1章 幕間

幕間1 出会い

 それはいつかの記憶。

 今よりも昔の、とある日。まだ父さんが生きていた頃。

 ある場所に僕と父さんが訪れた。

 そこは大変きらびやかな場所。

 お父さんが言うには、社交パーティというのが行われているようだ。

 今まで見たことのない世界、人々、そしてその様子に僕は目を奪われていた。


「ユウ、これから会うお方の前ではいい子にしているんだぞ」


 父さんの言葉。

 それを聞いて、僕は身を引き締める。


 どんな人と会うのだろう……。


 僕は父さんの後を追いかける。

 会場の奥へと進んでいく父さん。

 すると、とある人の前で立ち止まり、急に跪いた。


「魔王様。お招きいただき感謝いたします」


 そしてその人物は跪く父さんの腕を掴み、その行為を止めようとする。


「やめろ、テオ。顔を上げてくれ」

「しかし……」

「私とお前の仲ではないか。友のお前にそんな事をされては、気まずいではないか」

「そ、そうですか……」


 そして父さんは立ち上がり、魔王と呼ばれた人物に向かい手を差し出す。


「お久しぶりです、レグニール様」

「あぁ、久しぶりだ、テオ」


 そして魔王と呼ばれた人物も手を出し、二人は握手をした。


 魔王と呼ばれた人物は、豪華な服を着て、長髪で髭を蓄えた、いかにもダンディーなおじさん。

 周りをすれ違う人たちが、魔王と呼ばれた人の前で一礼をする。まるでこの人が特別って感じだ。


 父さんと魔王と呼ばれた人物の話し声が聞こえる。


「イスカ殿に関しては、誠に残念だった。私たちもお前の元に駆け付けていればよかったのだが」

「いえ、魔王様に置かれましては、いまだ国の実権を握ったばかりの慣れない時。時間も取れなかったご様子。お気遣いだけでもありがたく思います」

「ふむ、そうか……」


 そして魔王と呼ばれた人は僕の方へと目を向ける。


「この子が例の子、か?」

「はい、私の息子でユウと申します。世界の希望です」


 父さんと魔王と呼ばれた人が僕を見つめる。具体的には僕の右の腕だ。


「本当にこの子の腕に、あの『喰らいし者』の紋章が浮かんだのか?」

「はい。イスカがこの子を産んだ時に、その紋章が光り輝いておりました。今は光は失っておりますが、それは紛れもなく『喰らいし者』の証です」

「ふむ、伝説の再来か……」

「悪が復活する時、また『喰らいし者』も現れると言われます。おそらくこの時代がその時なのでしょう」

「この子が、そんな定めをおってしまうなんてな」


 魔王と呼ばれた人の目が、一瞬憐みの目を浮かべた。なぜそんな目を浮かべたのか、僕は分からない。


 父さんたちの会話は続く。


「テオ、この後はどうするのだ?」

「……今まで悪の手からこの子を守ってきました。しかし悪は日に日に増大になっています。私ひとりだけではこの子を守りきれません。なので──」


 そして父さんは魔王と呼ばれた人に向かい、頭を下げる。


「どうかこの子を預かっていただけませんか? この子の力が目覚めるその時まで、この子を守っていただきたいのです」

「テオ、そなたはどうするのだ?」

「私は引き続き悪を引き付けながら、悪の情報や『喰らいし者』の伝承を集めてまいります。この子がもしその時、悪と対峙する時になった時に、情報は大きな武器になるでしょう」

「そうか……」


 魔王と呼ばれた人は朗らかな顔を浮かべる。


「頭を上げてくれ、テオ」


 頭を上げる父さん。するとそんな父さんの手を彼は握る。


「任せてくれ、テオ。親友の息子だ。私の息子だと思って、この子をいつまでも預かろう」

「ありがとうございます」


 すると魔王と呼ばれた人が、僕に顔を向け微笑まれる。


「ユウ君と言ったかな?」

「はい」

「自己紹介がまだだったな。私の名前はレグニール・ガートランド。この国で魔王を務めている者だ」

「魔王?」

「ははは。そう言われてもピンとこない感じか? とりあえずこの国で一番偉いと言った感じだな」

「一番偉い!? す、すごいですね!?」


 その言葉を聞いて僕は驚いた。

 魔王という言葉は今の僕にはよくわからなかったが、一番偉いと言われてすごいと思ってしまった。

 この魔王様、その人と知り合いな父さんも、みんなすごいと思った。


「魔王様」


 すると魔王様に声を掛ける人がいた。

 声の主が小さな女の子を連れて、こちらにやって来る。


「おぉ、ミスラか」


 女性が、魔王様の前で一礼をする。


「テオが来てくれた」

「まぁ、テオ殿。お久しぶりでございますわ」

「えぇ、ミスラ様もお久しぶりにございます」


 女性に頭を下げる父さん。


 ミスラと呼ばれる人物も、豪華なドレスを纏い、その視線は鋭く、気難しそうな印象を持ったのだが、父さんに向ける笑みがどこか優し気な色を浮かべていた。


「あら? この子はテオ殿のお子さんですか?」

「はい、私とイスカの息子で、ユウと申します」

「そうですか……イスカ殿が命を懸けてお産みになった子、ですか」


 そしてこちらを見る女性はしゃがみ、僕と同じ目線になってくれる。


「わたくしはミスラと申します。魔王、レグニール様の妻ですわ」


 そう挨拶されて、僕は慌てて頭を下げる。

 魔王様の妻という事は、この人も国で偉い人なのだろう。

 相次いで偉い人に会ったことによって、僕の心臓は高鳴っていた。


「ふふふ、可愛らしい子ですね。よろしくね、ユウ君」

「は、はい!」


 僕と挨拶したミスラ様に魔王様はこそっと話す。


「テオ殿にこの子を任されてな。しばらくは私たちでこの子を預かることになった」

「あら? それではこの子もわたくしたちの家族になりますわね。息子たちと仲良くできればいいのだけれど……」


「お父様、お母様」


 すると近くにいた女の子が言葉を発した。


「あら、システィア。そうそう、この子をしばらくうちで預かることにしたわ」

「む? そうなのか?」


 女の子が僕を見る。

 まだ僕とさほど歳が変わらないだろうか、まだ幼くも整った顔立ち、吊り上がった目が、僕を見つめる。

 綺麗な女の子に見つめられて、僕の心臓はドクンドクンとうるさいほどに音が鳴っていた。

 だけど、その視線から目を離せなかった。その綺麗な瞳に、僕の目は吸い込まれていた。

 こんな綺麗な子、僕は今まで出会った事が無かった。


 ──それはもしかしなくても、一目惚れだったのだろう。あとで振り返った時に、そう確信できたのは、もっとだいぶ後の事だった。


「私の名前はシスティアだ。お前の名前はなんて言うんだ?」

「ぼ、僕は……」


 綺麗で真っ直ぐな瞳が見つめてくる。

その瞳に僕はおどおどとしていた。なかなか言葉が出ない。名前を聞かれているのに、緊張でなにを言えばいいのか分からない。

 僕を見つめる彼女の顔が微笑みを浮かべる。口角を上げた小さな唇は「ふふっ」と小さな息を吐く。


 ──あぁ、なんて綺麗な子なんだろう。


 すっかり僕は女の子に心を奪われた。一瞬で気になる異性へと変わった。


 ──これが恋心に変わるのは、しばらく後の話。父さんが旅先で死亡したと言う知らせを聞いた後の事である。


 そして女の子の視線に射抜かれて、僕は何とか言葉を紡ぐ。


「ぼ、僕は……ユウ」


 何とか出したその名前を、システィア様は何度も呟く。


「ユウ、ユウ……そうか、ユウか……」


 その口ぶりはどこか歌を歌うかのよう。小さなメロディーを奏でるように、僕の名前を口ずさむ。

 そしてその口が、大きな笑みを浮かべた。

 彼女の手が僕の手を握る。


「いいな、ユウ! 気に入った!」


 そしてシスティア様は周りの大人たちに伺いを掛ける。


「お父様、お母様。ユウを連れて城を案内してもよろしいですか?」

「あぁ。構わない」

「ついでにユースティスにもこの子を紹介してあげなさい」

「わかりました」


 頷いたシスティア様は、僕の手を引っ張る。


「いくぞ、ユウ! 城を案内してやろう!」

「うん」


 そして僕たちは走り出した。



〇 〇 〇


 離れたシスティア姫とユウを見送りながら、微笑むミスラ王妃。


「ふふふ、すっかり仲良くなって。これは二人の仲を取り持つ必要はなさそうですね。このままあの二人の仲が良い感じになれればいいのですが」


 それを聞いて驚くテオ。


「まさか! うちの息子と姫様がですか!? それはなりません!」


 そんなテオに魔王は首を横に振る。


「いや、テオ。あの子、システィアは『喰らいし者』の護り手だ。悪から『喰らいし者』を護るため、システィアはユウ君に生涯身を捧げなければならない。それは神話にも語られている事だ」

「し、しかし……」


 そう難しい話をする二人に、ミスラは微笑みを浮かべる。


「よいではありませんか。護り手など関係なく、これからの世代を担う役目を、あの二人に任せるのも」

「うむ、そうだな。人間族と魔人族の架け橋となれれば、世界の未来は明るい」

「うむむ……」


 魔王と王妃の言葉に、「まさかうちの息子が」といまだ腑に落ちず納得しきれないテオ。



〇 〇 〇


 城内を走る僕とシスティア様。

 僕はシスティア様に手を引かれたまま、その後を追いかけていた。

 どこか高揚感を覚えていた。ドキドキが止まらなかった。

 これは僕だけかと思ったら、それはシスティア様も同じようで──。


「なんだろう、お前と共に走っていると、どうしても胸のドキドキが止まらない。だけどそれがどこか心地いい」


 前を走るシスティア様がどんな表情を浮かべているのか分からない。

 耳を真っ赤に染めた彼女が、言葉を紡ぐ。


「これからお前にたくさんいろいろなものを見せよう! そして共にいろいろなものを見ようではないか!」

「うん!」


 そして僕たちは広大な城の中を走り回るのであった。

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