第2話 前世の記憶の告白

ワシの手がかすかに震えとった。手紙の最初の行に書かれた几帳面な文字が夕暮れの薄暗い部屋の中でぽつんと浮かんどるお父さんらしい丁寧な字で『あんたに最初に伝えたいことがある』と書かれとるのを見つめとった。


コーヒーを淹れ直そうと思うたがなぜか立ち上がることができず、ワシは手紙を持ったままソファの奥深くに身を沈めた。外で聞こえる車の音がいつもの夕方の音風景なのになぜか今日は特別に響いて聞こえて、何かが違うて何かが始まろうとしとることを感じとった。


手紙を広げて緊張しながら次の行を読むと『あんたが小さい頃から聞いとった桃太郎の話を覚えとるか』という文字が目に飛び込んできた。ワシは思わず笑ってしまった。


「もちろん覚えとるわ」とワシは声に出して言った。お父さんが毎晩寝る前に読んでくれた桃太郎の絵本のことを思い出して、あの時のお父さんの優しい声が耳の奥に蘇ってきた。


『でも本当の話はちょっと違うんじゃ』という次の行を見てワシは首をかしげた。本当の話って何じゃろうかと思いながら続きを読んだ。


『実は、私には前世の記憶があるんじゃ』という文字を見た時、ワシは思わず手紙を見つめ直した。前世の記憶って何のことじゃろう。


『私は昔、本当に桃太郎じゃったんじゃ』という行を読んでワシはびっくりして手紙を膝の上に落としそうになった。お父さんが桃太郎じゃったなんて聞いたことがなかった。


「え?お父さんが桃太郎?」とワシは呟いてもう一度その行を読み返した。お父さんの几帳面な字で確かにそう書かれとる。


『村の皆と一緒に鬼退治に行ったのは本当のことじゃった』という文字を読んでワシは想像してみようとした。桃太郎だったお父さんがどんな顔をしとったか、どんな気持ちで鬼が島に向かったのかを考えてみた。


でも想像できるのはいつものお父さんの穏やかな顔だけで、桃から生まれた桃太郎のお父さんの姿なんて全然浮かんでこなかった。


『でも絵本と違って、私は大きな間違いを犯してしまったんじゃ』という文字を見てワシの胸がドキドキした。間違いって何じゃろうか。


外から聞こえる夜の音が静かで、部屋の中はワシとお父さんの手紙だけがあって、ピアノが黙って立っとる。ワシはお父さんの前世の話を聞きながら、これが本当のことなのかそれとも何かの比喩なのかを考えとった。


『前世の記憶?桃太郎?何を言っとるんじゃ』とワシは心の中で呟いた。でもお父さんは嘘をつかん人じゃった。


手紙をそっと胸に抱いてワシはお父さんの声を思い出した。桃太郎の話を読んでくれる時の優しい声と、今手紙に書かれとる前世の告白との違いを感じて、お父さんがワシに伝えたい大切なことがきっとこの先に書かれとるんじゃと思うた。

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