第34話 イズナルアの回顧(別れ)
男はバーウォルが破壊した大聖堂の壁をじっと見ていた。
その何の色も浮かばない無機質な瞳にオレは恐怖を覚えた。
ザッ!
オレは男とさらに距離をとる。
バーウォルの心配は後だ。あれくらいの攻撃じゃ、あのアホは死なない。
オレは呪文を唄う。
「舞うは雪花 地に群れる 熱さを知らず
オレから放たれた魔法は、男に直撃する。九相図の四番は溶解の魔法。触れたば最後、万物全てが溶け消える。
ジュウ……
オレの溶解液と化した魔力の塊が男の体を溶かす。白い煙と肉を焼くような音がそれを知らせる。
しかし、これだけでは終わらせない。
「湧けよ湧け 地からはい出し
男の立つ影から黒い虫が湧き出る。それは蚊であり、蛾であり、蠅であり、蛆であり、
オレは懐から煙管を取り出し、さらに続ける。
「地獄の底の
カンッ!地面に煙管の
打ち付けた部分から火花が散りると、のたまう様に炎が大きくなり男に向かう。
その炎は蛇のように這いずり、男にまとわりつく。
たちまち蟲達に縛り付けられた男が炎に包まれる。それは
離れたオレのところまでその熱波が届く。
瞬く間に男の周りの長椅子が炭化し、床の大理石が熱で溶けだす。
これに耐えた者は、三千年の記憶の中でも一握りもいない。いたとしても五体無事ではすまない、オレの持つ必中必殺の魔法。しかし――
パンッ!!
大聖堂内に乾いた破裂音が響き渡る。それは男が鳴らした一発の手拍子。本来であれば
それを一発の手拍子でかき消し、あまつさえその体には一つの傷もついていなかった。
オレの呼び出した蟲を
その時ですら男の瞳には表情がない。
(さあて、どうするかね……)
オレは考えを巡らす。あの高密度の魂を持つ存在にできること……小手先の魔法をいくら唱えたところで傷一つ負わすこともできんだろう。
かといって、オレの
(万事休すだね……)
ダンッ!
男が床を蹴る。さっきは見逃したが、一瞬で間合いを詰めてきやがった。
男の拳がオレの左から迫る。
オレは持っていた煙管をくるりと回し、男の拳とオレの身体の間に差し入れる。
煙管は折れることなく拳をせき止めるが、その衝撃を全て抑えることができずオレは後方に吹き飛ばされる。
ザザーーーー……、ッドン!!!!
「ガハッ!」
入ってきた扉に背中をしこたま打ち付け、口から空気の塊が唾と一緒に飛び出す。
オレはとっさに手に持つ煙管を見る。世界で最高硬度を誇るアダマンタイトとオリハルコンにミスリル、ヒヒイロカネを練りこんだオレの特注の煙管が見事にへし曲がってやがる。
「ったく、どうしてくれんだい……オレ煙草が吸えんなっただろうが!!!」
「ガハハハ!!イズ、怒ると美人が台無しじゃ!」
怒りに任せ立ち上がると同時に、バーウォルが自分が突き破った壁から男目掛け戦斧を振り下ろす。
その姿は、先ほどまでとは違い鎧を着こんでいる。
これこそ『戦神バーウォル』の真の姿。己の魔力を具現化できるほど高密度に編み込むことで作り出した鎧はオレは知る限り傷を負ったところを見たことがない。
「あんまりイズをいじめてやるなっ!!」
ガッ!
振り下ろされた戦斧をなんなく止められる。しかし、その衝撃は地面に突き抜け大地が割れる。
「ガハハハ!そうくるわなぁ!!」
止められることも計算ずく。バーウォルは即座に魔力を編み無数の武器をその背後に従える。その数、百を下らない。
それが一斉に男に襲い掛かる。それはまさに嵐。剣や槍の暴風が男を飲み込む。
しかし、それも一時しのぎにすらならなかった。男はしっかりと迫る剣を、槍を叩き壊す。
「ガハハハ!!やりおるの!ほれ、イズ!」
バーウォルは楽し気に笑いながら、一本の刀をオレに投げてよこす。
「はぁ、やれやれだね」
オレはそれを受け取り、男に向かって構える。
「ヒュゥ~♪久々に濡れ月の灰銀が御目見えじゃ」
茶化すようにバーウォルが口笛を吹く。
オレの二つ名は『濡れ月の灰銀』。灰銀とはオレの髪の色。濡れ月とははバーウォルが作り出した、この刀の名称。海に写る月を切ったことから名づけられた妖刀『濡れ月』。全く気に食わない二つ名だ。
オレは嵐が止むと同時に、男に切ってかかる。
一瞬で距離を詰め、胴体を切らんと横に薙いだ。
ザッ!
この時、男が初めて攻撃を躱した。
「おうおう、この男イズにビビちょるの!どら、ワシも」
ドンッ!!
戦斧が今度はウォーハンマーに変化していた。頭上から振り下ろされた、ハンマーを男は両手で防ぐ。
しかし、その重みに耐えられず片膝をつく。
「その首もらった!!」
その隙にオレも、もう一撃と首を狙って刀を振る。
間違いなくオレの刃が男の命を刈り取る。その確信があった。
しかし――
ガンッ!!!
なんと男はオレの刃目掛け頭突きをかましやがった。
普通であれば頭蓋とその脳みそをティーポッドと蓋のように切り離すことも容易であった。これが普通であれば……
男は信じられないほどの石頭で、オレの斬撃を皮一枚で防いだのだ。
斬撃の衝撃が男の後方に抜け大聖堂の壁を、さらにはその後方に広がる王都の街並みを切り裂いた。
オレとバーウォルは男から再度距離を取る。
「万策尽きたのぉ、イズ?」
「そうだね、ありゃ三賢さん案件だね」
自慢じゃないがオレ達で敵わなければ、この世界どこを探してもこの男を止める事はできない。『三賢人』を除いては……
「しかし、逃がしてくれるかね……」
未だオレ達を追ってこない男に目をおくる。
男は自分の額から流れ、目に入る血を不思議そうにこすっては確かめていた。
「なぁ、イズ。どう思う?」
「化物」
この一言に尽きる。
「ワシもそう思うが、そうじゃない。あの男どこか変じゃないかの?どこか人間味にかけるいうか……」
「まるで感情がない?」
「ああ!!そうじゃ!人形と戦っとるようなんじゃ!さすがイズ!!」
褒められてもまったく嬉しくないが、オレもその違和感を感じていた。ダンジョン内で出会うゴーレムと戦うような手ごたえのなさを。
いうなれば一つ一つの行動に魂を感じないのだ。あんなに魂をぎゅうぎゅうに詰め込んでいるのに。
そう考えていると、バーウォルが疑問を投げかけてくる。
「のう、ここの王さんはどうやってアレを制御しよう思ったんじゃろ?」
「そりゃ命令を……いや、違うね」
あれは言葉を解するほど知能がない?いや、違和感を感じる。
ゴーレムのような感情のなさを説明できない。
「……魂が……核となる魂がないのか……?」
「そうじゃ!!それじゃ!!!おそれくここの王さん、最後にあれに自分の魂を乗っける気だったんじゃ!」
「なるほどね……ウツシミか」
王は王たる肉体を捨て、あの男に自分の魂を移植する算段だったのだ。思えば、地下研究所に書かれていた紙にそんな術式の魔法陣があった気がする。
「ガハハハ!それなら、簡単じゃ!!ワシの魂をあいつに移せ!!」
「はぁあ!?お前、それがどういうことか分かってんのか!?」
オレの魔法ではバーウォルの魂を完璧に男に乗せ変えることは不可能だった。
恐らく自我を残すのとも出来ないしないだろう。つまりは、死ぬ事と同義。
「わかっちょる!ちょうど、この生にも飽いたとこじゃ!それにお前の十番なら、なんとかできるじゃろ?」
バーウォルの言う十番とはありもしない十番目の、九相図。
九相図とは人が死してからの変化を描いた九枚の絵のこと。最後の九枚目、
ならば、十枚目は……ありもしない十枚目は『魂の輪廻』。
バーウォルに話したことはあるが、オレはこの魔法を使ったことがない。
「無理だ!オレは……っ」
「ガハハハ!自信持てぇ!イズならできる!」
「違う!オレはお前と……お前と生きていたいんだ!!」
オレは恥ずかしげもなくバーウォルに
「あのイズが可愛いこといってくれるのぉ。そんなこと言われたらワシ生きていとうなるわ!!」
「じゃあ……」
その時オレは気づく。バーウォルが優しい瞳で薄く笑うのを。
その顔を見るとオレは何も言えなくなって言葉が喉の奥に引っかかって出てこなくなる。
「悪いな、イズ……」
「ずるい……」
それだけしか言えない。
「んっ!!?」
おもむろにバーウォルがオレにキスをした。
「ガハハハハ!お前を世界で一番愛しとった!」
「知ってる」
それが、バーウォルとの今生のあいさつ……
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