第15話 彼女の本名
◇
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私は、長らく一人の男の子に恋をしていた。
名前もわからぬその男子に憧れを抱き、どこかで出逢えたらいいな、なんて期待を勝手に膨らませた。
その期待は日を重ねるごとにどんどんと膨れ上がり、それまで自分に対して、無頓着だった私自身を変えていくキッカケとなった。
これまで目を瞑りたかった部分もポジティブに考えられるようになったし、そのおかげで今の自分になった。
恋は人を変えるという。まさにその通りだ。
野暮ったく、くせっ毛の強かった黒髪から真っ直ぐで綺麗な金髪に。
メガネも外してカラコンにしたし、メイクも頑張って覚えた。ダイエットも頑張ったし流行りのもの目を光らせ、物や音楽に至るまで趣味を変えた。
これ全部、君のために頑張ったんだよ?
ねぇ、わかってる? 全部君のため。
君がいなければ、ここまで頑張ることなんてできなかった。
君がいなければ、何もせずに変わらない日々を過ごしていた。
君がいなければ──こんな醜い感情を抱えることなんてなかった。
ねぇ、気づいて。
◇
「はい、汐見くん。今日のお弁当!」
「あ、ああ。今日もありがとう。今日も相談なんだよな?」
「そうだよ。これはそのお礼!」
ここのところ連日、相談という体で一緒にお昼を取っている。
進藤との関係を相談、とは言っているが、いつもその相談は一分で終わる。
……本当に相談する気ある?
しかも相談の内容も最初に比べて、進藤に関係ないことのようにも感じた。
例えば、こんな質問。
――汐見くんだったらこういう時、どんな行動する? とか。
――汐見くんがお弁当で食べるとしたらどんなおかず入れてほしい? などなど。
俺のことばっかりじゃない?
毎日、数分。
こんなようなことを聞き取りされる。本人曰く、身近な男子が進藤以外には俺しかいないから、男子がどう思っているのか参考にしたいのだと。
……まぁ、そういうことならということで俺も真面目に答えている。
ちなみに進藤と本当にうまく行きたいのか聞くと聞くと決まって彼女は即答するのだ。
――もう! 本当に好きだからに決まってるじゃん!!
顔を赤らめながらそんなことを言う彼女が嘘をついているとは思えない。
まぁ、彼女にも何かしら考えがあって、そうしているなら俺も協力するだけだ。
……正直、彼女があの時、ノートを落としていないという言葉を信じるなら、持ち主でないわけだから、当初の目的――ノートの持ち主を探して、できるだけ穏便にその恋路がうまく行くように手伝う――のため、彼女にここまでする必要はないのかもしれない。
だけど、これも乗りかかった船だ。最後まで付き合ってあげたいと思っていた。
……いくらその想い人があんなやつでも。
ただ、毎日数分の相談にお弁当までもらうのは申し訳なくなってくる。
次回からは相談に乗るにしてもお弁当は断ることにしよう。
ちなみに今日もちくわの磯部揚げが入っている。美味しいし、好きだからいいんだけども。
「どう? おいしい?」
「ああ、おいしい。いつもありがとう。だけど、瀬名さん、もうお弁当は作らなくていいよ」
「……どうして? どうしてそんなこと言うの?」
「っ」
急に目のハイライト消えるのやめて。
瀬名さんの急に雰囲気が変わったが、怖気づかずにちゃんと思っていることを伝える。
「いや、いつも数分の相談だしさ。それでこんなちゃんとしたお弁当まで作ってもらってるのはさすがに悪いかなって」
「ううん、別にいいの。これはお礼だし、私が好きで作ってることだから。汐見くんは気にしないで」
「いや、でも――」
「気にしないで」
「気にす──」
「気にしないで」
「はい」
断ったのを断られた。有無も言わさず。
「お弁当なんていつも私が自分のを作るついでだから、そこまで手間でもないの。だから本当に気にしないで、ね?」
「それならいいけど……」
俺に罪悪感が残らないようにするためか、念押しをする瀬名さん。
それに対し、俺は手元のお弁当箱と瀬名さんのお弁当箱の中身を見比べる。
……中身違うくない?
まぁ、でも彼女が手間でないというのでこれ以上何も言わなかった。
「あっ、もうこんな時間! 次体育だよね?」
お弁当箱を片づけながら、スマホを見た瀬名さんは慌てたように言った。
気が付けば、もうすぐ予鈴が鳴る時間だ。
「体操服持ってきてる?」
「あー、教室だ」
「ごめんね、気づいてあげられたらよかったんだけど……」
瀬名さんは大きく肩を落とし、申し訳なさそうな表情をする。
「いや、そこまで気に病む必要ないよ。今から戻れば十分だし。瀬名さんは先に行っててよ。女子は準備も時間かかるだろうし。お弁当箱も持って帰っておくよ」
「ほんとに? ごめんね、本当だったら私が全部やってあげなくちゃいけないのに」
「全部やってあげる……? まぁ、気にしなくていいよ。これもお弁当のお礼ってことで」
「ありがと。お弁当箱は私の机の上、置いておいてくれればいいから!」
言葉の節々に違和感を覚えたが、そのまま瀬名さんを見送った。
その後、お手洗いに寄り、お弁当箱を軽くゆすぐ。ポケットティッシュで水気を切ってから元の包みに戻してから、教室に戻った。
「……そろそろ、ハンカチちゃんと持たないとな」
昔は、気になっていた子からプレゼントしてもらったハンカチを持っていた。
だけど、失恋してからなんだかハンカチを見ると彼女のことを思い出してしまうので、持たないようにしていた。
そういえば、あのハンカチは……。
「──っ!」
考え事をしながら、教室に足を踏み入れると視界の端に人影を見つけ、ギョッとする。まさかまだ教室に誰かいるとは思っていなかった。
「…………これが進藤君の……アハッ!」
そこにいたのは進藤のジャージを両手にナニかをしようとする金髪ギャルの姿。
……デジャブ。
一体ナニをしようとしているのか。そんなことを気にする余裕などない。
俺は前の席の方で恍惚とした表情をする彼女に気取られないように抜き足、差し足で瀬名さんの席へ向かう。
そして音をたてないようにお弁当箱を置く。
後は、自分の席から体操服入れを取り、また抜き足差し足で教室を出て行く。
時間はないが、背に腹は代えられない。
バレないバレない。
慎重な足捌きで教室の出口に近づいたその時。
「ユキナー! 進藤君のジャージあったー? ……あれ、汐見君?」
「あっ」
「ッ!?」
突如として、廊下から顔をのぞかせたジャージ姿のギャル。
折原さんの友達で確か宮島さんと言ったか。
それにより、嫌でもジャージを手にしていた折原さんが振り返り、見つかってしまった。
「ユキナ。急がないと遅れちゃうよ?」
「あ、うん。ごめん、今行く!」
宮島さんに声をかけられ、折原さんは俺の横を通り抜けていく。
その際──。
「(後で話あるから)」
肩に手をポンと当て、ボソリと冷たい言葉を俺の耳に残していく。
「……」
俺は談笑する宮島さんと折原さんの後ろ姿をなんとも言えない顔で見送ることしかできなかった。
「あはは、セツナちゃん。もしかして進藤君のジャージで変なことしようとしようとしてたんじゃない?」
「ちょっ、そっちで呼ぶのやめてよ!」
背中がゾクっと寒くなった。
……
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