つけてはいけません。
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多くは語りません、事故によって傷を負った全ての方々の安寧を祈ります。
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一人の大人として高校3年生のあなたがこのようなことを経験してしまう社会である事
大変申し訳なく思う。
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貴方方とご家族に癒しがありますように。祈ります。
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物事の善悪・可否は他人が考えるのではなく、自分で考えるべきことだと思います。自分で調べ考えることで、初めて自分なりの事実が見えてきます。今は若く混乱しているでしょうから、考えることが難しいでしょう。あなたはまだ若いので、考える時間は無限です。混乱しているのなら、安易に思考せず情報を知ることに留め、落ち着いてからいろいろと考えてみて下さい。
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とても良く分かりました
伝えてくれて、ありがとう
私は、宗教の正義を信じておらず、
哲学としてリスペクトしています
なので、今一度ご自分の頭で整理されると良いと思います
沖縄で被害に遭われた方の体験は真実
でも、当時を例として今言っている事が、今正しいかは、別の話ですよね
校長先生の話には、特にこの辺硬直した頑迷さを感じます
この問題は、
「子供を預かる旅行責任者の、安全管理の問題」で、たぶん刑事罰に値するものです
その他は置いても、ここだけは看過できないもの
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《誤情報を流すメディア》《憶測でものを語る大衆》……今の時代の欺瞞を簡潔に、そしてありのままに表した言い逃れのできない正しい言葉に思いました。テレビやネットの中だから、憶測であたかもそれが事実かのように物事を語り、土足で人の心にズケズケと入り込んでくるクセに自分たちは傷つくのが嫌だから安全な場所から《真実のない言葉》という石の礫を投げつけてくる。愚かなメディアやSNSのせいで、この世の中が、いやこの世界自体が腐り始めていると思わずにはいられません。
ただ忘れないでください。そんな中でもごく少数のマイノリティこそが宇宙的に見たら真の加護を受けたものであるということを。今は逆転した世界が現実化され易い世の中です。間違ったことが平気で正しいことだと見做され易い世の中です。たとえ知能・智恵が足りなくても人気と権威さえあれば善悪を歪めることが簡単にできてしまう。でもいつか権威に迎合してきた大多数の人間は因果応報の理に苦しめられることになる。正しさとは何か?誰にとっても平等な平和とは何か?この日記を読ませていただいて、あなたにこそ、それを追い求め正しく語ることができると私は強く思いました。
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適切かどうかはわかりませんが、事故の当事者で在られるあなたのエピソードを拝見させていただきありがとうございます。
勇気ある行動と、レポートを拝見し胸に痛く涙が止まりませんでした。
私は、20年近く前に同志社国際高校の学校建築の設計のサポートを行い、自分なりに心の奥に痛ためられない気持ちがあります。
高校3年生を迎えら成人の日を迎えられるあなた方へ、一緒に迎えられるはずだった高校生のためにも、軽率ですが、あなた方にお願いしたいのは、人間は考える葦であるということ。
多くを学ぶ事、そして人との会話(対話)を忘れないこと。
知識は正しく理解すればその人の力になり、会話は人としてできる唯一の伝達機能です。
会話は、おはようございます。ありがとう。からでもできる第一歩です。
そして、責任を取らない大人、会話をしない閉鎖的な大人にはならないでください。
恐縮ですが、あなたたちの未来を応援している大人もいることを忘れないでください。
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軽々しく書けないので とりあえず 考えることは止めないでください
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まず、ここまでつらい思いをされていたことに、胸が締めつけられる思いでした。
そして、誹謗中傷にさらされながらも、ここに思いを記されたことに敬意を表します。
私は、ご遺族noteで「しろぴっぴ」としてコメントを寄せています。
ご遺族や同志社国際高校の生徒・関係者を、いわれのない中傷から守りたいという思いでコメントを書いてきました。
「文字でしか表現できない私がどれだけ心の中で叫んでいるか、あなたたちのその得意な憶測でわからないのか?」
その言葉が深く胸に残りました。
誰かを守りたいという思いで発した言葉であっても、受け取る側にどう届くのかを、私自身も改めて考えたいと思います。
大切な思いを書いてくださり、ありがとうございました。
私の手記への応援コメント
まずはお疲れ様でしたとお伝えしたいです。
大変な状況の中、様々な反響が予想されるにもかかわらず、このような発信をされていることに敬意を表します。多方面の立場へ配慮を示した上で、ご自身の見解を明確に述べられている姿勢は、非常に素晴らしいと感じます。
私個人としては、本件についてご遺族のnoteにお悔やみと姿勢への共感をコメントし、海上保安庁へ厳正な捜査を求める要望メールを送るに留め、それ以上の発信は控えています。今の自分にとっては、妻子のために働くことの方が優先すべき大事な役割だからです。
同志社国際高校の生徒の皆さんの、今後の幸せと安寧を心より願っています。貴重な発信をありがとうございました。
私の手記への応援コメント
複数の応援コメントは書けないと思いますが...
とりあえずupしてみます。
早い段階でレビューや応援コメントを入れたりしていたのですが、
公開から20日以上たち、私もあなたに大いに刺激を受けて、毎日のようにnoteをupするようになりました。この手記ほどのインパクトは全く作れていないですが。
時間が経って、状況が少しupdateされた部分もある中ですが、
それでも、この手記のインパクトは全く変わることなく、強く私の心に響き続けています。本当に、あなたの手記のおかげです。
私が、あなたの応援、何ができるか分からないですが、
ネット上での理論的な展開からの、正しいけじめ・区切りまでをしっかり追って残していくことと、
何かを解決するために、少しでも役に立つ発信をしていきたいと思います。
誰か。さん、いつか、あなたが大活躍する姿を期待してやみません。
どうか、信頼できる方々とともに、貴重な人生を歩んでください。