第14話:そこは夫婦の寝室だった
数秒も経たずして、彼の唇は典子の唇に、引き寄せられていった。
唇と唇の触れ合いは、幼い友達同士が初めて恋人になったばかりのような優しさだった。
──この先生、思ったより、チョロかった。
もう少し、ためらいがあるだろうと予想していた。
依頼主こと研究支援者であるモンローの報告には、こう書いてあった。
>『温厚篤実。家庭を顧みる誠実な人物』
だから、典子は、拓也の貞操観念もそれなりに固いだろうと覚悟して、彼の性的欲求を掘り出すための方策を色々と考えていた。
お茶をわざとスカートの上に溢したり、または転び掛けて彼の胸に倒れたりする。わざとらしくていい。男性の理性は、そんなことで簡単に崩れる。いや、理性とは関係なく体が勝手に反応してしまう。
康太の時みたいに、そこを指摘して、ぐいぐい攻めてやろうと企んでいた。
しかし、彼にそこまでする必要はなかった。
唇を重ねあい、吐息を漏らしながら、心のうちでこっそりガッツポーズする。
──やったね、のりちゃん! この人もただのスケベお兄さんだったよ。
強引な誘惑をするまでもなく、彼の方からこうしてきたのだ。後ろめたく思う必要もない。
報告書に『夫婦間の性的接触はごく僅か』とあったぐらいだから、性経験も大したことはあるまい。適当に、あんあん、ふんふん言ってりゃ終わるだろう。
そう思っていたところ、拓也の腕が、まるで溺れる者が浮木にすがりつくように、力強く典子の身体を抱きしめた。
「……っ!」
驚く典子の唇を、彼の唇が、さっきよりも強く求めていく。それも今度は、息をする余裕も与えまいとする勢いで吸い付いてくる。
──うわ、すごい……!
彼の内側に、これほど強い渇きと孤独が渦巻いていようとは思いも寄らなかった。
その熱量が、唇を通して、典子の中へと流れ込んでくる。
──こ……呼吸ができないよぉ……!
長い口づけの後、やっと唇が離れた。
典子は、肩で荒い息をしている。
「……お……小野寺さん?」
すると拓也は、典子の手を引いて、ソファから立ち上がらせた。
さらにもう一度、唇を塞がれた。
彼は、まるでこちらの呼吸を止めることを狙っているかのように、またしても唇を離さない。
ごくりと喉を鳴らしながら、彼の身を抱きしめていく。
彼の愛欲は、彼女の想像を、遥かに超えていた。
主導権を握っていたはずの彼女自身が、彼の剥き出しの渇望に、飲み込まれそうになる。
唇が離れ、典子は息を切らせながら、消耗した顔を俯かせて、上目遣いで彼の目を見た。
「百合川さん……かわいい目をしてるね……」
甘い声色に、典子の背筋がぞくりと震えた。
彼は典子の腕を掴んで、短い廊下へと連れていく。
扉が開くと、そこは夫婦の寝室だった。
──頭ではわかっていたけど、想像以上にヤバい。
「あっ」
夫婦のためのダブルベッドに投げ倒された。
彼が、秋色の上着を脱いでいく。
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