第四話 姫は連れ去られる

 「とぼけたり、口を封じようとしても、無駄だぞ」


 獣人種の少年はなおも鋭く私を睨みつける。

 野球帽の下にいかにも子供らしい服装でいるのに、その雰囲気や仕草はまるで子供のそれではない。


 少年はスマホを取り出して、画面を私へ向けた。

 そこに映っていたのは──


 「変身ヒーローってさ、変身する時は大体人目を気にするし、変身の過程とかもちゃんと描写するよな。それが見せ場で、楽しみに見てんだから当然だけど」

 「……っ!」


 私が息を呑むのを確かめて、獣人種の少年はなおも油断なく身構える。


 「でも、変身を解除したり元に戻るシーンは、大体省かれる。お約束ってやつ」


 スマホの画面に昨日の夜、マスクを外して能天気に浮かれている私が映っている。

 遠くからだけどはっきり私と分かる程度に鮮明な映像だった。


 頭が真っ白になる。

 私が呆然としていると、少年はスマホを再び鞄の中に戻した。


 「こいつの元のデータは俺の仲間が持ってる。やろうと思えば、ネットに拡散だってできる。後はそうだな。あんたが建物の上を人間離れした身のこなしでびゅんびゅん飛び回っている映像も」

 「なっ、なっ……」


 喉が塞がったように声が出なかったのが、ようやく辛うじて声が出せた。


 「なんの……為に……」


 何が目的で私を脅しているのか、尋ねようとするけど後は言葉にならない。

 少年は軽く肩をすくめて、路地の先を指差した。


 「そこに、俺の仲間が待ってる。何も言わずついてきてもらう」


 〇


 細い路地を抜けた先に停まっていたのは、清掃会社のロゴが入ったバンだ。

 これに乗ってしまうと、本格的に逃げ場がなくなると分かった。


 「言っとくけど、今更逃げようたって、通らないぞ」

 「うっ……」

 「別に取って食うわけじゃない。話し合う余地があるのは、言っとく」


 そう言って、少年が私の背中ををバンに押しやる。

 私は、ぐっと堪えてバンの後部座席に乗り込んだ。


 ──薄暗い車内には、二人の人物が運転席と助手席にそれぞれ座っていた。


 「おう、なぎ、ご苦労さん」


 そう言って私の後についてきた獣人種の少年に、運転席の男が声を掛ける。

 ごつごつとしたスポーツ選手みたいな体格の男で、にこやかに笑っているけど──油断ならない雰囲気もする。


 「……警戒しているわね。こんな状況で落ち着いてと言っても無理でしょうけど」


 そう、座席の上でぎゅっと身を縮める私を気遣わしげに振り返ったのは、少女だ。


 小柄な体に合っていない、ぶかぶかの清掃会社の作業着に身を包んでいる。

 清掃会社のロゴの入った帽子を被り、そこからわずかに蒼い瞳がのぞいている。


 (あれ、この子……)


 私は、ふと自分の魔力探知がぴりりと反応して、その少女を見詰めた。

 魔力を持っている。でも、それだけではないような──


 ──「……突然にお呼び立てして申し訳ありませんね、クロエお嬢」


 すると、運転席の男が座席越しに私を振り返る。

 怖い顔をすればいくらでも威圧感のありそうな風貌だが穏やかに微笑んでいる。


 「少し遠くまでドライブをしましょう。シートベルト、締めてもらえます?」


 〇


 清掃会社のバン──偽物だろうけど、私を乗せた車は〈夢見島ゆみじま市〉の郊外に向かっているようだった。私は落ち着かず、窓の外の高架道路に眼を向ける。


 「あの……何処へ行くか、教えてもらっても?」


 段々と市街地から離れてカーブの多い鬱蒼とした山道に、車は向かっている。

 私は緊張を隠しきれなくて、声を上げた。


 すると、隣の座席の獣人種の少年──凪と呼ばれた少年がじろりと睨んだ。


 「つべこべ言わず大人しくついて来ればいい」

 「こらこら、凪、そうつんけんするない」


 途端に、運転席のたくましい男性が苦笑いを浮かべて横目に振り返る。

 バックミラー越しに、運転席の男性は穏やかな眼を私に向ける。


 「クロエお嬢。仮の話をしましょう。今ここで俺たちがあなたに危害を加えようと襲い掛かっても、あなたはそれを一蹴できる。そうじゃありませんか?」

 「…………」

 「脅すような真似をして連れ出しておいてなんですが、こちらも話を聞く気のある虎の尻尾をわざわざ踏むなんて、全員が損しかしない事するつもりありません」


 「これで信用しろというのも、強引ですが」と、運転席の屈強な男は苦笑する。


 確かに、これで信用しろというのは無理だけど──


 「……はっ、話は……聞きます。聞くだけ……なら……」


 膝の上で握り締めた拳を見詰めて、私はそう告げた。

 

 「ありがとう」


 すると、助手席の小柄な少女が座席越しに私を振り返り、帽子の下の蒼い目をしばたいた。


 私の隣の座席の獣人種の少年──凪が短く鼻を鳴らして窓の外を向く。

 運転席の屈強な男性の方は、苦笑しながらハンドルを握っていた。


 「最初に名乗っておきましょう。俺の名はエイジ・クロフォード。当然、本名ではありませんが、そこはご容赦ください」

 「…………」

 「〈梓川第一学園〉の学生寮の方には、我々から連絡を入れておきます。適当な理由をでっちあげますから、ご安心を」


 そう運転席の男──エイジが言うと、バンのライトが灯った。

 私たちを乗せたその車は〈夢見島ゆみじま市〉郊外の山中へと向かっていた。


 〇


 バンは、舗装されていない細い山道の突き当たり──

 封鎖された鉄製の門の前で停まった。


 「凪、少し手伝ってくれ」


 エイジがバンのサイドブレーキを引いて、後部座席の凪に声をかける。

 すると、後部座席から重そうな鞄を取り出した凪が扉を開けて出て行った。


 「わたしたちは車の中で待っていましょ」


 助手席の少女が声を掛けるが、私はうなずいたものか判じかねていた。


 そうしている間に、凪とエイジが突き当たりの錆びた門の所まで歩いて行く。

 頑丈な鎖の付いた錠前が掛かっていて、鍵でも持っているのかと思った。


 でも、次の瞬間、凪が持っていた鞄からどでかい鋏のような工具を取り出す。


 彼らは、その大型工具を門を封鎖していた鎖に当てて──


 思わず私が「えっ」と声を上げている間に、凪とエイジは手早く鎖を切断して、行く手を塞いでいた鉄製の扉をこじ開けてしまった。


 そのまま、何事もなかったように車内に戻ってくる二人。

 私は思わず二人の顔をまじまじと見詰めてしまった。


 まともな相手ではないのは分かっていたけど──


 再び動き出す車内で身を縮めている私を、凪が振り返る。


 「なんだよ」

 「いや、えっと……」


 私が口ごもっていると、凪がふん、と鼻を鳴らした。


 「……自分だって、まともな素性じゃないくせに」


 そう吐き捨てて言うのに、さすがに私の方もかちんと来た。


 「そっ、それはそうかも、だけど……。そんな風に言わなくたって、いいじゃん」


 私が小声で、それでもはっきりと抗弁する。

 そうすると「あ?」と、睨みつけるように凪が私の方を振り向いた。


 「わっ、私にだってね、色々……こう、事情があるんだから……」

 「あのなぁ、それはこっちだって同じ……」


 後部座席で睨み合った私と凪の間で、口論が始まりかけた時──


 きゅっと、車のタイヤが地面を擦る音を立てて停止した。


 〇


 「ここは、昔の土木工事の事務所があった場所でして……」


 辺りはすっかり暗くなっていて、先頭に立つエイジが大型の懐中電灯を取り出す。

 先頭に立つと、彼はそれで行く手を照らしながら説明する。


 「山を切り拓いて大型商業施設を経てる計画だったらしいですが、元々、杜撰ずさんな計画だったようで、経費がかさんだ上に建設会社も途中でほっぽり出して半端なまま放置されたようです」


 エイジの説明通り、目の前には半端に切り拓かれた森の空き地が見えてきた。

 造りかけだったらしい建物まで、朽ちてそのままになっている。


 「まあ、そんな大した由緒もない場所なんですが、こうした廃墟にはありがちな事で……ちょっとした、因縁話みたいなものが囁かれてまして」

 「因縁話……?」


 私が思わず緊張して話しかけると、エイジが「いやなに」と項を掻いた。


 「ありがちな怪談話ですよ。いわく、工事が中断したのはなにがしかの神様のたたりで工事現場で事故が頻発したからだとか、事故死した作業員の霊が夜な夜なさまよい、うめき声を上げるとかそんな類の話です」


 エイジの話に私は思わず顔をしかめてしまう。

 思わず横を歩く凪や、後ろをてくてくとついてくる少女を振り返ったが、どちらも興味なさげに周囲にライトを向けている。


 私は思わず、エイジの背中に問いかけた。


 「ほっ、本当……なんですか?」

 「まさか。でも、肝試しと称して不法侵入をする若者が問題になりまして」


 自分たちのことはまるで棚に上げた口振りである。

 ただ、エイジは造りかけのまま朽ちた建物の中に足を踏み入れる。

 私も、十分注意をして、そのたくましい背中に続いた。


 錆びた鉄骨や剥き出しになっていたり、資材が置きっぱなしなっている廃墟の中を、私はおっかなびっくり歩いていく。


 「不気味だし、危険そうなんですけど……」

 「そうですね。なので土地の管理者が立ち入り禁止の札を立てて入ってこられないように門を作って閉鎖したんですよ」

 「ついさっき壊しちゃったけどね」


 私の隣を歩いているだぼついた作業着姿の少女がしれっと答える。

 それに一つ苦笑をもらして、エイジが話を続けた。


 「ただまあ、それでも物好きな連中はいるもんで、中に入り込んで動画なんか撮影する奴もいるんですよ。そこで件の作業員の霊を見ただの、不気味な唸り声を聞いただの騒ぎ立てる者もいまして……」


 「そういうのは大体がただの勘違いですが……」と、男は私を振り返る。


 「ここ〈夢見島市〉においては、もう一つの可能性が考えられる」

 「もう一つの可能性?」


 と、私がつぶやいた途端──


 不意に、かすかだけど私の背筋がむずっとした。


 その横で、凪と少女が進み出て、廃墟の地下に続く階段の前に立った。

 エイジも闇へ続く階段の前で立ち止まる。


 私が一歩ずつ近づいていくと、次第にぴりぴりと背筋が反応する。


 三人の間に立って、私も地下への階段の入り口をのぞき込む。


 「んだよ」


 私が唖然とするのを見て取り、凪がつぶやいた。


 そこには、赤黒く染まった光が漏れる──があった。


 「ここと『裏側』を隔てる空間が」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る