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茜色の小説への応援コメント
これは女ァッ!!と読み終わった後に声出てました。女性にしか書けない系の感情の発露小説だと思います。やまさきさんが男性だったらビビる。後輩にずっと殺され続けていた先輩可哀想…。私が精神注入棒で後輩の尻を叩いてあげたい。空が綺麗でした、が共通のハッピーエンドワードなんでしょうね。後輩は好きだといいながら、きれいな空しか見ていない。夕焼け空を綺麗じゃなくて悲しいと見られる感性があれば良かったのに。中盤に出ていた幼い描写でよく人の未熟性が現れていて良かったです。ムカつくけど、憎みきれないピュアな後輩でした。ムカつくけど。
追記
後輩の名前が茜音なんですね。ハッピーエンドにしてあげた。やさし。
作者からの返信
住吉スミヨシ様
この度は素敵な企画に参加させていただきありがとうございます!
女のドロドロした人間関係が伝わっていて嬉しいです。
後輩も自分で小説書いて正々堂々と小説で殴り合えばよかったのに、書く側と読む側の関係性を維持してしまったことで悲しいハッピーエンドを迎えてしまいました。「後輩はきれいな空しか見ていない」が素敵なお言葉で、後輩の内面により深みが増しました。
せっかく書いた小説を書き換えるなんて、とんでもない所業ですよね…。悪意はなさそうなので、ぜひお尻叩きをお願いしたかったです。
自分の力でハッピーエンドにした、とっても優しい後輩でした。
素敵なご感想ありがとうございました!
編集済
茜色の小説への応援コメント
面白かったです。
一読でわからず、再読しました!そうか、こうすれば……二回読んでもらえるのか。いや、三回ぐらい読んでもらえるかも。
気になるので、答え合わせしてください!
この四つのトリックは「先輩」と「後輩」と「わたし」と「私」を読者に混同させようとする叙述上のトリックです。
第一のトリック
・人称は「わたし」「私」で使い分けられますけど、雰囲気的には先輩である方が「私」ぽい。茜のほうが「わたし」に似合っている。そこを反対にしてミスリードや違和感を誘う。でもこの記述は、篠崎茜音が大人になったという時間経過を表すものとしても有効です。つまり、無理やりではないから、フェアです。
第二のトリック(普通の読み)
・語り手の人称が、冒頭と最後で変わる。これは出来事(お話部分)の語りではなく、冒頭と最後に登場する「枠の語り手」の方の話です。それが「わたし」から「私」に変わる。
・冒頭の語り手が「先輩」であることは明らかです。物語の外に枠の物語がある場合には、最後の語り手である「先輩」が戻ってきて物語を閉じそうです。でもここでは、冒頭の語り手は戻ってきません。最後は「後輩」のリアルタイムの語りになります。
・その場合には「先輩」の名前が「篠崎茜音」になります。
第二のトリック(別解釈)
・冒頭の語り手と最後の語り手が同じであるという読みです。
・その場合には「後輩」の名前が「篠崎茜音」になります。この場合には、「これはもうわたしの作品じゃないよ」というのが伏線になります。作者である「先輩」は小説を書きます。そのペンネームを後輩の名前である「篠崎茜音」にする、という強烈な皮肉です。
第三のトリック(別解釈)
・自主企画のレギュレーション上、最後に作家名を入れる必要がある。そこを「篠崎茜音」とする。これは先輩が「篠崎茜音こそが作家だ」という最上級の皮肉を込めるために、ペンネームを「篠崎茜音」にした。ということですよね?だからレギュレーション違反ではない。とても皮肉が効いています
第四のトリック(普通の読み)
・この部分は、「後輩」の語りである。
「罵声をぶち撒けて、背を向けたあの日から。待ち続けていたら、いつのまにか彼女の卒業式の日を迎えていた。
表紙に刻まれた彼女の名は、篠崎茜音。私が憎んで、私が最も愛した少女だった。
私は本を胸元に抱きしめて立ち上がる。
せめて、彼女の思惑通りに、彼女の思い描くハッピーエンドにしてあげたかった。」
・「罵声をぶち撒けて、背を向けたあの日から。」これは「先輩が、罵声をぶち撒けて、背を向けたあの日から。」になる
・「待ち続けていたら、いつのまにか彼女の卒業式の日を迎えていた。」これは「私が待ち続けていたら、いつのまにか彼女の卒業式の日を迎えていた。」になる
・その場合、「後輩」には名前がない。「先輩」の名前が「篠崎茜音」である
・冒頭の語り手は「先輩」。これは後から語られている。
・最後の語りは「後輩」。これはリアルタイムの語りである。
・最後の語りが後輩である場合、死んでから事後に振り返ることはできないけれど、ここでの語りは現在形で進行している。
・通常は、語り手が「枠の物語」を語り出し、自分で最後を閉じる形式になる。でもここではあえてそれを破って、語り手は冒頭にしか登場しない。なので、冒頭の人称は「わたし」=先輩で「愛して憎んだ」の順番になる。最後の人称は「私」=後輩で「憎んで愛した」の順番になる。
第四のトリック(別解釈)
・冒頭から前半の語り手は「先輩」。途中から「篠崎茜音」。最後は「先輩」に戻る。
・戻るタイミングはここ。「罵声をぶち撒けて、背を向けたあの日から。待ち続けていたら、いつのまにか彼女の卒業式の日を迎えていた。」罵声をぶち撒けたのは先輩なので、先輩の語りでしょうか。あるいは「先輩が罵声をぶち撒けて、背を向けたあの日から」の主語の省略かもしれませんね。それであれば、「表紙に刻まれた彼女の名は、」で戻ることなる。
・「篠崎茜音」から「先輩」に戻ったという読みの場合。ここ「速度を落として近づくバスのヘッドライトを浴びながら、バス停を超え――歩道を降りた。轟いたクラクションの音は、あの日々のトランペットのよう。」この語りが先輩では先輩が死ぬストーリーになってしまうので変だし、ここで語り手が自殺してしまうと、語り手はもう死んでいるので誰が語っているのか、という話になる。とするならば、最後の最後で、自殺する「篠崎茜音」の視点に変わった、という読みが成立します。
・つまり最後に語り手の視点に戻しておきながら、一段落だけ「篠崎茜音」に戻しました、ということになってきわどいです。
・いずれにせよ「罵声をぶち撒けて、背を向けたあの日から。」の主語を省略するのが、解釈をぶれさせて読者を不安定にさせており、別解釈の読みをギリギリ成立させます。
あとは、普通のストーリー部分について。
冒頭の語りが「わたし=先輩」で、物語は閉じられず「私=後輩」である場合。
・先輩の名前は「篠崎茜音」で、実名。
・こちらは普通。
冒頭の語りが「わたし=先輩」で、物語を閉じるのも「私=先輩」である場合。
・後輩の茜音ちゃんは、ちょっと空気読めないけどいいやつ。延々と先輩の小説を書き換えさせ続ける。先輩はとうとう爆発しちゃった。どかーん!先輩のこころせまーい!
・先輩はちょっと嫌なやつで、ずっと根に持っていた。それで、ペンネームを「篠崎茜音」にしてバッドエンドの小説を書いてやった。しかも死に物狂いで頑張って出版までこぎつけた。異様な執念です。主人公は茜音ちゃんぽくして、最後はバッドエンドにした。「旅立った」というのは要は「自殺」したという意味。先輩は茜音ちゃんが読解力高いことも知ってるのでそういう趣向にする
・茜音ちゃんは空気読めないけど、先輩が大好きな純粋な子で、時が経ってもそれは変わらず、ずっと反省していた。私が悪かったのかなぁ、ごめんなさい、先輩帰ってきて!みたいな。そうしたら、じゃーん!自分の名前で二人のことをモチーフにした小説が出版されてるじゃないですか。これ絶対先輩だ!と気づくわけです。そしてラストを読んだ茜音ちゃん「ああ、私、許されてなかった。先輩から死ぬほど恨まれてる。私、死んだほうがいいんだ……」と自殺へ。
・それをまるで美談のように語る先輩。先輩ひどい!
でも果たしてトリックとストーリーの両方について、この読みであっているのでしょうか。
それとも、あえて絶対に確定させない状況にしているのか。謎は深まります!
作者からの返信
安曇みなみ様
最後までお読みくださり、感想やレビューもいただきありがとうございます!
離脱してもおかしくないところを再読までしていただき、感謝してもしきれません。
書籍のあとがきのような大ボリュームコメントをいただいて感無量です。凄まじい分析能力で、何度も読み返してはニヤニヤしています。
そして、思いがけぬ偶然の一致が重なり、奇跡を呼んだことに感動しております。余白って素晴らしい…。
分かり辛くて申し訳なさを感じるとともに、私の乏しい説明能力が原因で組み立てられた大ミステリーと名推理に興奮しております。特に、第二のトリック(別解釈)、第三のトリック、「ペンネームに後輩の名前を使っている説」がお気に入りで、「これはあんたの物語よ」といった皮肉や鋭さが増して最高でした。強烈な仕返し、鳥肌が立ちました。
私は見栄を張りたい性分なので、「そうです、全部狙いました!私が犯人です!」と言いたくてたまりません。
挙げていただいた解釈での完成形を読んでみたくなりました。私は嬉し涙を流しながら、作中の台詞「それ、あげる」を言っていることでしょう。先輩ごめんなさい。
ストーリーについてのご感想もありがとうございます!
どちらかが一方的に悪者になる状態を避けたくて、先輩も後輩もお互いに傷つけている場面を入れました。
後輩は素直じゃないし小説を勝手に書き換えちゃうけど純粋な子、先輩はそんな後輩と仲が良い優しい人。でも実は、先輩は小説のために頑張って耐えていたのかもしれません。もし本当に小説で後輩に仕返ししようとしていたのなら、結構な溜め込み爆発をしてしまいましたね…。ひどい!となるのも頷けます。
お互いのことを知り尽くしておりますので、先輩は、後輩なら読み解いてくれると分かってあの小説を書いたというお考えが素敵だと思いました…!結末はバッドエンドですが、信頼関係の濃さを感じることができました。
改めまして、素敵なご感想ありがとうございました!!
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こちらは作者個人の解釈として書き残します。
もしイメージを崩されたくない、または余白のまま楽しみたい場合は流していただけますと幸いです。
自由に解釈していただけるのは作者冥利に尽きますし、拝読していてすごく楽しいので、まず大前提として、並べていただいたお考えは全部正解でございます。様々な観点から物語を分析してくださり本当にありがとうございます。嬉しいです。
その上で私の解釈を述べてみますと、私はシンプル系で読み取りました。
・語り手について
安曇さまのおっしゃる通りで、前半と後半で語り手が変わります。前半は先輩で、後半は後輩。「わたし」と「私」で書き分けました。
★前半の語り手:先輩。「篠崎茜音」による小説。
★後半の語り手:後輩。
書籍化された先輩の小説を読んでいます。
『「はじめては先輩がいい」と誘ったのは私だった。』の部分は後輩視点でないと成立しないことが理由です。
時期は明かしていませんが、先輩の卒業以降で、もしかしたら大人になっているかもしれません。
「罵声をぶち撒けて、背を向けたあの日から。」の部分は、作者の未熟さが出ています。ご指摘の通り主語が省略されていて、誰が何したか分からず混乱を招くかたちとなりました。後輩が罵声を浴びました。
・作家名、篠崎茜音について
茜音の意図についてです。作中では触れてはいませんのであくまで想像です。
夕暮れ時にキスをした思い出から茜色なのか、後輩の名前が茜なのか想像することしかできないのですが、「茜」の漢字一文字だけで充分なのにわざわざ「音」がついています。後輩は音楽に一生懸命でした。後輩について何か思って「音」をつけた可能性があります。それが未練なのか、折り合いをつけたいのか、恨みなのか、先輩の思いを推し量るのは難しいです。
サブタイトルは「茜色の小説」。もし後輩の名前が茜だったら、先輩の小説を書き換え続けた過去や、最後の行動により一層意味を持たせられるのかなと思います。
茜色の小説への応援コメント
例えばこれが叙述トリックを使った作品だったとして、分かり難さが勝ってしまっているように感じます。
仕掛けとして面白いのですが、誰が語り部になっているのか全然分からないので集中出来ません。
それでもアイデア自体が素晴らしい作品だと思います。
作者からの返信
チュン様
感想をいただきありがとうございます!
集中しづらかったとのこと、とても参考になりました。
視点の切替わりに加え場所も時間も変わる構成だったのもあり、どちらが先輩でどちらが後輩か、伝わりづらい部分もあったかと存じます。読者への伝え方について改めて考えるきっかけになりました。
そのような中で最後までお読みくださり、アイデアを褒めていただき嬉しいです。
率直で参考になるご感想をありがとうございました!