第1話 突然の告知から手術へへの応援コメント
通りすがりに気になりブクマして、戻ってきて読み始めておる者です。
私の時は母でした。
自分のいた病院なのに科が違うせいで、手術日決定など大事なところのシステムわからず不満が残ったりしたのを読んでいて思い出しました。
あと、家族の誰よりもいち早く「その後」がわかってしまう感覚、当時これはすごくいろいろなことを思ったなと、読んでてこれもリアルに思い出しました。
作者からの返信
akanetさま、お読みいただきありがとうございます。
状況が分かることも良し悪しなのかと。
専門職だからといって何もかもが対応できるわけでもなく、勤めているからといってシステムを理解しているわけでもなく。
返って遺恨を残すこともあるのかもしれません。
家族とはいえ素人相手に説明しても分かってもらえないときもありますしね。
コメントをありがとうございました。
第3話 自宅での看取りへの応援コメント
承前
ご返事どうもです。
父が入院した病院、すごく評判の良い病院で、以前に父がお世話になった時も良い病院だなぁ、と思ってたんです。
でも、それから15〜20年ぐらいの間に少子高齢化のボディーブローが効いてきたんでしょうか?とても、多忙過ぎて、ケアが追いついていない。
それまでは、自分も最期は施設が行き届いた病院で天に還りたいと思っていたのですが、あまりに流れ作業的というか、押さえつけての吸引などを見て、穏やかに最期は天に自宅で還りたいなぁ、と思うようになりました。
病院の方も一生懸命にやってくれているが、もう物理的に人手が足りてなさすぎる模様。少子高齢化、コワイですね。
作者からの返信
青山 翠雲さま、ありがとうございます。
現在の日本の医療はひっ迫しております。
医療の進歩で寿命は延びていますが人出が足りない。医者もしかり。
時間に追われる毎日です。
だからこそ地域との連携が必要になってくるのですが、なかなか上手くいきません。
各々が自分の最期をどうしたいのか考える必要があると思います。
第4話 終わりにへの応援コメント
鈴懸さん
女性だったんですか。。。
私は姉が3人の4人姉弟だったので、なんとか、なんとか、自宅看護が最後できました。
最期は人間、やりたいことをやっておきたいんだろうなぁ。酸素吸入しながらのタバコ。。。ホントに危なそう。でも、刹那的になってしまうのでしょうか?
以前にご覧いただいたかな?
『神さまからの誕生日プレゼント』
『十首連作短歌「父」』
私も想いを綴っています。
貴重な記録とお気持ちの吐露、ありがとうございました。
作者からの返信
青山 翠雲さま、ありがとうございます。
はい、女ですよ。多分、他のエッセイでバレていたかと思いますが(笑)
父は最後まで好きなことをしていたのかと。
>『神さまからの誕生日プレゼント』
>『十首連作短歌「父」』
以前にお伺いしていたかと。後程、確認させていただきますね。
こちらこそお☆さまをいただきありがとうございます。感謝いたします。
第1話 突然の告知から手術へへの応援コメント
う〜ん、背中の痛みは危険と言いますからね。。。
作者からの返信
青山 翠雲さま、ありがとうございます。
はい、かなり進行している症状です。
随分と我慢していたようです。
第0話 ごあいさつへの応援コメント
鈴懸さん
私も父を一昨年、自宅で看取りました。死生観が大いに揺らいだのを今でも覚えています。
よく見たら、鈴懸さんの作品が週間2位。私の作品はまもなく圏外となっていきますので、1位の座をお譲りいたします。私のくだらないRecipe論より遥かにこちらの作品の方が多くの方が読むべき作品かと思いますので。
こちらの作品が、多くの方に手に取っていただけることを祈りつつ。
作者からの返信
青山 翠雲さま、お読みいただきありがとうございます。
ご自宅での看取りは大変だったとお察しします。
ですがお父様は嬉しかったのではないでしょうか。
ご自宅で家族に囲まれて。
少し前の日本では当たり前の風景が、昭和の終わりには消えかかっています。
「畳の上で死にたい」という言葉は今でも耳にしますが、その希望が叶えれれる方がいったい何人おられるのか。
多くの方に読んでいただけて良かったと思っております。
第4話 終わりにへの応援コメント
遅ればせながらコメント失礼いたします。
あまりにも秀逸な、同時に人に取ってはとても重要な内容でしたので、今までどうコメントをして良いのかわからず、躊躇しておりました。
人、それもお身内をご自宅で看取る。
いかばかりかと思いました。
私も身内を看取った経験があるのですが、医療従事の方のプロフェッショナルな知識も気持ちのあり方もなく、ただただ、「プロの視点」と、同時にお身内ならではのお気持ちに頷き、頭が下がる思いでした。
程良いユーモア的な表現も内容を上手く中和され、読み手への御配慮も感じました。
上手く書けないのですが、こちらのエッセイを拝読してとても良かったです。
ありがとうございました。
作者からの返信
小海倫さま、お読みいただきありがとうございます。
このような個人的な内容でしたが、多くの方に読んでいただき、また、共感していただき感謝しております。
そしてコメントし辛いのに、こうして筆を取ってくださっていることだけでも私の方が頭が下がります。
「死」はとても重い内容です。けれど避けては通れないことでもあります。
父を看護していてしんどいことばかりではありませんでした。
私の父なので時に笑いもありました。
私なので笑い飛ばすことも出来ました。
今では良い経験をさせてもらったと思っています。
いつもお気遣いいただきありがとうございます
レビューとお☆さまもありがとうございます。感謝いたします。
第4話 終わりにへの応援コメント
大切なお話を聞かせてくださりありがとうございました。
僕はまだ両親健在なのですが、いつかその日が来ると思うと不安でたまらなくなる時があります。
でも、誰しも乗り越えなければいけない試練なのでしょうね。
鈴懸さんは医療従事者様でとても丁寧にお父さまに寄り添っていらっしゃって素晴らしいと思いました。僕も、少しでも同じように出来たらなと思いました。
ありがとうございました。
作者からの返信
香森康人さま、お読みいただきありがとうございます。
誰にでも平等に訪れる「死」ですが、多分、受け止め方次第なのかとも思います。
今は「死の尊厳」と言われています。
どう死にたいのかが問われてきています。
香森さまがご両親のためにしたいことをなさったらいいのだと思います。
父と私に寄り添っていただきありがとうございます。
お☆さまもありがとうございます。感謝いたします。
編集済
第4話 終わりにへの応援コメント
朝、読ませていただきました。
仕事をしながら、ずっと頭の片隅にあって、家に帰ったら、感想書かせていただこうと思っていました。
私の父も膵臓癌の肝転移で亡くなりました。
母親から、その連絡をもらったのは、働きづめで、ほとんど一睡もできなかった当直明けの日曜日でした。
主治医からぜひ病状説明と今後の治療方針について相談したい。
父が家族に会いたがっていると。
私の父はいろいろあって幼い頃に、別居していました。
母は、父を思い出すだけでメンタル不調を起こすほど、トラウマを持っていました。離婚したくない父は、金の力に物を言わせて、裁判を有利に進め、結局離婚はできませんでした。
おびえる母には、自分が主治医と直接話するので、心配するなと言い、月曜日の外来の合間に直接電話し、我々家族はキーパーソンになれないと話しました。
主治医は、first line 無効、PS3~4食事も入らず、化学療法を中止したいとのことでした。私は、『娘としてではなく、医者として中止すべきと考える。同意見です』と答えました。他のデータと合わせて、予後は今月中だなと、考えながら電話を切りました。
後悔はしていませんが、忘れたことはありません。
病院で務めていると、いろいろなご家族に会います。
残念ながら、私の専門科は重い病の人が多い。
病院の裏口で、何度も何度も頭を下げて見送りました。
父のように家族に受けれられずに、一人で逝った人も、家族に看取られた人も、病室で喧嘩が始まる人も。
しかし、鈴懸さんのような人が、何もかもその人のためにあらゆる手段を講じて、見送って差し上げたのは、あまり見たことはありません。
どんなにか、心強かったことでしょう。
そして、日々の病態の変化を見るにつけ、その先が見えてしまう鈴懸さんはしんどかったんじゃないかな
逝く人の尊厳とこうやって逝きたいという希望を、すべてかなえるのは難しい。
周りの覚悟を要するからです。愛する人の死に行く一コマ一コマを、目をそらさずに焼き付けて行かなくてはならない。
よく病院で説明していました。
死は、逝く人の物だけど、その逝き方は家族のこれからに、強く影響する。予知能力がない限り、看取りに正解はありません。けれど、みんなその瞬間精一杯考えた結果と言えるようにしていきましょうと。
でも、きれいごとです。やっぱり後悔はありますよね。
数年前、認知症の母を見るために、病院を辞めました。
変な使命感を出さずに、もっと早く辞めても良かった。
私は、他の先生方と一緒に、診ても診ても減らない、コロナ患者を受け入れ続けて、家に帰れなかった。帰っても、口もきけないほど疲れ果てていたので、話す機会も減ってしまった。
その間、母の認知症は急激に進行し、家を空けられないほどになっていました。
当直の前にご飯を食べさせ、入浴させ、病院に戻って、当直をし、朝、家に戻って無事を確かめ、朝食と昼食を準備して、病院に戻る。というのを繰り返していて、疲れ果ててしまいました。
コロナが終息したのを見届けて、病院を辞めました。
それで、今は会社に勤めています。
会社の中で、健康にかかわるもめごとの落としどころを探る仕事です。
さらに二年、日中仕事をして、家ではひたすら母の下の世話をする日々でした。
デイサービスやショートステイも使ったのですが、つらかった。
皆に、母の年齢を言うと、まだ若いのにと驚かれる。そのたびに、責められている気持ちになりました。
ここまでみてたなんて信じられないと言われるたびに、もっと早くいれた方がよかったのか、もっとできることはなかったのかと、自分を責めた。
自分が後悔しないところまで、見ようと思ったのですが、そんなラインは存在しなかった。
去年から、施設に入ってもらって、自分の時間はできたけど、後悔から抜け出せないでいます。
今日はこのお話読ませていただいてよかった。
鈴懸さんも精一杯、お父様と一緒に病と闘われたんだなと、感じました。
私も、この後悔ともう私のことが分からない母を、大事に抱えて生きて行こうと思いました。
レビューを書きたいのですが、今はうまく書けません。
また、少し考えてから、かきますね
作者からの返信
湖海 燈さま、お読みいただきありがとうございます。
同業者かなと思ってはいましたがDrでしたか。
私も色々な家族とPtを見てきました。若い時には「死んでから連絡して」と言われて絶句したことがあります。家族の在り方も様々なのだと。
私から見たら別に悪い人ではなくても、家族からは違う。難しいと思いました。
ですから一人で逝くしかないPtは寂しく見えました。
人生の最期を考えてしまうことがありました。
私もコロナを受け入れる側でした。私はアレルギーでワクチンも打てない中、クラスターは何度も起こるし、物品は不足するし。本当に命がけ。
実家の母も高齢で認知機能が落ちていた矢先。コロナで誰とも会話することなく症状が悪化しました。
私は「見つけた時は死んでるな」と思って母にサ高住に入って欲しいと頼みましたが拒否され、叔母に介入してもらい入居してもらいました。
案の定、症状は悪くなっていて、脳梗塞も起こして緊急搬送になったことも。転倒して血まみれで発見されたこともあります。
近所のおばあさんに「施設はかわいそうでしょ」と言われたことがあります。何も知らない癖に!と思いました。
多分、そのまま実家に一人で住まわせたら、とっくに父のところに逝っていたはずです。
湖海さま、どんなに頑張っても後悔しますよ。
「もし、あの時……」って違う選択をしていたら、なんて考えていたら後悔しか残らない。
実際その時は自分も必死。本当に出来る限りのことをしていたはずです。
自分を犠牲にして頑張ったのは確かです。
時間も解決してくれないことが多い。
だから受け入れるしかないこともあります。
結局は結果論になってしまうと思います。
でも誰かを頼ってもいいのだと思えるようになりました。
自分一人ではできないことも多いと。
「助けて」という言葉を言ってもいいのだと。
施設のスタッフは私の仕事を知っていて、「ここでは一人の家族として愚痴も言っていいですよ」と、よく言ってくれました。
仕事で看る患者さんと自分の家族は違いますから。
湖海さま、無理をなさらずにご自身を大切にしてください。
湖海さまの人生は湖海さまのものです。
自分に余裕がないと誰かのことも考えられない。母にも優しくできないことが分かりました。これが私が行きついた結論です。
湖海さま、少しご自身に優しくなってもいいと思います。
湖海さまのことを聞かせていただいてありがとうございます。
お母様と穏やかなお時間が過ごせることを願います。
第4話 終わりにへの応援コメント
大切なお話を読ませて頂きありがとうございました。
私も、母を癌で亡くしてもう24年ほど…になります。闘病は七年に及びました。今は父が多系統萎縮症になってやはり7年くらいですね。
どれほど身を尽くしても、後悔は残りますよね…きっと。そのようなもの、なのでしょう。
こういう、死の周辺の出来事というのは、どうしても個人的なもので、知られることが少ないという性質があります。
だけど、おっしゃるように誰しもがいつかは辿り着くところでもあって。
公開を少し躊躇われた気持ちもなんとなく分かります。
煙草を最後まで諦めなかったお父様、と鈴懸さまのやりとりに、ちょっとクスッとさせていただきました^_^
レビューは、ちょっと色々思いがあり上手くまとまらないのでお星様だけでご容赦ください(^-^;
本当に、大切な思い出、気持ちのこもった作品を読ませて頂きありがとうございました。
作者からの返信
七條太緒さま、お読みいただきありがとうございます。
確かに色々と想いは残りますし、やはり後悔しています。もっと何か出来たのではないかと。
あの時、あそこで……と。
仕方のないことですが、当時はきっといっぱいいっぱいやったのだと思っています。
少し前から投稿のことを考えていて。旅エッセイで父のことも少し書いたこともあって、出そうと。今のリアルエッセイでも家族のことを書いているので、いずれ分かることですし。
父は、頑固でしたがおちゃめなところもあって、デカい子どもです💦
母は手を焼いていたと思います。
お☆さまをいただけるだけで有難いです。
いつもお気遣いありがとうございます。感謝いたします。
お父様が穏やかに生活できるといいですね。
太緒さまもお体をご自愛ください。
第4話 終わりにへの応援コメント
時折鈴懸さんの作品でそういった描写がある場合、一般的な他の作品よりやや詳細な描写をされているな、と薄々感じてはいましたがやはり深く業界に携わっていた人間だからこそでしたか……ようやく腑に落ちました。
健康面はある日突然牙を剥くといいますか、現在同居中の母親が1年半程前に乳がんが発覚、ステージ1ではありましたが右側の全摘出や抗がん剤治療の副作用による脱毛、免疫力の低下で風邪知らずだった母が何度も体調を崩す等々……知識としては知っていても、いざ身内あるいは自分がそういった病気になった時は色々と気付かされる、考えさせられるものだなと本エッセイを通じて改めて実感させられました。
会社の健康診断程度しか受けておらず精密検査をまだ人生で一度も経験したことがないのですが、自分も決して他人事といえる年齢でもなくなってきたのでそろそろ受けないといけませんかね。バリウムだの内視鏡だの、やりたくない検査が色々ありますが……
作者からの返信
日間野人さま、お読みいただきありがとうございます。
お母様はステージ1でも全摘に追加治療。リンパ節に飛んでいたようですね。抗がん剤の副作用は長く続くことが多いので体力が落ちないようにして欲しいですね。今は夏場なのでお辛いと思います。
人間ドッグは受けていただきたいと思います。それで見つかるものもありますから。私もそれで命拾いしました。
病気になってからでは遅いのですが、日頃元気だとつい後回しにしてしまうものです。
日間野人さまもお母様もお体をご自愛ください。
第4話 終わりにへの応援コメント
原爆の日に、このエッセイを読めて良かった、と思っています。
教え子に弱った姿を見せたくない、お父様もそう思っていたと、勝手に思っています。
鈴懸様が十分に親孝行であったことは、読んで感じます。
親に、ありがとう、と言えることも、とても素晴らしいことだと。
作者からの返信
茶ヤマさま、ありがとうございます。
この作品に寄り添っていただきありがとうございます。
親孝行ができたのか。もっと前に出来ていたこともあったのに。
気が付いた時には遅いことが沢山あって、後悔しました。
本当に、最期に少しだけ出来たのかと思っております。
父にはいい経験をさせてもらったと思っています。
本当に「ありがとう」でした。
第4話 終わりにへの応援コメント
鈴懸先生お疲れ様です。
色々考えさせる話でした。
どう生きるだとかどう死ぬだとかあの時どうすればよかったのかだとか、私にはまだ少し難しいです。どうしてもまだもう少し遠いような話に感じてしまいます。
親孝行なんかもどうやってすればいいのかすらまだ私にはわかりません。
ただ鈴懸先生がお父様を大切に思っているということは分かりました。
私はとりあえず夏休みの間に祖父母の家に帰省しようと思います。
作者からの返信
ねほりはっとうさま、ありがとうございます。
まだ学生さんでしたよね。
私も学生のころに親孝行なんて考えていませんでしたよ。
ただ、健康に、人様に迷惑をかけず、警察のお世話にならないこと。
こんな感じで学生生活を楽しんでおりました(笑)
でも、いつかは誰にでも「死」は訪れます。
その時に後悔しないように生きていければと。
もう少し、先のことかもしれません。
けれど何か心に残ったのであれば嬉しいです。
おじい様もおばあ様も、ねほりはっとうさまのお顔を見れるだけで喜ばれると思いますよ。
夏休みを満喫してくださいね (*^▽^*)
お☆さまをありがとうございます。感謝いたします。
第4話 終わりにへの応援コメント
いやもう十分でしょう! これ以上ないっていうくらい親孝行してるじゃないですか! 当時の睡眠不足を思いだしてください!
布団に横になってすぐ呼ばれて起き上がったときの、心臓がぎゅってなるあの感じです! あの虚脱感はね、間違いなく寿命縮んでます! 知らんけど!
もうね、お父様は天国で言ってますよ。「娘の指を噛んでやった」って!
そんで嬉しそうにね、天国で言いふらしてますよ!「娘と母ちゃん(お母さま)が、死ぬまで俺の世話してくれた。あいつら俺のことどんだけ好きやねん」って!
鈴懸様が医療従事者だったことで、お母さまも心強かったと思います。(鈴懸様のご負担もやや大きくなった側面もあっただろうとお察しいたします)
よく頑張りました! でっかいでっかい花丸です!
作者からの返信
ゆかさま、ありがとうございます。
父はね、いい歯をしていたんですよ。それで噛みよったんですよ(笑)
ホンマにしばく!と思いました!
>よく頑張りました! でっかいでっかい花丸です!
何だかね、みなさまのコメントを読んで、今、ゆかさまのコメントを読んで泣けてきました 💦
本当に泣いちゃった……( ̄▽ ̄;)
当時は頑張って当然だと思っていました。娘だし看護師だし。
今、「頑張ったね」って言ってもらえて嬉しいです。
頑張れたんだろうね……きっと。
いつも励ましのお言葉をありがとうございます。
これからも凹んだらケツを叩いてください(笑)
そして、こんな個人的な内容に寄り添ってくださってありがとうございます。
お☆さまもくださって感謝しております。レビューもありがとうございます。
第4話 終わりにへの応援コメント
鈴懸さんのお仕事について、以前、出産の話になった際に色々とお話しされていたので、助産師さんなのかなと推測していました。
助産師さんということは看護師さんでもあるわけで。
そういうことだったのですね。
医師の前でいい子ちゃんなのは、ある程度の世代の方あるあるな気がしますね……。
25年以上前のこととはいえ、この出来事を綴ることを決めてくださり、ありがとうございました。
さぞご負担も大きかったことと思います。
貴重な思い出をこの場で公開してくださったことに、心より感謝申し上げます。
作者からの返信
ひとえけいりさま、おはようございます。
出産の話、「花よ戦え」ででしたっけ?
昔の人って白衣に弱いじゃないですか(笑)
もう、あのタヌキ!毎回、先生の前では何も言わない ( ̄▽ ̄;)
そのくせ痛がりで怖がりなところがあって、本当にデカい子どもでした(笑)
こちらこそ、こんな個人的な内容を受け止めていただきありがとうございさます。
正直、公開するか迷って、公開した後の反応もみなさまがどう受け止められるのか少し怖い思いで見ておりました。
でも多分、ゆかさまとけいりさまは大丈夫かな、と(笑)
いつも本当に助けられています。感謝しています。
そしてお☆さまもありがとうございます。感謝いたします。
第3話 自宅での看取りへの応援コメント
>医療従事者の私としては一瞬、ちゃうで、と言いかけたが、……
これは、どのような意味ですか? 頑張ったのは残された側(鈴懸様とお母さま)だよという意味でしょうか。医療従事者の視点でお答えいただけると嬉しいです。
作者からの返信
ゆかさま、疑問だらけ?
死亡時刻を私は20:00と見ていました。母は自分が確認した20:05としました。まあ、どっちでもいいんですけどね。
現場でも、心停止の時刻ではなく、家族が集まってから死亡確認をした時刻を伝えることが多いので。
私は母が納得すれば良かったので(笑)
ゆかさま、何か参考になりますか?
第2話 闘病生活への応援コメント
隣のご主人が亡くなったときに、近所の方と会わないようにしたのはどうしてですか?
作者からの返信
ゆかさま、それはですね。
父もガリガリに痩せていました。
他人が見ても違うと分かるぐらいに。
ずっと自宅で看ていたので通夜の席で一緒にはしたくなかった。
父のことを色々と詮索されたくなかったし、父の姿を見せたくなかったってものありますね。
実は隣のおっちゃんも自宅で亡くなりました。
私も母も状態がよくないことは薄々気が付いていました。
隣のおばちゃん、父が亡くなった時に自宅前に停まった業者の車を見て一番にうちにやってきたんですよ。もう日付が変わるぐらいの夜中に(笑)
まあ、医者も来ていたからバレたんだと思います ( ̄▽ ̄;)
編集済
第4話 終わりにへの応援コメント
私が経験したことを書きます。
これがガンで生き抜くうえですごく大事です。
まず、県下一の先生だろうと田舎の先生と日本で屈指の先生ではレベルが信じられないほど違います。
父は某製薬会社のえらいさんだったので、それでそこからの情報で担当医が県下一だってって話を信じて父は疑わなかったけど、県ごとでレベルが違います。(多分、卒業した大学の医学部によってレベルが違うんだと思う。県ごとに学閥があるから)
それで、同じ病院で余命数か月の診断を受けた友人と知人が数名ほど、そこから日本で一番の先生をネットで探して、それでそこにホテルに泊まりながらそれぞれの病院に行って治療しました。
全員生きてます。
しかも、五年以上生きてます。
つまり治ったわけです。
余命診断って大嘘かよと思いました。
確か大腸がん? の人は検査する前なのに、この場合肝臓に飛んで助からなくなるんで、肝臓も一気に手術しますと言われて、転移の小さな段階で先生の経験から一気に取り除いて治りました。
だから、もし生き残りたいなら一番の病院を見つけてすぐに行ってください。
そこだけレベルがよそと信じられないくらい違います。
追伸
そうですね。
マスコミは微妙です、宣伝もあるので。
〇の手と言われた先生(弟子のトラブルで問題になってたけど)の近くの人から話を聞いたことがあるけど、ああいう人って治せるかどうかのリスク判断に優れていて、助けれないリスクがある場合は助けないとか。
そうしないと治療率上がらないし。
さらに追伸
応援コメントでなくてすいません。
ただ、助かる可能性がある人が救われないと言うのは、私的にも家族を4人も早い段階で亡くしてますんで辛いので、一言書いてしまいました。
すいませんでした。
作者からの返信
平 一悟さま、ありがとうございます。
本当に自分の命は自分で守る時代になってきていると思います。
確かに都市部の医療の方が発展はしています。医療機器が違う。大きな大学病院などは最新の機器が導入できますから。
この日本においても医療格差は目に見えて大きくなっています。
医者不足もあって地方の病院から撤退する大学病院も多くあります。それは関西でもです。
だからと言ってよく雑誌などに取り上げられる特集に「いい病院」と紹介されている中身に疑問があることも事実です。
最終的には自身が納得して治療を受けられるかだと思います。
いつもありがとうございます。
そしてお☆さまにレビューと感謝いたします。
第4話 終わりにへの応援コメント
考えさせられるお話でした
昭和の親父あるある(笑)
娘の前では言わない
大丈夫じゃないのに大丈夫と他人の前では強がって言って、結局家族が被る
家族の言う事を聞かない
ホントにそうですよね(^_^;)
二十五年経っているから
話せるのでしょうが
鈴懸さん、本当にお疲れ様でした。
娘さんに看取られたお父さんは嬉しかったと思います
私も遠方にいると
あと何回、何日この人達と過ごせるのか
帰省の度に思うようになりました
腹もそりゃ立ちますけどね(笑)
きっとお父さまも、叔父さまと
あの世があるならそこで
酒を片手に自慢されていると思いますよ
作者からの返信
オオオカ エピさま、ありがとうございます。
本当に父には色々とやられました(笑)
さすが私の父だけあって……ではなく、彼の遺伝を貰っているので似たり寄ったりですが。
私ももっと時間があるのだと思っていました。
漠然とじじいになった父の世話をするものだと。
全くの予想外で甘かったと後悔しました。
家族だから腹も立つし、仕方のないことなのですが。
でも残りのお時間を本当に大切になさってください。
多分ね、もう、あの世で散々酔っぱらって好き勝手していると思ってます。言いたい放題かもしれません💦
いつもありがとうございます。
そしてお☆さまもありがとうございます。感謝いたします。
第1話 突然の告知から手術へへの応援コメント
あら、鈴懸様はお医者さん一家だったのですね。そういえば幼少期には試験管が冷蔵庫にあったっておっしゃってましたもんね。
ハッ! あの試験管はもしや、人間の遺伝子に関する重要な何かが冷やされていたのでは……! それは、禁忌とされている、アレ……!
(すみません次から真面目に読みます)
作者からの返信
ゆかさま、おはようございます。
相変わらずのゆかさま節で安心しました。
タイトルがタイトルなので(笑)
医者ではありませんね。
父は薬大卒業の微生物専門でした。
医者は従兄がなってます(笑)
編集済
第3話 自宅での看取りへの応援コメント
うちは父母と弟二人をそんな感じで私が看取りました。
良く分かるな。
急変したら一気なんですよね。
うちの場合病院ですが、父も何日も看病して、一度自分達の着替えを取りに行こうって大丈夫だと思って家に取りに行ってたら急変して一気に亡くなる寸前でした。
私はスマホを持たない主義だったんですが、持ってたらもっと早く帰れたので、それからすぐにスマホの契約をしました。
当時はガラケーだけど。
一生後悔してます。
作者からの返信
平 一悟さま、ありがとうございます。
病状って分からないものなんですよね。
だいだい予測はできても、だからといってそうならない。
一度、転げだすと早くて……
平さまも色々と大変だったのですね。
後で振り返ってみれば、ということばかりで、どれだけ当時頑張っても後悔は残るのだと思いました。
なかなか納得して最期を送れることは少ないのだと思います。
第1話 突然の告知から手術へへの応援コメント
うちの親父は食道がんの初期で見つかって地元で一番の病院に行っていきなりリンパに飛んで全身に回り、あっという間になくなりました。
途中で慌てて、俺が四国がんセンターに連れてったら、その時にお金を渡して(30万くらい……叔母に提案された)少しでも時間短縮するためにカルテのコピーをもらいました。
それで見てもらったら、県下一のはずの病院は20年前の治療をしていて、これでは助からないって四国がんセンターの先生方がため息をついたのを覚えています。
作者からの返信
平 一悟さま、早速お読みいただきありがとうございます。
色々とありますね……( ̄▽ ̄;)
お金……まあ、一昔前は袖の下はあったかと💦
う~ん、病院の噂は色々と聞きますが。
まあ、私も自分の職場を信用しているかと問われれば、ケースバイケースかな💦
第1話 突然の告知から手術へへの応援コメント
この病院、大丈夫ですか?
過去のこととはいえ
不安しかないじゃないですか😰
作者からの返信
オオオカ エピさま、早速お読みいただきありがとうございます。
現在はどうなのでしょうね?
元々、精神科ベースからスタートした総合病院で学校を併設したりと現在はかなり大きい病院となっております。
当時は笑うしかなかったですが(笑)
執刀した医師が腕のいい先生だっただけで、他は……( ̄▽ ̄;)
お☆さまをありがとうございます。感謝いたします。
いつもありがとうございます。
第4話 終わりにへの応援コメント
読了させて頂きました。とても率直な気持ちで書かれていて、肩の力が抜けるような安堵を覚えました。ありがとうございます。
私は現在進行系で、肺癌ステージⅡ→重粒子線治療→リンパ転移発覚。そんな父親(89才)と同居しております。
昨年、放射線治療でリンパ節の癌細胞を縮小する処置は受けましたが、完治は見込めないと担当医から告知済み。
父本人は治療を望んでいませんが、医師からは継続的に放射線治療を勧められている状況です。
ですが放射線治療により日に日に衰弱してゆく父を見て、私は父の意思を尊重し自宅で看取る覚悟を決めました。
最期の時間を自宅で家族と共に迎えたいと言われた時は正直、腹が立ちましたが(笑)
臨終の際に出張して頂けそうな医師も見つかり一安心。
このエッセイを読んで、ほんの少しの勇気(あ、私だけじゃ無いんだな…と)を貰えた気分です。本当に感謝してます。
御父上様の御冥福を心よりお祈り申し上げますと共に、細やかな勇気を下さった事に感謝を(^^)
作者からの返信
寒ちんさま、お読みいただきありがとうございます。
お父様のご希望に添えた形になるのでしたらお父様はお幸せですね。
家族って、家族だからしか分からない葛藤や確執があったりするのですが、やっぱり家族なんですよね。
父も若いときは好き勝手していたみたいで母は苦労していたと思います。
子どもも巣立って自分たちの時間を楽しんでいたころの病気だったので、父は母にだけ「何でこんなことになったんやろう」と零していたようです。母には弱みを見せていたようです。
お父様との時間を大切になさってください。たくさん思い出を作って欲しいと思います。
父へのご丁寧なお言葉、ありがとうございます。
そして、お☆さまもありがとうございました。感謝いたします。
寒ちんさま、御無理はなさらず、お身体をご自愛ください。