第4話 終わりにへの応援コメント
時折鈴懸さんの作品でそういった描写がある場合、一般的な他の作品よりやや詳細な描写をされているな、と薄々感じてはいましたがやはり深く業界に携わっていた人間だからこそでしたか……ようやく腑に落ちました。
健康面はある日突然牙を剥くといいますか、現在同居中の母親が1年半程前に乳がんが発覚、ステージ1ではありましたが右側の全摘出や抗がん剤治療の副作用による脱毛、免疫力の低下で風邪知らずだった母が何度も体調を崩す等々……知識としては知っていても、いざ身内あるいは自分がそういった病気になった時は色々と気付かされる、考えさせられるものだなと本エッセイを通じて改めて実感させられました。
会社の健康診断程度しか受けておらず精密検査をまだ人生で一度も経験したことがないのですが、自分も決して他人事といえる年齢でもなくなってきたのでそろそろ受けないといけませんかね。バリウムだの内視鏡だの、やりたくない検査が色々ありますが……
作者からの返信
日間野人さま、お読みいただきありがとうございます。
お母様はステージ1でも全摘に追加治療。リンパ節に飛んでいたようですね。抗がん剤の副作用は長く続くことが多いので体力が落ちないようにして欲しいですね。今は夏場なのでお辛いと思います。
人間ドッグは受けていただきたいと思います。それで見つかるものもありますから。私もそれで命拾いしました。
病気になってからでは遅いのですが、日頃元気だとつい後回しにしてしまうものです。
日間野人さまもお母様もお体をご自愛ください。
第4話 終わりにへの応援コメント
原爆の日に、このエッセイを読めて良かった、と思っています。
教え子に弱った姿を見せたくない、お父様もそう思っていたと、勝手に思っています。
鈴懸様が十分に親孝行であったことは、読んで感じます。
親に、ありがとう、と言えることも、とても素晴らしいことだと。
作者からの返信
茶ヤマさま、ありがとうございます。
この作品に寄り添っていただきありがとうございます。
親孝行ができたのか。もっと前に出来ていたこともあったのに。
気が付いた時には遅いことが沢山あって、後悔しました。
本当に、最期に少しだけ出来たのかと思っております。
父にはいい経験をさせてもらったと思っています。
本当に「ありがとう」でした。
第4話 終わりにへの応援コメント
鈴懸先生お疲れ様です。
色々考えさせる話でした。
どう生きるだとかどう死ぬだとかあの時どうすればよかったのかだとか、私にはまだ少し難しいです。どうしてもまだもう少し遠いような話に感じてしまいます。
親孝行なんかもどうやってすればいいのかすらまだ私にはわかりません。
ただ鈴懸先生がお父様を大切に思っているということは分かりました。
私はとりあえず夏休みの間に祖父母の家に帰省しようと思います。
作者からの返信
ねほりはっとうさま、ありがとうございます。
まだ学生さんでしたよね。
私も学生のころに親孝行なんて考えていませんでしたよ。
ただ、健康に、人様に迷惑をかけず、警察のお世話にならないこと。
こんな感じで学生生活を楽しんでおりました(笑)
でも、いつかは誰にでも「死」は訪れます。
その時に後悔しないように生きていければと。
もう少し、先のことかもしれません。
けれど何か心に残ったのであれば嬉しいです。
おじい様もおばあ様も、ねほりはっとうさまのお顔を見れるだけで喜ばれると思いますよ。
夏休みを満喫してくださいね (*^▽^*)
お☆さまをありがとうございます。感謝いたします。
第4話 終わりにへの応援コメント
いやもう十分でしょう! これ以上ないっていうくらい親孝行してるじゃないですか! 当時の睡眠不足を思いだしてください!
布団に横になってすぐ呼ばれて起き上がったときの、心臓がぎゅってなるあの感じです! あの虚脱感はね、間違いなく寿命縮んでます! 知らんけど!
もうね、お父様は天国で言ってますよ。「娘の指を噛んでやった」って!
そんで嬉しそうにね、天国で言いふらしてますよ!「娘と母ちゃん(お母さま)が、死ぬまで俺の世話してくれた。あいつら俺のことどんだけ好きやねん」って!
鈴懸様が医療従事者だったことで、お母さまも心強かったと思います。(鈴懸様のご負担もやや大きくなった側面もあっただろうとお察しいたします)
よく頑張りました! でっかいでっかい花丸です!
作者からの返信
ゆかさま、ありがとうございます。
父はね、いい歯をしていたんですよ。それで噛みよったんですよ(笑)
ホンマにしばく!と思いました!
>よく頑張りました! でっかいでっかい花丸です!
何だかね、みなさまのコメントを読んで、今、ゆかさまのコメントを読んで泣けてきました 💦
本当に泣いちゃった……( ̄▽ ̄;)
当時は頑張って当然だと思っていました。娘だし看護師だし。
今、「頑張ったね」って言ってもらえて嬉しいです。
頑張れたんだろうね……きっと。
いつも励ましのお言葉をありがとうございます。
これからも凹んだらケツを叩いてください(笑)
そして、こんな個人的な内容に寄り添ってくださってありがとうございます。
お☆さまもくださって感謝しております。レビューもありがとうございます。
第4話 終わりにへの応援コメント
鈴懸さんのお仕事について、以前、出産の話になった際に色々とお話しされていたので、助産師さんなのかなと推測していました。
助産師さんということは看護師さんでもあるわけで。
そういうことだったのですね。
医師の前でいい子ちゃんなのは、ある程度の世代の方あるあるな気がしますね……。
25年以上前のこととはいえ、この出来事を綴ることを決めてくださり、ありがとうございました。
さぞご負担も大きかったことと思います。
貴重な思い出をこの場で公開してくださったことに、心より感謝申し上げます。
作者からの返信
ひとえけいりさま、おはようございます。
出産の話、「花よ戦え」ででしたっけ?
昔の人って白衣に弱いじゃないですか(笑)
もう、あのタヌキ!毎回、先生の前では何も言わない ( ̄▽ ̄;)
そのくせ痛がりで怖がりなところがあって、本当にデカい子どもでした(笑)
こちらこそ、こんな個人的な内容を受け止めていただきありがとうございさます。
正直、公開するか迷って、公開した後の反応もみなさまがどう受け止められるのか少し怖い思いで見ておりました。
でも多分、ゆかさまとけいりさまは大丈夫かな、と(笑)
いつも本当に助けられています。感謝しています。
そしてお☆さまもありがとうございます。感謝いたします。
第3話 自宅での看取りへの応援コメント
>医療従事者の私としては一瞬、ちゃうで、と言いかけたが、……
これは、どのような意味ですか? 頑張ったのは残された側(鈴懸様とお母さま)だよという意味でしょうか。医療従事者の視点でお答えいただけると嬉しいです。
作者からの返信
ゆかさま、疑問だらけ?
死亡時刻を私は20:00と見ていました。母は自分が確認した20:05としました。まあ、どっちでもいいんですけどね。
現場でも、心停止の時刻ではなく、家族が集まってから死亡確認をした時刻を伝えることが多いので。
私は母が納得すれば良かったので(笑)
ゆかさま、何か参考になりますか?
第2話 闘病生活への応援コメント
隣のご主人が亡くなったときに、近所の方と会わないようにしたのはどうしてですか?
作者からの返信
ゆかさま、それはですね。
父もガリガリに痩せていました。
他人が見ても違うと分かるぐらいに。
ずっと自宅で看ていたので通夜の席で一緒にはしたくなかった。
父のことを色々と詮索されたくなかったし、父の姿を見せたくなかったってものありますね。
実は隣のおっちゃんも自宅で亡くなりました。
私も母も状態がよくないことは薄々気が付いていました。
隣のおばちゃん、父が亡くなった時に自宅前に停まった業者の車を見て一番にうちにやってきたんですよ。もう日付が変わるぐらいの夜中に(笑)
まあ、医者も来ていたからバレたんだと思います ( ̄▽ ̄;)
編集済
第4話 終わりにへの応援コメント
私が経験したことを書きます。
これがガンで生き抜くうえですごく大事です。
まず、県下一の先生だろうと田舎の先生と日本で屈指の先生ではレベルが信じられないほど違います。
父は某製薬会社のえらいさんだったので、それでそこからの情報で担当医が県下一だってって話を信じて父は疑わなかったけど、県ごとでレベルが違います。(多分、卒業した大学の医学部によってレベルが違うんだと思う。県ごとに学閥があるから)
それで、同じ病院で余命数か月の診断を受けた友人と知人が数名ほど、そこから日本で一番の先生をネットで探して、それでそこにホテルに泊まりながらそれぞれの病院に行って治療しました。
全員生きてます。
しかも、五年以上生きてます。
つまり治ったわけです。
余命診断って大嘘かよと思いました。
確か大腸がん? の人は検査する前なのに、この場合肝臓に飛んで助からなくなるんで、肝臓も一気に手術しますと言われて、転移の小さな段階で先生の経験から一気に取り除いて治りました。
だから、もし生き残りたいなら一番の病院を見つけてすぐに行ってください。
そこだけレベルがよそと信じられないくらい違います。
追伸
そうですね。
マスコミは微妙です、宣伝もあるので。
〇の手と言われた先生(弟子のトラブルで問題になってたけど)の近くの人から話を聞いたことがあるけど、ああいう人って治せるかどうかのリスク判断に優れていて、助けれないリスクがある場合は助けないとか。
そうしないと治療率上がらないし。
さらに追伸
応援コメントでなくてすいません。
ただ、助かる可能性がある人が救われないと言うのは、私的にも家族を4人も早い段階で亡くしてますんで辛いので、一言書いてしまいました。
すいませんでした。
作者からの返信
平 一悟さま、ありがとうございます。
本当に自分の命は自分で守る時代になってきていると思います。
確かに都市部の医療の方が発展はしています。医療機器が違う。大きな大学病院などは最新の機器が導入できますから。
この日本においても医療格差は目に見えて大きくなっています。
医者不足もあって地方の病院から撤退する大学病院も多くあります。それは関西でもです。
だからと言ってよく雑誌などに取り上げられる特集に「いい病院」と紹介されている中身に疑問があることも事実です。
最終的には自身が納得して治療を受けられるかだと思います。
いつもありがとうございます。
そしてお☆さまにレビューと感謝いたします。
第4話 終わりにへの応援コメント
考えさせられるお話でした
昭和の親父あるある(笑)
娘の前では言わない
大丈夫じゃないのに大丈夫と他人の前では強がって言って、結局家族が被る
家族の言う事を聞かない
ホントにそうですよね(^_^;)
二十五年経っているから
話せるのでしょうが
鈴懸さん、本当にお疲れ様でした。
娘さんに看取られたお父さんは嬉しかったと思います
私も遠方にいると
あと何回、何日この人達と過ごせるのか
帰省の度に思うようになりました
腹もそりゃ立ちますけどね(笑)
きっとお父さまも、叔父さまと
あの世があるならそこで
酒を片手に自慢されていると思いますよ
作者からの返信
オオオカ エピさま、ありがとうございます。
本当に父には色々とやられました(笑)
さすが私の父だけあって……ではなく、彼の遺伝を貰っているので似たり寄ったりですが。
私ももっと時間があるのだと思っていました。
漠然とじじいになった父の世話をするものだと。
全くの予想外で甘かったと後悔しました。
家族だから腹も立つし、仕方のないことなのですが。
でも残りのお時間を本当に大切になさってください。
多分ね、もう、あの世で散々酔っぱらって好き勝手していると思ってます。言いたい放題かもしれません💦
いつもありがとうございます。
そしてお☆さまもありがとうございます。感謝いたします。
第1話 突然の告知から手術へへの応援コメント
あら、鈴懸様はお医者さん一家だったのですね。そういえば幼少期には試験管が冷蔵庫にあったっておっしゃってましたもんね。
ハッ! あの試験管はもしや、人間の遺伝子に関する重要な何かが冷やされていたのでは……! それは、禁忌とされている、アレ……!
(すみません次から真面目に読みます)
作者からの返信
ゆかさま、おはようございます。
相変わらずのゆかさま節で安心しました。
タイトルがタイトルなので(笑)
医者ではありませんね。
父は薬大卒業の微生物専門でした。
医者は従兄がなってます(笑)
編集済
第3話 自宅での看取りへの応援コメント
うちは父母と弟二人をそんな感じで私が看取りました。
良く分かるな。
急変したら一気なんですよね。
うちの場合病院ですが、父も何日も看病して、一度自分達の着替えを取りに行こうって大丈夫だと思って家に取りに行ってたら急変して一気に亡くなる寸前でした。
私はスマホを持たない主義だったんですが、持ってたらもっと早く帰れたので、それからすぐにスマホの契約をしました。
当時はガラケーだけど。
一生後悔してます。
作者からの返信
平 一悟さま、ありがとうございます。
病状って分からないものなんですよね。
だいだい予測はできても、だからといってそうならない。
一度、転げだすと早くて……
平さまも色々と大変だったのですね。
後で振り返ってみれば、ということばかりで、どれだけ当時頑張っても後悔は残るのだと思いました。
なかなか納得して最期を送れることは少ないのだと思います。
第1話 突然の告知から手術へへの応援コメント
うちの親父は食道がんの初期で見つかって地元で一番の病院に行っていきなりリンパに飛んで全身に回り、あっという間になくなりました。
途中で慌てて、俺が四国がんセンターに連れてったら、その時にお金を渡して(30万くらい……叔母に提案された)少しでも時間短縮するためにカルテのコピーをもらいました。
それで見てもらったら、県下一のはずの病院は20年前の治療をしていて、これでは助からないって四国がんセンターの先生方がため息をついたのを覚えています。
作者からの返信
平 一悟さま、早速お読みいただきありがとうございます。
色々とありますね……( ̄▽ ̄;)
お金……まあ、一昔前は袖の下はあったかと💦
う~ん、病院の噂は色々と聞きますが。
まあ、私も自分の職場を信用しているかと問われれば、ケースバイケースかな💦
第1話 突然の告知から手術へへの応援コメント
この病院、大丈夫ですか?
過去のこととはいえ
不安しかないじゃないですか😰
作者からの返信
オオオカ エピさま、早速お読みいただきありがとうございます。
現在はどうなのでしょうね?
元々、精神科ベースからスタートした総合病院で学校を併設したりと現在はかなり大きい病院となっております。
当時は笑うしかなかったですが(笑)
執刀した医師が腕のいい先生だっただけで、他は……( ̄▽ ̄;)
お☆さまをありがとうございます。感謝いたします。
いつもありがとうございます。
第4話 終わりにへの応援コメント
大切なお話を読ませて頂きありがとうございました。
私も、母を癌で亡くしてもう24年ほど…になります。闘病は七年に及びました。今は父が多系統萎縮症になってやはり7年くらいですね。
どれほど身を尽くしても、後悔は残りますよね…きっと。そのようなもの、なのでしょう。
こういう、死の周辺の出来事というのは、どうしても個人的なもので、知られることが少ないという性質があります。
だけど、おっしゃるように誰しもがいつかは辿り着くところでもあって。
公開を少し躊躇われた気持ちもなんとなく分かります。
煙草を最後まで諦めなかったお父様、と鈴懸さまのやりとりに、ちょっとクスッとさせていただきました^_^
レビューは、ちょっと色々思いがあり上手くまとまらないのでお星様だけでご容赦ください(^-^;
本当に、大切な思い出、気持ちのこもった作品を読ませて頂きありがとうございました。
作者からの返信
七條太緒さま、お読みいただきありがとうございます。
確かに色々と想いは残りますし、やはり後悔しています。もっと何か出来たのではないかと。
あの時、あそこで……と。
仕方のないことですが、当時はきっといっぱいいっぱいやったのだと思っています。
少し前から投稿のことを考えていて。旅エッセイで父のことも少し書いたこともあって、出そうと。今のリアルエッセイでも家族のことを書いているので、いずれ分かることですし。
父は、頑固でしたがおちゃめなところもあって、デカい子どもです💦
母は手を焼いていたと思います。
お☆さまをいただけるだけで有難いです。
いつもお気遣いありがとうございます。感謝いたします。
お父様が穏やかに生活できるといいですね。
太緒さまもお体をご自愛ください。