2026年5月26日 08:58
救世主への応援コメント
二回とも、自分が殺されそうになったところで、未来の自分が助けに来たのでしょうか?でも、現代の主人公はスマホを知らなかった。そうなるとあの女の人は……
作者からの返信
さっそくお読み頂き応援や⭐︎や感想レビューまでありがとうございます!この作品は鏡のような作品です。主人公は若い頃、例の人物に追いかけられます。それは本当に位牌を持ったおかしな女性だったのかもしれないし、自分の妄想かもしれないし、何か別のものかもしれません。主人公はあっさり仕事を辞めて故郷に帰り、周りに流されるように結婚します。彼女にしてみれば仕事も結婚も不本意ですが、自分の本当の声には気づいていません。新婚旅行中のあり得ない場所にまたあり得ない人物が現れ、あのような事態に至ります。これにより主人公の人生は変わっていきます。何十年も幸せに暮らして、ある日夫に昔あった出来事を聞かされます。また当時の記憶が蘇ります。記憶というのは時として改ざんされます。本当はどうだったのか、少しずつ歪んでいたりします。息子のスマートフォンを見て、私が見たのはこれだったのかも?それも定かではありません。全て強くそんな気がするだけです。70年代に女が持っていたものがスマホだとしたら、やっていたのは撮影の可能性があります。その状況を頭で描く主人公は、さかのぼれば昔から、本当の自分を映す鏡から逃げてきたのです。本当の気持ちが救われてほしかったわけです。歳を重ねた主人公は鏡の自分が昔見た不気味な女性(想像する未来の自分の叫びかもしれません)に似ていると初めて感じます。その後は不本意ではない人生を送れたとも言えます。では、なぜ妙な映像が残されているのでしょうか。なぜそうなったのか理由がつかない人生の流れ、なぜ生まれてきたのがこの子だったのか、例えば主人公は息子の誕生については選択できない立場にあります。誰も理由を述べられないものがこの世には、人生には存在します。その象徴があの映像という位置付けです。フェイクか本物か分からず、映像の状況も分からず、誰が撮ったのかも分からない。これは最初から全部ウソにした方が面倒臭くなくていい。分からないものは、永遠に分からないんです。それは悪い事ではないと思うんです。ずっと物語の根底にあったのは主人公の本当は嫌だったの気持ちです。そんな気持ちが記憶や何かを大きく歪め、主人公は望む人生を手にしたのかもしれません。また欲しいからと言って必ず簡単に手に入るわけでもなくそれまでにはまた不思議な巡り合わせや説明のつかない事もたくさんあったでしょう。何げない日常に見える人生を生きていると、たまにわけのわからない事に遭遇したりもします。たまたま観た映画がキッカケで人生変わるとか。ずいぶん横道にも逸れた長い返信になりましたが、別の言葉で説明するのは難しいですね。ありがとうございました。
救世主への応援コメント
二回とも、自分が殺されそうになったところで、未来の自分が助けに来たのでしょうか?
でも、現代の主人公はスマホを知らなかった。
そうなるとあの女の人は……
作者からの返信
さっそくお読み頂き応援や⭐︎や感想レビューまでありがとうございます!
この作品は鏡のような作品です。
主人公は若い頃、例の人物に追いかけられます。
それは本当に位牌を持ったおかしな女性だったのかもしれないし、自分の妄想かもしれないし、何か別のものかもしれません。
主人公はあっさり仕事を辞めて故郷に帰り、周りに流されるように結婚します。
彼女にしてみれば仕事も結婚も不本意ですが、自分の本当の声には気づいていません。
新婚旅行中のあり得ない場所にまたあり得ない人物が現れ、あのような事態に至ります。
これにより主人公の人生は変わっていきます。
何十年も幸せに暮らして、ある日夫に昔あった出来事を聞かされます。
また当時の記憶が蘇ります。
記憶というのは時として改ざんされます。
本当はどうだったのか、少しずつ歪んでいたりします。
息子のスマートフォンを見て、私が見たのはこれだったのかも?それも定かではありません。
全て強くそんな気がするだけです。
70年代に女が持っていたものがスマホだとしたら、やっていたのは撮影の可能性があります。
その状況を頭で描く主人公は、さかのぼれば昔から、本当の自分を映す鏡から逃げてきたのです。
本当の気持ちが救われてほしかったわけです。
歳を重ねた主人公は鏡の自分が昔見た不気味な女性(想像する未来の自分の叫びかもしれません)
に似ていると初めて感じます。
その後は不本意ではない人生を送れたとも言えます。
では、なぜ妙な映像が残されているのでしょうか。
なぜそうなったのか理由がつかない人生の流れ、なぜ生まれてきたのがこの子だったのか、例えば主人公は息子の誕生については選択できない立場にあります。
誰も理由を述べられないものがこの世には、人生には存在します。
その象徴があの映像という位置付けです。
フェイクか本物か分からず、映像の状況も分からず、誰が撮ったのかも分からない。
これは最初から全部ウソにした方が面倒臭くなくていい。
分からないものは、永遠に分からないんです。
それは悪い事ではないと思うんです。
ずっと物語の根底にあったのは主人公の本当は嫌だったの気持ちです。
そんな気持ちが記憶や何かを大きく歪め、主人公は望む人生を手にしたのかもしれません。
また欲しいからと言って必ず簡単に手に入るわけでもなく
それまでにはまた不思議な巡り合わせや説明のつかない事もたくさんあったでしょう。
何げない日常に見える人生を生きていると、たまにわけのわからない事に遭遇したりもします。
たまたま観た映画がキッカケで人生変わるとか。
ずいぶん横道にも逸れた長い返信になりましたが、別の言葉で説明するのは難しいですね。
ありがとうございました。