第11話 死にゲー廃人、最初の街に着く

 石造りの大門をくぐり抜けた瞬間、俺は思わず足を止めた。

 第一の街【ファスト】。

 エクリプスにログインしたプレイヤーが最初に訪れる拠点都市。

 広々とした石畳の通りは人でごった返し、両脇には色とりどりの露店や屋台が並んでいた。

 大きな声で武器や食料を売り込むNPC、値切り交渉をしているプレイヤー、ギルドの勧誘を叫ぶ男たち。

 頭上には布で作られた幌が風にはためき、鼻をくすぐるのは焼き肉や香辛料の匂いだ。


「……凄い人の数だな」


 思わず呟いた。

 草原とゴブリンしかいなかったあの道中から一転、まるで別世界の喧騒が広がっている。

 NPCだけでなく、他プレイヤーも大勢いる。

 鎧を身につけた戦士、ローブ姿の魔法使い、全員が思い思いの装備で武装している。

 彼らはパーティーを組んで談笑したり、露店で素材を売ったり買ったりしていた。


「にゃふふ。ナギ様、驚いたにゃ?」


 隣でミーミが尻尾を揺らして得意げに笑う。


「ファストは冒険者の拠点にゃ。ここを基点にダンジョンに潜ったり、次の街へ進んだりするのが基本なんだにゃ」


 俺はMMOに限らず、死にゲー以外をまともにプレイするのが初めてだ。

 死にゲーなら何十本とやってきたが、それらはほとんどが孤独な戦いだった。

 こうしてプレイヤー同士が集まり、街を形成している光景は新鮮に見えた。


「まぁ今はいっぱい新規の開拓者様が来てるのもあるにゃ」

「そういや志穂がそんなこと言ってたな」


 エクリプス・リンクはリリースして一周年。

 元々プレイヤーがうなぎ上りに増えていた今作だが、一周年の施策などによってさらに新規のプレイヤーが増えているらしい。

 それこそ俺のように普段MMOをプレイしないような人たちまで始めているとか。


「とりあえず、さっさとこの街を抜け出さないとな」


 ただでさえ今もこうして人が多いファスト。

 これからも人が増え続けるとプレイヤーが飽和してしまう。

 面倒なことになるうちに早く攻略を進めたいものだ。

 俺はそんなことを思いながらファストの街中を歩いていく。


「ナギ様はどこから回るにゃ? 鍛冶屋? それとも酒屋にゃ??」


 街の中心部には大きな噴水広場があり、その周りを取り囲むように武具屋や宿屋、ギルド管理所が建っている。

 広場ではすでに複数のプレイヤーが集まっており、何やらイベントの相談をしているようだった。

 耳を澄ますと「東の洞窟にダンジョンがあるらしい」「あそこはレベル10以上じゃないと無理だぞ」なんて声が聞こえる。


「……まずは宿屋だな」

「おぉ、意外と堅実だにゃ」


 ミーミを肩に乗せたまま、俺は街の南側に建つ宿屋に向かった。

 重厚な木の扉を押し開けると、温かいランプの明かりと木の香りが迎えてくれる。

 受付に立つのは、気の良さそうな中年の女将だ。


「いらっしゃい。開拓者さんだね? 安心して休んでおくれ」


 俺は宿屋の使用料である50ゴールドを払って、指定された部屋へと向かう。

 そして部屋のベッドを形式的にではあるが利用した。


「これでセーブポイントが更新できるってわけか」


 宿屋の効果はHPとMPの全回復、状態異常の治癒。

 そしてセーブポイントの更新。

 次に死んだときにこの宿屋からやり直せるというわけだ。

 こうして宿屋を利用してなければ、万が一死んだときに、またあの地下遺跡から始めなければならない。


「じゃあ、さっさと街をでるか」

「にゃー、もっと街を楽しんでいかないにゃ? 酒場で情報を集めたり、装備を整えたり……」

「どうせすぐに手に入るだろ。それれより早く戦おう」

「血の気が盛んすぎるにゃー」


 俺は宿屋を後にしながら通りがかった冒険者たちの会話を思い出す。

 ファストの街から東へ向かう途中、小さな洞窟ダンジョンがあるとか。


「洞窟ダンジョンってところに行ってみるか」


 ミーミは尻尾を膨らませ、何度も念を押すように言った。


「あのダンジョンは危険にゃ! ネタバレは言えないにゃんが、本来は10レベル以上になってクエストを受注して向かう場所にゃん」

「それなら余計に行きたくなってきた。どうせ次の街の道中にあるんだし」

「まぁ彷徨う騎士を倒したナギ様なら問題ないかもしれないにゃんが……」


 ダンジョン。これほど心を躍らせる言葉はない。

 しかも自分のレベルより少し高いレベルを推奨しているダンジョン。

 このダンジョンであればもっと激しい戦闘を楽しめるかもしれない。


 俺とミーミはファストを出て、東の街道を歩いていた。

 石畳の整備された大通りはすぐに途切れ、やがて土と草の道へと変わる。

 左右には背の高い樹木が生い茂り、空に浮かぶ三日月が草木を照らしている


「街から一歩外に出ると、いきなり雰囲気が変わるな」


 森の中では鳥や獣の鳴き声が響き、時折、茂みの影から小動物が顔を出す。

 NPCの賑わいで満ちていたファストの光景が嘘みたいに静かだ。

 だが静けさの奥に潜む気配は、間違いなく戦場のものだった。


「ナギ様、モンスターのレベルが上がってきてるにゃ。気をつけるにゃよ」


 ミーミが小声で警告する。

 草むらの中に、時折、獣の目が光るのが見える。

 ゴブリンよりも一回り大きい亜人のような影が、こちらをじっと伺っていた。


「仕掛けてこないなら無視だな」


 そう言い捨て、俺は足を止めない。

 道を外れて茂みを抜けると、地面に大きな裂け目のような入口が現れた。黒々とした岩肌が口を開き、冷たい風が吹きつけてくる。


「これが……洞窟ダンジョンか」


 ダンジョン入口には松明が焚かれており、いかにも冒険者を誘うように赤い光が揺らめいている。

 周囲には何人かのプレイヤーの姿も見えた。

 彼らは慎重な表情で準備をしている。

 盾役の男が「ポーションは足りてるか?」と確認し、後衛の魔法使いが頷いている。

 その光景を眺めながら、俺は口の端を歪めた。


「ふーん……ああいうのが正攻法か」


 しっかりと装備を整え、仲間と相談して挑む。

 それが普通のプレイヤーのやり方。

 だが俺は、死にゲーに慣れすぎている。

 入念に準備して戦うより、初見で死ぬことを想定で戦う方が楽しめる。


 すると少し離れた場所にいる一つのパーティーが俺の存在に気づいたようで、視線を向けてきた。


「おい、あの上裸のやつ……一人でダンジョンに入ろうとしてないか?」

「ほんとだ。何も知らない初心者なんじゃない?」

「あっはっは、馬鹿すぎだろ。クエストも受けずに迷い込んだんだろうな」

「ちょっと僕が教えてくる」


 そんな四人パーティの中から一人の青年が俺の方へと向かってくる。


「もしかして初心者の方ですかね? ここのダンジョンは初心者の方が一人で攻略するのは難しいので、もしあなたさえよければ僕たちのパーティーと一緒に行きませんか?」

「あ、えっと大丈夫です。ご心配なく」

「いや、本当にあなた一人だけでは……」


 俺はどうにか引き留めようとしてくれる青年に頭を下げて踵を返す。

 コミュ障なので初めての人と話すのが苦手なのもあるが、俺はソロプレイの方が慣れている。というかマルチも基本NPCとしか一緒にやったことがないので初めてのプレイヤーと一緒に戦闘など出来る気がしない。

 せっかく始めたMMOなんだから、という意見も分かる。

 なので今後は志穂などとも一緒に遊びつつ、少しずつマルチプレイには慣れていこうとは考えている。


 青年の好意をありがたく思いつつ、俺はゆっくりと洞窟のダンジョンへと歩を進めた。


「馬鹿だなぁ。せっかくソーマが優しく声をかけたのに」

「それなー。洞窟で一人苦しんでても絶対助けてあげないんだから」


 そんな陰口も聞こえるが俺は足を止めることなく洞窟のダンジョンに入った。

 冷たい風が頬を撫でる。

 

「よし、やるか!」


 俺は木の棒を握り締め、初めてのダンジョンに胸を高鳴らせるのだった。

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