べっこう飴への応援コメント
飴玉によって、「瞳の夢」のように別の世界を見るようになってしまうのかもしれないですね。
あえて別の世界を見えるようにすることで、紙芝居のおじさんに化けていた人物は何がやりたかったのか。
本当に「紙芝居より面白いもの」として幻視する力を与えたのか、それとも、別の世界に引っ張られるようにするトラップを仕掛けた存在だったのか。色々と想像できそうですね。
作者からの返信
黒澤 主計様、考察をしてくださり感謝申し上げます。
少なくともこの飴玉は人間にとって危険な影響を与えるものでした。
ヨモツヘグイに由来したお話で、相手の世界の食べ物を口にするとそちら側に引きずられてしまいます。
正体が何であれ、人が近づくべきではなかった存在なのでしょう。
べっこう飴への応援コメント
コメント、失礼いたします。
木の拍子木、自転車の荷台の舞台、水飴。「黄金バット」ではなく「浦島太郎」でしたが、空き地で紙芝居を見た、おそらく最後の世代です。
昭和の夕暮れの公園が、懐かしく、そして妖しく目に浮かびます。
べっこう飴。上品に透きとおる丸。その琥珀色の片目を持つ、貧しい少女。
きっと孤高の美しさ。見えてはならないものすら受容する、凛とした佇まいかと。
郷愁漂う美しい掌編。読ませていただき、ありがとうございます!。
作者からの返信
ナカメグミ様、コメントに感謝いたします。
実際に紙芝居を目にしたことがありません。ただ伝聞や写真などで妙に心を惹かれやすく、一時期はその仕事を調べてみました。
空想上の紙芝居となりますが、実際に目の当たりにした方に評価していただけるのは大変嬉しいことです。
編集済
べっこう飴への応援コメント
この時代の生活や子どもたちの情景が如実に捉えられていて、実に見事でした。
その光景が、まるで瞼に浮かんでくるようでした。
私の時代は、幼稚園で先生が紙芝居舞台を使って、よく紙芝居を読んでくれていました。
どんな内容だったかまでは思い出せませんが、とても懐かしい気持ちになりました。
紙芝居屋のおじさんがくれたべっこう飴。
それは、おじさんなりのやさしさだったのかもしれない——そんなふうに感じました。
本当は子ども向けの飴ではないことを、おじさんは知っていた。
それでも、もう二度と会えない少女に、紙芝居に似た「なにか」を楽しんでほしかったのではないか……そんな気がしました。
日常から非日常へと引きずり込まれてしまった少女。
けれど、その先に、彼女なりのささやかな楽しみや救いがあることを願って・・・
とても面白かったです。