第2話 40歳の妄想「人には厳しく自分には甘い」

馬術部の職員は既婚者であっても独身寮に住むのが社内規定だ。夕食に、小ぶりの若鶏の半身揚げが出された。

「乗馬は体重管理が命よ」と部下たちに言い聞かせながら、私は目の前の彼女に皿を差し出した。彼女は痩せているのに、驚くほどの大食漢だった。「あなたに任せるわ」と言って、私は自分の皿を譲った。


ところが、他のテーブルから「うますぎる!」「美味しいわね!」という声が聞こえてきた。

揚げたての香ばしい匂いが鼻をくすぐり、どうにも我慢できなくなった。結局、皿を戻してしまい、モモ肉だけをナイフで切り取って口に運んだ。その瞬間、思わず目を見開いた。

「……なにこれ、本当に美味しい!」


気づけば、彼女の皿にあったモモ肉まで手を伸ばしていた。彼女には胸肉を二羽分押し付ける形になり、私はモモ肉を独占するという暴挙に出た。

「課長、これ胸肉ばっかりじゃないですか」と笑う彼女に、私は「脂肪分が少ないから、あなたにはちょうどいいのよ」と言い訳した。


隣のテーブルにいた彼女は笑いながら言った。

「お姉ちゃん、私の分も食べていいですよ。……でも、明日から一緒に走りましょうね!?」


その言葉に、私は一瞬、言葉を失った。

走る? この歳で?

だが、彼女の目は本気だった。


翌朝、私はジャージに着替え、馬場の隅で彼女を待っていた。

彼女が笑顔で駆け寄ってきた時、私は思った。

「変わるって、こういうことかもしれない」


つづく

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