第2話 幼馴染に連れられて

 「なんでこんなことに……」


 揺れる馬車の中、アルタがつぶやいた。

 対面にはリゼリアが座っている。

 めっっちゃニヤついた顔の。


「ふふっ、楽しみだね」

「あの、俺なんかで大丈夫?」

「もちろん。アルタの事は私が一番知ってるから」


 クールなリゼリアの顔は、明らかに浮かれていた。


「本当かなあ……」


 アルタは目を細めながら、少し前の会話を思い出す。


────


「今度の探索に同行してほしい」

「え……えええー!?」


 リゼリアは次の探索にアルタを誘った。

 思わぬ提案にアルタは驚きを隠せない。

 すると、リゼリアは首を傾げてくる。


「ダメ?」

「ダメというか無理じゃ……」


 リゼリアは英雄と称されるほどの探索者だ。

 対して、アルタはダンジョンに潜ったことすらない。

 アルタはとても付いていけるとは思えなかった。


 しかし、それを聞いた村人達が押し寄せる。


「いってらっしゃい!」

「たまには都会にも出んとのう!」

「リゼリアちゃんと仲良くていいわねえ」


「もう行く前提!?」


 アルタに取り残す家族はいない。

 それをいいことに、村人から半ば強制的に送り出される。

 そして、普通にちょっと欲に負けた。


「今回の同行にはこの額を払う」

「はい!?」


 リゼリアは依頼料として金額を提示した。

 田舎では考えられない数字だ。

 ただし、天井はまだまだ遠かった。


「あ、足りないか。これぐらい? こんなもん?」

「……!?」


 リゼリアの指がポン、ポンと増えていく。

 最初の金額ですら震えたのに、もう三倍だ。

 アルタは慌てて手を横に振った。


「いらない、いらない! 最初ので多すぎるぐらいなんだから!」

「アルタにならどれだけでも貢ぐのに。やっぱり優しい」

「なんか危ない方向に成長してる?」


 久しぶりに会ったリゼリアは、少々危うく感じた。


────

 

 ということで、なんやかんやアルタは首都へ向かっている。


「ま、もう言ってもしょうがないか」


 アルタは苦笑いを浮かべた。

 すると、リゼリアは柔らかい表情でうなずく。


「大丈夫、いきなり危ない事はさせないから」

「頼んだ」

「あ、ほら。外を見て!」

「ん? おおー!」


 そんな中、馬車のカーテンから首都が覗き見える。

 その景色に夢中になっている内に、馬車が止まった。

 足取り軽く馬車を降りたアルタは、すぐに目を輝かせる。


「これが首都かあー!」


 立ち並ぶ建物、行き交う人々。

 密集する高い建物を次々に移動するように、人の足が早い。

 家の間には田んぼが挟まる村とは、まるで違った光景である。

 

 故郷との差にアルタは圧倒されるばかりだ。

 すると、続いて降りてきたリゼリアは笑みを浮かべる。


「ふふっ。初めて訪れたときは、私たちもこうなった」

「だよね……これはすごいや」


 ひとしきり驚くと、アルタは荷物を手に取る。

 一応、色々と準備はしてきたのだ。

 

「えーと、まずは宿を取らないとだよね」

「あ、それはもう予約してある」

「え?」


 だが、リゼリアは首を横に振った。


「私推薦の高級宿」

「高級!?」

「あと荷物も馬車に乗せたままでいい。信頼する業者が運んでくれる」

「待遇すご!?」


 リゼリアは一から十まで用意していた。

 ここまでするのも理由がある。

 リゼリアは愛用の剣を持ち出すと、遠くに指を向けた。

 

「早速だけど、ダンジョンに行こう」

「!」


 リゼリアは予行としてダンジョンに潜りたかったようだ。

 意図を理解して、アルタもうなずく。


「わかった」


 この後に事件が起きるとも知らず──。


 



「これがダンジョン……!」


 アルタの前には一面の草原が広がっている。

 ここは『第一層』。

 首都から下へ続く階段の先にある、ダンジョンの中だ。

 

「本当に不思議な場所なんだね」


 見上げると、どこまでも青空が続いていた。

 地下のはずなのに雲が流れ、森や川も点在している。

 ダンジョンには地上に存在しない鉱石や発掘物、はたまた秘宝があるという。


 だが、夢や希望だけではない。


「でも、その分危険な場所でもある」

「そうらしいね」


 ダンジョンには魔物が生息する。

 様々な生態があるが、多くの魔物は人を襲い、人が先へ進むことを拒む。

 そんな魔物と戦いながら、日々活動する者を探索者と呼ぶのだ。


 しかし、まだ付近に魔物の気配はない。

 景色を楽しみながら進む中、アルタはたずねる。


「ダンジョンってどこまで続いているの?」

「いくつもの国をまたぐほど。今では世界各地に入口がある」

「そんなに!?」


 ダンジョンは世界に一つだけ・・・・

 だが、世界中に出入口が点在し、全てこの第一層に繋がっている。

 想像するのも難しい壮大さだ。 

  

「けど、下にも続いているんだよね」

「そう。現在は第四層まで確認されてる」

 

 そんな規模感のダンジョンだが、さらに下層の存在が判明している。

 階層が変わるごとに別世界のように環境が変化し、比例して魔物も強くなるという。

 そこでアルタは一つ聞いてみる。


「リゼリアはどこまで行ったの?」

「……!」


 その質問には、リゼリアの口角がちょっと上がる。

 クールな顔が分かりやすく変化し、指で示しながら答えた。


「私は第四層」

「え!? すっご! 人類の最前線じゃん!」

「ふふっ、アルタに褒められると照れるかも」


 さすがは英雄の探索者だ。

 アルタは改めてリゼリアの偉大さを実感する。

 そうなると、ふと気になることがあった。


「じゃあ、その第四層には何が──」

「「「うわあああああああっ!」」」

「……!」


 その瞬間、どこからか悲鳴が聞こえてくる。


「いこう」

「うん!」


 アルタとリゼリアは顔を見合わせ、すぐさま足を動かした。





「あれは……!」


 少し進んだ先で、リゼリアは足を止めた。

 視線の先にいたのは、緑色の巨大なよくりゅうだ。


「ギャオオオオオオッ!」

「ワイバーン! 階層ボス……!」

「か、階層ボス!?」


 魔物の名は、ワイバーン。

 第一層の食物連鎖の頂点に立つ“階層ボス”だ。

 脅威度はF~Aのうち、堂々のAランクを誇る。


「どうしてこんなところに……!」

 

 魔物は生息域を持ち、ダンジョン中央に近づくほど危険になる傾向がある。

 当然、ワイバーンの生息域は中央付近だ。

 こんな序盤のエリアにいるはずがない。


 そんなワイバーンは、足元の者達を襲っていた。


「「「うわあああああああっ!」」」


 制服に身を包んだ学生だ。

 先ほどの悲鳴は彼らの声だろう。

 ワイバーンの迫力に、恐怖で立ちすくんでいる者が多数である。


「ギャオオッ!」

 

 そして、ついにワイバーンが学生に牙をむく。

 エサだと認識したのだろう。

 学生の誰もが死を予感した時──リゼリアが剣を抜いた。


「【ひょうげつ】」

「ギャウッ!?」


 その瞬間、学生とワイバーンの間に“巨大な氷山”が出来上がる。

 

「そうはさせない」

「「「……!」」」


 目を見開いた学生は、驚きと安堵あんどの声を上げた。


「英雄のリゼリアさんじゃないか!?」

「駆けつけてくれたんだ!」

「あれが伝説の“じん”だわ!」


 リゼリアが抜いたのは──【そう】。

 氷の精霊の力を宿した刀だ。

 リゼリアの練度であれば、氷を大小自由に生成することができる。 


 そんなリゼリアの刀は、“じん”の一つに認定されている。

 神器とは、英雄を象徴する一級品の武器のこと。

 他にもいくつか存在するが、首都では【霜華】の製作者は知られていない。

 

 リゼリアは一振りの後、ワイバーンに向かって駆け出した。


「私が相手!」

「ギャオオッ!」


 ワイバーンも脅威に気づき、リゼリアに首を向ける。

 接近した両者が繰り広げるのは、すさまじい攻防だ。


「はッ!」

「ギャオッ!」


 リゼリアの剣と、ワイバーンの脚。

 二つが交わる度、辺りには激しい衝撃が伝わる。

 互角に戦っているように見えるが、リゼリアは少し焦っていた。

 

(この装備でもなんとか勝てそうだけど、学生が……!)


 今回の探索は予行のつもりだった。

 ある程度の装備はしてきているが、徹底的ではない。

 いくら英雄と言えど、階層ボス相手には専用の対策を持ち込むのが基本だ。

 

 さらに、後ろには学生がいる。

 彼らを巻き込んでしまう大技は使えず、守りながらの戦いになる。

 リゼリアは分が悪いと感じていた。


「ギャオオオッ!」

「くっ……!」


 向かってくるワイバーンに、リゼリアは剣を握り直す。

 リゼリアは対抗するように跳び上がるが、その前に人影が割り込んだ。 


(私より速っ──!?)


 ──ガキィン!!


 リゼリアが目を見開くと同時に、ワイバーンと何かがぶつかり合う。

 その影に視線を移すと、アルタがいた。


「リゼリアが学生を守る方が良いかも」

「……!」

「俺は避難誘導とか分からないからさ」

 

 ワイバーンの脚を弾き、アルタはリゼリアの前に着地する。

 すると、アルタはニッと笑った。


「その代わり、こいつは俺が相手をするよ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る