第7話 アルトム第一小学校二年三組独楽戦争①
今日は学校が休み。
チヨの家にはキキが訪れていた。目的は宿題をするため。二人はちゃぶ台の上にノートを広げ、鉛筆を持つ。
「アタシ、算数きらい……」
「わたしもぉ。かけ算ってなんなのよ!」
二人は鉛筆を机の上に投げ捨てると机にぐでぇっと突っ伏して諦めムード。
「こうやったらほっぺが冷たくて気持ちいいね」
チヨは頭を使って火照った顔を机に押し当て、ペラリ、ペラリとノートをめくってみる。
「ほんとね、チヨちゃん。あーぁ、つくえに寝るだけの宿題ってないのかな~」
「フフフ。ないない」
「そうだ!しゅくだい、おじちゃんに聞いてみるのはどう?」
「デンにぃ?」
あからさまに嫌そうな顔をするチヨ。とうのデンはというと――
「グゴー……グガー……」
二人の後ろで気持ち良さそうにパンツ一丁でいびきをかいて眠っている。
どうやら朝方までどこかで飲んでいたらしく、帰ってきてずっとこの調子だ。
そんなデンに対し冷たい視線を送るチヨ。
「ムリよ。デンはアタシより頭わるいもん。そのくせ、べんきょうせえってうるさいのよ」
「わたしの家も言うよ。あんまり家にいないくせにたまに帰ってくるとべんきょーべんきょーって、やになるわ」
「たいへんよね~」
「ねぇ~。そうだ。じゃあ、エルフのおばあちゃんに聞くのは?」
キキはイズナルアの名前を覚えられず、エルフのおばあちゃんと呼んでいる。
「ダメなの。今日はしょうひんのはっちゅーに出てるの」
「そうかあ。ぜつぼう的ね」
二人が「はぁ……」とため息をつくと下の階から子供がデンを呼ぶ声がする。
「デェエエン!あーそーぼー!!」
「だれ?」
キキがチヨに訪ねる。
「きんじょの五年生の子。たまにデンとあそんでるの」
「へぇ……」
チヨは床を這うようにデンに近寄ると、容赦なくデンの顔をペチペチと手のひらで叩く。
「デン!おきて!ラル君がきてる!おーきーてっ」
「んが?なんじゃあ、人が気持ちよう寝とるのにぃ……」
デンは口から垂れたヨダレを腕で
「ラル君があそぼうってさ」
「ん?今何時じゃ」
「昼前よ」
デンはのそりと起き上がりると、階下に向かって大声を出す。
「もうそんな時間かい。ラルぅう!ちょぉ表で待っとれぇ!」
「わかったあー!!」
ラルの返事の後、ガラガラと表の扉の開閉する音が聞こえた。デンはそそくさと自分の服を着ると、外へと向かう。
その時キキが「こんにちは、おじゃましてます」とデンに挨拶をする。
「おう!キキ、きとったんか!」
キキに気付いたデンは嬉しそうキキの前におかれた宿題を見る。
「なんぞ、難しい勉強して偉いのお!」
「えへへへ。ほめられちゃった」
チヨに嬉しそうに報告をする。
それを聞いてチヨは大して面白くなさそうな顔をするだけ。
デンはキキ達の後ろを通り戸の前までやってくるが「ほうじゃほうじゃ、忘れとった」と、来た道を引き返す。
何事かと二人はデンを目で追う。
デンは真っ茶色に使い込まれたタンスの上から二番目、小さな引き出しを開けると中から大事そうに手のひらサイズの何かを取り出した。
「ほいじゃ、行ってくる。チヨもちゃんと勉強せえよ」
「はいはい!わかってるって。いってらっしゃい」
ガラガラ……ピシャッ。戸が閉まる。
「ねえ、おじちゃん何持ってたの?」
「あれ?最近ここらではやってるの。コマよ」
「コマ?」
――――――――――――
ガッガッガガッ――……
緩いすり鉢状になった、大皿を土俵に見立てて独楽と独楽が激しくぶつかり合う。
普通の独楽とは違い一方の独楽からは炎が上がり、もう一方からは小さな稲妻がバリバリと走る。
ガガンッ!
炎を
「「「わー!!またデンのコマの勝ちだー!!」」」
空き地に集まった十人ほどの少年達が盛り上がる。
「次はボクのばん!」「おれっ!」
一試合終わった後、土俵に我先にと少年が群がる。皆のその手には同じ独楽を持っている。
デンは空き地の外れにある切り株にどかりと座り、勝負の相手であるラル10歳相手に大いに勝ち誇る。
「ガハハハハ!ワシの勝ちじゃ。ほれ、寄越せい」
デンがラルに手を差し出す。
「ちぇっ!大人のクセにずるいよ」
ラルは宝物をデンから遠ざけるように半身になって独楽を隠す。
「勝負事に大人も子供も関係ないんじゃ!ほれ、その黄色いのワシに寄越せ」
ラルのほうに差し出した手の指先ををちょいちょいと曲げて催促をする。
ラルは観念したのか、いやいや独楽に付けられた黄色の魔石をデンに差し出す。
「ガハハハハ!まいどありぃ!!」
受け取った黄色の魔石を小さな巾着に放り込む。巾着の中には赤、青、黄の子供達から奪い取った魔石で溢れ返っている。
「なにそれ?」
キキがデンの袋を覗き込む。
「おお、キキかい。これはの、ワシが勝ち取ったトロフィーみたいなもんじゃ!それより勉強は終わったんか?」
「まあねぇ」
嘘である。まったく進まない宿題に飽きてしまい、デンの後を追ってきたのだ。
「おじちゃん、ワタシにもそのコマ見ぃせてっ」
デンの横に置いてある独楽を指差す。
「ええぞ!ワシのエンペラー一号じゃ!とくと見い!ガハハハハ!」
キキは、自慢げに手渡された独楽を見る。そうとう扱いが乱暴なようでいたるところにキズや凹みがみてとれる。
しかし、その中でも目を引くのが独楽のつらと言われる平らな部分に仕込まれた三つの魔石だ。赤、青、黄色の魔石が等間隔に並んでいる。子供の玩具なだけあって粗末な魔石が使われている。
「この魔石って五トウくらいかしら?」
魔石にも等級が存在する。一番低い五等級から上は一等級。その更に上、ダンジョンの核ほどになれば特級が付く。
「ほうじゃ、五のクズ魔石じゃ。それ以上の上等な魔石を使うんはルール違反じゃ」
子供の遊びとはいえなかなか厳しいルールがあるようだ。
「この魔石なんのためについてるの?」
「それはのお……」
デンが得意な顔で説明を始めようとしたときチヨがやってくる。
「キキちゃんそのコマ貸してみて」
チヨがひょいとキキの手から独楽を取り上げると、慣れた手つきでぐるぐると独楽に紐を巻き付ける。
「この魔石の一つに魔力をこめるの。そうして回すと……ほら!」
チヨが独楽を回して見せる。きれいな回転と共に華やかな炎が独楽を中心に踊る。
「すごい、すごい」
「どの魔石に魔力を通すかでぞくせいがかわるの。今は赤色の魔石に魔力をおくったから火が、青い魔石なら水、黄色なら雷のぞくせいがコマにつくわ。ぞくせいのアイショウしだいでショウブが決まるの。火は水によわいし、水は雷、雷は火にやられるの」
「チヨずるいぞ!ワシが説明しよう思おとったのにい」
「へへへ。ごめんねー、デン」
たいして悪びれる様子もなく謝るチヨ。
「良いなぁ、わたしもほしいな」
「ばばあの店に売ってあるど。300ナグルじゃ」
パン一つが100ナグルほど。子供のおもちゃとしては妥当な値段である。キキは月に500ナグルの小遣いをもらっており、今月はまだ小遣いを使っていない。
「買う買う!チヨちゃんもコマ持ってる?」
「持ってるけど、キキちゃん買うの?」
「うん!楽しそうだもん。チヨちゃんもやろうよ」
「ほうじゃ!ワシと勝負しようやあ」
「やるのは良いけど……キキちゃん、まけたら、かったあいてに魔石取られちゃうのよ。だいじょうぶ?」
「えっ!?そうなの」
「うん……しかも、おばあちゃんの店で魔石1個500ナグルなの」
デンが巾着の中の魔石をジャラジャラと鳴らす。
「ワシから買うなら一個千ナグルじゃ。でも、キキはチヨの友達だからまけて950にしちゃる」
なかなかアコギな商売をしている、
「うー……ん。でも、欲しい!チヨちゃんおねがい」
「わかった。じゃあ、いっしょにお店にもどろう。アタシ、レジしてあげる」
二人は空き地を後にして、大蝦蟇屋に戻っていく。
その後を密かにつける影が二つ。
大蝦蟇屋の店内、無造作に置かれた木箱の中に大量の魔石独楽が入っている。キキは一つ一つ手に取りどれにするか悩んでいた。
「キキちゃん、きまった?」
二階に自分の独楽を取りに行ったチヨが戻ってくる。
「もうちょっとまってぇ」
「ゆっくりえらんで良いよ」
チヨは支払いカウンターの内側にある、椅子に腰かける。いつもは店主であるイズナルアの席なのだが店番をする際には座ることを許可されている。
この席に座ると何故だか少し誇らしい気持ちになれるのでこの場所がチヨは好きなのだ。
ガラガラガラ……
店の戸が開かれ、中に人が入ってくる。それに気付きチヨは「いらっしゃーい」とイズナルアの真似をして挨拶をする。
「びんぼー臭い店だなぁ」「だなぁ」
「げっ!なんであんた達がここに来るのよ」
現れたのはティムとカズーの二人組。いつものように人をバカにする生意気な薄ら笑いを浮かべチヨの方へやってくる。
「何でとはシツレーな。こんな小さな店、ボクににあわないけど僕はれっきとした客だぞ?」「だぞ?」
「あっそ。かってに見て回ってちょうだい。アタシは今だいじなお客様のセッキャク中なの」
「僕よりも大切な客はいないと思うけどねぇ」「ねぇ」
「チヨちゃんわたし、これに決めたわ!げっ、ティム……とキンギョのフンじゃない。いったい何しに来たのよ?」
今まで一生懸命独楽を選んでいて気付かなかったようだ。ティム達を見て一気に臨戦態勢に入るキキ。
「そんなケンカゴシになるなよ。ボクは今日これを買いに来たのさ」「のさ」
そう言ってキキの持つ独楽を指差す。
「だめよ、これはキキちゃんが選んだんだから」
カウンターから身を乗り出して、キキの持つ独楽を受け取る。
「ちがうよ、そうじゃない。ボクはこの店にあるコマをゼンブ買うと言っているんだ」「ひゅ~さすがティム君」
「えっ!?全部?」
驚く、チヨ。
「ああ、コマはどこにあるんだい?」
「そこの木箱だけど?」
「こっ、これ?」
木箱の中には100近い独楽が入っている。あまりの多さにティムもたじろぐ。が、プライドからか、虚勢をはって見せる。
「ふん、少ないね。これぜんぶでいくらだい?」
300ナグル×100個。数式は頭に浮かぶが答えがでない。チヨは適当に「10万ナグルよ」と吹っ掛けてみる。
「じゅ、10万!?高くないかい?」
さすがのティムも驚きを隠せない。
(た、高すぎたかしら……)
「じゃ、じゃあ、5万ナグルにまけてあげるわ。もう、それより安くは出来ないわよ」
「わっ、わかった」
そう言ってティムは子供には似つかわしくない黒い革の長財布から5万ナグルを取り出す。
「ちっ、ちなみにこの店は、はいそうーサービスなんかしてないかな?」
「そんなものあるわけないじゃない。がんばってじぶんのちからで持って帰るのよ」
そう言われティムとカズーは二人で木箱を持ち上げると、カニ歩きで店を後にした。
「はい、キキちゃん」
手に持っていた独楽をキキに渡す。
「あっ、お金」
「いいのいいの。ティムがいっぱい払って行ったから。これはサービスよ。フフフ」
「ほんとう?うれしい」
「じゃあ、空き地に戻ろうか」
「うん」
二人は仲良く空き地に戻り楽しく遊んだのだった。
二人はまだ知らない。なぜティムが百個もの独楽を買ったのかを……
つづく
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