第2話 死にゲー廃人、大人気ゲームを始める

 放課後、俺は近所のゲームショップによって早速、VRMMOの【エクリプス・リンク】を購入した。

 このゲームショップは死にゲーを購入するために頻繁に足を運んでいる店であり、取り寄せを頼んだことも何度もあった。

 そのためエクリプスを買おうとすると、顔見知りの店員さんに驚かれたりもした。


『本当にエクリプス・リンクの購入で合ってます!? これ死にゲーじゃなくてVRMMOですよ!?』


 帰宅した俺はすぐに自室に戻ってエクリプスを開封する。

 事前にエクリプスについて色々と調べないのか、そう思う人もいるかもしれない。

 けれど俺はネタバレや事前情報は絶対に見ない主義だ。

 それであとあと困るのもまた一興。

 別に俺は死にゲー中毒だが、RTA勢ではない。効率厨でもなければ、最速攻略を目指しているわけでもない。

 特に今回は初めて触れるジャンルのゲーム。

 自分のペースでゆっくりとプレイするつもりだ。


 ソフトをVRヘッドギアに挿入して、パッケージを棚に片づける。

 

「改めて見ると異質だなぁ」


 本棚には百を超えるゲームのパッケージが片付けられている。

 それらすべてが死にゲーである。

 その中に新しく並べられたVRMMOのエクリプス。

 まだハマるかは分からないが、それでも志穂がプレイしているなら少しは続けることになるだろう。


「じゃあ早速やってみますか」


 俺はヘッドギアを装着して安静にするためにベッドに横たわる。


「リンク開始」


 目を閉じてゲーム起動の決まり文句を告げる。

 すると視界が白く染まり、無音の世界に浮かび上がる。

 光の粒子が俺の全身をなぞるように走り抜け、やがて無機質なアナウンスが響いた。


『ようこそ、【エクリプス・リンク】へ。初回ログインを確認しました。これよりキャラクタークリエイトを開始します』


 目の前に、鏡のような半透明のパネルが次々と展開していく。

 種族、性別、髪型、体格、目の色……。


「こんなに細かく設定できるのか。流石は大人気MMOだな」


 スライダーを動かすたびに、目の前に映る自分のアバターが即座に反映される。

 腕を回せば、筋肉の張り具合まで変わる。

 髪色を暗めの黒にすれば、光の加減で青黒くも見える。


「おいおい、こんなのキャラクリだけで時間が溶けるだろ」


 MMOの醍醐味と言ってもいいキャラクリ。

 これまで遊んできた死にゲーは基本、キャラクリの幅が小さかったので正直、色々さわっているだけでも楽しくなってしまう。

 だが、こんなところで時間を割くわけにもいかない。


「とりあえずリアルのトレースで良いかな」


 既にヘッドギアに現実の自分のデータを保存していたため、トレースを押すと、実際に自分と似た姿のキャラが生成された。

 空白だった名前の欄も現実と同様に【ナギ】と設定した。


『ジョブを選択してください』

「これは……」


 次の画面で、俺は思わず息を呑んだ。

 戦士、魔導士、弓使い、僧侶……といった典型的なジョブが並んでいる。

 ジョブによって初期ステータスも変わり、装備も変わる。

 ここの選択は今後の進行にかなり関わってくる重要なものになるだろう。

 ジョブ欄を眺めていると、その中でもひときわ目立つジョブがあった。


【流浪人】

・出自も目的も不明のボロ布をまとった放浪者。


 見た目は明らかに外れ職。というか外れ職なのだろう。

 上にこれまでのプレイヤーがどのジョブを選んできたのか割合が記されていた。

 ジョブの数は8つ。戦士や魔導士はなんと20%もあった。

 しかし流浪人はなんと1%以下。不人気にもほどがある。

 

 だが、詳細ステータスに目を通した瞬間、俺は思わず笑った。


「……なるほど。これでどうにか整合性を保とうとしてるのか」


 初期スキルが皆無な代わりに、筋力、敏捷、魔力、耐久――などのすべての基礎値が他のジョブよりわずかに高い。

 尖った特徴はないが、平均して底上げされている。

 ただ、そのメリットよりデメリットが強すぎるのだろう。

 

【流浪人の特徴】

・初期専用スキルなし

・イベント発生率は他ジョブに比べ低め

・一部の施設やシステムを利用できない場合がある


「徹底的に不遇だな。自分でハードモードにしたい変態用ってことか」


 せっかくのVRMMOで、イベントや施設を利用できないなんて致命的に思える。

 きっと、初心者が誤って選ばないようにあえてデメリットを強調しているのだろう。

 だが、俺の口元は自然と緩んでいた。


「それでも基礎ステが高いのは嬉しいな」


 基礎ステータスはどんなアイテムよりも価値がある。

 俺はそれをこれまでの死にゲーで学んできた。

 どんなに不遇だろうが、基礎が高ければやりようはあるのだ。

 むしろ、他のプレイヤーが選ばない職でどこまでいけるか、そっちの方が面白いに決まっている。


 俺は迷わず流浪人を選択した。

 瞬間、画面全体が赤く染まり、無機質な警告が表示される。


『本当に【流浪人】を選択しますか? 一度選択すると他ジョブへの変更はできません』


 まるで「やめておけ」と言わんばかりだ。

 だが、俺にとってはその赤文字すら挑発にしか見えなかった。


「そう言われたら余計に選びたくなるよな」


 俺は迷わず「はい」を押す。


『ジョブ:流浪人を選択しました。初期スキル:なし。初期装備:木の棒。キャラクター生成を完了します』


 冷たい電子音声がそう告げると同時に、視界が急速に暗転していく。


『それではナギ様。エクリプス・リンクをお楽しみください』


 最後に響いたのは、そんな一言。

 次の瞬間、背筋を凍らせるような冷気と、湿った空気が全身を包み込んだ。


「ここは……」


 目を開ければ、そこは冷たい石造りの地下。

 壁一面に苔が張りつき、鉄格子の影が床に落ちている。

 手には本当に頼りない木の棒一本。

 身体を覆うのは一応装備扱いされている薄汚れたボロ布だけ。


「ちょっと動いてみるか」


 試しに腕を振ってみる。

 木の棒を握ったまま、肩から大きく回す。


「……おお、すげぇ!」


 関節の可動域、筋肉の伸縮、足裏の感触。すべてが現実そのまま。いや、むしろ現実以上に快適だ。

 現実ならぎこちなくなる動きが、ここではまるで油を差したように滑らかに繋がっていく。

 重心移動も、呼吸のリズムも、違和感がまるでない。

 試しに軽く跳ねてみれば、石畳に着地したときの反響音が鼓膜を打ち、足裏に硬さが伝わる。

 それでいて不快感はなく、むしろ心地よいリアルさだ。


 これまでVRの死にゲーを百以上プレイしてきたが、どのゲームよりもクオリティが高い。

 これほど体が動かしやすければ今までの死にゲーももっといろいろなことが試せるのに……と思うのは野暮だろう。


「これは楽しみだな!」


 思わず口に出ていた。

 死にゲーに慣れた俺でも、ここまでの没入感は初めてだ。

 これならどんな戦いでも、全身で堪能できるに違いない。

 死にゲーとまではいわずとも難易度が高いゲームであることを願うばかりだ。


「さて、とりあえずここから出るか」


 見たところ地下の遺跡のような場所だろうか。

 そこまで大きな施設にも思えないが、おそらく……


(周りに人の気配が無いことを見るに、まだオンラインモードになっていないチュートリアル段階、もしくはジョブごとによる初期位置が違うって感じかな)


 そんなことを考えていると――


 ふわり、と前方の空間が揺らめいた。

 光の粒が集まり、小さなシルエットを形作る。

 やがて現れたのは、丸い耳とふさふさの毛並みを持つ、猫のような不思議な小動物だった。

 体長は子供ぐらいの大きさ。

 白と灰色の毛がふわふわと揺れ、クリクリした目がこちらを見上げている。


「初めまして! 不死の開拓者様!」


 可愛らしい高めの声が冷たい地下に響く。

 そのゆるふわなファンタジーな見た目と、この薄暗い地下があまりにも不似合いすぎる。

 間違いなくここで現れるモンスターやNPCではないように見えるが……


「私はナビゲーションAIの【ミーミ】! よろしくお願いしますにゃ!」

「にゃ?」 

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