序章 第2話「音の戯れ」
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灰色の虚無は、静寂に覆われていた。
声をかけられた時だけ揺らぎ、笑い声が響いた時だけ震える。
それ以外は、ただひたすらに沈黙している。
スノーは変わらず、魔導書を前にしていた。
淡い線を刻み続ける。
意味を持つものも、意味を持たぬものも、混ざり合い、やがて灰に溶けて消える。
そこに、甲高い歌声が割り込んだ。
「ころころ〜♪ のよさの歌は〜♪ とまらないのよさ〜♪」
灰色の世界に、不釣り合いな明るさが広がった。
意味を持たない言葉が、リズムだけを連れて舞い散っていく。
「らんらんら〜♪ ぱっぱっぱ〜♪
虚無も踊るのよさ〜♪」
のよさはくるりと回り、無意味な歌を次々と紡ぐ。
しりとりのようでいて、どこにも繋がらない。
韻を踏んでいるようでいて、ただの思いつきの羅列。
「のよさの歌を聞いたら、スノーも元気になるのよさ!」
スノーは手を止めなかった。
魔導書の頁に、無機質な線を描き続ける。
「一緒に歌うのよさ!」
その声が頭上から降りかかる。
彼は短く答えた。
「……歌わない」
のよさは一瞬だけ口を閉ざした。
けれどすぐに破顔し、また別の歌を響かせる。
「ころんころ〜ん♪ すとんすと〜ん♪ のよさは止まらないのよさ〜♪」
スノーはその声を拒むように、視線を落としたまま魔導書に線を刻む。
灰色の頁に広がるのは、意味を持たぬ記号の群れ。
彼自身の思念すら、形をなさぬまま溶けていく。
(……私では、世界を紡ぐことは出来ないだろう)
内心で呟きながら、彼は描き続けた。
無邪気な歌声が虚無に反響し、灰色に波紋のような揺らぎを与えていた。
だがその揺らぎは、彼の心には届かない。
ただ、虚無と同じ冷たさが広がるばかりだった。
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