第33話 イズナルアの回顧(ゴールデンボーイとの邂逅)
オレは新たな用紙に目を通す。
『我が王の望みは武力であった。アヌシラ聖典では
この時少年は災厄を祓うべく奇跡の力を行使した。これは言うなれば奇跡を一身に集めそれを全て外側へと発散させる行為だ。
しかし、王の望みは違う。一個人に神の奇跡たる力を宿し続け戦わせようというのだ。
おそらく聖典通りに少年を柱に据えることは望ましくない。
なぜなら、受け皿となる少年自身の魂が大量の魂魄の流入により破壊されてしまうからだ。
より柔軟で形を容易に変化させることの出来る魂が必要となるだろう……』
こいつも王も狂っているとしか思えない。こいつらの頭の中では、国民の犠牲がすでに勘定に入っていやがるのだ。
この事にオレは怒りを通り越し吐き気すら覚えた。しかし、次の文を読めば、さらにオレの気分は悪くなる。
『代替は容易に見つかった。いや、仕込んだと言った方が良いだろう。毎日の食料とわずかな金を約束し娼婦に児を身ごもらすことに成功したのだ。
魂の形が曖昧な新生児ならば器として十分に機能するだろう』
グシャッ!
オレの手が勝手に紙を握り潰してまう。
(こいつら、産まれたばかりの子供まで道具のように扱うのかよ)
オレは一旦気分を落ち着つけるために、
「……ふぅ」
怒りからなのか微かに震える手で難儀しながらタバコの葉に火を着けた。
オレは机に浅く腰を下ろし、壁をボンヤリと眺める。
壁にびっしり貼られたメモや魔方陣の覚え書きの中に埋められるように地図が貼られているのを見つけた。
オレは地図が見えるよう邪魔な紙を払いのける。
そこに書かれていたのはアヌシラ帝国全土の地図。東西南北の町に印がつけられ、ご丁寧に人口と、どのような厄災が起こるのかが記されていた。
地図に書かれた人口を合わせれば百万を越える死者が出る計算だ。
「アホどもが……」
これを見りゃ誰だって悪態をつきたくもなるだろう。ただでさえ百万もの命を犠牲にしようとした馬鹿が、それさえ制御出来ず全国民を皆殺しにしたのた。
「神の奇跡は人間が計れるほど安かないってことだわな」
カッ!と机の角に煙管をぶつけ灰を地面に落としてやる。
何の気なしに灰の行く末を目で追う。灰の落ちた先に一枚の紙が広がっていた。
そこに書かれていたのはこの悪魔のような研究の計画名。
『
「なにがゴールデンボーイかね。下らない」
――我らが『三賢人』に楯突こうと、ここの王様が神の奇跡を手に入れんとしたのが『
それは当初は国民の十分の一を生け贄に神の奇跡を再現するのが目的であった。
しかし、それは失敗に終わり国民全ての命を持って幕が引かれたってのが事の顛末。
「……ん?」
ふと疑問が浮かぶ。
ならば、なぜ光の幕が未だにアヌシラの領土を覆っていた?それがなぜ今になって失くなった?いや、光の柱はなぜ存在している?
オレの錆びた脳ミソが回り出し、一つの仮説へと辿り着く。
「まずいっ!」
慌ててオレは地下の研究室を飛び出し、バーウォルのいる光の柱の中心、アヌシラ大聖堂へと駆け出した。
街の中は
光の柱は見えているが、そこまで一直線に進めないのがもどかしい。
「くそっ!」
何度目かの別れ道。オレは光の柱を目掛け走り抜ける。
辿りたいた大聖堂は、不思議と朽ちること無く三十年たった今も綺麗なままだった。
オレは大きな木製の両開きの大扉を勢いよく開け放つ。
「はぁ……はぁ……、よかった」
「なんじゃ、慌てて」
そこには、バーウォルが光の柱の前に突っ立ってこちらを見ていた。
オレはその呑気な顔を見て心底安心していた。
「無事だったかい?」
「ガハハハ!無事もなにも何もしとらんからの!ずっとこいつを見とった」
そう言って天まで延びる光の柱を指差す。
あまりに眩しく何を指しているのか分からなかった。
オレはゆっくりと歩いて光の柱の前に立ち、バーウォルと並んで柱の中を凝視する。
「っ!!!!」
「なっ!?すごいじゃろ?」
光の柱の中にいたのは、何も身に付けていない成人男性だった。それが胎児のように身を丸め、光の中を浮かんでいる。
「
オレの仮説の通りだ。終わっていなかったのだ。悪魔の計画は……
「なんじゃ、ゴールデンボーイって?こいつは、もうボーイって歳じゃなかろ?んー……オッサンじゃな。ゴールデンオッサン!ガハハハ!!」
この異常事態を目の前にいつもと変わらぬバーウォルが救いだった。
オレ一人であれば狼狽えていたと思う。
オレは城の研究室で知り得た事を全てバーウォルへ伝えた。
「ほうかい……」
そうバーウォルは一言呟き、光の中の男を悲しげな瞳で見た。
「かわいそうなヤツじゃ」
バーウォルのこの一言がオレの怒りに火を付いた。
「どこがだい!?こいつのせいでこの国の人間は滅んだんだぞ!!」
国を滅ぼした元凶に同情!?オレは気でも違ったのかとバーウォルの胸ぐらを掴みかかった。それに対してバーウォルは掴みかかったオレの手に自分の手を優しく重ねる。
そして、いつもそうバーウォルは俺が本気で怒ると、薄く笑いやがる。
「ワシ、今の話を聞いてコイツが悪の根元とは思えん。どう考えても一番の被害者じゃ。見てみい、カカァの乳飲むことも出来ず、三十年ここに一人ぼっちじゃ!」
オレは地下研究所の記述を思い出した。
おそらく、母に抱かれることすらないまま計画は実行されている。
それは魂は生まれ落ちた時からその外殻が定まり始めるからだ。
オレは怒りの矛先をどこに向ければいいのか分からなくなった。
胸ぐらを掴んだ手の力が抜け、そのままオレの手をバーウォルの両手が包み込む。
「お前はお前が思う以上に情に厚い奴じゃ。それは、お前の良い所じゃ」
包み込んだオレの手をポンポンと軽くバーウォルの左手が叩く。そして俺より少し背の低いバーウォルの優しい瞳がオレを射抜いた。
「……」
こうなると不覚にもオレは何も言えなくなっちまう。
「……」
「……」
お互いかける言葉もなく見つめ合っていた。しかし、それも長くは続かない。
初めに変化に気づいたのはオレだった。
「なぁ……、こいつ今動かなかったか?」
「ん、どうじゃろ?……ッ!!」
バーウォルもビクッと痙攣する男を確認する。
それはドクン、ドクンと心臓の鼓動と連動するかのように動きが激しくなり始める。
オレ達は不測の事態に距離を取り戦闘態勢を取る。
バーウォルがオレの前に立ち、戦斧を構えた。
じりじりとひりつくような時間が過ぎる。
そして、その時は突然訪れた。
光の柱の中の男の痙攣が収まると、目がカッと見開かれる。
男の目玉はぎょろぎょろと動き、ついぞオレ達を捉える。
「ガハハハ!神の奇跡とご対面じゃ」
バーウォルのヤツこんな時にも冗談を言って笑ってやがる。
男はゆっくりと腕をこちらに伸ばす。その伸ばした腕が光の柱の外殻に触れると、まるで試験官が割れるかのようにパリンと光の柱が砕け散った。
それは、星が降り注ぐような幻想的な光景。オレは一瞬その景色に目を奪われた。
「イズ!!ぼうっとするな!」
バーウォルの叱責にオレは視線を男に戻す。
男は地面にすでに降り立ち光の粒をぼんやりと眺め、手でそれを拾おうと懸命に腕を動かしていた。実態を持たない光の粒は男の手をすり抜ける。
その姿はシャボン玉を掴もうとする子供の様だった。つかめたかと思って手を開いてみるが、そこには何もない。不思議そうにじっと自分の掌を眺めている。
「なんちゅう魂してんだ……化物め」
この男、人ひとりの魂の器に無理やり数多くの魂魄を押し込めていやがる。
身体的な強度、魔力の総量は魂の質によって決まると言っても過言ではない。それがこの密度だ。化物と言う表現すら生ぬるい。
オレの額から汗が一筋流れ落ちる。こんなこと賢人にあった時以来だ。バーウォルも同じだったようで「ガハハハ、こんなの賢人どもにあった時以来だの!イズ、ワシのイチモツとあいつのどっちが大きいかの?」と強がって見せる。
笑っていられるのも束の間、その時は突然訪れた。
オレの目の前にいたはずのバーウォルが消え、代わりに男が立っていたのだ。
バーウォルが吹き飛ばれたのだと気づいたのは、バーウォルが大聖堂の壁をぶち破る音を聞いた時だった。
それほどのスピード。本来であれば、オレも今頃壁にたたきつけられていただろう。
しかし、男は自分の力になじめていないのか黙ってバーウォルが飛んでいった方角を眺めていた。
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