レンタル家族

「本日お父さんをさせていただきます。田中と申します」


玄関先には人の良さそうな、でも寂しげな目をした中年男性が立っていた。ヨレヨレのシャツを着た彼は、ウェブサイトの写真より疲れて見えた。

私は1つ頭を下げた。この人が私の娘、結衣の「1日だけのお父さん」だ。

3人で手をつないで幼稚園へ向かう。この日は運動会だった。


田中さんは、不器用ながらも懸命に父親を演じてくれた。

2人3脚では派手に転んで笑いを誘い、私が作ったいびつな玉子焼きを「世界一美味しい」と頬張った。そんな彼の姿に、人見知りの激しい結衣がすっかり懐いて、隣から離れようとしない。

偽りの家族ごっこ。頭では理解していたのに、2人を見ていると、私の胸にも温かいものが込み上げてくる。


帰り道、公園で休憩していると、結衣が田中さんに尋ねた。

「おじちゃん、また会える?」


その問いに、田中さんはハッと息を飲んだ。

そして、とても悲しそうな顔で「ごめんね。これはお仕事だから」と答えた。私は彼の娘への態度に、特別な何かを感じた。


契約の時間が来て、田中さんは何度も頭を下げながら去っていった。結衣はその日初めて、わっと声を上げて泣いた。


数日後、レンタル会社から1通の封筒が届いた。

サービスのアンケートか何かだろうか。開封すると、1枚の便せんがひらりと落ちた。それには手書きの文章がつづられていた。


『お客様へ。先日、父親代わりをさせていただいた田中です。実は私には、先だって天国へ旅立った娘がおりました。生前、その子が「運動会でお父さんと一緒に走りたい」と、ずっと話しておりました。今回、皆さまのおかげで、田中は娘との約束を果たすことができました。

心より感謝申し上げます』


――頭の中に、あの日の彼の笑顔が浮かび上がる。


彼が見ていたのは、結衣ではなかったのだ。

彼は、結衣の向こうに、天国にいる自分の娘の姿を重ねていたのだ。


涙で視界がゆがむ。

あの日あの場所には、3人で「2つ」の家族が揃っていたんだ。

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