第21話 迫る影

翌朝、翔大は無意識のうちに駅へ向かっていた。美容室が当面の休業に入ったことはわかっている。それでも、まるで身体が「いつも通り」をなぞろうとするかのように足は動き、改札前に立ったときにようやくそのことに気づいた。だが、そこに広がる光景はさらに異様だった。電光掲示板には「運行見合わせ」の文字が並び、改札の前には人の群れ。苛立ちを隠せない声が飛び交い、駅員に詰め寄る人々の姿があった。

「ふざけるな! これじゃ会社に行けないだろ!」

「止まってるんだから仕方ないだろ!」

肩と肩がぶつかり、罵声が飛ぶ。ほんの些細な衝突がすぐに小競り合いへと変わっていく。翔大は胸の奥に冷たいものを覚え、静かに背を向けた。駅を離れ、近くのコンビニに立ち寄ると、入り口には「一人二点まで」と大きく書かれた紙が貼られていた。しかし店内は混乱の渦中にあり、棚の商品を巡って客同士が声を荒げている。

「それ、最後の一つだろ!」

「先に手に取ったのは私よ!」

レジ横では店員が必死に「やめてください!」と叫んでいるが、その声は虚しく掻き消されていく。翔大は足を止めることなく、その場を通り過ぎた。

もし自分が巻き込まれたら――そんな想像だけで、心臓が速く打ち始める。

夕方、帰宅途中の住宅街で、突然破裂音のようなものが響いた。慌てて振り返ると、小さな商店のシャッターに石が投げつけられ、店主が必死に制止している。近所の人々が窓から顔を出し、通りは異様な緊張に包まれた。翔大は歩を速め、アパートの玄関を開けるとすぐに鍵を二重にかけた。窓もぴたりと閉め切り、部屋の隅に身を沈める。

――昨日までは、ただのニュースの中の出来事だった。

――今はもう、自分の生活の外側にあるとは言えなくなっている。

「……俺の暮らしは、どこまで持つんだ」

声に出した瞬間、現実がいっそう重くのしかかってくる。暗い部屋に響くのは、遠くで鳴り続けるサイレンの音だけだった。

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