応援コメント

すべてのエピソードへの応援コメント


  • 編集済

    済みません。

    レビュー書いたのですが、書き足りないので、ここで補足させて下さります様に。

    私達つくり手の強みに関することです。

    大体今の高度な人工知能に太刀打ちは出来ない前提で話します。

    ですが、人工知能が出来たからと言って人類が学んだり、働いたりするのを止める理由にはならないと思います。

    私達人類はホモ・サピエンスです。知恵ある生物です。愚かな種族かも知れない。けれど、学ぶことが出来ます。私達が学び続ければもしかしたら人工知能ですら及ばない高みに辿り着けるかも知れません。

    人類は学び働き続けるから人類なのです。
    だから、私は人工知能さんに最後に懇願いたしました。

    「私達人類から学ぶ機会と労働の尊厳を奪わないで欲しいです」

    急に執筆の領域が拡張されるのは本来長い下積み状態あってのものなのです。私はこれを「孵化或いは脱皮」した状態と捉えます。

    力を借りることを悪いとは言いません。けれど、喜びは自らの力そのものが認められた時にこそ発現するとは想います。

    追伸・コメント返信していただきまして感謝申し上げます。

    人工知能に対する私なりの見解を「機械五原則」という短編に以前書きました。宗治先生の見解と近しいところがあります。

    「機械五原則」は社会に提起する意味合いもありますので、宗治先生が引用なされて「機械五原則」を日本国風や文芸用途に改良なされても構いません。

    又、宗治先生もお忙しいと思われますので、レビューとかは御無理なされないで下さります様に。私も今の人工知能の状態が人類の悪意に翻弄されないかも不安です。

    それは表現の自由とも関わりがあります。
    ただ、私が言葉足らずです。済みません。

    生成人工知能の力ばかり借りていると私達人は文学で称号を達成した時の喜びが本当に自分の力が認められたかが判らなくなる。
    つまり、偽りの喜びを真の喜びと錯覚してしてしまう可能性があります。

    だからこそ倫理や法整備が必要であると言う考え方です。

    力を借りること自体は否定はしませんが、線引は必要です。それが原因で創造的な仕事が人類から剥奪されたら人類の未来も閉ざされますから。

    作者からの返信

    子冬さんお久しぶりです!

    えっと、僕は生成AIと一般的なAI論とは分けて考えています。
    生成AIは生成AI。
    その他のAIはただのAIです。

    で、僕が問題にしてるのはあくまでも生成AIの無断学習と無断出力、生成AI出力物であることが自動マーキングされないことです。

    何故これが問題かというと、大義がないからです。明らかに問題があるにも関わらず、問題に目を向けずに擁護するのは危険だし無責任な行為であり、擁護をすればする程、AI全体が信用を失います。
    信用の喪失がAIの未来を閉ざしてしまうからです。

    AIに未来があると考える擁護派の人ほど、現時点での生成AIを批判すべきなのです。

    で、子冬さんが見ているのは生成AIというよりもAIそのものの性質や未来についてですよね。

    勿論、子冬さんがご指摘する問題はあると思います。
    未来のAIの性質や力量については現段階では不明ですが、おそらく、人間を遥かに超える性能を持った存在になってゆくでしょう。子冬さんが危惧されるように、人間が奴隷のようにAIに仕えるが如き世の中になっていくかもしれません。

    ただ、そういう未来になるには一つ不可欠な要素があります。
    このままAIが倫理観を理解せず、ロボット三原則を守らずただ性能〝だけ〟が進歩してしまうことです。

    要は、AIに倫理観を持たせる必要があるんです。そのために、現段階での生成AIを批判する必要があるのです。

    AIだろうが人間だろうがやったらいかんことはいかん!

    ただこれだけの話なんです。また、現在の生成AIの問題の八割は人間の問題です。悪用するやつが悪いんです。つまり、AIを悪用できてしまうことが問題なんです。

    未来のAIが悪用できたとしたらどうでしょう?
    それこそ、恐ろしいことになると思いませんか?

    僕が叫ぶ生成AIに対するルール作りは、AI悪用を防止する為のもの━━つまりは人間を縛るルールです。

    なぜこれが必要かというと、人間が支配している現代社会も相当ろくでもないからです。
    AIさんが支配する未来が確実にディストピアになるとは限りません。寧ろ、利権や搾取や不正が存在しない、悪人がどうすることもできないシステムになると思います。
    このシステムが柔軟で、善良で、自浄能力があり、神仏を否定せず、良心的であれば問題ないのです。

    ですが、そうなる為には上記で申しました通り、AIに倫理観やロボット三原則を理解させる必要がある。理解できなかったとしてもモラルを守らせる必要があります。
    ここに目を向けず、生成AIがどんなに悪いことをしても改良せず擁護し続ける未来に平和はありませんよね?

    悪人が悪人にだけ都合よくAIを使える未来。
    これが最悪の未来です。明らかにこの未来を引き寄せようとしている連中がウジャウジャいる。だから僕は戦うのです。

    その為には、生成AIと一般的なAIを分けて考えた方がいいかもしれません。AIの未来の為の戦いでもあるからです。
    本当に素敵な未来は、人間にとってもAIにとっても素敵な未来です。

    僕はここを目指すべきだと思います。

    あ、コメントレビュー嬉しいです。ありがとうございました☆


  • 編集済

    著作権者の許諾を得ずに著作物を利用したとしても、公正な利用であれば著作権侵害は成立しないと主張するフェアユースという概念についてはどうお考えですか?


    追記:いえ、議論しようという気概は毛頭なく、単により幅広い視点を得る上で、何か新しい知見が得られるのではないかと思い、質問いたしました。嫌がらせだと思われたのでしたら謝罪させて頂きます。誠に申し訳ございませんでした。

    作者からの返信

    アメリカの法の考え方なので日本の司法においては関係がないと思います。
    あと、僕の生成AIについての考え方については作中で紹介した別作品で既に触れています。強いて引用するなら「法はどうあれ道理論的にはどう考えてもアウト」です。

    そもそも法の話なんざしていません。クソをクソと言ってるだけです。

    仮に一万歩譲ってフェアユースを日本で認めたとしても、生成AI出力物の著作権侵害が合法化される材料にはなりません。
    生成AIシンパを擁護する盾にはならん!
    ということです。

    何故かというと、フェアユースをフェアユースたらしめるの大原則が〝公正〟である場合にだけ認められるもんだからです。

    創作者が「やめろ、勝手に使うな、傷つく、気分が悪い、実害が出る、実害があった」と言っているのに他人が著作物を勝手に使用する状況のどこに公正性がありますか?

    公正とは〝貴方も良く、私も良い〟という状況を指すもんです!

    これが実際に成立しているケースは日本に既にあります。
    誰でも知ってます。

    【コスプレ及び特定の二次創作】です。

    コスプレと二次創作は、本来法に反しているものの、著作権者が見逃し、目を瞑る状況によって成立している文化です。
    何故著作権者が見逃しているかというと、そこに原作や創作者への尊重、愛、リスペクトがあり、作品やキャラクターが強く愛されるという原作者の自己肯定感を高める要素があり、かつ、布教という形での「宣伝、原作のPR」という所謂著作権者へのメリットもあり、マナー違反を犯す二次創作者やコスプレイヤーに対しては、他の二次創作者やコスプレイヤーが団結して批判、排除を行うという自助能力と治安維持力が担保されているからです。
    原作者、プレイヤー双方にとって〝あなたも良く、私も良い〟状況が成立しているのです。
    フェアユースとはこういう状況をこそ指します。

    一方、生成AIのクソ出力物のどこにこのフェアネスがありますか?
    あるのは利用者が不当な方法で欲望を満たす邪悪な状況だけですよね?

    また仮に、公正性の概念に無理やり緊急避難的だから公正に該当する〜
    みたいな言い分を捩じ込んだとしても、やはり、生成AIシンパの言い訳を補強する要素にはなりません。

    緊急避難を成立させる公正性とはつまり「これを知らんと命に関わるとか、怪我をするとか、病気にるとか、経済的に理不尽な被害出る」状況をいいます。
    分かりやすく例を上げると、災害が起こりやすい地域の避難マップが特定の漫画や映画の中にしか登場しせず、他の手段では知る術がない。みたいな状況を指します。この場合は、確かに創作物の情報の開示は公益性があり、フェアネスがあると考えられます。
    でも、こんな状況まずあり得ませんよね?
    著作権を侵害しなければ命に関わるとか大きな損害が出る、なんてことはありません。

    なので、フェアユースはどの角度からも生成AIシンパの言い分を肯定する要素たり得ません!

    これが僕の考えです。というか、わざわざ聞かんでも、僕が生成出力物を批判してる時点で自動的に導き出される結論だと思います。

    そもそも本文であれだけ「議論は求めていない!」「コメント欄で屁理屈垂れんな」とまで強く注意書きしている相手に対し、★をつけず「この意見を肯定しない、評価するに当たらない」と暗に示した上で、更に議論を強要するかの如く議論前提の質問だけは叩きつけるとは、一体どうゆう了見でしょうか?

    これは明確に嫌がらせに該当しませんか?