第2話

 入学してから一週間。

 クラスの人間関係も少しずつ固まり始めて、昼休みの席の配置や、放課後に集まるメンバーなんかもなんとなく決まってきた。


 ――そして、変わらないのはやっぱり藤宮凛の人気だ。


「藤宮さん、部活どこ入るの?」

「えー、まだ決めてないんだ」

「運動神経いいから運動部だと思ってた!」


 今日も凛の机の周りには人が集まっている。笑顔で答える彼女は、相変わらずのアイドルだ。

 俺はと言えば、その輪の少し外側で弁当を食っている。


「……お前、本当に大変だな」

 隣の席の男子――佐伯が苦笑混じりに俺へと話しかけてきた。

「え、なにが?」

「いや、幼馴染がアイドルだとさ。なんかもう、羨ましいを通り越して気の毒っていうか」

「……だろ?」


 俺は溜息をついた。

 彼の言葉は正しい。羨ましいと思うかもしれないが、実際は面倒ごとの方が多い。

 毎日のように「藤宮さんってどんな子?」と聞かれ、彼女と話せば「やっぱり特別なんだな」と勝手に勘違いされる。


 いや、特別なことなんて何もない。

 ただ、昔から一緒にいるだけ。

 ……そう言い聞かせるのにも、そろそろ疲れてきた。


 放課後。

 俺は鞄を肩にかけて教室を出ようとしたところで、当然のように声をかけられる。


「慎太、一緒に帰ろ」

 藤宮凛。本人は悪びれもせず、いつもの調子で言う。


「……おい、少しは遠慮しろよ。今日も見られてただろ」

「いいじゃん、別に。隠すことじゃないでしょ?」

「そういう問題じゃなくてだな……」


 反論する俺を無視して、凛はすたすたと歩き出す。結局俺はついて行くしかない。


 帰り道。

 さっきまでの学校でのキラキラした雰囲気が嘘みたいに、凛はポニーテールをほどき、伸びをした。


「ふぁー、やっと解放された〜。学校ってほんと疲れる」

「お前な……もう少し素を見せろよ」

「ダメだよ。みんなの夢を壊したら可哀想でしょ?」

「……アイドル気取りか」

「ふふ、まあね」


 そう言って笑う彼女は、どこか誇らしげで、でも少しだけ寂しそうにも見えた。

 俺はその横顔をちらりと見て、胸の奥がちくりとする。


 家に帰ると、凛はすぐに制服を脱ぎ捨ててジャージ姿になり、リビングのソファに転がった。

「慎太、お菓子取って〜」

「……自分で取れ」

「お願い〜。今日一日頑張ったご褒美」

「どこがだ」


 仕方なく俺は棚からポテチを取り出し、投げてやる。

 凛は嬉しそうに受け取って、ばりっと袋を開けた。


「ん〜幸せ!」

「……お前、本当にクラスのアイドルか?」

「うん。アイドルはね、家ではオフモードになるんだよ」

「初耳だ」


 俺は苦笑しながら椅子に腰かけた。

 こうしてダラダラ過ごすのが、昔からの俺たちの日常。


 でも、ふと気づく。

 ――この日常を、俺はあと何年続けられるんだろう。


 夜。

 宿題を終えて布団に入ろうとしたとき、窓をノックする音がした。

 カーテンを開けると、隣の自室から顔を出した凛が手を振っている。


「慎太ー、ちょっと聞いてよ」

「……なんだよ」

「明日ね、クラスで自己紹介の続きやるんだって」

「それがどうした」

「緊張するなあって思って」


 凛が緊張? あの藤宮凛が?

 俺は目を丸くした。


「お前、緊張なんてするタイプじゃないだろ」

「するよ! みんなの前で話すの苦手だし」

「……じゃあなんであんなに堂々としてるんだよ」

「うーん……それは、そういう“役”だからかな」


 役。

 俺は思わず息を呑んだ。

 彼女が教室で見せている笑顔も、人気者の振る舞いも――全部“役”なんだ。


「ねえ、慎太」

「ん?」

「……私のこと、本当の私のこと、知ってるのって……あなただけだよね」


 一瞬、時が止まった気がした。

 夜風に揺れるカーテンの隙間から、彼女の視線が真っ直ぐに俺を射抜く。


 返す言葉が見つからず、俺はただ黙って頷いた。

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