応援コメント

すべてのエピソードへの応援コメント

  • お疲れ様で~す。

    親切心が有り方迷惑に繋がるのは、紙一重みたいですね。(笑)

    ローザ―さんの色々な一面が垣間見えて面白かったです。ありがとうございました。
    (´ω`*)

    作者からの返信

    甲斐さん、コメントありがとうございます。

    ありがた迷惑、仰るように紙一重と言えますね。
    良かれと思ってのことだからそうなるのでしょうね。
    このテーマが出た時、娘に言ったら、アレコレとありがた迷惑だったことを言われました。
    ずいぶん遅い謝罪となりました😅

  • こんな言葉があります。「言うは水に流すが如し。聞くは石に刻むが如し」
    言う方は、気にしないで思った事を言いますが、言われた方は心に刺さったならば、その言葉を石に刻む程覚えている。って、御存知ですよね。

    私も何度も、不用意な言葉で相手を傷つけた覚えがあります。勿論、逆もしかり。
    若い頃は気にしなまったけど、私も六十過ぎたら気を付ける様になりました。💦

    A子さん、その後幸せであってほしいです。

  • こんばんは。

    結婚は最大の選択です。私の場合は、妻の両親から反対されていて出来ちゃった婚を選択しました。お陰で私の両親とも溝が出来てしまいました。
    妻の両親と和解するまで10年近くかかりました。

    選択したのは自分ですが、そこには言い知れぬ縁があるようですね。

  • 様々なパターンのありがた迷惑、何とも奥が深く楽しかったです(*´꒳`*)✨
    「ありがた迷惑」って、度を越えなければ相手方は嬉しくもあることなのですよね。相手としては良かれと思って取った言動、そこを一旦はしっかり受け止めたい……そんな気持ちになりました。でも、表面的には自分への好意に見える相手方の言動の中に何かしらのダークな匂いを感じる時、ありますよね。好意も一旦は疑ってみなければならない悲しさにも思いを馳せました。
    エッセイ横丁、ご一緒できてとても楽しかったです!💐味わい深いたくさんのエピソードを、ありがとうございました(*´꒳`*)
    今後とも、どうぞ仲良くしてやってくださいませ🌸🌸

    作者からの返信

    ありがた迷惑、その行為のオンパレードにするつもりはなかったんですが、次から次へと思い出して書いてしまい、本題はほんの少しで終わってしまいました。
    またいつか「エッセイ横丁」が再開されたら書いてみたいと思います。
    でも、ありがた迷惑って誰にでも大なり小なりあるものですね。
    自分が気が付かなくしていたことも、相手が気づかせてくれなければ、不快感を与えっぱなしで申し訳ないことになっているんですね、気を付けたいものです。
    横丁のお陰で、色んなことを知ることが出来、色んなことに気づかせてもらいました。いい企画でしたね。ご一緒出来てとても幸せでした。ありがとうございました。

  • ああ、そうか。ああいうのもありがた迷惑っちゃありがた迷惑か。と思い出しました。親と子の関係ならそういうものも山ほどあったのかもしれません。
    ただ親と子の関係って当時ではありがた迷惑たったとしても後から効いてくる。
    おっしゃる通りだなと思いながら拝読しました。
    なんか恥ずかしい指摘は止めて欲しいですね。階段のヤツ気持ち分かります。
    正義ぶってるんでしょうが、相手は傷つくから。さりげなく気を遣って小声でいってくれるくらいならいいです。
    楽しいたくさんのエピソードをありがとうございます!
    ご一緒出来てよかったです。
    完結お疲れさまです!

    作者からの返信

    ありがた迷惑って、知らず知らずされてたり。大なり小なり誰にでもありそうですね。
    でも、良かれと思ってやってのことだというのが、ちょっと切ない?です。
    階段の件は、もう50年以上も前のことなのにはっきり覚えているんですから、余程のありがた迷惑といっていいでしょうね。
    今回は沢山のエピソードを綴りました。
    「エッセイ横丁」が楽しくってつい調子に乗ってしまいました。次々と書きたくなる、本当に楽しい企画でした。
    ご一緒出来てとても嬉しかったです。ありがとうございました。

    **返信が遅くなり申し訳ありません

    編集済
  • 気が付かないけれど、皆さんも日々決まったルーチンワークがあるでしょう。長年、交代制で夜勤勤めから解放されて、日々は朝勤のみになったら、毎朝6時過ぎに起きて分刻みで仕事に行く準備が始まります。出かけるまで2時間あるんですけどね。💦
    朝ドラの還流ドラマを毎朝見てます。

    ローバ―さんのルーチンも楽しそうで良いんじゃないですか。特に、感謝を忘れない気持ちは、是非とも見習いたいです。(*^^*)

    作者からの返信

    時間にじゅうぶん余裕があっても、分刻みで準備をするのは何故なんでしょうね。
    出勤前の時間に余裕がない人が分刻み、というのはわかりますけど。不思議です😊👏👏
    娘を見ていると、時間に追われて気の毒な程ですが、それはギリギリまで寝ているから仕方ないんですけどね。
    甲斐さんは2時間もあるのに、ですか。
    そうか、何時に何をやって何分後にはアレを‥と。それもルーティン、決められたことなのですね。そこに朝ドラが入っているのはいいですね。

    *甲斐さん、返信遅くなってすみません。
    お知らせを見逃がしてしまっていました。危うくスルーするところでしたm(__)m

  • こんばんは。

    名付けは難しいですね。子供の名前を決めるだけでも結構何日も悩みましたよ。
    ローバ―さんの名前の由来は「米津玄師」さんからあやかっていたんですか?大好きなアーティストの名前をもじるっていうのも良いんじゃないですか。

    ど~でもいい、私のペンネームは実名からもじってます。実名を知れば、あぁ~なるほどな!ってな感じです。(笑)

    作者からの返信

    甲斐さんのペンネームは実名をもじっているそうとのことで、娘と考えてみました。
    私は単純に「一雄」逆さにして「お」「一」 全くひねりも何もありません。言った途端、これはないな、と自覚しました。

    娘は「真一」です。「央」は真ん中・中心の意味だから、と言っています。なるほどなぁ、と感心しました。
    甲斐さんも、知れば、あぁ~なるほどな!と言うだろうとのことですから、私も娘に1票!です。 当たり? かな?

  • こんにちは。
    次々出てくるエピソードを伺っていると、まさにこの世はそこらじゅう、ここにもそこにもありがた迷惑が満ち満ちていますね。でもそれらを笑いにしてしまえばみんな平和でハッピー、よく生きるための要諦なのかもしれませんね。
    軽快な語り口調が心地よくて、毎回楽しませていただきました。楽しい企画でしたね。完走、おつかれさまでした!

    作者からの返信

    夜分にすみません。
    久里さんへの返信が一番後になって、そのまま忘れてしまいそうになっていました、申し訳ありません。(また姪に教えてもらい気づきましたm(__)m)

    ありがた迷惑エピソード、せいぜい二つ三つ位かと思いながら書いていたら、次々と出てきました。
    本当に知らず知らずに、ありがた迷惑なことって、したりされたりしているものなのかも知れませんね。
    どんなことでも笑って済まされるようなものならいいですけど、〆のエピソードのような、とんでもないものはイタダケマセンね。😅
    チーム関川の皆様には、あの話は忘れても、老婆のことは忘れないで(前田あっちゃんか?)モラエタラ、ホント嬉しいな、と思っています。
    来年また企画されましたら、お会いしましょう。
    お付き合い、誠にありがとうございました。


  • 編集済

    婆さんか?爺さんか?に(≧◇≦)ww大笑

    いや~いるんですよね。スーパーで買い物していたら、お婆さんかお爺さんか?どっちだろう?って人見かけます。服装もズボンはいていたら余計に分からないんですよ。今は暑いから余計に髪も短くしますしね。
    まさかのローバーさんもそうだとは……( *´艸`)

    ローバ―節炸裂でしたね。(笑)ww

    作者からの返信

    甲斐さん、いちおう、まだ花も恥じらう?お婆さんのつもりが・・
    おまかせで短く切ったら・・ああ、ワタシっておジイサンだった?
    と、なっちゃいました😓
    オシャレに無頓着な私とは言え、性別不明はかわいそう。
    洋服も黒い色が多いですから余計にね。
    コレ書いている時に丁度可哀そうなおジイサンになっていたんです。
    切実な、でもレベル1ってとこですね。

  • こんにちは。

    馬さんの闘病はたいへんでしたね。色々と精神的に気苦労があったとおもいます。泣き暮れた日々の中で歌に出会って救われた……。うまく言えませんが、このエッセイは心に深く染み渡りました。経験してこその言葉。どんなキッカケでも前を向く姿勢を教えられた気がしました。

    作者からの返信

    甲斐さん、コメントありがとうございます。
    誰にでも必ず別れの時があると覚悟はしていても、いざその時が来たら辛いですよね。
    55年以上も一緒に過ごした人ですからね。
    去年の10月に家で最期を看取りました。
    亡くなった時は勿論悲しかったけれど、2日続けての手術で生死をさ迷いその結果、まるで別人のようになってしまったことの方が悲しかったです。
    その時にさんざん涙したので、本当の別れの時は何だか清々しい気持ちの方が大きかったようです。
    介護や看護する身がこんなヨレヨレのおばあさんですから、十分なことはできなかったけれど、私も娘も十分やれることはやった、と思って満足だったんでしょうね。

  • あだ花ってそういう意味だったのかとおかげで知ることが出来ました。
    まだまだ知らない事があるというのは知る喜びをこれからも体験できるということ。
    本当に@88chamaさまはもちろん、他の方のエッセイでもいつも驚きと新しい知識で圧倒されていました。

    ここ東京では江戸弁が廃れ、関西弁が幅をきかしています。
    メッチャなんて聞かない日はありません。
    対して、れえ月は逆にもっと浸透してほしいくらいです。

    完走お疲れ様でした。
    この参加者たちの中で企画を一番エンジョイしてノリノリだったのが@88chamaさまだったと思います。
    楽しむ気持ちがビンビンと伝わってきました。
    その姿勢は本当に見習いたいです。

    ではまた次の機会に共に楽しみましょう。

    作者からの返信

    はらだいこまんまるさま
    返信が遅くなってしまい申し訳ありません。

    楽しい企画にご一緒出来て、本当に良かったと心から思っている老婆88です。老婆88だなんて、ウルトラマン80を真似て洒落てみました。まだ「エッセイ横丁」での興奮冷めやらずで、悪ノリが続いております😰😋😓

    この参加者達の中で一番エンジョイしていたのが88でしょう、とはらだいこさんに言って頂けたことがとても嬉しくて、家族にもひけらかして喜んでもらっています。

    あだ花の諺は、年の功で知ってるかもです。
    この企画では、私もお若い方のエッセイで新しい知識をだいぶ吸収させて頂きました(でも覚えてられるかは??ですが😓)

    はらだいこさんも東京在住でしたね。メッチャ、関西弁におされていますよね。
    お笑いの面白さは関西にはかないまへんな。でも話の粋さ?スマートさ加減はやはり江戸でしょうかね。
    れえ年、また関川さんから集合がかかりましたら、楽しくお話しましょう。

    **はらだいこさんへの返信がまだだよと、姪に教えられて気づきました。
    出席簿のように表にしてチェックして、忘れのないようにしていたつもりでしたのに・・
    申し訳ありません。次の機会にはまず、あなたへ!と致します。m(__)m

  • 第1話  お米 ラブ❤️への応援コメント

    こんばんは、御無沙汰しております。

    お米についての考察面白いです。私も白米は大好きです。そういえば、平成の米騒動の時に「タイ米」が流通していました。細長いお米でした。チャーハンにすればあいそうでしたけど、会社の食堂で普通に出されていたのを思い出しました。やはり日本米が一番ですね。

    >「コメんなさい」は、かごのぼっち様のコメントよりパクリました。おいしいな!
    えっ、反省しとるのか、もっと心を米ろ、いや込めろって? 深謝!!です。
    って、相変わらずノリが面白いですね。(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾ (笑)ww

     

    作者からの返信

    甲斐さん、本当にお久しぶりです。
    「エッセイ横丁」という企画で、ここ4か月ほどいつもと違った方達と、作品の読み合い?をして楽しんでおりました。
    「ローバ」の方も、それから甲斐さんの本棚訪問もさぼってしまっておりました。
    第8回でひとまず終了となり、また再開されるまで一休みというところです。
    甲斐さんどうされてるだろうなぁ、って時々思っておりました。
    闘いもまだ決着ついていませんよね、そろそろ応援に行かなければと思っていたところです。
    甲斐さんの洒落も懐かしいですしね。
    私のノリですか?エヘヘ相変わらずといったところです。

  • 完走、お疲れさまでした!

    「ありがた迷惑」のデパートですね。
    落語風の軽妙な語り口の一つ一つのエピソードも楽しかったです。
    さすがローバ様!

    作者からの返信

    とうとう、これで終わりとなりました。
    長かったような、短かったようなと、何だか卒業式の感想のよう。ちょっぴり寂しくなってしまいました。
    この期間はとても楽しくて、書くことがこんなにも楽しいものなんだ、と再認識させられました。
    つむぎさんの「叶え稲荷の取り立て屋」でも、次はどんな人の所へ取り立てに行かされるのだろう、ってワクワクしながらお題を待ってらしたんじゃありません?
    きっと、こんな気分なんだろうなって想像しちゃいました。
    次回もまたご一緒したいですね。

  • こんなにエピソードがあるなんてすごい。出題者のお手本ですね。
    銀座の百貨店では、すれ違う人々から「猿股買った?」「猿股買った?」と訊かれるまでがセットですね。読んでいると、よかれと思ってすることが裏目に出ることって数えたらきりがないのかも知れないと思いました。でも弱っている心につけこんで商売をするのはありがた迷惑の範疇を超えていますね。
    最後はとっておきを最後に取っておかれたみたいな可笑しさでした。
    そのエピソードも落語のように小気味よく、楽しい時間をいただきました。
    完走おつかれさまでした!

    作者からの返信

    柊圭介さま 最終回を飾って老婆に花を持たせて下さって、本当にありがとうございました。
    折角のご指名でしたので、何とかいいものを書いて喜んでいただきたいと思いました。
    自分からお題を出した以上、テーマにしっかり沿ったものを、そして皆様の記憶の片隅に残してもらえるものを書きたい、と張り切りました。
    先ずは導入部に一つ二つ、ちょっとしたエピソードを入れて、それから本題に・・と思ったのですが次々と思い出が蘇り、これでは全く思っていた事とは違ってしまい、本題はそっちのけの単なる笑い話になってしまいました。

    そしてよりにもよって、〆のエピソードがアレなんですから、推薦者様には申し訳ないことしたと反省しております。(品位を欠いてはいけませんね)
    あの話はとっておきどころか、つい調子に乗っての軽はずみ!としか言いようがありません。
    ずーっと長い間、誰にも話せなくってモヤモヤしていましたから、そんな経験のある人にしか受け入れてはもらえない話題です。
    それを落語のように聞けたと言って頂けて、何だか長年の胸の痞えが取れたようで嬉しいです。

    いつかまた、企画して誘っていただけましたら是非、みな様と再会できたらいいなと思っております。

    姪からのメールに書かれていたのですが・・・
    最終回には88chamaが指名されるように、と願っていたのでとても嬉しかったそうです。
    しかも、推薦の言葉に「ローバの人生経験に裏打ちされたエッセイ」と書かれていたところで目頭が熱くなったと言っております。
    この「エッセイ横丁」は姪も一緒に楽しませてもらいました。 なので、圭介さんにバトンを渡してもらえたことが、嬉しくてたまらないようです。姪ともどもお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

    今パリは夕方でしょうかね。この企画でフランスやアメリカに住んでらっしゃるメンバーさんの所が、何時頃なのかなどと気になるようになりました。蛇足ですm(__)m

  • されたありがた迷惑、してしまったありがた迷惑がこんなにも。読み応えがありました!
    銀座のデパートで「猿股」と叫ばれたら「勘弁してくれ」ってなりますね(笑)
    寄席の写真の話も衝撃でした。「プロの腕で撮ってやろう」と思うのなら、せめて望遠レンズとか……ねえw

    どのエピソードも「うわぁ」「あちゃー」「ひええ」と百面相しながら楽しく読みました。内容はもちろん、軽妙な語り口がとても読みやすくて、楽しさを倍増してくれている気がします。
    完走お疲れ様でした!

    作者からの返信

    言われてみれば全くそうですよね。
    プロなんですから、それくらい分かりそうなもの。何で目の前を、それも手を伸ばせば「このやろー、邪魔なんだよぉ」って掴める近さでしたね。
    ああ、思い出したら汗が出そう。初心者の調子を乱さないでやって、とハラハラしてたことを思い出します。

    猿股の話、霧野さんもブツはご存じでしたか。
    何処で買おうと一緒なのに、わざわざ銀座の百貨店で?ねぇ~笑っちゃいますよね。
    これだから田舎者の話がお笑いのネタになっちゃうんですね。という自分だって同じ田舎育ちのくせに、今回と他のエッセイでもネタに使っちゃってるんですから、エヘヘ人が悪いですね。

    ふざけたエピソードが美形の霧野さんのお顔に、ちょっくらワルサしちゃったそうでゴメンナサイでしたね。
    でも元が良いですから直ぐに元通りになりましょう。
    お互いに無事完走できましたね。おめでとうございます。
    そして、お疲れさまでした。又いつかお会いしたいですね。

  • どの話も面白くて笑いこけました。
    いきなり洗濯物が無くなったのにはビックリしたでしょうねえ。
    小三治師匠は大好きで、まくらの本も買いました。その場にいたかったです。
    人の傷みにつけこんで物を売るなんて許せない奴もいたもんですね。
    そうそう「頑張れ」は自分に言う言葉ですよね。言葉はほんとうに難しいです。

    この横丁のおかげで88chama師匠の高座を目の前で見せていただいたような気分です。お腹を抱えて笑いました。ありがとうございました。

    完走お疲れさまでした。
    これからもよろしくお願いします。


    作者からの返信

    洗濯物の件、機会を逃してしまって一度も謝っていません😅
    若かりし頃の私は本当に世間知らずの、ありがた迷惑な叔母だったんですね😰 文句も言われず、きっと我慢したんだろうなと思うと、ホント気の毒でたまりません。

    小三治師匠のまくらの本買われたのですか。そりゃぁ師匠にはありがたいことと、喜ばれるでしょうね。
    しかし、まくらの本?役に立ちました? な~んて言ってはいけませんね🙇
    師匠と話したのは20代初め頃でした。考えてみれば人間国宝の方ですよね。いい機会に恵まれましたワタシ。邦子さんもいご一緒できたら良かったですね。
    これで一旦は解散ですが、また企画が再開されたらお会いしましょうね。
    俳句、短歌、頑張って下さいね。

  • @88chama様

     ありがた迷惑のオンパレード(笑)
     読みながら、他人事と笑ったり、我が身と重なって青ざめたりしてしておりました(笑)
     姪御さんの勉強の話、ありがた迷惑だったのではと考えることも、娘さんの意見を聞いてありがた迷惑では無かっただろうと安心することも、両方がとても大切なプロセスで、それを柔軟にこなされているから、@88chama様がこんなに魅力的な方なんだろうなと思いました。見習いたいです!
     楽しいお題をありがとうございました。
     そして、リズミカルな心地よいエッセイの数々も楽しかったです。
     ご一緒に完走できて嬉しかったです。
     お疲れ様でした。

    作者からの返信

    涼月さま
    こんなありがたいコメントいただいているのに、返信をスルーしてしまっておりました。
    姪が私の書いたものや頂いたコメントなどを、隅々まで読んでくれているのですが、その姪から昨日、涼月さんへの返信がされてないよと連絡を貰いました。
    しっかりとチェックしているつもりでも、こうやってヘマがあるんです、申し訳ありません。

    楽しかった「エッセイ横丁」も終わってしまい、何だか気の抜けた毎日になってしまいました。
    連載中のエッセイ更新に戻ろうとしても、「横丁」のようなワクワク感が湧いてこず、ちょっぴり困っているところです。
    初めましての方々とコメントのやり取りが嬉しくて、次はどんなお題で皆さんに読んでいただこうか、というワクワク感でしたがそれがなくなってしまいました。それほど「横丁」は魅力的で年甲斐もなくはしゃいでおりました。
    また来年、と関川さんは仰っていますので、その時を楽しみに待っています。
    またお会いしたいです、宜しくお願いします。
    ありがとうございました。

  • 完走お疲れさまです!
    さすが出題者とあって、いろいろなエピソードてんこ盛りでした☆
    しかも、ありがた迷惑を受けたエピソードだけでなく、やってしまったエピソードまで……(*^^*)

    >田舎出のイモ姉ちゃんと、親切な男爵イモ青年との奇妙な追いかけっこの思い出である。
    で大笑いしてしまいました☆

    なんというか、エッセイ全体が、落語を聞いているようで、しかも〆のエピソードもすごい!

    @88chamaさんしかかけない軽妙な語り口、私はすごく好きです!

    作者からの返信

    お題提供のバトンを頂いてありがたいな、と思いました。
    そしてその時、自分にとってありがたいなと思えることでも、人によってはありがたくないと思えることってあるよね、と考え、そこから発想?が飛んで、そうだ、ありがた迷惑に思ったことがあったらどんなことでした? と聞いてみましょう、となりました。

    いざ、書く段になって、これは困った、自分で出しておきながら・・・と暫し記憶を辿っておりました。
    ひとつふたつ思い出して書き出しているうちに、アレコレ色んな思い出がよみがえってきて、とうとうお笑いエピソードのオンパレードのようになってしまいました。
    〆のエピソードは脱線もいいとこで、老体は脱線のまま走り続け、何とかゴールにたどり着きました。
    落語を聞いているよう、語り口もいい、等と乗せてもらっちゃぁ、老婆はもっともっと調子に乗ってしまいそうです。
    またいつか、集合!がかかりましたら、お会いしたいです。
    お付き合い、ありがとうございました。

  •  さすが出題者様。たくさんのありがた迷惑エピソードをお持ちですね。
     そういえば江戸言葉。いまはなくなりましたね。昔は結構聞けたんですが。

     毎回いろいろなお話、独特の語り回し、楽しかったです。また何かの機会があれば、お会いいたしましょう。

    作者からの返信

    今回はお題提供者にさせていただいたので、真面目に固い話を致しましょう、と思いました。
    なので、これらのエピソードの出番は、本当はなかったのです。
    いつものように、本題に入る前のウオーミングアップのような、前振りとでも言いましょうか、ひとつふたつ軽くお題に沿ったエピソードを書いて、それから本題に行きましょう…と思っていたのに。
    それがいつの間にか調子に乗って、次から次へと思い出を引きずり出しているうちに、思ったものと違うエッセイの出来上がりになってしまいました。

    江戸言葉。そうですね、粋な江戸の職人さん達の言葉などは、落語の中や時代小説の中で楽しんだりしています。

    また機会がありましたら是非、お会いしたいですね。楽しみにしています。

  • ローバちゃん。

    さすが、ローバちゃん。
    ありがた迷惑の見事なオンパレード。

    軽快な語り口で、親切が裏目に出る瞬間の可笑しさと、人の気持ちの複雑さが丁寧に描かれていて、最後まで楽しく読ませていただきました。
    締めのユーモアも最高で、エッセイ横丁のラストにふさわしく(?)面白かったです。
    完走、
    お疲れ様です。
    又の企画の参加楽しみにしてますよ(^^♪

    作者からの返信

    のこちゃん、最後の〆のエピソード、これカクヨムでの禁止用語ではありませんよね。
    こんなこと書いたら、チッ下品な老婆め、って怒られちゃわないかなって心配でした。
    でも最後だし・・いや、最後だからこそ格調高くいかなくてどうする、とまともなローバとお茶目なおちゃまの葛藤があって、おちゃまが勝っちゃったんですよ。エヘヘ 決して受け狙いだった訳じゃないんですけどね、このエピソード、誰かに聞いてもらいたいってず~っと思っていたものですから。
    関川さんと来冬邦子さん以外は、初めましての人達でしたのに、何だか申し訳ないなとも思うんですけど・・
    最初から飛ばして、イケイケドンドンって、とうとう話してしまいました。
    猿股については、「ローバの充日」で書いたことありましたよね。
    又おバカなローバが、と笑われちゃいますね。エヘヘ

  • 完走、おつかれさまでした

    最後までろーばたん節、楽しませていただきました
    私のありがた迷惑エピソードも探しながらだったのですけど
    「精神状態が最悪の人に頑張れ!は禁句だ」
    これね、私自身、苦しんでいたので決して人に対しては「頑張れ」とは言わないようにしています
    特にカクヨム様では、コメントや近況で私、言ってないんじゃないでしょうか?
    「心配してあげてるのに」なんて言ってくるのはうちの祖母でしたが
    それこそありがた迷惑以上でしたね!

    作者からの返信

    親友の大ピンチでした。絶望で精神状態も落ち着かなかったのでしょう、奥さんも最悪の事態を覚悟しておりました。
    戻ってきた時は、どんな状態で運転していたのか、車はボコボコになっておりました。
    そんな様子を聞かされたら、居ても立っても居られない夫は、駆けつけて励ましてやらなければと懸命でした。
    昔のことですし、何と言っても古い時代の考えの人ですからね、それが親友としての親切なんだと思い込んでいるんです。
    今の時代、励ますのは逆効果なんだと、夫よりはちょっと分かっている私が、一生懸命に止めたんですよ。今思い出しても、親友のOさんも夫も二人の気持ちを考えると、胸がギューっとなってきます。
    いつまでも忘れられない思い出です。

  • ありがた迷惑の色々、面白いですが、私に取って一番印象に残る話は、姪御様への娘さんの見解です。受験には苦労されたのかも知れませんが、娘さん、かなりものを見る目がある方に思えます。

    私も母には、色々と叩き込まれましたが、当事者の私はそれが常識であると勘違いしていました。星一徹以外の父親を知らない星飛雄馬の様に(笑)。

    作者からの返信

    博士からお褒めの言葉をいただいたよ、と娘に話してやりました。
    喜んでいました。そして、ついでとばかりに、こんなグチも聞かされました。
    高校ではブラスバンドでフルートを吹いていましたが、受験勉強の為に止めたいと言っても、止めさせてもらえずやっと、卒業間際から受験に備えたけど間に合わず不合格。
    一浪では志望の早稲田にとどかず(予備校の判定ではあと一歩と言われた)翌年、明治大学に落ち着きました。
    娘はベビーブーム世代の子供で、受験戦争の一番大変な年の受験生でした。
    当時の我が家は経済的にゆとりがあったから、塾や家庭教師などで勉強させてもらえた筈だったのに・・塾に行って勉強したかったのに・・と、希望をかなえてもらえなかったと悔しがっています。
    不合格になってやっと、予備校に行かせてもらえたけど時すでに遅しで、最初から塾に行かせてくれていれば、現役で合格できただろうに・・と言われました。(博士に是非とも聞いてもらいたい、という感じで話していました)

    私の考えは甘かったようで、塾へ行かなくてもそこそこの大学へは行けるだろうと、軽く考えていたのがいけませんでした。
    長男と長女は早いうちに勉強させてやればよかった、と後悔しました。
    博士のお母様のように、教育ママ?に徹してやればよかったと反省しています。
    こんな世知辛い世の中になるとは、呑気な私は夢にも思っていなかったのです。
    二人の息子は、どうせ家業に就くだろうと安易な考え方でいました。
    バブル時代で我が家の経済も余裕があったのがいけなかったのですね。
    町工場とはいえ、大企業に直接仕事を貰える技術がある、などの変な自信が災いしたといえます。
    でも、世の中がずいぶん変わってしまいましたから、ある程度の技術があっても小さな会社からどんどん淘汰されていき、半世紀の歴史の我が社もとうとう終わってしまいました。
    念願の早稲田に行けたら今仕事で苦労がなかった、と言えるか疑問ですけど、勉強したいと言ってるのをさせなかったのは、私の罪といえるのでしょうね。
    長々とすみません。博士に、娘はかなりものを見る目があるようだ、と言って頂けたのが嬉しくて、私がしっかり娘の力を伸ばしてやらなければいけなかった、と大いに反省させられました。
    娘も博士に聞いていただけて、溜飲が下がった思いでしょう。ありがとうございました。

    編集済
  • すごく面白かったです。
    ありがた迷惑の被害者にも加害者にもなってる@88chamaさんの姿、とっても人間味があって、すごく好感がもてました♪(((o(*゚▽゚*)o)))
    迷惑をかけるだけの人もいなければ、迷惑かけてばかりの人もいないだろうし、お互い様にちがいないって、読んでて思いました(●´ω`●)
    ところで――

    >十年くらい経ってやっと意味が
    ごめんなさい、分からなかったですw
    わたしも十年くらいしたら、わかるようになるかなー( *´艸`)

    そんなわけで――
    エッセイ完走おめでとうございます!&執筆お疲れさまでした!°˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°

    作者からの返信

    10年経っても分からなくていい知識?です。
    男性の皆様には大切なことかも知れません。
    敢えて知ろうとしなくてもよい、おバカなエピソードを提供してしまいました。
    誰かに聞いちゃぁいけません。スルーする(駄洒落)のが賢明です。
    ホントにダメですよ。まぁイヤだ、アナタどうしてそんなことを?
    絶交よ!ツーン、知らない!!
    ってお友達に言われちゃいますからね。
    ああ、でも、こんなこと言うってことは、お友達は知ってるということか!
    わぉ~ 知識人?それとも、変態よりのぶりっ子? ぅ~ん、どっち?!

    babibuさん、短いような長かったようなこの期間、楽しくお付き合い下さって、ありがとうございました。

  • たくさんのエピソードがありましたが、個人的に『いいかぁ~太郎の猿股さるまた買うの忘れちゃだちかんよ~』が、キャ〜やめて〜!でした(笑)。
    親切と分かってはいても超恥ずかしいやつですよね(^o^;)

    最後までさすがの語り口、楽しませて頂きました。
    ありがとうございました。

    作者からの返信

    コレに笑えたとなると、そしてキャ~やめて~と、ここまでくる方は、さては猿股なるものをご存じで?
    幸まるさまは色んなこと知ってらっしゃる証拠ですね。ウフフ

  • >「親の意見と冷酒は後で利く」という諺もあるように、後になってやっとありがたかったと気が付くことも多いと思う

    本当にそういうことばかりなら良いんですけどね。
    個人的には落語のエピソードが印象に残りました。私も間違えたことを堂々と言っているのを見ると正してやりたいという気持ちになってしまうもので。
    ただ、ありがた迷惑になることも多いので時と場合は選ぶべきなのでしょうね。

    長い人生の中で独特のエピソードを交えて語られてらっしゃるので今回の企画に参加しているエッセイ作品の中でも印象に残りました。
    完走お疲れさまでした。

    作者からの返信

    諺通りのことあるなぁ、ってつくづく感じることが何度あったことか。
    今でも勿論そうでして、昔の人はいいこと言うな、とか、こんなこと親に言われたことあったけど、ホントその通りだわ、と、長いこと生きている間には、そう思わされることが沢山あったように思えます。
    でもね、実に皮肉なことで、後になって分かるものなんですよね。

    落語界でのことですけど、自分の考えを譲らないその人は、大部ああだこうだと食い下がっていましたね。
    師匠の商売?にケチをつけてどうするの、って気がムラムラして・・
    若かったんですねワタシ。ど素人なのに、とか落語を分かっちゃいないんじゃない?って、ムッとしちゃいました。
    理屈じゃないんですよね、落語を理屈で攻めるなんて粋じゃない!
    ファンタジーをあり得ないとか言って、へ理屈言うようなものです。

    結構な期間でしたね、横丁で遊んだ思い出は忘れられないですね。
    また機会がありましたら、ご一緒したいですね。

    編集済
  • 家族絡みのことは、距離が近い分「こうした方がいいに違いない」「このくらいは大丈夫」でのありがた迷惑が起きやすいかもしれませんね。
    「ガンが治る」という健康療法、子供の頃にはよく見かけていました。それでおかしくなってしまったケースも結構あるんだろうなと想像します。
    最後の最後に下ネタが来て盛大に吹きました😂いやー大好きです😂

    完走お疲れ様でした!
    ローバさまの経験豊富なお話をいろいろ拝読できて、すごく楽しかったです(*⁰▿⁰*)

    作者からの返信

    いちおうバカバカしい老婆ですが、落語でもバレ噺というのは苦手です。
    なので、品位に欠けるネタは自分から言いたくないのですが、最後とあってつい言ってしまいました。
    折角お付き合いいただけたのに、どうしよう~と心配していたら、盛大に吹きました、大好きです、などと言って頂けて・・嬉し涙がチョロリです。
    経験豊富なお話と言って頂きましたが、こんなに長く生きてきましたからね。お若い方には、へぇ~っていうこともありましたでしょうか。
    毒にも薬にもならないでしょうが、8回までの期間、お付き合いくださいまして本当にありがとうございましたm(__)m

  • これはあれですね、ありがた迷惑の黒歴史、ですね(笑)
    まぁあとあとで考えればえれぇコト言ってたな、なんてのはあるものですよね。それをちゃんと覚えているのが、えらい。恥じらいを持ち続けているのは乙女の証拠ってものです。私なんかは言われるまで、言われていも思い出さないくらいです。

    今回の企画、スカウトした身としては、このありがた迷惑になってるんでは、というのはつねに付きまとっていたのですが、楽しんでいただけたようでホッとしております。ということでご参加ありがとうございました!
    また次の企画で遊びましょう。

    作者からの返信

    初めは、関川さんをガッカリさせちゃぁいけないと、最後はメイの話1本で真面目に行こうと思ったのです。
    でも噺家さんによくある、まくらがやけに長くって、肝心の噺に入ろうとしたら時間切れ、っていう・・そんなことになりました。
    その上、ねぇぇ、下ネタねぎや下ネタ半島のような、敢えてヒンシュクを買うようなネタを持ってくるとは、呆れちゃいますね(自分で言う??)
    これぞ最終回のサービスとばかりに・・アホですねえワタシ。
    お題提供させてもらったからと気負って、お題にピッタリ合わせて「ありがた迷惑」な、素の老婆を演じてしまいました。

    この品位に欠けるネタですけど、10年後位に意味が分かった時は冷や汗ものでした。
    直ぐに他人にひけらかしたい癖の私ですが、とても言えなくてずっとモヤモヤしていました。
    どこかで吐かなきゃいられない人が、ず~っと押し殺していたのです。
    お題がこんなですから、ここぞとばかりにゲロっちゃいましたm(__)m
    圭介さんからバトンを受けた時には嬉しくて、これらのエピソードを書くつもりは一切ありませんでした。
    落研のせいでしょうか、つきものの「まくら」が一つ二つと出たらもういけません。これですからね😅 やですね。

    大きな声で皆様に言いたい。
    おバカな老婆が嫌いになっても「エッセイ横丁」は嫌いにならないでください(AKB?前田あっちゃんかい?)

  • ローバ姉さまの話はカドっぽいのを丸く丸くして語られるので
    いつもすごい👍と思ってます。

    私ね、姉さまの年齢で四大の出身女子ってとこが、また、能ある鷹🦅は何とやらだなぁと思うんですよ。

    いろいろあらーな、長くいきてりぁらよって!
    元気もらいまーす。

    作者からの返信

    菜の花さん、騙されちゃぁいけません。
    何とやらがあるから隠すのであって、能がノーの私は隠す必要がありません。
    四大出の女子? 笑わせてくれるじゃありませんか。
    出りゃぁいいってもんとは違いまっせ!
    ♬ その距離を競うより どう飛んだか どこを飛んだのか 
    それが一番大切なんだ
    と、「365日の紙飛行機」で言ってるじゃありませんか。
    そう、四大出たって中身無しじゃしょうがない。
    (大昔、「大学は出たけれど」って言葉が話題になったことがあるんですよ)うんと昔、就職難だった時代には、ただ出ただけじゃ取り残されましたね。
    どこでどう・どんなことを学んだか そして身に付いたのか?が肝心。
    タワクシ、穴があったら入りたい。

    それよりも菜の花さんの方が凄い!!
    しっかりと歩んでこられたナースの道。すばらしい方です!!尊敬してやまない私です。
    で、ナースがみんな? ノン、おたんこナースらしい婿太郎さんは別のようで・・これまた余計なことをm(__)m

    ローバの話は角が取れてまあるく・まあるく話すそうで?
    そう・かも・ね、ビュンビュンとまくし立てるから、スピードに任せて丸くなる! ホントか?  
    ま、落研にいたことだけが良かったことと言えますかねぇ~??

  • 偶然なんですけど、つい先日子供のころに友人からもらった手紙が出てきました。
    拙い文字で文章を綴り、「ごめんなさい」の文字。これぞ時を越えて出てきた手紙だなと思ったものです。
    人生では辛いこともいいことも起きますよね。未だに思い出すとほろ苦い思いをすることもあります。
    どうか、88chamaさんもA子さんも双方が救われる物語となりますように。

    作者からの返信

    「ごめんなさい」は病気の早期発見・早期治療のように、その時に直ぐに言えるといいですね。
    A子のように、限界まで我慢して爆発させてはいけません。
    でも疎遠になってしまっては、聞くことは叶わず謝ることも出来ません。
    複雑な家庭事情で苦しんだA子は、母親の死で人生の歯車が狂ったとしか言いようがなく、せめて交流があれば私達が心を休める場所となれたのに、と悔やんでいるのです。
    A子の人生が、物語のように書き換えられるならいいのにね。

  • 手をつなぐのも恥ずかしい時代、なんだか読んでいて「ふふ」となりました。
    (て、酔ってみんなでつないだことしかないんですけど笑💦)
    昔は恋愛するのにも難しかったんだろうなと思います。ずいぶん開けた時代になったのかもしれません。(今は今でなんかちょっと変なところもあるけれど……)
    そんな中でご主人と巡り合い素敵な人生を送られたこと素敵だと思います。
    お話を聞かせてくださりありがとうございます( *´艸`)

    作者からの返信

    読んでいらして、何処の国のどんな時代の話?と思われたことでしょうね。
    今のような自由に誰とでも大っぴらに、自分の思うとおりに愛情表現をする、それがとっても難しかった時期があったのですよ。
    お若い方、特に今の多様性の時代と言われている時に青春真っただ中の人には、信じられないでしょうね。
    でもいつの時代も、その時々に一生懸命考えて、良い方向を探って夢中で進んで行ったという、今でいう「アオハル」はいつの時代にもあったのですね。
    大昔に乙女だった私の、ちょっと「こっぱずかしい」話でした。
    聞いて下さってありがとうございました。

  • 人生というのは幸と不幸の総量は誰もが概ね同じ、みたいな言葉を聞いたことがありますが、実際にはとても凸凹のあるものではないかという気がします。でも、それぞれの人生を真摯に、ひたむきに歩くことができれば、それは幸せと呼べるのかもしれませんね。
    A子さんの心中を推し量ることはできませんが、そうして手紙に苦しい心を吐露できる優しい身内の方々が周囲にいたことは、彼女を強く支えていたに違いないと思います。叔母様たちからの言葉は、彼女にとっては苦言や不用意な言葉ではなく、どれもが温かく響いていたのではないかと想像します。
    どうか、今のA子さんが穏やかに満ち足りた人生を歩んでいますように。心よりそう願います。

    作者からの返信

    人生において幸も不幸も総量は概ね同じ。私も義姉に言われたことがあります。
    還暦頃までは上り坂を登るばかりでした。しかし自営の会社の経営が傾きだして、それからはどんどん下り坂を下るだけ。
    どん底暮らしが始まりました。義姉は励ましの言葉として、人生は最後にはみな平らかになるもんだと言ってくれました。
    なるほど、子供の頃から苦労知らずで嫁いでからも幸せで。それじゃぁ楽ばかりじゃないか、♬人生楽ありゃ苦もあるさ~ の歌のように、苦もなければ公平じゃないのか。と納得しました。
    いまだに窮乏生活が続いているのは、いかに楽・幸せの期間が長かったということなのか、と納得しているのです。
    で、このA子の場合は、4才で母を亡くしてからずっとですから、人生みな平らかになるもの、という趣旨では、もうとっくの昔に幸せに包まれてもよさそうなものですけどね。
    あちらさまの都合で、我が家とはほぼ絶縁状態でしたので、交流があれば息抜きに来たり出来て、こんな溜まりに溜まった感情を吐き出すような手紙をもらうこともなかったでしょう。
    身内でなくても、近くに自分の思いを聞いてもらえる人がいる、そんな状況にいることを願っているのですが・・どうでしょうかね。

    編集済
  • 姪のメイさん、とってもありがたい読み手さんですね。

    冷静に思いを述べていた美しい文字がいきなり暴れ出し、紙面は乱暴な文字やきつい言葉の塊で埋められている。暫くして気持ちが落ち着いたのかまた元の美しい文字に戻り、そして又乱れるを繰り返す手紙。

    抑えられない激しい感情をぶつけるかのように、やりどころのない怒りをまるで爆発させるかのように、今まで几帳面で綺麗に並んでいた文字は、便箋の一面にその何倍もの大きさで書かれて読み手に強烈に訴えかける。

    A子さんのお手紙、本当に辛そうです。
    でも心のうちを文字に表して、字面を整えることもなく感情を紙面に爆発させ、さらにきちんと送付まで行うことで、幾らかは(本当に僅かではあっても)気持ちを整理できたのではないかと思います。少なくとも、大切な相手に「辛い」と伝えられた事実は大きいと思う。
    だとしても、88chamaさまの心の痛みは解消されないのでしょうけれども。

    なんの意味もないことは承知ですが、私もA子さんの幸せを願います。

    作者からの返信

    そうなんです。メイだけならまだしも息子もで、仮名をトミーとして「横丁」の読者として認定してもらいたいと関川さんにお願いしました。
    この母子達は私達姉妹の可愛い存在で、交流があるのですが、A子とY子は母親の死後からずっと母の実家とは疎遠にさせられておりました(継母への気遣いからです)
    なので、きっと辛いことがあっても言うに言えないで、抑え続けていたものを吐き出したんでしょう。
    私達に向けての批判も、事実と異なることを吹き込まれていたことがはっきり分かるので、言っても仕方ないことと姉と私は反論しませんでした。
    あれから何年・何十年も経っています。ありがたいことに旦那様が理解ある人なので、A子の感情も何とか収まって普通に暮らせていると、私たちは希望的に信じようと思っています。

  • こんにちは。
    家族だからこそ分かってほしい、家族だからこそつい言葉もきつくなる、ということはありますね。手を差し伸べられなかったことに後悔する気持ち、お辛いことと思います。
    一方で、姪ごさんのメイさんのように今も良き伴侶となられているご家族もいらっしゃるんですね。(メール返信のご注進をしてくださったのはこの方でしょうか?)
    みんながハッピーエンドになるような物語ができるといいですね!

    作者からの返信

    おはようございます。
    コメントありがとうございます。早速返信しないと、姪に催促されちゃいます(そうなんです。久里さまへ返信がまだだよ、って前回言われちゃったんですよ)
    この姪のように、幸せな家庭をきづいていてくれれば、楽しく話したりできて、老婆は安心していられるんですけどね。
    この姪は、姉が長いこと治療に通い、両親兄弟姉妹みんなが待ちに待って生れて来た子だったので特別だったのです。
    こうして同じ姪でありながら、母親に死に別れた上に、母の実家の人達と縁を切るような間柄にされた子もいるのです。
    カクヨムで訓練?していますから、成果を発揮してA子の幸せな家庭を想像することにします。
    まさか異世界ファンタジーの魔法まで借りてはきませんけどね。
    そうね、殺し屋さんも登場しませんけど・・😊

  • @88chama様

     手書きの手紙、確かに、何よりも人生が詰まった文章ですよね。書かれた方のことを思うほどに、言葉の重みが増していきますね。
     A子さんの人生が、その後少しでも好転していることを願うばかりです。でも、そうやって吐き出せた、吐き出せる相手がいたことは、A子さんにとって、僅かだったとしても救いだったのでは、とも思いました。

     映画や漫画、私も感情移入が激しかったです。ボロ泣きすることも(笑)
     外で見る映画は選んでいました(*^^*)

    作者からの返信

    こんなに胸を痛める手紙は貰ったことがありませんでいた。悲しく辛いものは訃報ぐらいなもので、近況を知らせるものや楽しい誘いのものくらいで、それだって随分昔のことで、先ずは公共の手紙というもの位しか届かなくなった現在です。
    ですから、手紙などはもう忘れ去られたもの、でしたけれど、今回このお題でA子の手紙が思い浮かびました。
    あの当時、散々気分が沈んで仕方なかった手紙でしたが、それもすっかり忘れてしまいそうになっていました。
    また思いだして胸が詰まる思いです。
    これではいつまでたっても同じことです。それほど相手に深くささるのですから、物語でわぁわぁ泣いていた頃の私だったらどうでしょう。
    涼月さんの仰るように、吐き出す場所としてあの手紙があったとしたら、吐き出せて良かったと思ってもらえたとしたら・・ありがたく、更に今は幸せでいるとあれば、もういうことなしですよね。
    でないと、私もすっきりと逝くわけにいかないか、と思ったりもしています。

    何気なく書いたつもりでしたが、皆様にはずいぶんとA子に気をかけて頂きました。ありがとうございました。

  • 映画に感化されるように、小説の世界にも同化するような気持ちになることありますね。読み終わった後もなかなかその世界から抜け出せなかったり。
    キーボードで打ち込んだ文字に慣れてしまった今、手書きの手紙が訴えるものにハッとしました。書き手の心を如実に表すのは文章だけでなく文字そのもの。デジタルでは伝わらない生身の人間が感じられて胸が詰まりました。A子さんがお元気でいらっしゃることを願うのみです。

    作者からの返信

    今はそれ程でもないのですが、若かりし頃は本当に物語に感情移入をしてしまいました。
    哀しいと涙ポロポロは当然で、理不尽なことになると「アラバマ物語」や「ロング・ウオーク・ホーム」などで怒っていました(気が小さいから、密かに一人で。表立って意思表明出来る人ではなかったので、ただ涙を流すだけでした)

    モーパッサンの「首かざり」でもそうです。こんなに大金をどうやって工面するの? 払えなかったら困るでしょ、とヤキモキしながらでしたから、まだ少しは治ってないみたいです。
    そうそう、圭介さんに感化されて、モーパッサンはモーたくサン(洒落てるつもりです😓)という位、聞きました(目が辛いので、朗読に頼っています)
    「エッセイ横丁」が落ち着いたら、圭介さんのモーパッサン感想文?で、私の感想と照らし合わせ(おこがましいですね🙇)するように、「モーパッサンはお好き」を拝読したいと思います。

    コメントに戻りますが・・
    PCで文字を打つのと、直に文字を書くのでは全く違いがありますね。
    書かれた文字には人の感情が現れるように思います。
    このA子の便箋の文字がそうでした。
    思いのたけを込めて、と言い表すように、本当に重いが伝わってきました。それだけに、私と姉は心が痛みました。
    こんな悲しい手紙は書く必要なし、貰うことなし、でありたいものです。

  • 手紙を書いたA子さんの気持ちを思うと辛いですね。
    A子さんが、今は幸せに暮らしておられることを祈るばかりです。

    作者からの返信

    ありがとうございます。
    A子とはずいぶん長い間会ってはいませんから、どんな暮らしをしているか分かりません。
    でも、結婚してからは旦那さんがA子にとってのよき理解者でいてくれている、とは聞いています。
    継母も年を取ってA子からのお世話を頼りにしていると、どこからか聞こえてきたことがあります。
    私としては今更そんなむしのいいこと・・と、意地悪な感情が湧いてきますが、疎遠になっていた身ではそんなこと思う資格はありません。
    辛かった分、幸せになっていて欲しいと願うばかりです。

  • 馬さん、一人のひとに決めるというのは、難しいことです。

    そこまで、異性を好きになったことは、ぼくにはありません。

    ていうか、出会いもないんですよねー

    作者からの返信

    確かに、この人って決めるのは難しいかも知れませんね。
    だって、長い人生を一緒に歩き続けるんですから、嫌になったらすぐ取り換えるって訳にもいかないしね。
    でも、やはり何と言っても先ずは、良き出会いからですよね。
    風さん、いい人と出会えますようにって、ローバはいつも祈っていますよ。
    まだ神様には届かないのかなぁ。催促してみましょうかねぇ。

  • まず、お体不調のようですしどうぞ無理なさいませんように
    返信もですけど、今回は特に重い内容でもあって皆さんのコメントもそれなりに想いと感じます
    返しには苦労なされるでしょうから、まず、まず、心をゆっくり休められて、それからで

    後半の話を最初に
    私も多分に漏れず親戚の、また実の、いろいろとあります
    ろーばたんには時々こぼしてしまっていることもありますが、表ざたに出来ないこともいくつかあります
    それは私のことではありませんが、だからこそろーばたんの心労も理解できるところあります
    心の痛むことはありますが、ろーばたんにはどうぞ穏やかに余生を過ごしてほしいと心から願わずにはいられません

    明るく締めます!
    こちらにも返信されていますが、このカクヨム様でのやり取りはある種文通みたいですよね♪
    ふみやさまは米国から、日本でも各地から
    それこそその地独特のことや、カク友さんそれぞれのことが伝わってきます♪
    私はそれを楽しんでいます♪ カクも、ヨムも
    ろーばたんも楽しんでくださいね
    もちろん! 無理は禁物ですが

    作者からの返信

    歩さん、こんにちは。
    目は大切にしなきゃって分かっているんですけど、カク・ヨムに加えて毎日ネトフリで映画に夢中になっているんです。
    この歳になってもまだ、感激する力?はあるようで、涙したりドキドキしたりで忙しいです。
    このところ、理不尽な問題に弁護士さんと一緒に闘って、弱者の応援をして何人もの人の力になってやれました。
    リキが入って疲れました、でも嬉しくて、暫く余韻に浸ってから現実の、ヨレヨレ老婆に戻っています。
    この「横丁」が落ち着いたら、モニカちゃんと遊びます、楽しみ~デス。
    因みに今日は江戸時代に行きます。(疱瘡が蔓延している村に医師にくっついて)
    ま、起きていながら寝ぼけたこと言っちゃぁいけませんね😓
    カクヨムでもどこでも、その気になって老婆は楽しんでいます。
    ありがたいことに博士はアメリカから、「横丁」で知り合えた方はフランスやカナダからと、も~楽しさいっぱいの毎日です。
    そんな中で、お題がきっかけで悲しい手紙を思い出してしまいましたが、詮無き事をアレコレ考えても仕方ないので、いつもの呑気な老婆になって楽しんでいます。
    歩さんも色々なことに悩まされて疲れませんように、そしてケルスさんの楽しい会話でまた老婆を喜ばせて下さいませ。

  • まるで小説を読むようでした。A子さんの手紙の行間に滲む思いが痛ましくて、息が苦しくなりました。心優しい叔母達だからこそ、実際はどうなのだろうと悲しい想像をしてしまうのでしょうね。手紙は心に深く残るものですね。会って話してみると、とんだ勘違いだったこともあります。A子さんがどうか幸せでありますようにと願わずにはいられません。

    作者からの返信

    事実は小説より奇なり、とまでは言いませんけど、私達家族にとっては、この事実は悲なり!でした。
    昔も今も、血の繋がらない親子関係に悲しい出来事があるのは事実ですけど、そうはいっても心根の優しい継母様だって、世間には沢山いるでしょうから、これは今風によく言われる「親ガチャ」ならぬ「継母ガチャ」で運を引き当てるしかないのかも知れないな、と私は思うんです。
    邦子さんの仰るように、会って聞いてみたら、とんだ勘違いだったとなれたらいいのですけどね。

  • ローバちゃん。

    映画を観終わった後や、小説を読み終わった後など、影響を受けることは大いにありますね。
    まさに「肩で風を切って」歩く!
    この光景は健さんや文太さんの映画を観た後には誰でもそうなりそうです( ´艸`)

    「読み手」としての喜びと、「書き手」としての誇り、そして家族の歴史の中に沈んでいった痛みが、ひとつの流れのように丁寧に綴られていて、心に沁みました。
    Aさんから幸せの便りが届いたらどんなに救われることでしょうね。

    ローバちゃん、目の不調の中、書かれたの事!
    返信は不要ですので、どうかお大事にして下さいネ(^_-)-☆

    作者からの返信

    のこちゃん、広島弁は凄みあるお兄さま方の演技の為の、大切な言葉でありますね。
    もしもお兄いさん達がやわな京言葉で毒づいたら、ちょっと拍子抜けしてしまいますよね。
    じゃぁけん、広島弁はのうては困るんじゃ!
    (こんなでダイジョーブ?エヘヘ)
    今回の、お題で手紙のこと書こうかどうしようか迷いました。
    A子が読んだらどんな気持ちになるだろう、って考えたからですが、そんな読まれることはほぼゼロに近いですからね。
    もしも奇跡的に読んで、内容に異議あり!って連絡があったらむしろ嬉しいですけどね。

    のこちゃん、お互いに目を大事にしながらカクヨムを楽しみましょうね。
    私の目は、ネトフリで毎日映画や見逃した連ドラを見たりして、目に負担をかけているせいなんです。
    分かってるのにね♬ 分かっちゃいるけど止められない
    スーダラスーダラやってんじゃねぇぞ!と神様に怒られそうで怖いです!

  • >哀れで、炬燵に突っ伏してワァワァ泣いた
    ここまで感情移入できるなんて!
    88chamaさんの、受け手としての感受性の豊かさが垣間見えるエピソードでした!

    >(コメント交換)もして楽しんで
    共感しかない!
    コメント交換の文化があるから、わたしもカクヨムにいます(●´ω`●)

    >長男は「さすが作家さんだね」と
    やさしい。
    88chamaさんは本当に周囲の人に恵まれてらっしゃる!!!
    そんななか――

    >紙面は乱暴な文字やきつい言葉の塊
    これは忘れられない。。。
    周囲の方に恵まれてるのは、88chamaさんがやさしい証拠だとも思います。
    そんな88chamaさんにとって、この手紙は衝撃的でしたよね。。。(勝手な想像で話して、すみません)

    >幸せだよと奇跡のようなA子からのメール
    届いて欲しい!
    届かなくとも、幸せでいてほしいですね!

    作者からの返信

    babibuさん、炬燵につっぷして泣いてる人って・・
    変なんじゃね? ですよねエヘヘ 
    だったんですよワタシアハハ コマッタモンダネ😅
    あれからどうなったかと言えば、流石にわぁわぁ泣いたりはしませんけど、物語やTVドラマなどで感極まって涙流したり、理不尽さに怒ったりしていると、「ドラマ、ドラマ」と言って、夫によく笑われたものです。

    今はカクヨムの可愛いキャラに夢中で、お婆さんの私はその子ちゃんに遊んでもらってるつもりになっています。
    「つもり」で楽しめる「安上がりな娯楽」と言えましょうかね。

  • メールは何か長い文章を書きにくいです。
    感情を入れるモノではないツールで、、。
    私はやはり手紙が懐かしいです。
    文字の乱れるーとかって感情の揺れだし。

    私も義母育ちですが、ぜんぜん上手くいきませんでした。
    ただ、同じ市内に祖母がいてくれたから、そこに逃げてました。
    義母にも苛立ちはあったのでしょうけど。(父の自分勝手さに)

    子連れの再婚はやはり、父親もかなり両者の間を取りもたないとどちらも
    傷つくような。
    昭和の男は無理です。(昭和二桁の初めちゃんの父でした)

    今は幸せならそれで吉(よしこちゃーん)ですね。

    高倉健さん、かっこいいですよね。
    休みの時は日本にいなかったと話してるのを見たことあります。
    日本じゃ、高倉健でいなきゃなんないからやだったのかも。
    「自分、不器用ですから。」
    ひぇーーーっ、たまらん!

    作者からの返信

    文字の乱れるーとかって感情の揺れだし
    菜の花さんのこの一言はまるで歌詞の1行!!
    ♬ 文字の乱れは線路の軋み 愛の迷いじゃないですね
    八代亜紀「愛の終着駅」です。
    演歌から学んでいますねぇ~お互いに。
    菜の花さんにならA子の気持ちはわかって頂けたかもしれませんね。
    貴女のように、逃げ込む場所として三姉の所があったわけですが、何しろ後添いさんの為に、今後の付き合いを一切なしにして欲しいと言われていたので、A子達はある程度大人になるまで、私達家族とは遠い存在となってしまっていました。
    姑さんがウチに1度だけ(私の知る限りですが)来た時に、子供達の様子を話してくれたのですが、厳しく躾けてもらっていると自慢そうに言っていたけど、その躾けの内容が明らかに虐めだと言ってるようなものなのに気が付かないんですよ。文句の一つも言ってやりたかったけどグッと堪えた、そんな姑だもの、娘もかわいそうだったな、と母は自分の大事な娘と孫を思い、泣いたと言っておりました。

  •  亡くなられたお姉さんの娘さんからの手紙ということでしょうか。なかなかに心の痛む内容のようですが、意外と親戚って疎遠になることが多いですよね。いまや生死も不明ということですが、そうですね、近況は知りたいですね。とくに、そういう辛い思いを吐露した手紙を受け取ってしまっては。
     上手くいっていなかった義母との関係ですが、年を重ねればそれらは解消されたと思うのが一番でしょうか。いまは時代も少しずつ変わってきましたからね。

    作者からの返信

    不本意ながら疎遠になってしまいました。
    婚家から、後添いさんの手前、今後の付き合いは無しにして欲しいと言われたからです。
    まぁわからないでもないし、と母たちは涙をのみ我慢をしました。
    子供の小さいうちは、毎年お盆の一日だけ、二人を遊びに来させてもらえました。年に一度だけ、まるで織姫・彦星の逢瀬のようだねと、家族は泣き笑いでした。

    確かに、年を重ねれば解消されることもありました。
    A子は一番かわいく思ってもらった三姉を、時々訪ねていたようです。でも寂しい気持ちは一掃されたわけではなかったようです。過去は戻せませんからね。
    それもA子の運命でしたのでしょう。

  • 家族の問題というのは、当事者だけしか知らないやり取りが、いくつも折り重なってできているものです。昔は、家の恥を外にさらすべからずという風潮も強かったため、その澱みは吐き出されずに最後の最後に手紙として発信されたのでしょう。三姉さんはきっと、その重みに耐えきれず、88chamaさんに共有することで重みを分かち合いたかったのだと思います。

    作者からの返信

    確かにそうですね。昔は世間の評判というものが大いに邪魔をして、何でも隠されがちでした。
    だから困ったことも家の中、自分の中で押し殺されておりました。
    世間の目に分からない継子いじめも多々ありました。
    でも、大人になってやっと言えることが出来ても、時すでに遅しということもありで・・
    心の傷となってしまう前に何とかしなければなりません。
    どんな病でも、早期発見早期治療が大切なんですね。お互いの為に、です。後悔しない為にも、ね。

  • 今現在の姪御さんの状況が分からない…というのが、一番心に引っ掛かるところなのでしょうね。
    直筆の文字というのは、やはりメールなどの無機質な文字と違って、良くも悪くも感情がダイレクトに伝わるような気がします。
    姪御さんが幸せに暮らされていると良いですね。

    新聞を読まれるくだりは、@88chama様が文字を読まれるのを楽しんでおられるのが伝わってきました。
    毎日読めるのが、また良いですよね。

    作者からの返信

    新聞を読んでいた(ここ何年と読んでいません、目が辛いので)頃は、確かに幸まるさんの想像されるように、本当に嬉しくてたまりませんでした。
    何か一つでも知識が増えると嬉しがる人ですからね、今だってカクヨムで何かを教えてもらっては喜んでいますからね。
    新聞の時も今も、何か知るとひけらかしたくなって、娘の帰りを首を長くして待っているんですよ。
    娘も心得てくれていますから、一緒に喜んでくれます。
    内心ではきっと、単細胞な婆さんめ、って思ってるんでしょうけど😅

    今ではめっきり手紙を書くことはなくなりましたけど、やはり手紙もいいものですよね。
    確かに感情の表れは隠せなかったり、怒りをドーンとぶつけられたりで痛みはてき面ですけどね。

  • ローバ様、

    この映画のおかげで、我々広島県人は、東京とかで喋ると、ヤ⚫️ザではないかと疑われたり、映画に憧れて広島弁を真似しようとした他県人から教えをこわれたり、迷惑かけられていました(笑)。実際、東京へ受験に行った従兄が、「仁義なき戦い」に憧れていたタクシーの運転手に、大喜びで映画の話を長々とされてしまった事がありました。

    昔の連れ子の話ですが、多くの者が、テレビドラマの中の話の様に思って、家族に実在しても蓋をして生きているのが、日本の昔からの実情ではないでしょうか?つい最近も、奈良県で幸人事件になってしまった事もありました。実は、我が家もこの実例なのです。米国から帰国した後、長男は亡くなったものの、祖母に二人に妹が生まれましたが、下の妹がまだ乳飲子であったときに、祖母の母は結核で亡くなりました。その後、曽祖父は、一人の息子を連れた未亡人と再婚します。その再婚相手は、もう二人の子を産みますが、男の子ではなかったので、祖母が家を継ぐことになりました。祖母の継母になった曽祖母(継は付けません)は、祖母たち三人姉妹には、本当の母の様に世話をしてくれ、祖母はどれだけ良い母だったとかいつも話していました。私が保育所に通っていた頃に亡くなりましたが、私と弟は良く子守をしてもらいました。その曽祖母の連れ子だった男性は、我が家の家業であった建具屋で職人として働いていましたし、近所に家を建てて、ずっと親戚付き合いでした。曽祖父は、田畑を含む資産の一部を彼に与えていたので、ダムになった時にはちゃんとした移転費が出て、立派な家も建ています。彼の奥さんは、私に取ってはは、三人のおばあちゃんの一人でした。何故か、全く血縁もないのに、彼女の実家への里帰りに連れて行って貰った記憶まであります。しかし、綺麗な話だけではなく、このカップルの長男(父にとっては義理の従弟)は、長年、父にコンプレックスを感じていた様で、年を取ってからの近所の飲み会で、よく父の悪口を言っていたという話を、父が亡くなった後に、母から聞きました。

    父のやっていた土建会社で働いていた老人も、我が家に似た状況で再婚した母に連れられて村へやって来たそうでしたが、この人の場合、農奴と変わらない生活をさせられ、資産も無く、貧しい生活をしていた様でした。彼が倒れた後に、民生委員になっていた祖母が、生活状態を知って驚愕したと言っていたのを覚えています。一緒に土方仕事をしていて、土の中から出て来た芋虫の幼虫を摘んで口に放り込んだのを見てびっくりしたのを覚えています。彼を含めて、父の会社で働いていた何人かには、父は仏の様に面倒みが良いと言われた事がありますが、先述の義理の従弟の様に、身内には異なった経験もあったのだと思います。ローバ様の姪子様も、そして継母になられた方も、どちらも苦労されたのでしょうと察することしかできませんが、最終的に幸せになっていて頂きたいですね。しかし、残念ながら、私の妻も継父のことは許していません。

    作者からの返信

    博士は広島のご出身ですし、ガタイが大きくて腕っぷしも強く、勇気100倍で力持ち、男気満点でかつ優しい方・・とくれば、現代の健さん・文太さんではありませんか。
    たしかにヤクザ映画の広島弁は、凄みがあり貫禄がありでピッタリですね。
    これが京都弁だったらどないどす? ちーとも恐いことあらしまへんがな、ねぇぇ?
    じゃぁけぇ、広島弁がぶちあうんよ なに?意義ありとでも?
    わしらの言うこと聞かんかったらぴしゃげるでぇ
    にわか広島弁学習者デスので、不適切でしたらご容赦を。
    博士は自称ヤンチャさんだったそうですから、どの程度の凄みある言葉をお使いになられたのでしょうね。😋
    現在の博士は奥様に弱い、フツーの元広島人ってところでしょうか、ね。

    継母には二人もの幼い子を託すのですから、感謝しなければなりませんでした。もちろん、家族みんなはそう思っておりました。
    でも現実には・・博士のコメントに書かれているような、実の母のように慈しんでくれる人って少ないですね。
    我が子と分け隔てなく、というのは人間ですから、なかなか出来ないことでしょう。自分がその立場になったら自信ありませんから・・
    なので我が家の皆の心の痛む問題となっていました。
    継母についてはいい話は一つも聞きませんでしたが、一方的な判断はいけませんよね。
    お相手にも色々と大変なことが沢山あったことでしょうからね。
    ただ実の子は溺愛し過ぎて、その弊害に悩んだという話も耳に入ってはいますが・・・
    そういえば博士の奥様も、同じようなことで悩んでらっしゃいますね。
    でも博士の奥様も、A子も配偶者が良い人でしたので、それは幸せと言えるでしょう。

  • 手紙にはダイレクトに感情が乗ってきますよね。内容はもちろんのこと、文字の形や筆圧にまで。
    書いた人の顔が思い浮かぶからこそ、読む時に感じることも多いと思います。
    A子さん、幸せに生きていらっしゃるといいですよね。

    作者からの返信

    子供時代にどんな育てられ方をしたかが大切だと思いますが、その大切な時期にストレス一杯で過ごしていたとしたら・・・
    そう思うだけで胸が痛む私たちでした。
    手紙にぶつけられた感情が物語っています。
    だから、こんな年になってまで悩むんですよね。
    幸せに生きていて欲しい、と願っていますけど、あまり期待できそうにないので、こちらから手紙を書く(住所は知っています)ことが出来ないでモヤモヤしているのです。

  • 何やら複雑なご家庭事情があるような……。
    今、A子さんとは音信不通なのですね。ここが一番、心に引っかかっておられるのではないかと。
    世を呪いながら生きているのか。それとも良き人間関係に恵まれて今は穏やかに暮らしておられるのか。でもそれを「知りたい」と願うのも、人間の傲慢さかもしれません。
    「燃えよドラゴン」が映画館で公開された時、出てくる男性がみんなブルース・リーに感化されていたという逸話を想い出してしまいました。任侠映画も昔はその良さが分かりませんでしたが、今みると、確かに高倉健さんはカッコイイです。

    作者からの返信

    長姉が亡くなって、後妻さんが来てくれたのを機に、付き合いを控えて欲しいと言われ疎遠になりました。
    二人が大きくなってからは年賀状のやり取りなどが出来たり、A子はたまに三姉のところを訪ねるようにもなりました。
    でもやはり、長い間遠ざかっていましたから、なかなか十分に気持ちが満たされることはなかったかも知れません。
    そのうち年賀状もとぎれて(私が無精して出さないことが多かったせいで)今では元気でいるかどうかすら分かりません。

    「燃えよドラゴン」日本中に強い男が増えましたね。
    任侠映画での惚れ惚れする男は、やたら「かたぎの衆」に手は出さない、というところが好きなんですが・・
    現実ではそうはいきませんね、メッチャ迷惑かけてるじゃありませんか、ねぇ~? 何の話か??ですよねー😅

  • 手紙だからこそ読み手に伝わった、いや伝わりすぎたのかも。
    せめて物語の中だけでも幸せになってほしいのですが、現実にA子さんからの幸せだというメールが届くのが一番です。
    奇跡は今もこの世界の何処かで普通に起きてます。

    作者からの返信

    手紙は文字が気持ちを語っている、そんな気がします。
    上手下手ではなく、乱暴に書かれてあったり、異常なまでの筆圧で感情の高ぶりも想像できたりしますね。
    もう手紙を書くことなんて殆どありませんが、やはりメールよりも手紙、手紙よりも直接目を見て話す‥それが大事だな、と思います。
    ま、なかなか顔を見て話せないから手紙で、とかメールで、という場合もありますけどね。

    奇跡は起きるでしょうかね。私の生きてる間に、といってもそんな長くはありませんから・・ 物語なら簡単でしょうけど現実は・・?ですね。

  • 読み手といっても、いろいろな文章がありますね。
    映画も物語も新聞も手紙もメールも。
    それぞれ伝えたいことによって書き方が変わります。

    ローバ様は感情移入がお上手な気がするので、楽しいことも辛いこともその振り幅が大きいのではないでしょうか。

    A子さん、幸せになっておられますように!

    作者からの返信

    昔から、可哀そうな物語に涙を流し、理不尽な話には怒りがなかなか収まらず、愉快な話は思い出し笑いして・・きっと気味悪いな、と思われたかも知れません、そんなワタシでした。
    なのでA子のことは、あまり考えないようにしていました。
    考えると悲しくてならないので。
    フツーで平凡な幸せが一番。いつもそう思って、普通過ぎる我が家を自画自賛している老婆です。😅

  • たくさんの高倉健……映画には確かにそういう力がありますね。背中を押してくれるというより、変身願望をかなえてくれるような。
    そんな愉快なエピソードから姪御さんの手紙のエピソード。人間関係というのは本当に厄介なもので、助けたい気持ちがあってもどうにもできないこともまた多々あるものですよね。かといって本人だけでは打開できない事態もまた起こるわけで。
    そうなれば当然公開も引きずることになるし、何かできることがあったんじゃないかと、いろいろと後悔もするんですよね。
    まぁ家族に限らず学校や会社なんかでも起こること、そういうのは多かれ少なかれ付きまとうものですね。もっともそういうことに鈍感な人もいて、逆にすごいなと思うこともありますね。

    作者からの返信

    私の3人の子供は、関川さんの御作の北野家のような、ごく平凡な幸せな家庭の子供に育ったと思っています。
    平凡で細やかだけどフツーに幸せ。このフツーがどれだけありがたいか、を感じることの出来ない複雑な家庭で育ったA子です。
    子供が呑気に笑い転げているのを見るにつけ、A子にはこんな安らぎはなかったんだろうなぁ、といつも心を痛めておりました。
    後妻さんを気遣って、今後は付き合いは無しにして欲しいと言われても、私の母にしてみれば血の繋がった孫ですからね、釈然としませんよね。
    でも孫の為と我慢をして、お盆のたった一日だけ、我が家に連れてきてもらっていました。
    「ローバの充日」の「七夕」で読んでいただいていますが、織姫と彦星の心境です。
    母親を亡くした二人の姪ですが、よほどの心根の優しい継母でない限り・・往々にして・・沢山の物語がありますよね。はっきりと文字には書けませんが・・
    自分のことだけで精一杯の時期には、姪を思う気持ち等なくしていたけれど、今こうしてのんびりと余生を送っていたり、あと何年かで行く世を思ったりする時、ふと何かしら引っかかるものを思い出したりするのです。

    **姪のメールから、関川さんのこと書かれた分 抜粋です
    関川さんって、ほんっとにいろんな人のところで心優しい素敵なコメント書いていらっしゃるけど、素晴らしい方だね。なんでも知ってらっしゃる感じするし、何よりコメント量がすごくて。何人もいるのかしら、、って思っちゃう😊
    だ、そうです。m(__)m

    編集済
  • 私は誰かから強い思いを込められた手紙を読んだ経験は人生で数えるほどしかないですが、苦しみや怒りがこもった自分あての手紙というのは受け止めるのが辛いですね。
    A子さんがその後どうなったのかはわかりませんが、自分なりの幸せを見つけていることを願うばかりです。

    有意義な感想をくれるメイさんは貴重な読者ですね。
    私もそういう感想を読む機会に恵まれたいところです。

    作者からの返信

    文字は性格を表すと言われることがあります。
    A子の文字は美しく丁寧で、きっと几帳面にしっかりと生活していたんだろうな、と想像できました。
    他人から聞いたところによると、小さいうちから厳しく家のお手伝いをさせられていたようです。
    その厳しさはかわいそうと思われる反面、家事や妹の(後に妹も出来ました)世話などは、自分の為にもなったことでしょうから良かったかも知れません。
    昔から苦労は買ってでもしろ、と言いますからね。
    でも凄い筆圧とか、文字が何倍もの大きさになったのを見ると、相当なストレスを抱えて暮らしていたと思えます。
    もう継母さんはいないでしょうから、自分の為に余生を楽しむ人になっていて欲しいと願っているのですが・・・

    メイですが、母親譲りの本の虫で、貰う感想からも知識の豊富さが感じられます。本は読んでおくものだなぁ、ってカクヨムの皆様や姪からいつもそう思わされています。
    本当に、こんな読者がいてくれる書き手88は幸せです。

  • (泣)凄くお辛かったし今でも忘れられないことでしょう。私も乳房切除や子宮もなかったりします。ただ夫は気にしなくていいよと、ナプキンも買ってくれました。丁字帯も。他にも治らない病気があり、よく離婚しないねと思う。話せば長くなるから。本当に生きている道を選んでくださり、ありがとうございます🙇だよね。

    作者からの返信

    聞いてビックリ!! です。
    本当に病気と闘う勇気を思っただけで身震いしそうです。
    そして献身的なご夫君にも敬意を表したいと思います。
    よく離婚しないね、と思われるようですが、ひとえにご夫君が深い愛情の持ち主であることと、また静江さんが何としても助けてあげたい人だと思わせる魅力のある方だからと思います。
    気にしなくていいよ、の言葉は、どれほどの力を与えてくれるものか、思いやり・優しさの塊の言葉ですね。
    たった一言がこんなにも素晴らしいことだと感激し、思わずもらい泣きしそうになりました。
    この何行かのコメントで、静江さんがどれほど幸せであるかが伝わりました。
    貴女のエッセイの中にお風呂に入れてもらった、というエピソードが書かれてありましたが、娘が昔ヘルパーで通っていたご家庭のご夫婦の様子と重なりました。
    ご夫君が自身の障がいをものともせず、不自由な体の奥様を抱き上げて入浴させて差し上げているということを聞いた時、これぞ究極の愛!と感動したものですが、静江さんご夫婦も同じですね。感激・感動で震えそうです。
    良いお話を聞かせて下さり、本当にありがとうございます。
    お元気でいて下さいね、お祈りしています。

    **ヨレヨレのお婆さんの私に言われてもなぁ、と笑ってくださいね。m(__)m

  • てへ!
    私もよく使います。
    そこに共感って、ラグビーのはそれで食べていくんだし、てへっちゃわない!

    作者からの返信

    てへ! はニンニンのポーズですか。
    全国の皆さんに浸透しましたよね。
    静江さんは難しい研究をされてましたし、幾つもの大学へ通って勉強なさってましたから、それぞれでジンクスと言うかルーティンなるものが、沢山あったんじゃないかしらと思いました。
    多くを学び頑張って来られて、そして大きな病気と闘われて・・
    尊敬しかありません。凄いとしか言いようが・・・拍手喝采!!です。

  • こんにちは。
    家を継ぐということが重大事だった時代、苦渋の選択だったのだろうと想像しました。お姉さまの選択も、女性にとって容易ならぬ決断だと思いますが、愛娘を思えばこそ一択だったのでしょうね。ご家族一丸となって乗り越えられた歴史が、今につながっているのだと思いました。
    余談ながら、私は大学時代に神田川沿いに下宿していたことがありまして、銭湯の帰り路、よく「神田川」を心のなかで歌ったものでした。残念ながら独り暮らしでしたが(^^;)

    作者からの返信

    久里琳さま
    先ほど姪から、久里琳さまからのコメントに返信がされてない、3日も経っているよ、とのメールが届きました。
    姪は一生懸命に応援してくれて、全部の作品に目を通してくれた上に、コメントのやり取り迄も読んでくれているので、こうしてチェックをし知らせてもくれるのです。
    あやうくスルーするところでした。すみません。

    昔は跡取りが重要視されておりましたね。お世継ぎがどうのとか何やらで、歴史上でも重大事でした。
    しかし我が家はそんな歴史ある家、由緒正しき家柄なんぞとは全く無縁の家ですから、わざわざ私を養女にしてまで継ぐ必要はありません。
    母がちょっとばかり出来のいい長男(子供がなかった)を大事に思っていたものですから、その長男の所に跡取りが出来たらなぁ、という願望があったんだと思います。

    姉の選択ですが、これは重大な決断だったと思いますね。
    結果として、大きく深く丁寧に切除しなくても良かったかも知れないけど、幼い子供のことを考えると、身体をどんなに削られても構わないという思いで臨んだのでしょう。
    実は私の長姉が27歳の若さで亡くなったのですけれど、その時の子供が4歳と2歳だったのです。
    我が家の皆のショックは相当なもの(私は10才でした)で、その後何年も辛い思いに悩まされました。
    遺された子供達はとても不憫でした。風の便りでしか様子は分かりませんでしたが、可愛そうな噂しか聞けませんでした。
    その事が身内の皆のトラウマとなってしまいました。子供心にも皆の切ない気持ちが伝わってきていましたから、私もいまだに子供をおいて死ぬということがどんなことかと身に沁みています。
    それだからか、姉は手術に並々ならぬ気持ちでいたのでしょうね。

    そして「神田川」の件ですが、私はこの歌を歌うたびに♬赤い手拭いマフラーにして~ のところを♬ 赤いマフラー手拭いにして~ と間違って平気でいました。
    懐かしい思い出です。
    神田川は大雨が降ると、昔からよく洪水被害が起きていました。今では少しは良くなったでしょうが、まだまだ完璧ではないようですね。
    大雨情報で神田川あたりが映ると、懐かしさでいっぱいになります。
    久里琳さんは神田川そばでお住まいで?
    歌詞のような三畳一間ではないでしょう? 三畳のアパートって当時はあったけれど、お若い(推測ですけど)あなたの頃には珍しいと思われますからね。
    私達の学生時代は1畳が約1000円位が相場でした。
    今の学生さん達は部屋代も高いし物価も高い。仕送りなんかも大変なんだろうなぁ、と兄夫婦のお陰に感謝している私です。そんなエピソードに、長々とお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

  • >裏切り行為や不良行為をした悪い子
    周囲の皆さんはそんな風に思っていなかったんじゃないかしら…。ただ、愛する家族の幸せを願って色々と尽力してくださったのでは。
    とはいえ、時代の風もたしかにありますからね。
    迷い抜いて決断した勇気、大変な思いをされても貫いた愛、素敵です。お幸せに過ごされて本当によかった。

    お姉さまの選択も、かっこいい! お子様のために必要だったとはいえ、勇気のいることだったでしょう。今もお元気ということで、嬉しく思いました。

    >里子から里親への母の日の贈り物
    素敵。よほど楽しい思い出なのでしょうね。お聞きしてみたいところです。

    作者からの返信

    皆が私の幸せの為ならばと動いてくれたのはよく分かるのですが、何しろ男女交際にうるさい、厳しい時代でしたから、辛い気持ちばかりで苦しかったですね。
    好きになったんだモン、それが何か~ って言えたらどんなにか楽だったでしょうね。
    自分で言うのも何ですが、男の子と単純にワアワア話して楽しんでる人でしたから、男女二人で付き合うなんてことにはホント臆病な程でした。
    なので後からは、よくそんな大胆なこと出来たな、と驚いたくらいです。

    姪の「なんちゃって里子物語」皆さんにご披露したいと思いますが、当時を思い出せません。
    姪からこんなことが、あんなことが、とメールでエピソードを教えてもらってのですが、2~3しか覚えていません。
    でも聞いてみると、へぇ~そんな素敵なこと、ワタシしてやったの?って驚いています。
    思い出がよみがえってくれないかな、エッセイのネタになるのに・・とちょっと焦っています。が、忘却の彼方へ~~で、残念です。

    編集済
  • 当時のガンは生き死ににかかわる大きな病気でしたよね。
    お姉様の勇気ある選択は、娘さんがいたからこそでしょうが頭が下がります。
    そしてまだお元気だというのが何よりの知らせです。

    ローバ様も愛のための選択だったのですね。
    いろいろあったにしても、長らく添い遂げることができて、よかったと思います。

    作者からの返信

    当時はガンと聞いただけで死にたくなるほどの絶望、でしたから、それを気丈に頑張ってきた姉を尊敬しました。
    私だったら、と思うとどうだったろう。強く立ち向かうこと出来ただろうか、って考えてしまいます。
    姉はやっとできた子供が、どんなに悲しい思いをするだろうか、無口な父親ですから、自分がいなくなったら、はやいとこ優しく明るいお母さんが来てもらえるように、とそればかり言っていましたね。
    でも、そうはいっても自分が頑張って、死なないようにしなきゃ、とも強く思ったりもしたそうです。そうですよね、複雑ですよね。
    心配しましたけど長生きしてますからね、分からないものですね。

  • 素敵なルーティンがたくさん!
    感謝が盛りだくさんなのも素敵です。
    お散歩のお供も大好きな曲なら足取りも軽くなりそうですね!

    作者からの返信

    お題が発表された時、平凡に暮らしている私にルーティンなんてあったっけ?と思いました。
    でも書くためにと色々思いだしてみると、あるんですよね。
    大したこと、と思うからないのであって、細々としたことを書いてみると分かるのです。
    そうだからかも知れません、エッセイを書くのが楽しいんです、自分のことをよく見ることが出来ますからね。

  • 下町ならではの風景が浮かぶような語り口。
    それぞれのお名前が家業に由来して面白おかしいのがいいですね。

    そしてずっと疑問だったローバ様のお名前の由来もわかって、よかったです!

    作者からの返信

    本当に下町情緒豊かな、人情味ある、居心地のいい町でした。
    どんどん工場が消えて、マンションだらけになって、新しい人達が多くなりましたし、前から住んでいた人も越したり亡くなったりして、様変わりしました。
    ローバの名前、88が何か、聞いてみればそんなことか、って思われますよね。

  • いろいろあっての着地点がそこ!という間の取り方が落語でしたね!

    そして人間って子どもの時と歳をとると性別を超越してしまうのですね。

    作者からの返信

    昔、ヨロヨロ歩いている高齢者さんを見て、あの人っておジイサンかね、それともお婆さん?って思ったことが何度かありました。
    年取ると性別分かりにくくなるのねぇ~、って言ったバチが当たったと反省しています。
    今の私、ワタシっておジイサン?状態だったのが、髪が伸びてやっとお婆さんになれました。
    随分と床屋さんが切ってくれちゃったみたいでした。
    お陰でちょっぴり、ちょっぴりですけど可愛くなりました(あくまでも個人の感想です‥なんちゃってTVのCMの注意書きみたいですね😅)

  • @88chamaさんもお姉様も皆さん、大きな選択をくり返してこられたのですね!

    乳がんも、今でこそ温存療法やアピアランスケアで補正具が開発されたりと良くなってきましたが、そういうものがない時代では、術後もショックが大きいものだと思います。

    でも家族親戚総出で、娘さんのケアも含めて取り組んだおかげで、今もなおご顕在とのこと、素晴らしい決断だったと思います。

    当時の結婚事情も勉強になりました。
    サザエさんで、昔、お見合い結婚は素晴らしい、恋愛結婚は恥ずかしいみたいな話があって(伊佐坂先生夫婦は大恋愛の末の結婚だったような)、本当なのかなと子供ながらに思いましたが、このお話を読んで自由な恋愛が難しかったこと、確認できました☆

    作者からの返信

    80近い老婆ですから、カクヨムは場違いなのでは、と気後れする時もあるのですが、こうやって大昔の話をして、なるほど~と思って頂けることがあると、嬉しいのです。
    今のように自由な恋愛なんて、徐々に進歩してきてるのを見て知っていれば別ですが、今の若い人がいきなり大昔の事情を聴いたら、ホントにびっくりしちゃいますでしょう。
    今はいいですね、簡単にくっつけて(表現が野暮ですね🙇)
    でも、嫌なら簡単に離れられる良さもあるでしょう。
    昔はねぇ、「共白髪」が当たり前でしたから、易々とリセットは出来ませんでした。どちらがいいかは???その人次第というところでしょうか。

  •  人生の分かれ道ですかぁ。

     私も失敗の連続だったと思います。「も」は余計か。

    作者からの返信

    「も」です。同じなのでTeturoさん、カンパ~イ!!
    お互いに、いい道を選びましたね😊

  • 本エッセイも読みごたえたっぷり
    こういうとろーばたんの人生に対してなんですけど💦 物書きとしては最上の誉め言葉として送りますね!
    さらに、皆さんのコメントもまた情緒が深く、それに対するろーばたんの返信もしみじみと深いものでした
    本文だけでなく、そんな皆さんのコメント、並びに返信もお読みしていたら
    なんと45分もかかってしまいました!
    その意味でも読み応えのあるもので

    さて、ろーばたんはわたしのの母と同性代とはいつも言っていることですが
    東京とは違うのでろーばたんの大学時代や同棲時代はテレビで見るだけのものでした
    それでも同棲がよく思われない時代であった、路チューなんてとんでもない、手をつなぐのも恥ずかしい、なんてところはまだ私の高校時代まではありましたね!
    懐かしく思い出されることも多くあったのですが、ろーばたんの人生の選択、いままでのエッセイでも追想をお付き合いさせていただきましたが、私はやはりうちの父母とも重なるところあります
    もちろん、ろーばたんとは全く違うのですけど、うちの両親もいろいろあったので
    一つだけ、うらやましいとさえ思ったのはご家族の仲が良いこと
    ろーばたんは思うところいろいろあるでしょうが、きっとお兄さまも、兄嫁さまも、ろーばたんの幸せだけを願っていたことでしょう
    そこは掛け値なしの、また無償の愛ですから
    それは心温まる人情を感じましたととりとめのない長文コメントを締めさせていただきます

    作者からの返信

    歩さん、ダメですよ、目が大変だっていうのに、老婆にお付き合いして下さって・・それも45分も読みふけるなんて無謀なことを。
    モニカちゃんに叱られちゃいますよワタシ。
    歩たんを、こき使ってはいけまてん。
    お目目が疲れちゃってるんでつからね、めっ!
    あはは、流石モニカちゃんだね、目とめっ!をかけてるわ!
    なんちゃって、またおバカなローバが張り切っちゃうんだねぇ~
    ケルスさんにも怒られちゃいそう。
    あんさん、いい加減にしてやりなさいや、お嬢と接近させちゃまずな、どうも。
    あ、そやそや、接近言うたら台風でんがな、やばいよやばい!
    歩さんチ、大丈夫やろか、わいちょいと見てきますわ。
    あんさん、アホなこと言うてる暇に、台風の心配でもしなはれや、ほな行くで、さい奈良。あ、これ奈良ってしゃれてやったんや、あんさんのアホに付き合ったんやでぇ~
    びゅーん、って飛んで行ってしまいました。
    歩さん、目をお大事にって言っておきながら、これですもんねぇ、ごめんなさいね。
    モニカちゃんとケルスさんが「好きすぎて滅!」なんだも~ん!

  • @88chama様

     ご自分の気持ちを大切にされたこと。
     とても勇気がいることだったと思いました。でも、周りの方がみんな温かくて✨
    読んでいる私も温かい気持ちになりました。
     実は今回のお話を読ませていただいて、母を思い出しました(*^^*) 私の母は兄弟が多い中で末っ子に近い方だったので、ほとんど兄姉に育ててもらったような感じだったそうです。実際に仲がとても良くて、私も可愛がってもらいました。とても懐かしくなりました。

    作者からの返信

    ありがたいコメントでとても嬉しいです。
    勇気がいること?そうですよね、常に他力本願でのほほんと過ごせていた私が、勇気を振り絞って決断したんでしたね。
    なんて言うと、どの口が言ってるのかって言われちゃいますが、本当に自分勝手な勇気が、幸せな結果につなげてくれました。
    涼月さんのお母様も同じなんですね。兄弟が多い仲の末っ子ってホント、得でしたね。
    私は母が40歳の時の、いわゆる恥かきっ子というものでしたが、直ぐ上とは8才も違ってましたから、それはもう甘え放題で。
    その姉が夕方、お手伝いで掃除(当時は箒で)している後ろをついて歩いて、お尻をつっついたりしてじゃまをする、我慢していても何度もとなると文句が出て、ちょっと泣きまねなんかする・・と、母は訳も聞かずに「大きい子がちいせぇ子泣かしてどうする」って姉を叱るんです。
    ね、末っ子、それもうんと下の子は甘やかされて、ちょっと卑怯な手も使うんです。
    でも、これは私のことだけで、涼月さんの母上様とは大違いでしょう。
    そんな感じで、私は皆から甘やかされて、最後まで甘えてしまって不義理までして・・・ねぇ。そんな家庭だったんですよ。思いだしました。
    あと2回のエッセイで、また個人情報の切り売りしちゃいそうですね、私。

  • 同棲と聞けば〝神田川〟〝同棲時代〟が浮かぶ世代です
    後ろ姿とはいえ あまりに美しい由美かおるさんの
    オールヌードのポスターに 88ちゃまが重なって…
    もとい!!
    あの頃も 若者には なんとなく重い苦しい時代でした
    今と似ている気がします
    でも あの頃の若者は 身を張って命を懸けて
    反撥して道を切り開いていきました

    今の子 がんばれ~~っ と思います

    作者からの返信

    後姿があんだって? 由美かおるに88が重なる? 
    ぅわ~真留女さんったら、ついにきちゃいましたか?
    何って?アアタ、呑気なこと言ってる場合じゃあ~りませんよ。
    幻覚が・・見えないものが見える?アレですよアレ!
    アレがナニするとほらっ、ナニじゃないかって周りが心配して、アソコに無理やり連れて行かれて、ナニの検査されて・・
    アアタ進まないうちに、そう私は誰?ってまで行かないうちに、ナニの検査しっかりしてもらって、ナニじゃないわよ・てやんでぇ!!って担架、じゃない、短歌でもない、ナニのアレよ、ソノ啖呵きってやんなさいよね。
    なに? ♬なにがなにしてぇ~なんとやらぁ~ だなんて広沢虎造かって?
    やだなぁ、やっぱりアアタ、老婆と年それほど違わないんじゃなぁい?
    えっ、まだアラ還だったの? ぅひゃぁー 嵐寛寿郎やん?鞍馬天狗?
    えっ、何言ってんのか分かんない!ですって。
    やだなぁ、真留女さんは大の落語通さんだから、洒落が通じると思って調子に乗っちゃったワ、ごめんなさいね、悪い癖がでちゃったのよね。

    ナニがどうの、蟹、いえカニがどうのってのは、私のことよね。
    代名詞で用を足す老婆、覿面な自覚症状もあんのよ、困ったもんだの老婆なの。許してね、年寄りのたわごとと思って、ひらにひらに・・🙇🙇🙇🙇🙇

  • >喫茶店に出入りすると不良になる
    先日、チコちゃんで「なんで喫茶店じゃなくて淳喫茶って呼ぶの?」をみたばかり。
    なので、これをリアルに想像できて嬉しくなりました♪(((o(*゚▽゚*)o)))

    >人前でいちゃつくのはハシタナイ
    >長男で家業を継ぐ馬さん
    当時は、このあたりの考え方が今とは比べられないくらい厳しかったのでしょうね。「大きな信頼の裏切り」と分かっていての決断。すごく勇気がいることだったと思います。それを理解してくれたからこそ、ご家族は養子縁組を解いたりなど@88chamaさんのために動いてくれたんだろうなー。
    いいご家族(●´ω`●)

    >里親への母の日の贈り物と洒落る姪
    ここにもほっこり☆
    いろいろと大変なご様子ですが、周りの人に恵まれてらっしゃるなって、このエッセイを読んでてすごく感じました!(((o(*゚▽゚*)o)))

    作者からの返信

    「チコちゃんに叱られる」ではどんな風に解説されたんでしょうか。(見てみたかったな)
    このエッセイに沢山の方からコメントいただいて、何故当時は喫茶店に出入りすると不良になると言われたのか、についてきちんと知る必要がある、と思いSNSで調べてみました。
    **当時コーヒー代は高く、若い人や少年が簡単に出入りできる所ではなかった
    **「みゆき族」のような流行のファッションの若者や、つっぱり、不良少年達のたまり場になっていた。
    **「ジャズ喫茶」や「ロック喫茶」などは情報発信地となり、反体制的な思想を持つ学生やアーティストが集まる場所で、権力側や保守的な大人から危険な場所と警戒された

    と書いてありました。
    babibuさんには「みゆき族」など初耳かも知れませんね。銀座みゆき通り周辺をVANのボタンダウンシャツなどのアイビールック(私の友人にもアイビールックの洒落た坊ちゃんワリィがいました)、大きな紙袋を持つのが特徴で、大人から不良扱いされ、警察に一斉補導されたことで知られています(SNS情報より)

    テレビドラマなどで「竹の子族」を見たことはありますか。原宿のホコテンでド派手な服装でラジカセの音楽に合わせて集団で踊っていたんですよ。
    長くなりましたね、老婆が得意になり過ぎました、ゴメンネ

    同棲こそしましたが、私は本当に真面目(自分で言うか😅スミマセン)なイモ姉ちゃんだったんですよ。そのイモが早く「蒸かしイモ」に出来上がろうとしていたんですね、きっと(^_-)-☆
    皆の協力で何とか旨く、イヤ上手く事が運びました。

    里子の姪の洒落具合、どうでしょう、ナイスじゃありません?
    我ら夫婦の影響か、洒落はピカイチなんです(蛇足ですスミマセン)
    そんな訳で(どんな訳?)babubuさんの「チコちゃんに叱られた」のコメントから、色々なこと思い出しました。
    老婆の頭の活性化に、ご協力感謝いたします。

  • 「お試し期間」ではない分、覚悟、真剣度が違ったんでしょうね。もし破局したとしても、同棲していたということが汚点のようについて回ったのではないでしょうか。家族の存続がなによりも第一に考えられていた時代の「不義理(と考えられていたもの)」がどれほど重たくのしかかったか、想像に難くありません。でもお兄さんご夫婦はそれ以上の大きさと愛情をもっておられた、これが本当の家族だなと思います。
    お姉さんの気丈な選択に胸が痛み、そのあとの90歳でお元気な様子になんだかとても嬉しくなりました。今回も素敵なお話しでした。

    作者からの返信

    そうなんですよ、もしも同棲していて結婚にまでいかないで破局したら、それこそ昔は「キズもの」と言われて白い目で見られるのがおちでした。
    「そんなことじゃ嫁に行けんぞ」とか「もらい手がおらんようになる」とか言われて、年ごろの娘はお行儀よくしていなければなりませんでした。
    ウチは古い教育の教えでしたから、躾けも厳しくて「女は女らしく、男は男らしく」でしたから、今では死語と笑われたり、ハラスメントだと注意されてしまいますね。
    昔人間の両親にとっては、義理だの人情だのが大事にされて当たり前、の考え方ですからね、兄夫婦の善意に反すると兄嫁さんへ申し訳ないと、凄く悩んだと思います。
    私は自分が悩んでいたとばかり思っていたけど、親がどれほど悩んだかはずっと後になって気づいたおバカさんでした。

    姉は命の洗濯、いえ選択をして正解を手にしました。今は90才、余命何十パーセントという言葉に脅かされたことでしょう。
    十二分な全摘をしたので、8年間無事でいられたら安心して良いですと医師に言われ、8年経った時には心から大喜び致しました。
    定期健診の度に、死刑宣告される怖さだったでしょう。
    早期発見・早期治療と言われますが、そこに速い決断も加えたいと思う私です。

    **モーパッサンが大好きな圭介さんと「エッセイ横丁」でご縁が出来ましたので、私の毎日の朗読の時間にモーパッサンの作品も入れてみました。
    「首飾り」「シモンの父」「旅路」「墓」「酒樽」「狂人日記」「奇策」などなどを聴きました。もっといっぱい聴く予定でいます。
    いつか圭介さんの「読書感想文」を拝読して、私の感想と照らし合わせ?してみたいと思っています。
    (いいかなー いいとも!という声が・・幻聴が聞こえるようになったかなワタシ!?)

  • ローバちゃん。

    同棲、今まで生きて来て一度は体験してみたかったことです。
    だからちょっと羨ましい( ´艸`)
    私もローバちゃんの時代とは少しは進んでいたかもしれませんがやはり、世間の目が厳しい時代でした。
    同棲はもちろん、出来ちゃった婚なんてもってのほか。
    私は高校の時から付き合っていてやがて結婚しましたが(知ってるね)、すぐ上の姉がまだ結婚していなかったので、順番通りに結婚すべきと考えていた両親からは反対があり、結婚がなかなか言い出せなかったの。
    家を出て同棲もしてみたかったなぁと今では思います。
    同棲してみたら、現実的な面も見えて来て結婚に向いてる相手かどうかも見極められたかもしれないなんて思います。
    私の話はさておいて、ローバちゃんの恋バナ、馬さんとの出逢いのお話が聞けて良かったです。

    作者からの返信

    のこちゃん、目の具合は如何ですか。
    もうすっかり良くなったよ、のお知らせを首を長くして待っています。

    のこちゃんの結婚でのご苦労は、エッセイで知っていますから、それこそ「お試し婚の同棲」ができていたら良かったかも知れませんね。
    のこちゃんは私より一回り以上年下ですけど、それでもまだまだ男女交際には厳しい目で見られる時代でしたよね。
    姉から順番に、という制約も特に地方ではありましたね。
    今は年のせいか、エッセイでは昔を忍ぶような内容になりがちです。
    長い間には苦労したことや、あまり褒められたことでなかったような事でも、とてもいい思い出となれるのでありがたいです。

    のこちゃん、色んなことがあっても、今とても幸せって言えるのこちゃんでいてくれて、本当に嬉しいです。
    近況ノートでお孫さんの書かれたイラスト拝見しましたが、本当に上手、お世辞抜きでお上手です。
    どの子もみんな好きですが、特に膝を抱えて座ってる女の子がちょ~スキです。ステキ、スバラシイ、漫画家になれそう。
    のこちゃんが原作かいてお孫さんが絵を描いて・・なれたらいいな!!
    (よその孫になんでぇ~って言われるかな)


  • 編集済

    何だかドラマチックで素敵ですね!大学からだなんて。うちも勝手に出て行って同棲から結婚した口なのですが、この人と二人で居たい、ってだけなのになんでこんなに難しいんだろうって悩みました。そういうのは時代が変わっても変わらないんだろうなと思います。
    -----------------------
    すみません。ちゃんと伝わってます。「お付き合いが」大学からっていうのが素晴らしいなって、意味です。私は30超えてから夫と知り合ったので。

    作者からの返信

    母猫さんと同じだなんて嬉しいです。ハイタッチしたいです。
    私の書き方がたりなかったでしょうか、補足させて頂きますと、大学からではなく卒業してからの実行です。
    馬さんとの交際が始まったのが4年生からで、卒業してからの1年の中でもなかなか言い出せなくていましたし、結婚もその翌年の春でしたので、同棲期間はほんの数か月でした。
    大昔でも今の時代でも、いつだって結婚となるとなかなか簡単にはいかないものですよね。

    編集済
  • 88chamaさんは、のんびりとおだやかな方かと思っていたのですが、OH No! なんと、時代の先端を行くお方でした。
    「先生や周りが勧めてくれるS高校は、バス通が面倒だというだけの理由で止めた」とさらりと書いておられますが、そんな簡単なものではないですよね。そして「結婚前の同棲」。今でこそ珍しくありませんが、ご両親が明治生まれなのですもの、これはすごい話です。

    「どうしたものかと悩み知恵を絞り、思いついたのが同棲でした」とありますが、このアイデアは88chamaさんからですか? どんなふうにして? いろいろ聞いてみたーい。

    作者からの返信

    九月ソナタさま
    色々聞いてみたーい、と言って頂けたことに喜んで、嬉しがり屋の老婆は色々聞いてもらいたーい、と思いました(お調子者でスミマセン)
    **S高校は簡単に止めたわけではないでしょう
    につきましては、簡単にサラリと止めました、デス。
    当時は男女とも大学進学率はとても低く、行くとしても女子は殆どが短大で、4年生大学は1割くらいでした。
    私の田舎では、女子の就職先の花形は電電公社(現NTT)の交換手で、二人の姉達も交換手でした。なので私もと思っていましたから、S高でもN高でもどちらでも良く、母には交通費が要らないからと喜ばれました。
    そこを兄夫婦は4大に行かせてくれて、更に、お金がなくて心まで貧しくなってはいけないと言って、それなりの額を仕送りしてくれました。
    大学に入ってみると、井(田舎)の中の蛙大海を知る、で挫折し、成績は落ち勉強は疎かになり、落研だけの為に通っているのかという体たらく😅

    その落研で会った馬さんは1学年先輩でしたが、私にとっては単なる、純粋に、フツーの先輩でしたし、馬さんも私のことは単なる後輩で興味なし。
    そんな中で、同学年のN子さんが落研内でOさんと付き合ってるのを知っていた私は、N子さんから馬さんのことが好きなの、とも打ち明けられておりました。
    今でいえば二股?ととられるでしょうが、当時の交際は可愛いもので二股というよりも、どちらも好きという両天秤とでも言いましょうか。(たいして悪気のあるようなものでもなかったような)
    馬さんには何人かのガールフレンドはいましたが、恋人的な付き合いにはあまり慣れてなくて、お茶するとかドライブするとか・・そんな程度。
    結果的にはN子さんはOさんに振られ、馬さんも自分一筋の人がいいと、自然と疎遠になりました。

    馬さんが卒業し私が四年生の時、馬さんから会おうと連絡がありました。
    馬さんは落語の為にと小唄を習っていたのですが、その師匠に惚れられちゃったらしく、師匠のお母さんから呼び出されて喫茶店で会い、娘と結婚してやってくれと頼まれました。
    小粋で色白な超美人な人を、誰もが惚れ惚れするような人ですのに、馬さんったら自分には以前からずっと心に決めた人がある、と言って丁重にお断りしたそうです。
    その話を聞かせる為に呼ばれたんだと思っていた私ですが、ソナタさんはどう思われますか?
    後日、返事は?と聞かれ何のことか分かりませんでしたが、頭がお花畑の私への球根(?エヘヘ テレルナァ)だったそうです。

    美人の師匠は宝石に例えればダイヤモンド!それに比べ ♬ 私は路傍のつぶて(米津さんの曲より)のようなイモ姉ちゃんです。イインデショウカ?
    そんなイモは馬さんちにはウエルカムで迎えられました。両親は責任もって付き合えと言い、母親も馬さんがグズグズしていると他の誰かにさらわれるぞと、結婚を急かせます。

    兄夫婦のことを考えると悩んだり苦しんだり。馬さんは実家の近くに住まいを探し、そこで同棲し強行突破しようと卑怯な手を使うことを決めました。(もしかしたらですが、結論がなかなか出ないので、これには母親の入れ知恵もあったかも知れません)
    ですので、
    **このアイデアは88から? どんな風にして? の答えは以上のような、馬さんがN子さんやダイヤモンドに目をくらまされることなく、イモ姉ちゃんの方を選んでくれたこと、イモがモテモテでもないのに馬さんが、周りに結婚を急かされたことなどから、同棲になったという話です。
    実家に打ち明けてから急スピードで事が進みましたので、同棲生活もほんの数か月で終わりました。

    結果的に私は幸せな人生を歩むことが出来ました。兄夫婦は与えてくれることばかりで、私から恩返しの一つもないうちに、兄は63才で亡くなり兄嫁にはこれからという時に、我が家が窮乏生活する羽目になり、実行できなくなりました。
    なので「やるべきことは出来るうちにせよ」を思い知らされることになりました。
    🙇🙇🙇長々と老婆の思い出語りにお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。
    もっと素敵なストーリーだったら、ラブコメのネタにも成れましたでしょうにすみませんm(__)m



    編集済
  • お兄さん夫婦は養女が成立しなかったことを淋しく思ったかもしれませんが、それでも88chamaさんが自分の幸せを掴んでくれてよかったと思っているのではないでしょうか。
    当時は「イケナイ道」とされていた婚前の同棲、決断する勇気や行動力に感心しました。

    作者からの返信

    兄夫婦は私にだけでなく、甥や姪たちにもとても尽くしてくれた人達でした。見返りを求めることは一切なく、本当に与えるだけの人。
    そんな人に不義理をしてしまったのですから、心が痛むのは当然のことでしょう。
    でも兄夫婦も両親やきょうだい皆が、私の幸せを喜んでくれました。
    思えば子供の頃から、親兄弟から与えられてばかりの人でした。
    調子のいい自分に都合のいい言葉で言えば、家族の皆は私の幸せな様子に幸せを感じてくれるような人達だと思うのです。
    古い考えの両親ですのに「イケナイ道」は責められることなく、むしろ結果的に「娘には良い道」だったと思ってもらえたようでした。
    それというのも、馬さんや馬さんの家族・親戚の皆のお陰だと感謝している私です。


  • 編集済

    ローバ様、

    私も親に言わず同棲して(妻が家出して来て)、婚姻届をだしていました。そして妻は妊娠して、息子を産みました。生まれてようやく親に知らせた私でした。親はびっくりした様ですが、子供がいたのと、何するか分からないとんでもない息子(良い意味でも、悪い意味でも)と思われていたので、両親は激怒してなんたらと言うことはありませんでした。弟も妹も、兄貴らしいと言う言葉で片付けてくれました。医者になり、大学の教授(その頃は助手)と結婚して、同じ年に子供を産んだ従姉にも、ふみやらしいと言われました。ある意味で、一族の期待に叶った私でした(笑)。

    あの神田川が流行った時期ですよね?衝撃でした。ローバ様は、時代の最先端だったのですね。凄いとしか言いようがないですね。初めて、ミニスカートを履いた世代、学生運動で、警察と衝突していた世代。そして、歌謡曲をこえて、フォークやビートルズの洋楽を聞き出した世代。大先輩達の後を追った私でした。

    作者からの返信

    博士の結婚から子育てなどの諸々は、エッセイで読ませていただいて感動致しました。
    アメリカでは授業や宿題(と言うのでしょうか)などでの勉強量はもの凄いものだと聞いていますから、学生さんが子育てとの両立は大変だったことでしょう。
    でも、そこは博士の男らしさ(今は男だとか女だとか言っちゃいけないんですが)で見事に乗り越えられましたね。
    更には奥様の家庭の事情とやらもありましたから、それらにも対処されてらっしゃいましたから、これこそ責任ある男の行動と言えましょう。
    私はこの状況を母上様に知られても、きっと怒られはしないだろうし、むしろ頑張ってるじゃないか、と喜ばれるんじゃないかな、と拝読しながら思いました。
    それくらい、博士の幾多の武勇伝を知ってしまった私ですからね。
    そして今では自称「恐妻家」のようなこと書いてらっしゃいますけど、どうしてどうして、博士の奥さん愛は読者の皆さんにしっかり伝わっておりますよ。

    博士は「神田川」をリアタイでご存じの年代ではないでしょう。
    ♬二人で行った横丁の風呂屋・・私たちも経験しました。でも三畳一間や貧しさは等はありませんでした😊😉
    学校は学生運動に巻き込まれて休講がち、ビートルズが来日したり、キャンパスの芝生でギター弾く仲間達と歌いました・・・こんな状況の私が博士の「時代の先輩」と言って頂けて、ちょっと誇らしく嬉しいです。

    **コメントありがとうございます。
    ロミーちゃんは日本がもっと好きになってくれたでしょうか。
    カクヨムのお婆ちゃんは気になっています。

  • 乳がん、今でも必要があれば全摘しますよ。
    私も去年の7月にがんが見つかり、左胸を全摘しました。リンパ節もとりました。でも命の方が大事ですからね。

    ローバさん、同棲! なんと思い切ったことを!
    そうですね、今は「お試し期間」って感じですものね。
    うちの娘も、彼氏とずっと同棲してて、いい加減結婚しろよ、と親が急かすくらいでした。
    ローバさんも、後で思い返せば、いい選択だったのでは?
    時代の風潮に負けず、やり切ったのは凄いなあと思いました。

    作者からの返信

    緋雪さんの新エッセイ更新のお知らせで、乳がんになられたことを知りました。
    今までいろんな病で辛い思いをされていた(そして可愛いわかちゃんが重い病で亡くなられた頃だったのに)緋雪さんでしたのに、何で神様はこんなに緋雪さんを辛い目に合わせるんだろうと、とても悲しく思いました。
    乳がんは大昔に姉が経験して、その辛さを聞いておりますから、緋雪さんはどうか経度でありますように、と願いました。
    読ませていただいてエールを送りたい気持ちでいっぱいでしたが、なまじ姉の経験から知り得た程度の知識で、お節介で下手な励ましコメントを送ってはいけない(お調子者の私を自覚していますから)と
    スルーさせてもらっていました。

    姉は40年以上も前でしたけど、医学の進歩した今でも全摘手術は行われていますよね。
    今まで芸能界や他の分野で著名な方で、乳がんを告白された方が沢山いました。そのニュースを聞く度に姉の時を思い出し、温存術か全切除術かと気になりました。
    小林麻央さんのことを知った時、何故に切らずにいたのか、何で民間療法に頼ったのかと、とても悔しくてたまりませんでした(部外者のくせにね、申し訳ない)

    緋雪さんは全摘されたそうで、リンパ節も取られたそうで、私なんかが口幅ったいと思われそうですが、本当に良かったと思いました。
    緋雪さんの命の方が大事ですからね、に同感!そうだそうだと言いました。

  •  ぼくは昭和四十年生まれなので、正確には分からないのですが、それでも同棲は危険な雰囲気が漂い、喫茶店は行っては行けない場所でした。
     そんな中での大胆な選択は、胸に刺さるものがありますね。それが正しいことか間違ったことかは結局は分かりませんが、それでも決断のときは来ます。
     今回のお題。女性の方は結構結婚に関して書かれている印象。やはりそこ、大きいですよね。

    作者からの返信

    斬太さんはアラ冠? お若いですから「今時の恋愛事情よりの恋愛観」?でいらっしゃるでしょうが、それでもやはり同棲はまだまだ危険な雰囲気、喫茶店は行ってはいけない場所のイメージが強いのでしょうね。
    私は昔も昔、大昔の人間で更に江戸時代、とはウソですが明治の終わり頃の、古~い考えの親の子供ですからね、それはもう大罪を犯すくらいの感覚でありました。
    それでも昔から恋は盲目(今は差別用語でイケナイですね)病のようなもの、と言われますからホント、どうしようもありません😅
    私のように強硬突破できなくて、みすみす幸せを逃した女性がいたかもしれません。反対に固く世間の目を気にしてとどまったお陰で、男運の悪さを払拭できたと安堵した女性もいたでしょう。
    勝負運とは違いますけど、皆がラッキーカードをひけるといいですね。

  • 拝読しながら、同棲のくだりで『神田川』が頭の中に流れてきました。と思ったら最後の注釈にタイトルがあった!

    結婚によって家を継ぐということが、今よりもずっとずっと大きな問題だったのでしょうね。
    実の兄と養子縁組、驚きましたが、それほど家の存続は大切なことだったんですね。

    >私のいない所で皆が私の為に動いてくれている、自分だけが幸せになって許されるのだろうか
    こうして苦しくなるほど、ご家族のみなさんが優しかったんですね。
    その後の姪っ子さんのエピソードも、誰にとっても最も良い選択ができるご家族、ご親族関係なのだなと、心が温かくなりました(●´ω`●)

    作者からの返信

    「神田川」をナツメロ紹介番組などでご存じなのでしょうか。
    お若いでしょうから、リアタイでは勿論ないでしょうね。
    ウチは、実の兄と養子縁組までして継がなきゃいけないなんていう、そんな由緒ある家ではないんですよ。
    母が出来のいい長男を誇りとしていましたし、その長男の元で家が代々繋がってくれればなぁ、って思いがあったようなんです。

    姪っ子は私のすぐ上の三姉(それでも8才の差が)の子供で、何人かの甥や姪のいる中で一番我が家と深い付き合いがあります。
    晩婚の姉が8年も不妊治療をしてやっとできた子供で、実家の家族一同が長い間待ち望んだ子でもありました。
    そんな子供の一大事ですから、何とか姉に頑張ってもらわなくてはと子供は我が家で預かり、姉の付き添い(当時は完全看護制度はまだまだ完全ではありませんでした)には田舎から二姉が出てきて、などと役割分担しました。
    手前味噌で恐縮ですが、私の両親は子供を大事にし、兄弟姉妹は親孝行(ちょっぴりヤンチャなニ兄というのもいましたが)でしたから、何か事があると皆で協力する人たちですので、上手くいったのだと思います(スミマセン誇らしげで嫌味ですよね🙇🙇🙇)
    エピソードに心が温かくなったと言って頂けたことが、嬉しくてたまりません。当時を思い出して涙が湧いてきました。ありがとうございました。

  • ✨不純異性交遊✨なんという、今となっては目覚ましいような気すらする、迫力のある言葉でしょうか(笑)
    喫茶店=水商売、みたいなイメージがあった頃ですね。
    家族関係、親族関係というものが、まだ密接に機能していた時代のお話と、受け止めました。
    現代は濃厚な親戚付き合いが嫌われて、どんどん疎遠になっています。
    しかしこのエッセイには、親族関係への煩わしさが微塵もありません。それもこれも、よい親、よいごきょうだいに恵まれたからでしょう。
    それに感謝したり、悔いたりできることは、人間関係が希薄な今の世の中においては、とてもお幸せ、とも映ります。


    作者からの返信

    喫茶店も「純喫茶」というと、静かでちょっと薄暗く落ち着く感じの照明の中、クラシックが流れコーヒーのいい香りが漂い・・とてもいい雰囲気の場所でした。
    若い男女のデート,逢い引き、の場所、静かにコーヒーを飲みながら読書したり、待ち合わせの場所でもありました。
    では不良になるからと母が心配したのはなんでだろう、とずっと後になって思いました。
    このエッセイをきっかけにSNSで調べてみると、当時は喫茶店のコーヒー代が高く大人の場所だったこと、「みゆき族」のような流行のファッションの若者や「つっぱり」や不良少年たちがたまり場にしていたこと、「ジャズ喫茶」「ロック喫茶」などが若者の情報発信地となり、反体制的な思想を持つ学生やアーティストが集まる場所で、権力側や保守的な大人から危険な場所と警戒されていた・・とありました。
    オシャレなカフェでお茶する現在に、今も昔ながらの「純喫茶」があり、何年か前に姉と入って昔を懐かしみました。
    レトロブームの今、若者達にも良さが分かってもらえて嬉しいですが、不良になるの「謂れ」なんて知る由もなし、なんでしょうね。

    編集済
  • 当時の光景が思い浮かびますね。
    今とは全く違う文化、因習、風習があり、世間の目も若者に温かではなく、とても厳しい目で見るのは戦時、戦後の厳しい縦社会、風土の中を真面目すぎるくらいに勤勉に生きてきた弊害かも知れませんね。
    にもかかわらず、メディアやニュースは今では考えられないような破廉恥のものも多かった気がします。それはきっと男性社会が強く、男尊女卑の傾向が強かったのでしょう。女性社会はとくに窮屈だったと思われますが、それもある意味女性を守るものだったと思われます。
    まあ、日本の歴史をみる限り、その風俗はそんなに堅苦しいものでもありません。しかし、それは男性目線だから言えることであり、女性からすればなんとも肩身の狭い世界であったことでしょう。
    結婚は個人ではなく、家と家が結ぶもの。いくつになっても親の承諾が必要。自分たちだけが良ければ良いという時代ではありませんでしたね。しかしそれは家が後ろ盾になると言うことでもありましたから、とくに家業を継ぐ継がないだの、長男が家を守るだのと、今よりもずっと家や財産に重きを置いていたのだと思われます。住む家、お金は大事。そして何故か生きていく上で贅沢は敵で、我慢は必要だというのだから、自分の気持ちを独り歩きさせるのは、何故かワガママだと思い込んでしまう。
    当時の弊害が今、子供たちに現れ、熟年離婚が続出しております。そんな中、自分たちの想いを貫いたローバたまや馬さんは、きっと幸せだったと思われます。私は、お金や家、なんなら親兄弟よりも大切なものは、在るのだと思っております。最も自分に近しい人こそ愛すべき大切な人、だと思っております。心が許せる。それは何ものにも代えがたい幸せだと言えるでしょう。

    そして。
    そもそも綺麗事ばかりでもないでしょう。若くして、発情だってする若者のリビドーを抑える、なんて無理でしょう!!男だって、女だって、たとえどんな時代だって、恋はするものでしょう!!夜は短し歩けよ乙女!!

    作者からの返信

    あの時代は学生運動が盛んだった時代で、私の三年生の頃、学生運動が盛んで授業もよく休講したりしました。
    ラッキーと呑気に遊んでいましたが、喫茶店だって親の言いつけを守って、真面目に(?)入りびたることなく、世間にとって静かなフツーの学生でありました。
    そんなおとなしくしていた私に、日和るな、デモに行けと言う兄でした(普通は反対でしょう?行ったはいいけどビクビクで、行く意味すら分からないので2度行って止めました)
    兄は、社会に対しておかしいことはおかしいと言い、上にへつらうことはせず言わなきゃいけないことはキチンと主張する、そんな人。
    夫婦共に公務員の二人で、兄嫁の考え方も夫婦は同格、家事も先に帰宅した人が始める、という風で、あの時代では先進的な考えの人でした。
    それだから、古いしきたりに囚われるということはなく、自分の思う方に歩けばよいと思って、気持ちよく送り出してくれたのでしょう。

    あの頃は、世の中がちょうど変わろうとしていた時だったのか、古い時代の考え方は排除されそうで、外国のような進んだ考え方が取り入れられるようにもなりました。
    でも、まだまだ男女の交際や結婚には、色々と面倒なことが沢山ありました。家を継ぐとか、男は外で働き女は家をまもるとか・・専業主婦が当たり前のように思われていたり・・
    時代は変わりましたね。
    自分に都合よい道で幸せでしたけど、兄夫婦は私に与えるだけだったな、と何年経ってもそればかり。
    なのに、さぁこれから兄夫婦孝行しなければ、と思ったら64歳で逝っちゃったし、我が家も倒産の憂き目にあって、自分の所で精いっぱいで兄嫁さんのことは忘れがちになって・・と、いつまでも不義理してばかり。
    やれることはやれるうちに、とイヤという程思い知らされています。

    夜は短し歩けよ乙女!ですか、なるほど~
    ついでに暗い夜道にご用心! でもありますね。
    今回も又、ぼっち師匠には素晴らしいコメントいただきました。
    ありがとうございましたm(__)m

  • 88chama師匠の勇気ある決断に感動しました。当時のことですから、さぞ罪悪感に苛まれてお辛いことだったと思います。でもそこまでして愛を貫かれた勇気が素晴らしいと思いました。ウマさんは幸せ者ですね。わたしは師匠より少し年下ですが当時の雰囲気は分かります。どちらかと言うと、何でもかんでも自由過ぎる今より良かった部分もありましたよね。お二人の青春時代が垣間見えて素敵なエッセイでした。

    作者からの返信

    物ごと全て親や兄弟まかせ、成り行きまかせに歩いていた呑気な私でしたけど、初めてでしたね、人生ってこんなに悩ましいものなのかって、心の底から思いました。
    余りにも子供でしたからね、その時初めて自分が大人になったんだ、しっかりしなくちゃって思いました。
    何ごとも自分に責任がある、と思い知らされました。
    今と違う、大昔のアオハル?だったかな?

  • 僕の高校時代も路チューなんてとんでもなく、外国映画の俳優女優だからこそサマになると思われていました。
    本当に時代は変わり、今は何でもありな時代。
    だからこそ昔の奥ゆかしさに少しだけ憧れたりもします。

    作者からの返信

    今ではとても考えられないことですよね。
    何しろ大昔のことですから。
    現代の若者からしてみれば、本当に何時代の話?って思われるでしょうね。
    路チューでビックリしてた時代ですから、今の若者が電車の中でしっかり抱き合ってるなんて、考えられません。
    大混雑の電車ならくっつくこともあるでしょうけど・・・
    本当に時代は変わりましたね。
    なんでもあり、は楽でいいけれど、仰るように昔の奥ゆかしさも捨てがたい気はしますね。
    それが日本の良さ、と躾けられてきた私ですから、本当にそう思います。

  • 今回のエッセイでは様々な選択とその結果が出てきていますが、88chamaの当時の選択、その後もまたとても興味深いものでした。
    まぁ金のあるなしはどう選択しても世間任せ、必ずしもいい結果が掴めるものではないですからね。
    にしても当時はかなり思い切った選択だったんですね。それを選んだところに今の88chamaのタフさがみられる気がします!

    作者からの返信

    考えてみれば大昔でしたね、私のアオハル😅
    今のこんな自由な世の中からしたら、何時代の話をしているのか、って不思議がられちゃいますね。
    当時は大胆な行動と思われましたから、罪悪感に責められて泣き暮らしていましたけど、今はどうでしょう。
    会ったその日から気に入った相手は「お持ち帰り」になることもあるんですからね。

    幸せって、誰かの犠牲から生まれるものだ、なんて言ってる人がいて(TVで見た?)本当に、自分の幸せは兄夫婦の犠牲から成ったかな、って悩んだ時期もありました。
    でも、自分が親になってみて、娘が幸せになれるなら、どんなことも犠牲なんて言葉とは無縁なもの、と思うようになりました。
    無償の愛って言いますけど、少なくとも兄にはどんな方法をとられても、私が幸せになれたことを心底から喜びと思ってくれたかな、と思います。
    でも、後になって気づくんですよねぇ。

  • 昔ながらの雰囲気もなんだか好きです(*^-^*)今と違ってスピードもそんなに早くなかったでしょうし、ストレートに物事が進むこともなかった時代だったんじゃないかな……なんだか読み終わると心温かくなりました。

    作者からの返信

    昔は良かった、というと笑われますが、今のようにギスギスしてないで、何だかのんびりしていましたね。
    古い教育を受けた私の頭は、追いついていくのがやっとですが、昔には昔の良さがありますね。
    そう言うと、今には今の良さがある、って言われますから、自分が後にあの時は良かったなぁ、って思える暮らしが出来たらいいですね。

  • ハチ子って名前つけてらっしゃるのなんかいいですね。
    スポーツ観戦している方は元気な印象があります。うちの祖母も大谷翔平さんをいつも応援しております。
    眠った娘さんを起こすのは一苦労、妹が若いころリビングで寝ても起きなくって母も眠気に襲われながら一生懸命起こしておりました(まあ、要するにどちらも寝ていたという……)
    いつも楽しいエッセイをありがとうございます!

    作者からの返信

    「ハチ子」いいでしょう。そう言っていただくとまた嬉しくなっちゃって、張り切って散歩できます。ありがとうございます。

    蛍さんのお祖母さまも、大谷さんの応援なさってるのですねオホホ
    ウチでは夢中になってる私に娘がこんなことを・・
    娘「あんた大谷さんのなんなのさ!」
    私「♪ 大谷しょうへい 私の孫かな~♪」
    娘「とうとう・・??」
    私「ま、かたいことはヨシましょう。コレ全国のお婆さん皆の歌よ~」
    **「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」の替え歌のつもり、デス
    蛍さん、お祖母様とデュエットは如何でしょう?

    お母さまも同じカクセイストだったようで嬉しいです。
    蛍さんのコメント、私をとても喜ばせてくださいました。
    ありがとうございました。

    編集済
  • こんにちは。

    いや~、ローバさんは若いですよ。宵っ張りの朝寝坊だなんて。
    私の方がよっぽど年寄りです。8時には布団に入ってるし、
    5時半には起きますからね。

    それになによりいろんなものに興味を持っている。
    これがやっぱり若さの秘訣でしょう。私などゲームももうやらないし、
    唄と言えば古いのばっかり。

    もう、ローバさんなんて言えないな~。

    作者からの返信

    ちびゴリさん、ローバにとって8時はまだ夕方にもなってない、かな?デス。
    8時に寝ちゃうのは、森田健作さんと同じですね。
    でも、あの方は3時起床だそうですから、もっとすごいですね。
    ややもするとワタシ、その時間にはまだ起きてるかもしれません。
    ・・って威張ってみせていますけど、無駄に起きてるんじゃない?そうとも言う!っていうところです。
    半年前までは夫がいましたから朝はちょっと辛かったけど、今は好きな時間に起きて家事はテキトーにやって、好きーなことして、カクーして、ヨムーして、機嫌よーく暮らしています。

    カクヨム加入する前は、朝・昼・夜の情報番組を見るくらいでしたのに。
    人生もう最後の最後なのにね、自分でも何だか面白い人生送ってるジャン?って気がして、とっても気分がイーですね。

    ちびゴリさんも、気分のイー毎日を送って下さいませ。

  • 生活を大切に楽しまれていることがびりびりと伝わるエピソードでした!✨努力しながら整えている時間と、自分の欲求に任せて楽しむ時間のバランスが素晴らしいな、と感じました。割と「〜しなくちゃ」で固めてしまうタイプと「あれもこれもまあいいや」で緩めていくタイプってはっきり分かれてしまうと思うのですが、日々の中で程良く混在していて。しかもどの時間も楽しまれている……それこそが溌剌としたパワーの秘訣なのでしょうね(*´∇`*)

    作者からの返信

    とてもステキなコメントに感激しています。
    ありがとうございます。
    残り少ない命ですから、大切に暮らさなくてはなりません。
    そう真剣に思うようになって日が浅いのですよ、今まではまだまだ大丈夫と高を括っていたくせに、やはり80歳が近くなってきましたからね、沢山楽しむことがあって忙しいのです😊
    このエッセイ企画が、思いがけず自分の暮らし方を見つめる、とても良い機会となりました。
    溌剌としたパワーなどの言葉もいただけて、ますますお婆さんは毎日を張り切って過ごしていけそうです。

  • こんにちは。
    まさに、充日!ですね。一つ一つのルーティンの積み重ねが充実した一日になる、理想の生き方だと思いました。
    そんな日々が、軽妙なエッセイにつながっているんですね!

    作者からの返信

    今回のお題を見た時、ルーティンなど自分にはないからパスかな、と思いました。
    でも朝起きてから寝るまでの行動をじっくり考えてみると、平凡な暮らしの中でも何気なくやっている行動に、ああこれがルーティンなんだなと思えるものがあって、それで一日が成り立っていることに気づかされました。
    こうしてエッセイに書いてみると、私の一日なんてただつまらないものだと思っていたけど、けっこう面白おかしくやってるじゃん、と嬉しくなりました。

    編集済
  • 感謝に始まり感謝に終わる毎日、素敵です。
    そういえば私、人に対しては感謝の言葉をよく述べますが、いわゆる「神様・仏様・ご先祖様・世間様・日本や世界中の皆様」的に大きな対象に感謝をする習慣がなかったことに気づきました。初詣の時くらいでしたね(笑)
    これからは積極的に実践していこうと思います。ご飯を炊いた時に唱えます!

    数々のルーティンも楽しそうです。娘さまを起こすのは大変そうですが(前歯には気をつけてくださいね)。
    仲良し家族で充実した日々を過ごされている様子がとても微笑ましく、温かな気持ちで読み終えました。秀逸な造語がいくつも飛び出すのも好き。素晴らしい才能です!

    作者からの返信

    霧野さんはお若いでしょうから、それ程でもないと思いますが、老婆のようにこんな80年近くまで生きていますとね、色んなことがありがたくって、何にでも感謝申し上げます、って感覚になるんですよ。

    私も若い頃から色んなことにありがとうって、素直に言える人だったと思いますが、義叔母と話していると、まだまだ感謝が足りないな、心からしていないんだな、と反省させられてアノ「神様・仏様・ご先祖・・・・・・」になったのです。
    よくよく考えてみれば、何か一つのことにでも、世界中の人々が何かしら関わっているんだなぁと思えば、「神様:仏様・ご先祖様」に始まって「・・・世界中の皆様」までいってしまうのです。

    睡魔に襲われた娘を起こすのは大変で、たまに「もう50過ぎてるのに、そんなに怒らなくっても~・・」と嘆かれるほど、気合を入れなきゃならない時もあるんですよ。
    冬場は何処でも寝込んじゃぁ風邪ひきますからね。
    酔っ払いが玄関先で寝ちゃって風邪ひいた・・あるある、ですから。
    飲まない(いけるくちですけど)私は、酔っ払いには厳しいんです。
    ああだこうだ、って賑やかな我が家です。

  •  なかなか良いルーティンですね! 
     しかも、スマホゲームで徹夜とは凄い。あ、これはやめたんですね。

     でも、和菓子は食物繊維が豊富で身体にいいらしいですよ。
     ぼくもネトフリをCMなしで一月入会しまして、でも、あまり見なかったんです。古いドラマはTVerで見れるし。でも、鈴木亮平さんの「シティーハンター」は良かったし、「新幹線大爆破」も面白かったです。

     ぼくは音楽は普段は聴かないんですが、さすがに米津氏は知ってます。ドラマの「アンナチュラル」とか「ノーサイド・ゲーム」とか「MIU404」とか米津氏ですよね。他にもいっぱいある。「シン・ウルトラマン」とか「ガンダムジークアクス」とか、全部名曲ですね。米津氏の歌を聞いていると、自分も作曲とかできるんじゃね?とか勘違いしちゃいます。これ、浅田真央選手のスケート見ていて自分も滑れるような気がするのと一緒ですね。ちなみにスケート靴履くと、ぼくは物につかまらないと立てません。

     いやしかし、朝の10時起床は、逆の意味で凄い。ぼくなんか朝の四時二十分に起きてますよ。そこまで寝られるのは凄いです。永眠のギャグはツボでした。

    作者からの返信

    スマホの脳トレゲーム。老いぼれ脳を鍛えなきゃ、と思い始めたんです。
    1日30分で良き睡眠も得られる・・・ところがどっこい、もう1回あと1回とカラオケルームの延長のように、名残惜しいじゃありませんか。
    どんなことがあっても絶対にあと1回で止めるから、と天にまで誓っているのにですよ、歯止めが利かないんですからね。
    夫なんか(去年亡くなりましたが)脳トレになるからって、私や娘に勧められてやりだしたんですけどね、何回クリアしてやったと思いますか、僅か数か月でですよ、何と3万回近いんですからねぇ酷いもんですよ、することない暇人だからとはいえね。
    ガンで闘病中だったんですけど、それで死期が早まった?と娘と反省したくらいです。
    ねっ、こんな具合ですからね、夢中になって徹夜になっちゃうんです。
    それで孫に「残り少ない命の日を、無駄に使っていいのか」って笑われちゃうんですよ。

    和菓子は確かに良い食材の食べ物ですよね。でもこれもつい食べ過ぎに・・ゲームといい、和菓子といい、全く節操のないお婆さんですよね。

    さて、米津さんの曲ですがネトフリで「アン・ナチュラル」を観て「Lemon」を聴いたら、ドラマの終わりの凄くいいシーンの頃に流れてくるので、もう涙涙でした。
    「感電」は既に知っていましたけど「MIU404」のドラマで流れるとまた良さが引き立ちますしね。
    「M八七」ウルトラマン♬痛みを知る ただ一人であれ が心に沁みる歌詞  「Plazma」もガンダムファンにはいいでしょう・
    今度、2026サッカーワールドカップで、NHKで「烏」が採用されます、楽しみです。

    雲江さんは4時20分に起床されるそうですが、その頃は寝入った私の耳元では、事件現場の状況を語る朗読の声が・・・
    永眠の文字は、雲江さんにはギャグでも私にはギグッです(無理に洒落ようと努めてみました、無駄でしたね😅)

  • ローバちゃん、こんにちは😊

    いつものテンポの良い軽快な喋りで読んでいてこちらまで楽しくなります。
    感謝で始まり感謝で終わる、ほんと素晴らしいです。
    私もこの歳になったら、毎朝、神棚と仏壇に感謝の挨拶、奥の間にはご先祖様の写真も何枚か掲げてあるので挨拶をするところから始まります。
    夕も同じく。

    それはそうと、ローバちゃん、充実した毎日ですね。
    娘様達とも一緒に住んでおられることも羨ましい限りです。
    なんせ私は一人暮らしなので、話すのは独り言……笑

    私も、ルーテインが決まっていますが、その中のカクヨムの時間が以前に比べたらずっと減って来てます。
    だけど、暇かというとそうでもなく、家の中の整理をしたり、周りの草取り、畑の管理などもあって毎日忙しくしてます。
    定年したら、暇だろうと思っていましたがそんなことhが全くなくって超忙しいです。

    そうそう、カクセイストとは何ぞや?っと思っていたら、覚醒ストでしたか……笑
    ローバちゃんの作った造語はお見事!!
    とても楽しいエッセイでした。
    ローバちゃん、又ね(^_-)-☆ チャオ!!

    作者からの返信

    のこちゃん、ご丁寧なコメントありがとうございます。
    目の方は少しは良くなられましたか。
    私も去年、目が「駄目」になって酷い頭痛にまで発展し、大きな病院で検査するまでになりました。
    何のことはない、PCやスマホのスイッチを暫くの間OFFにし、目を休めれば一発完治となれたのに・・・カクヨムがねぇぇ
    のこちゃんも休会と言ってもやはり、ちょっと良くなると恋しくなってしまうんでしょうね。

    今回ルーティンのお題をもらった時、のこちゃんだったら「玄関のお掃除」が入るな、とすぐ思いました。
    いつぞやのエッセイで書かれてありましたものね。私も真似てやってみたんですよ、でも長続きはしませんでした。
    色々なルーティンを書きましたが、掃除については手抜きですから特筆できませんでした。
    掃除、しなきゃダメ?っていう位の感覚の私、困ったお婆さんです。

    のこちゃんのルーティンの「カクヨムタイム」はまだまだ減らされたままでしょうけれど、もう少しの辛抱ですね。
    すっかり良くなったら、またカクヨムキャンディーズやミュージシャンで活躍して下さいね。

  • @88chama様

     宵っ張りの朝寝坊と仰っていますが、お子さんたちの愚痴を聞き、覚醒スト(敢えて漢字にしてみました😊)になっていたら、当然そのお時間になるのだろうなと思いました。素敵なお母様✨
     そして、周りが元気をいただける方だなと✨
     それもこれも、日頃の感謝の心が大きいのですね。感謝の心って、自分も周りも幸せにしてくれる言葉ですよね。私も見習いたいと思いました(*^^*)

    作者からの返信

    そうなんですよ、娘の帰宅時間はだいたい1時~1時半。
    それから今日の仕事がどうだったとか、こんなことでイラついたけどグッと我慢した、とか何度言っても分からなくて今日もそのせいでこんなに遅くなってしまった、とか。
    手前味噌でお聞き苦しいでしょうが、娘の我慢強さに半分呆れながら、半分自慢でもある老婆なんです。
    なので止めろという前にグチを聞いて、少しでもストレス軽減に力添えしてやりたいと思うんですねぇ。
    そうこうしているうち、娘は酔いが回って寝ちゃうって、コレお約束のコースと相成ります。
    お茶目なところあり、男前!と拍手されるところあり、思いやる気持ちから自分の気持ちをグッとのんで苦しくなる・・・それが分かるものですから、宵っ張りの老人にならざるを得ないんです。
    ですから当然のように、朝は早く起きられません。
    洗濯ものを干さなければという使命がなければ、午後まで寝ていたい位です。
    でも、ドジャースの大谷さんがぁ・・で、元気に起きます。

    こんな毎日に、感謝無くしていられないと思っている老婆です。

  • おもしろすぎます!
    というか、今更ながら語り口が軽妙で、本当にエッセイストになれるのではと、お世辞抜きで思ってしまいました! もしくは漫談家?

    そして、何ともエネルギッシュで若々しく感じます!

    老婆の充日というのもセンスを感じます!

    最初から最後までおもしろいのですが、いちばん好きなのは『麗しき親子愛のハグの姿は、がっぷり四つに組んだ力士と間違えられそうだ』のくだりで、めちゃめちゃ笑ってしまいました!!

    作者からの返信

    銀杏さん、じゃなかった銀鏡さん、頂いたコメントに老婆はマンモスウレピー!!
    と喜んじゃいましたが、果たしてこのカタカナ語、もうだいぶ古くなっていますから、お若い銀杏さんには「ちょっと何言ってんだかわからない」って言われそうですね。
    あ、しっつれい致しました、銀杏ではなかったですね、イチョウ、否、いちおう頭に銀鏡をインプットしたつもりが、スカスカの頭ですからね、留まるところがなさ過ぎて銀鏡が定着できてませんでした。しっかりせよ、ザル頭!です。

    「麗しき親子愛の・・・」コレ、気に入って頂けました?マンモス嬉ぴー!です・・・っとっと稚内、じゃない、わかんない、ですよね。ちょーうれしーってことなんですよ~
    でもね、親子愛に溢れていながらね、溢れた分に真実有り!でしてね。
    babibuさんにも書いたんですけど・・
    息子にお金かしてる強い立場の母の心中は、「私の好物を買うお金があったら返済にまわしてくれぇ」
    ですからね、がっぷり四つに組んだ二人の心の戦いは・・
    ひが~しぃ~「似非親思いの息子」にせの部屋所属・二世の山
    にぃ~しぃ~「息子惚れの老いぼれ」養老部屋所属・恩きせ川
    ハッ・ハッハックション ハッはっけよい・のこった・のこった・・毎夜の手に汗握る大一番 イヤァ イイショウブ デシタネェ!!??
    と、まぁこんなところで、お恥ずかしい。
    **ゴメンナサイ、いつもコメント欄で遊んじゃっているんです。
    (おバカな婆さんにおつきあい、これにも感謝です🙇)

  • すごい! うらやましい!
    情報や作品に触れる時間があることに。
    家族との充実した関係に。
    ネトフリや朗読を楽しめるのが本当に充日していて恵まれています。
    もしかしてそれは日々の感謝の賜物なのかも。
    僕も見習って感謝の日々を送りたいものです。

    作者からの返信

    情報や作品に触れる時間?た~んとありますね。
    だって無職のおばあさんですから、毎日が日曜日ですものね。
    ネトフリも1600円位だし、Spotifyは娘と折半だし、朗読にいたってはオーディブルに入らなくてもYouTubeで無料で聞けるし、で年金暮らしでも十分に安い娯楽費ですむんですよ。

    年をとっても、年金収入だけしかなくても、楽しく暮らす方法を見つけられればそれでヨシ。ですから自分次第ということですね。
    まんまるさん(こんな呼び名は嫌かしら)感謝の心でぇ・・とやってたら、念力がお菓子を呼んでくれたってことになるかも知れません。それってあなたの作品からのパクリかな?
    お菓子だけにパクリと・・なんちゃって、ね(^_-)-☆

  • 🐼babibuです。

    宵っ張りの朝寝坊、ドラマの観賞、カク・ヨムタイム、散歩にながらぽい活。
    一日のルーティンが、ほぼ決まっているんですね☆

    >お土産にくれる豆大福は止められない
    息子さん、優しい!
    読んでて、ほっこりしました(●´ω`●)

    >岡本綺堂などの面白さに目覚めた
    岡本綺堂作品、ちょっと怖いですよねー。
    でも、だからこそ印象に残ってます。影を踏まれた女とか好きです!

    作者からの返信

    息子からのお土産はとても嬉しいです。
    が、私に借金があるので、おやつ買うお金があるなら返済に回してよ、の心の声があるのも事実なんです😋
    なので、太目の二人の「アリガトウの感謝のハグ」が、何故か相撲の取り組み「似非・親思いの息子」対「取り立て婆ぁ」の一番勝負!のようになるのです うふふ・あはは、ですね。

    岡本綺堂「影を踏まれた女」は不気味でしたね。
    恐いけど、話の先が知りたくさせる力があるんですね、読み切ってしまいます。
    お陰で食わず嫌いだった恐いジャンルの物語も読めるようになりました。

    編集済
  • 今回も心地の良い軽妙な語りで楽しいです。ありがとうございます。
    それにしても、知らないことばかりで(ラグビーのポーズとか、ながらぽい活とか)なんだか浦島太郎の気分です。ネットフリックスも加入していないし。自分のアナログ加減を思い知らされます。色んな事に興味を持つっていちばんの健康のもとかもしれませんね。そしてはじまりとおわりは感謝で。これも素敵なルーティンです。

    作者からの返信

    ラグビーの時の五郎丸選手は、両手の人差し指と中指を合わせる、いわゆる忍者が術をかけてドロンと消える時のポーズです。
    「ぽい活」はポイント集めの活動を短縮した言葉。
    ここ数年、言葉を短くするようになりまして、それがまた妙にはまるんです。
    「凄く怒った」などは「激おこ」 「ありがとうございます」が「あざす」になったり・・

    何でも活動に「活」をつけ、ポイントを集める活動は「ぽい活」 就職活動は「就活」で、「終活」は人生の終わりの身の回りの整理をする活動。紛らわしいですね。
    若者の造語は、私のような洒落好きの人には、うまいこと言うもんだな!と感心するものが多いです。

    「ぽい活」はスマホでCMを見ることでポイントが貰えるのです。僅かですけどね、すずめの涙ほど。
    それを「土佐日記」の冒頭「男もすなる日記といふものを・・・」と真似て洒落てみました。
    ネトフリ(Netflixですが、ほらね、短くするんですよ)は1600円くらいでCMなく、過去のドラマや映画などが見放題です。
    Spotifyも娘とシェアしてますし、朗読はYouTubeで無料聴き放題です(ド素人さんの読み方が変な場合はスルーします)
    フランスでも聴けたら、お好きな小説を聴いてみるのもいいですね。(私は目が疲れるので、もう読むのはやめて聴いています)
    日本の若者の様子とか街並みとか、特に東京などは変化が早く、本当に圭介さんも浦島太郎状態になっても仕方ないですね。
    でも、太郎さん、フランスの水に馴染んで粋なパリジャンになれて良かったですね。
    因みに私がパリに住んだら、パリジェンヌという言葉、お婆さんでもあてはまるのでしょうか?
    まさか、パリババンヌなどでは・・・
    そんな間抜けな質問は受付拒否!ですよね。失礼🙇🙇
    では、Bonne nuit ! (今日ひろった知識です)






  • ローバ様。充実した毎日を過ごされているんですね。
    感謝の言葉で始まり、終わる毎日。素敵です。
    ローバ様にしか書けないエッセイは、いつか私のバイブルになりそうです🫶

    作者からの返信

    ハナスさんの「バイブル」に?
    oh!ブルブルそんな恐れ多い、滅相も節操もないこと言わんでちょ!
    などと言いながら、喜んでいる老婆です。
    が、のせてはいけません、チッやっかいな婆さんめ、となりますよ。
    と言いながら、ありがたいことで~ハナス様と拝んでおります。

  • 「ローチンワーク(低賃仕事)」
    うまい!!

    私の母も、感謝から一日は始まり、感謝で終わります。
    学生の頃は、そんなに何にでも感謝しなくてもと思っていましたが(笑)、今は生かされている毎日は感謝ばかりだなと思うようになりました。ありがとうと思うと自分の心も安らぐ気がします、不思議ですね。
    あ、そんな母も、同居の息子(私の兄)が仕事帰りに買って帰る和菓子を等分にして少しずつ食べていました(笑)。

    作者からの返信

    「ローチンワーク」、これ「賃仕事」と言う言葉を知らない人にはうけませんね。娘はわりと言葉を知っている人だと思っていましたが、知らないって言います、予想外でした。
    幸まるさんはご存じで良かった、嬉しいです。感謝です。
    カクヨムでは皆さんが色んなことで「感謝」の文字を書かれていますが、これもいいことですね、嬉しい言葉です。

    お母さまもお土産のお菓子を、分割して召し上がってらしたとか。
    これも嬉しい情報?です。同じ!と喜んでいるワタシです。

  • かなりのルーティンを毎日こなしてますね!
    いろんなものに感謝するってことは大事、自分の生活をちゃんとするのも大事ですね。
    ご家庭の賑やかさが伝わるエッセイ、今回も面白かったです

    作者からの返信

    今回のお題、私にルーティンってあったっけ?
    平凡な暮らしの私に? 今回はパスかな? などと思いながら、自分の一日を振り返ってみると、あぁ、アレもコレもルーティンって言えるんじゃない、って気が付いて一気に書くことが出来ました。
    バカ笑いしている我が家は、平凡なようで非凡な家庭なのかも知れませんね。

  • 感謝に始まり、感謝に終わる
    いいですね♪
    そうありたいものです

    けっこう忙しい一日を毎日送っていらっしゃる♪
    それも良きです!
    宵っ張りの話はうちのなくなった祖母を思い出しました
    祖母もテレビにかじりつきの人でした(もちろん、まだインターネットなんて言葉もない時代、ケータイが出始めたころに亡くなったのですが)
    テレビつけっぱなしでずっと
    夜中にザーッと砂嵐の音が聞こえてきてそっとテレビを消すのもしばしばでした(笑)

    作者からの返信

    お祖母様、宵っ張りだったそうで?
    同じなんですね、嬉しい~乾杯!
    テレビの砂嵐と、寝入った私の耳元の「殺人現場のシーン」の朗読も一緒です。
    いやぁ奇遇ですねぇ、これまた乾杯~ぃ!
    これらはみな、長生きの秘訣なのかも知れませんよねぇ~ 乾杯しまひょ!

  • 🐈‍⬛母猫です。
    思うんですが、造語で名前つけるのがお上手ですよね。カクセイストとかローチンワークとか。才能を感じる。

    乱歩は私も好きです。最近はYoutubeで朗読がたくさんあって嬉しいです。中でも「毒薬」っていう話が好きです。岡本綺堂といえば、我が家では、コメントに困る話を聞いたら「そういうことも、あるんですねえ」という捕物帳の同心のモノマネをする習慣があります。

    作者からの返信

    造語作りは洒落からですが、きっと落研時代が影響しているのかな、と思っています。
    何でももじってみたり、洒落で笑わせてみたり、に役立っているといかにも落語の推し活してるみたいですね。

    乱歩の「毒草」とても面白かったです。岡本綺堂の小説ははこんなにおもしろいのか、とYouTubeの朗読ではだいぶ聞きました。
    半七捕物帳、銭形平治捕物帳、顎十郎捕物帳など色んな人の捕物を聴きました。「そういう話も、あるんですねえ」とさっそくワタシ、母猫さんチの会話を取り込んでみました。


  • 編集済

    なんか、すごい。この溢れるエネルギーの元は、何なのでしょうか。感謝、好奇心、娘さんへの愛情でしょうか。
    ところで、Netflixに加入されたそうですね。私は最近、超人気という「翡翠の君」を見ました。中国映画は以前「陳情令」を見て以来です。人気の理由を探りたかったのです。歴史ものですが、ファンタジーアイドルドラマです。まずは出演者のビジュアルがすばらしい。髪型と衣装がよい。でも、筋はややこしいし、つじつまが合わないし、その上、イケメンが十人くらい出てくるので、誰が誰だかわからなくなります。演技については、敵役のほうが各段にうまい。もし時間があってそのドラマをご覧になることがあったら、「すぐにストーリーがおわかりになりましたか」と訊きたいです。私には、無理でした。でも、イケメンが出ているので、すべてOKです(笑)

    作者からの返信

    老婆のエネルギーの元はきっとまだ死ねない、と言う思いからでしょうか。
    何不自由なく暮らしていた私でしたが、バブルが弾けて数年後に夫が経営する会社が倒産しました。
    それ以来ずっと窮乏生活をする我が家ですから、忙しい子供達の少しでも手助けに成れればと、家事(手抜きですが)をし、帰宅した子供達の愚痴を聞き、健康を気遣う・・なんていうことをしています。
    子供達の足をひっぱらないように、をしっかり心がけながらです。
    大して役に立っているとは思いませんけど、娘は「助かってるよ、役に立たなくなったら速やかにお逝きくださいねぇ」と、ふざけて感謝(自分ではそう思っているけど)らしきことを言ってくれるし、同居の次男は「母さんがいなくなったらどうしよう、凄く悲しい」と言って、例の「がっぷり四つに組んだ力士まがい」のハグをします。
    貧しい中にも笑いだけはある、の日々。子供達の安寧が保証されれば、いつでもこの世とおさらばできますが、窮乏生活に笑いがなくなったら、子供達はどうなるだろう、今の不景気な世の中でどうするだろうか・・などと、いかにも老母の力でこの家がもっているような錯覚にとらわれて、変なエネルギーを燃やしているようです。

    折角のネトフリですから、アカデミー賞などの受賞作を観たいと思ったりしていますが、字幕を見なければならないのでもっぱら邦画です。
    「エッセイ横丁」で紹介された「侍タイムトリッパー」を観ましたが面白かったです。
    昨日「HoKuSaI」を観ました。「翡翠の君」は中国映画。
    「陳情令」は観てみたいけど字幕つきでしょうか。
    すじがややこしい、つじつまがあわない・・なんということでしょう!
    TikTokのミニドラマのようじゃありませんか。
    でも楽しいんでしょうね、中国映画の好きな人には👌 更にイケメンぞろいとは!! お互いに楽しみましょうね。

  • おー!知らなかったです。

    88は、米の88日かかるところからきているとは!

    米津さん、久しぶりに『さようなら、また、いつか』でも聴こうかな

    作者からの返信

    88は米の収穫までに、88の手間がかかるといいます。
    米の字も88と書きますよね、だから88歳は米の年でめでたい、米寿なんですよね。
    風さん、米津さんの「さよーならまたいつか」でとったポーズ知ってます?
    歌詞の「さよーならまたいつか」のところで、チョキの手を右目の横にあてるんです。
    風さん、またね、でローバはチョキを目元にやってるよ。
    コメントありがとう、でチョキの指を目元に・・挨拶のつもりですエヘヘ