第20話『メンヘラ地獄』
家の中に引き戻され、4人のメンヘラ女たちに連行される形でリビングに向かう。
「なんでソファーに包丁刺さってるの?」
「色々あって……」
「ふうん。まあいいや」
放置していた包丁に目をつけた依織が、ブシュッとそれを引き抜いて右手に持つ。
制服と包丁。上からエプロンでも着ていればお料理JKとして映えそうだが、依織の場合は怖さしか感じない。
てか、なんで包丁を持ったままなのか……。
「そこに座りなさい、青鳥くん」
「はい……」
夜美先輩からソファーに座るよう指示され、俺は腰を下ろした。左右に心愛と依織が座り、正面に天宮と夜美先輩が立つ。
やはり逃げ場はどこにもない。
4つの視線が注意深く俺に向けられている。
「さあ、青鳥くん。説明していただきましょうか。これは?」
夜美先輩が口を開く。
「青鳥。ちゃんと答えて。依織とキスしたの? 本当にしたの?」
「したよ。わたしと要は、キスをした」
「依織に聞いてない! 嘘だって言ってよ、青鳥……」
「嘘じゃない。だって要、避けなかったもん。ベロだって――」
「やめてぇぇぇぇっ! 聞きたくない! そんなの聞きたくない……っ!」
天宮が両耳を塞いで叫ぶ。
依織は満足げに口元を歪めていた。
「現実を認めなよ、来夢ちゃん。要が選んだのはわたしなの」
「あなたを選んだ? 馬鹿を言わないでください」
夜美先輩が口を挟む。
「あんな一方的かつ、青鳥くんの意思を無視したキスでなにを勘違いしてらっしゃるの?」
「自分だけ年増だから焦ってるんですか? 見苦しいですね、生徒会長さん」
「あらっ。挑発で話をすり替えるなんて、後ろめたさの裏返しでしょうか?」
「は?」
喉元から捻り出すように、依織が低い声を漏らす。
睨み合う両者の間に危うげな火花が散った。
「可哀想に。自分が求められていないことを本当は理解しているのでしょう? そう思うと、なんだかあなたの蛮行も健気に思えてきますね」
「わたしは要に求められてる……! 幼馴染なんですよ、わたしたち……!? ずっと前から一緒で……!」
「そうですね。ずっと前から一緒だった」
夜美先輩が優雅に微笑む。
「それなのに、青鳥くんは音塚さんを選ばなかった。長い時間があったのに、何年も前から一緒だったのに、それでも選ばれなかった。それが答えでしょう?」
「違っ……!」
「青鳥くんが本当に音塚さんを求めていたなら、とっくにふたりは付き合っていたのでは? そうならなかったのは――ああ、つまりそういうことなのですね」
「黙って……!」
「長年積み重ねた思い出も、幼馴染という絆も、結局は青鳥くんの心を動かすには不十分だった。だから焦って、一方的なキスという暴挙に出るしかなかった。違いますか?」
「黙れって言ってるでしょ……!」
怖いよぉ……。
2匹のライオンに挟まれているような気分だ。
夜美先輩は顎を上げながら笑った。
「それともうひとつ。私が焦っていると音塚さんは仰っしゃいましたが、なにを馬鹿なことを。あなたとは、あなた方とはすでに立っているステージが違うのです」
「先輩! 頼むからこれ以上話をややこしく――」
余計なことを言いそうだったので、俺はその前に止めにかかった。
だが、ヘラった女たちは目ざとい。先輩の含みある発言を敏感に察したらしい。
「要は黙ってて!」
「お兄ちゃんは黙ってて」
「っ…………」
横のふたりに制されてしまう。
唯一、天宮だけは俯いて黙り込んでいた。
依織と心愛の注目を浴びながら、夜美先輩はうっとりと頬に手を当てる。
「青鳥くんと私は、とても深く繋がりましたから。交わりましたから」
「繋がった……?」
「交わった……?」
「今朝のことです。私たちは裸で抱き合いました」
ああもう……!
やっぱり余計なことを言いやがった!
しかも、自分に都合のいいように話を脚色して!
「どういうこと要。説明して」
「お兄ちゃん。本当なの……?」
「青鳥くんの腕が私の背中を包み込んで……あの温もりは今でも鮮明に思い出せます」
「ねぇどういうこと要?」
「ちゃんと答えて。返答次第では心中だから」
「幸せでした。私の初めてを、あんなにも優しく」
「おかしいよね? 普通じゃないよね?」
「嘘だよこんなの……私のお兄ちゃんが……」
頭の中がパンクしそうだ。3人同時に喋っているせいで、誰になにを言えばいいのかわからない。
いや、待てよ。3人……?
違和感に気づく。この場には4人いたはずだ。
「……うぅっ」
件の人物に意識を向けると、ぺちゃくちゃ捲し立てる3人の声に紛れて、小さな嗚咽が聞こえた。
天宮からだ。
次の瞬間、天宮は両手で顔を覆いながらその場に膝をついた。
「うぇぇぇぇぇぇんっ……!」
恥も外聞もなく、大声で泣き始めた。
「やだぁぁっ! やだやだやだぁぁぁっ! 青鳥はあたしのなのにぃぃっ……! なんでみんなして、あたしから青鳥を奪って……!」
天宮が床を叩く。
だが、泣こうが喚こうが、他のやつらは容赦しなかった。
「違います。青鳥くんは私のものです。私たちはすでに体を重ねたのですから」
「お兄ちゃんは私のですけど」
「いつ要が来夢ちゃんのものになったの? 泣けば慰めてもらえるとか思ってるの? そういうところが本当に……」
3人の発言を意にも介さず、天宮は床を這いながら俺に近づいてきた。
脚にしがみつかれる。
「青鳥はあたしのっ……あたしだけのっ……!」
「いい加減にしてください、天宮さん。あなたの付け入る隙なんてありません。青鳥くんと私はすでに大人の関係なんですから」
「年増がっ……」
「あらっ。幼馴染という肩書きにしがみついて、過去の思い出を武器にするしかない人に言われたくありませんね」
「さっきから好き勝手言って……!」
「お兄ちゃんに手を出すなら、あなたたち全員敵だから」
「青鳥ぃぃっ! あたしを見てぇぇっ! あたしだけを見てよぉぉっ!」
「離れなさい、天宮さん」
「要。お願い、わたしだけを見てよ……」
「お兄ちゃんは私と一緒にいればいいんだよ」
「いいえ、私だけの青鳥くんです」
「私の!」「わたしの!」「あたしのなのぉっ!」「私のお兄ちゃん!」
誰かが誰かを押し、誰かが誰かの髪を掴む。
ソファーの上で俺の体は左右上下に引っ張られ、4人の女が俺を中心に取っ組み合いを始める。
そしてリビングは戦場と化した。
マズい。完全に収拾がつかなくなってしまった。
誰かを宥めようとすれば、他の誰かが激昂する。
誰かに飴を与えれば、他の誰かが嫉妬に狂う。
個別対応が通用しない。
しかし、このままでは間違いなく誰かが怪我をする。
怪我ならまだいいが、最悪の場合、死人が出るかもしれない。
依織は包丁を持っている。誰かが誰かを殺すか、あるいは誰かが自殺するか。拉致監禁したり、無理心中を試みるやつがいるような空間だ。なにが起こっても不思議じゃない。
でも、どうすればいい?
どうすれば、このメンヘラ地獄から抜け出せる?
飴を与え続ける?
それはもう限界だ。今日証明された。
複数人が同時にいる状況では、飴は毒にしかならない。
俺は……俺は決断しなくちゃいけない。
その場しのぎじゃない、根本的な解決を。
全員に平等で、全員が納得できる、そんななにかを。
そのためには――。
「いい加減にしろっ……!」
ソファーから立ち上がり、俺はありったけの声を振り絞った。
瞬間、取っ組み合っていた4人が驚いたように静止する。
「毎日毎日お前らのせいで休まる暇もない! 家でも学校でも、どこにいても追いかけられて! スマホは通知で埋まって! プライバシーなんてゼロで! 俺の人生をなんだと思ってんだよ……!」
天宮が、依織が、心愛が、夜美先輩が、それぞれ口を開きかける。
「待て! なにも喋るな! 全員、黙って俺の話を聞け!」
一瞬でも隙を与えれば、こいつらは即暴走する。
「けど、わかった。お前らが俺をとんでもなく好きなのはわかった。好意を向けてくれるのは素直に嬉しいよ」
それが本音だ。狂っていても、歪んでいても、その気持ち自体を否定する気にはなれない。
感情の出力方法が全員おかしいだけなのだ。
「だから――」
短い呼吸を挟み、俺は決断を口にした。
「高校卒業までに、この中のひとりと付き合うことを約束する」
「「「「えっ!?」」」」
「ただし、それには条件がある」
4人の視線が俺に集中する。
一瞬の静寂。この隙を逃してはいけない。
「付き合う条件は、まともになることだ」
俺は、この場にいる全員に向けて宣言した。
「メンヘラを克服したやつの中から俺はそのひとりを選ぼうと思う」
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【天宮来夢】(変動あり)
依存度:★★★☆☆→★★★★☆
危険度:★☆☆☆☆→★★☆☆☆
病み度:★★★☆☆→★★★★☆
【綾倉夜美】(変動あり)
依存度:★★★☆☆→★★★★☆
危険度:★★★☆☆→★★★★☆
病み度:★★★☆☆→★★★★☆
【音塚依織】(変動あり)
依存度:★★★★☆
危険度:★★★☆☆→★★★★☆
病み度:★★★★☆
【青鳥心愛】(変動あり)
依存度:★★★★★
危険度:★★★★☆
病み度:★★★☆☆→★★★★☆
更新頻度が遅くなってしまい申し訳ございません。
書籍化作品の執筆と同時並行で進めているため、高頻度での投稿が難しい状況でして……。
更新が不定期だと読者の皆様にご不便をおかけすると考え、今後は投稿日時を固定化していくことにしました。
更新は週2回(水曜&日曜の0時5分)を基本とします。ただ、進行状況によっては日曜のみの更新だったり休載になる場合もございます。あらかじめご了承ください。
カクヨム内のコンテストに応募できるよう、本作は少なくとも区切りのいいところ(1巻相当である約10万文字)までは続けていきます。
無理のない範囲で連載していこうと思いますので、どうか最後までお付き合いいただけますと幸いです!
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