第23話 調子に乗りすぎた男の末路

 なんだか一気に疲れがやってきた気がする。

 瀬名さんの好きな人が誰か。今までは進藤だと思っていた前提が見事に崩された。


 ここ最近の態度。そしてさっきの口ぶり。瀬名さんは進藤のことが好きじゃない。

 じゃあその好意は一体どこに向かっているのか。

 それを考えると……。


「いや、今は考えるのはよそう」


 ブルリと体が小さく震えた。

 用を足してから、手を洗いトイレを出て瀬名さんを待つ。


 あの後、軽くウィンドウショッピングを楽しんだ後、瀬名さんがメイクを少し直したいということでトイレ休憩を挟んだところだった。


 もしかしたら、まだもう少しかかるかもしれない。

 手元のスマホに目をやり、時間を確認しようとした時。


「汐見!!!」


 どこかで聞いた騒がしい声が聞こえた。


「進藤……」


 自然と顔が引き攣るのがわかった。

 進藤は、見つけた俺に向かって真っ直ぐにやってくる。

 今は一人のようだ。


 雪那はどうしたんだよ。


「やっと見つけた! お前、なんで美月と遊びに来てるんだよ!!」

「なんでって……」


 なんでなんだろうな。ほんと。リハーサルのつもりできたけど、本当に分からなくなってしまった。

 それにしても来て早々一言目がそれかよ。


「お前、やっぱり美月のこと……っ」


 どう答えようか考えていると勝手に勘違いした進藤が睨みつけてきた。

 というか、こいつはなんで怒ってるんだ?


 そもそもこいつに怒る権利はあるのだろうか。

 さっきの映画じゃないけど、こいつが今まで瀬名さんに対してしてきたことを思えば、怒りたいのは瀬名さんの方だろう。


 瀬名さんの好意を傘に好き勝手して、そのくせに文句までつけて。

 その好意を踏み躙るようなことまで平気で言う。

 今思い出しても腹立たしい限りだ。

 まぁ、今となっては、その好意には疑問符がついている状態なので、なぜ彼女がそこまで進藤の面倒を見ていたかは分からないが。


 ……いや、本当になんで?


「美月はな。僕のことが好きなんだ。お前みたいな負け犬と付き合えると思うなよ!」

「それを決めるのは、瀬名さんだろ。第一、瀬名さんの気持ち聞いたことあるのか?」

「幼馴染なんだ。分かるに決まってるだろ」


 暖簾に腕押し。糠に釘。話が通じないどころじゃない。

 得意気な顔で自信満々に言う進藤。どこからそんな自信が湧くのか、不思議でならない。


「そういえば、美月はどうした? あ、わかったぞ。もしかしてフラれたんだな!? 美月は優しいからね。遊んであげたはよかったけど、つまらなさすぎて帰った。つまりそういうことだろ!?」


 めっちゃ嬉しそう。なんか腹立ってきた。


「いや、普通にお手洗いに行ってるだけだからな。それを言うなら、お前こそせつ……折原さんはどうしたんだよ」

「ユキナ? ああ、彼女は今、服を見てるけど、それが汐見に関係ある?」

「関係あるかって……」


 いやいや、一緒に遊びに来てたんじゃないのかよ。

 服を見てるからって置いてきたのか? どういう神経してんだ、こいつ。


 なんだが雪那が気の毒になってきた。

 進藤がこんな調子じゃ、一日中振り回されているんじゃないだろうか。


「今日は、折原さんに誘われて遊びにきたんだろ? だったら俺らに構ってないでもっと折原さんとのことに集中しろよ。幼馴染のことが気になるのはわかるけど、それは遊びに誘ってくれた折原さんに失礼だろ」

「はぁ? 何言ってるんだ? ユキナが誘ったんだから彼女が僕に従うのは当然だろ? 自分がモテないからって僻みを言うのはやめてくれよ」


 やれやれと笑いながらとんでもないことを言う進藤が宇宙人に見える。

 一体全体どうやったらそんな思考になるんだ。


「あのな、進藤。一つだけ言っておくぞ」

「なんだ? また負け惜しみの一つでも言うのか?」

「そんな調子じゃ、いつか痛い目見るぞ。瀬名さんも折原さんも……それだけじゃない。他の人から好意や言葉を自分の都合いいように解釈して過ごしてたら絶対に後悔する。それだけは覚えとけ」


 雪那の恩人がこいつかどうかは分からない。

 だけど、少しでも恩人のことを知れたらと思って、今日誘った彼女の勇気を踏み躙ることは許されない。


「俺たちに何か言う前に折原さんにちゃんと向き合え。前にも言ったけど、人の好意を無碍にしたら俺が許さねぇからな」

「っ」


 俺の言葉が響くとは到底思えない。しかし、言わずにはいられなかった。


「はん。君に何を言われたところで──」

「汐見くんお待たせ!」


 ……あっ。

 進藤が何か言おうとしたところで女子トイレの方から瀬名さんがやってきた。


 熱くなりすぎて瀬名さんを待っていることを失念してしまっていた。

 ……俺も人のことは言えまい。


 しかし俺にだけですら、面倒な進藤だが、瀬名さんを見たらもっと面倒臭いことになるかもしれないと思うと頭が痛い。


「美月! やっと見つけたよ」


 こいつ……。

 今、雪那に集中しろって言ったところだろ……。


「次どこ行こっか? あ、よかったら次は汐見くんの服も見たりしてみない? よかったら選んであげたいなっ」

「え? お、おお……」


 あ、無視だ。


「み、美月……?」

「汐見くんだったらどんな服でも似合いそう。でもスタイルもいいし、やっぱりきれいめがいいかな?」

「美月! 聞いているのか!?」

「今日だって、そのネイビーのシャツもよく似合ってるし……以外と暖色系もあったりするかも!」


 完全に無視。視界に端に入っちゃいない。


「み、美月!!」

「……チッッ!!」


 舌打ちした。しかも強火。

 そして虫ケラを見るようにようやく視線を送った。


「どうして、無視するんだ」

「……はぁ。何? 虫? うじ虫が何だって?」

「う、うじ虫!? 何って何でそんなやつ遊んでるだよ?」

「何でって私の勝手でしょ?」

「勝手って、僕には誘ってないだろ!?」

「うじ虫を遊びに誘う人がどこにいるの? 私は、人間と遊びたいんだけど。というか、それが新に何の関係があるの?」

「う、うじ虫って誰のこと……? 何の関係って……幼馴染じゃないか。幼馴染が変なやつと遊んでいたらそりゃ、心配するよ!」

「汐見くんが変な奴? 何言ってるの? 心配も何も相談してるって言ったよね? それに変ってうじ虫の方が変だよ。うねうね気持ち悪いし」

「こ……う……お?」


 なんかすっごい毒舌。言葉の端々で進藤のことをずっとうじ虫扱いしてる。

 相変わらず、瀬名さんが進藤を見る目は冷ややかだ。

 黒曜石のように艶やかに瞳の奥にはわずかながら憎悪が宿っているようにさえ思えた。


「相談って僕のことだろ? 最初は、許可だしてあげてたけど、もうそいつのことなんて頼らなくていいよ。僕が直接聞いてあげるから」

「……はぁー」


 深いため息に息を呑む。


「新のことを相談してたのは本当。でもその内容は新が思っているようなことじゃないよ」

「え……?」

「最近、新のことで迷惑してるって相談してたの。これまで幼馴染でおば様からお願いされてたから面倒を見てきたけど、もう限界。私にはこれ以上、新の面倒を見れない。無理! ってね」

「…………」

「そもそも許可とか何様? ほんと、そういうとこ昔から変わらないよね。ほんといい加減にしてほしい。ほら、分かったらとっとと消えて。というか、折原さんと遊びに来てるんだよね? 普通に失礼だよ。今後は、学校で視界に入らないでね。不快だから。後、うじ虫にも謝って。じゃあね」

「……………………」

「行こ、汐見くん!」

「お、おお……」


 完膚なきまでに進藤を否定した。

 これで彼女が全く進藤のことを好きでないことが確定してしまった。


 俺は瀬名さんに引っ張られるがままその場を後にする。

 すれ違う時に見た口を開けたまま、その場に放心する進藤を少しだけ哀れに思ってしまった。









 いきなりいなくなった遊びにきていた相手を探していた金髪の少女は、その相手が自分の相談相手と言い合いをしているのを見つけた。


 そして咄嗟に隠れて、その様子を伺った。

 一体どちらの人物が、人のことを……自分のことを想ってくれているかは一目瞭然だった。


「……しおみん」


 恩人ではないけど、恩人以来に感じる胸の高鳴り。

 それに少し動揺しながらもその背中を隠れた角から見送った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る