第23話 ウィルヘルム 己の異名を知る

 ウィルヘルムにとっての誤算は、ウィルヘルムの存在は別の名前で有名だったということである。


「ウィルヘルム・フォン・ベルン……。確かにどこかで聞いたことのある名だと思っていたが、まさか、『鱗断ち』だとはな。なぜ黙っていた?」


「いや、鱗断ちって、何それ知らん……」


 この豪華な部屋は、ミスシダの街の区役所にある街長の執務室である。その席を奪ったウィルヘルムは、近頃は執務室に詰めっぱなしだ。ガーネルトムは傭兵を取り纏めるのに、リンドーは霊薬ポーション作成に、セッカは商工士組合の会長補佐に忙しくしており、こうして集まるのは久しぶりである。

 ガーネルトムは執務室に入ってくるなり、『鱗断ち』についてウィルヘルムに問い詰めた。


「昔、お前はベルトリアに来たことがあると言っていたな。そのとき、お前が『黒竜ヴァルノクス』を倒したのか」


「ヴァルノクスという名前だったかは覚えてないが、黒い竜を殺したことはある。もちろん、ひとりではないぞ。お前さんのファンテラ族やベアル族の力を借りなければ、成し遂げられなかったことじゃ」


「そのときのファンテラ族を率いていた者を覚えているか」


「……もちろん。ベリオルム。お前さんとは違う毛色のファンテラ族じゃったな」


「ベリオルムは私の父だ」


「何? それは……、世間は狭いのう。待て。ということは、わしは戦友の娘を妻に迎えるのか? 気まずくないか、それは」


「そんなことを言っている場合ではない!」


 ガーネルトムが執務机を叩くので、書類の山が崩れて床に散らばった。


「そんなに怒るな。せっかくの美人が台無しだぞ」


 ガーネルトムは歯噛みしながらウィルヘルムを睨みつける。ウィルヘルムは肩を竦めて、降参の意を示した。

「だいたいだ。魔王グリムネルはお前の知り合いだろうが。これをどう説明するつもりだ」


「それについても知らんよ、わしは。黒竜を倒したとき、グリムネルなどという魔術士は居らん。魔術士自体が居らんかったんじゃ。わしを責めても何も出てこんぞ」


 リンドーが二人の会話に割って入る。


「王が治世のために話を捏造するなんて、日常茶飯事でしょう。けど、そんな話をしに集まったわけじゃないよ。本題を話そう」


 リンドーは言い辛そうにするが、覚悟を決めてハッキリと言う。


「ウィル、こんな話したくはないけど。これだけあなたの噂を流しても、レイちゃんの話が入ってこない。あの子は、もう死んだものと考えた方がいい」


「……」


 ウィルヘルムとガーネルトムが黙ってしまった。二人もわかっているのだ。セッカが沈黙を破り、その情報網で知りえた内容を言う。


「それについて、少しわかったことがあるのですが……」


「レイの情報が入ったのか⁉」


 ガーネルトムがセッカに掴みかかる。


「ちが……、そうじゃない。落ち着いて、ガナー」


「違うのか……」


 ウィルヘルムが中断した話を促す。セッカは落ち着いた様子で話し始める。


「行商たちから聞いたのですが、あなたの『ウィルヘルム・フォン・ベルン』という名前。思った以上にこの大陸に広がってないかもしれません」


「そう……なのか? かなり派手に動いたつもりだったが……」


「はい、それは問題ないと思います。問題は……、既にあなたの名前が、この国に別の名前で広まっているということです」


「どういう意味じゃ?」


「建国の叙事詩にあなたが登場するのです。あなたは英雄として描かれている。けれど、恒人メネル族とも、ウィルヘルムという名でも語られていない。『鱗断ち』という異名で語られています。そして、この街を支配したのは『鱗断ち』であると、人々は噂しています。そうなるとレイの耳に、ウィルヘルムという名が伝わる可能性は低くなる……」


「だが、モルテンや他の商人は、わしの名を聞いたことがあるようだったが、あれはどういうことじゃ」


「昔は本当の名前も一緒に語られていたのだと思います。ただ、ウィルヘルムという名は、この国では馴染みのない発音です。語られていくうちに、異名ばかりが残り、若い世代はその名を知りません。実際、私も鱗断ちの名は知っていますし、モントベルグの騎士ウィルヘルムの名も知っていましたが、それが結び付くことはありませんでした。ガナー、あなたはどうだった。父親から何か聞いていたのではない?」


 ガーネルトムは少し考えてから、気まずそうな顔をする。


「……ないな」


 セッカは(あ、これは忘れていたな)と思ったが、今は追及しても仕方がない。セッカはウィルヘルムに言う。


「モントベルグ王国に攻め込んだ魔王軍は、ほとんどが全滅したそうです。逃げ延びてきた兵の話では、最後まで撤退命令は出なかったとか。ただ……」


 セッカは言葉を切った。


「モントベルグに現れた、あの魔物。あれと良く似た魔物が世界中で目撃されているようです。各国は多大なる被害に遭ったとか……。モントベルグのときは一瞬で消えてしまいましたが、他の国ではかなり長い間、留まっていたとか。この話が本当のことだとすれば、同盟軍の到着はさらに遅れることになるでしょう」


 モントベルグを襲った屍霊術士ギリムが召喚した魔物は、巨大で不気味な悪魔だった。そんな魔物が無数に存在するとは考えたくはないが、セッカの情報は確度の高いものである。


「ウィルヘルムさま、兵を起こすならば今しかありません。兵は帰って来ず、王との連絡はつかない。このことを不満に思う者は、かなりの数になります。あなたの名を持って王に反旗を翻すと宣言すれば、他の街も続くでしょう。同盟軍による横槍の心配を気にせず、この国を手中に収めることができるかもしれません」


 兵は帰って来なかった。多くの若者が兵として連れられ、そして帰って来なかったのだ。しかも、その説明はなにもなく、王はだんまりを決め込んだままだ。この恨みが国外に向かう可能性もあるが、多くは国内の指揮を執った者に向かうことになる。

 さらには街への来るはずの徴収人すら訪れなくなった。ウィルヘルムたちがベルトリアに来たころまでは、食糧、鉱物、金銭など、戦争に必要な物の多くが取り上げられた。しかし、近頃ではそれすらないのである。戦争での臨時徴収だけでなく、平時の徴収まで行われないのだ。実質的に行政は止まってしまったと言って良い。ウィルヘルムたちがこの街を奪わなければ、もっと悲惨なことになっていたかもしれない。


「確かにな。だが、わかっておるだろう。事態はもうその段階を過ぎておる。王都ホルムベルとの連絡がつかないのは、なにも魔道具に限った話ではない。のじゃ。行った者は帰って来ず、あちらからやってくる者もいないじゃからな。その不帰カエラズの王都に、兵を向ける危険は冒せんよ」


 今のウィルヘルムは、ベルトリア国民には、魔王によって遣わされたと誤解されている。

 なにせ、魔王はウィルヘルムの戦友と言うことになっているのだ。国の一大事に、王が呼び戻したと思われても仕方がない。否定することもできるが、それはそれで反発を招く結果になるだろう。ただでさえ混乱するこの国を、さらなる混沌コントンに落とすのはウィルヘルムの望みではないのだ。

 王を暗殺しようとしている者の思考ではないことは、ウィルヘルムも理解している。だが、ウィルヘルムはなるべく穏便に事を片付けたい理由があった。その理由については、誰にも話していない。


「じゃあ、どうするの? ここでレイちゃんをずっと待つつもり?」


 黙っていたリンドーが言った。ウィルヘルムは考え込むように自分の髭を撫でた。彼の発言を皆が待つ。


「……」


「……ウィルヘルム?」


「良し、わかった。街長は辞めじゃ。無駄骨に終わったが仕方がない。やることをやって、あとはレイリアルを大々的に探すことに注力する。そうしよう」


 そんな気がしていたリンドーは、額を押さえた。


「あのね、あなた。この街をこんなにしておいて、そんな簡単に捨て置けるわけないでしょ! ちょっとは後先考えて発言しなさいよ! あなたは今、この街の長であり、この街の人たちの命を預かってるのよ!」


「なんじゃ、そんなに怒鳴らんでも良かろう……。この街にはちょっと立ち寄っただけじゃないか。長という地位が役に立たんというなら、それに固執することもあるまい。何も黙って出ていくわけではないぞ。誰かに席を譲れば良い」


「だから、そんなに簡単に譲れるようなものじゃないって言ってるの!」


 リンドーとウィルヘルムの喧嘩が始まってしまった。セッカとしては、ウィルヘルムはモントベルグ王国のために、離間の計の一環として、反乱軍を起こすのだと思っていた。そのための下準備もしていたのだ。だが、ウィルヘルムにその様子はない。本当にレイリアルのためだけのここまでのことをやったのだとしたら、この戦士は狂っているとしか思えない。

 モントベルグ王国でもこの調子でいたのであれば、狂ってはいるがそれが結果的に良い方向に転がって、今のウィルヘルムがあるのかもしれない。二度も国を滅ぼしかけたとは聞いたことはあるが、結局は滅んでおらず、モントベルグ王国は発展している。

 セッカはリンドーのことは気にせず、ウィルヘルムに問う。


「では、いつ発ちますか」


「明日」


「んなことできるわけないだろうが、このガキ!」


 リンドーは机に上ってウィルヘルムの襟を持って振り回している。ウィルヘルムも良いようにされており、二匹のフェアリーも真似して、彼の髪の毛を持って引っ張っている。


流石サスガに明日は厳しいですね。仕事の引き継ぎもしたいですし。一週間は貰えませんか」


「む。しかしな。善は急げというじゃろう」


 ガーネルトムもウィルヘルムに詰め寄った。


「悪いがウィルヘルム。オレたちはお前ほど冷徹にはなれない。この街にも愛着がわいている。レイのことがあるとはいえ、街を見捨てることはできない」


「……わかった。では……、一週間で準備しろ」


 リンドーはウィルヘルムの頭を叩く。


「あんたも街長の仕事を引き継がせるんだから、他人事みたいに言うな!」


 そこから一週間は、寝る間もないほどの忙しさになる。

 突然の街長の交代劇。商工士組合で重要な役割を果たしていたガーネルトム、リンドー、セッカの降板。

 街は混乱に陥り、祭りでも始まったかのような目まぐるしさとなる。実際にお祭りだったとも言える。街の重要な役割が、幾つも空いたのだ。野心ある者たちは、競い合って自分が相応しいと喧伝した。

 ウィルヘルムは面倒なので、モルテンに街長の後任を(またも)丸投げし、盛大に彼の不興と買う。商工士組合の役員を決めるとき、組合員に投票によって決めた。モルテンは街長を決めるのも、それをやろうと考えた。王制の多いこの世界で初めて、住民による投票による為政者の決定、つまり住民投票が行われることになる。もちろん、準備は一週間で終わるわけがないので、しばらくはモルテンが街長代理だが、そこは仕方がないと諦めた。


「本当に行くつもりか、ウィルヘルム。私は嫌な予感がするぞ」


「そんな予感は、いつもしておるじゃろう。もっと前向きに考えろ。厄介な目の上のたんこぶが取れるんじゃ。喜んで送り出せば良い」


 モルテン以外には、街を去ることすら伝えていなかった。見送りは彼ひとりである。

 霊薬ポーション作成に携わっていたフェンネルにも黙っていた。彼はまだまだ立派とは言えないが、リンドーが見つけてきた元冒険者の魔術士の元で、仕事に励んでいる。別れも告げずに去るのは心苦しいが、突然去る理由を問われても、嘘を重ねるだけである。だから、何も言わなかった。

 ウィルヘルムがここまで急いでいた理由は、魔王軍の召喚する悪魔が理由だ。ギリムの様子からして、あの召喚魔術には多数の命を犠牲にする必要があるのだと予測していた。それが無数に現れたのであれば、それだけ大量の命が失われたことになる。そして、その出現時間も伸びていたのであるなら、魔術はより高い完成度となっているのだ。

 これが一度で済むはずもない。魔王はさらに命を犠牲にして、あの悪魔を召喚しようとしている。このベルトリア国民こそが、その最後の生け贄なのではないだろうか。その考えがウィルヘルムの中で渦巻いていた。


(判断を間違えたかもしれない。もっと早くに動いていれば……)


 ウィルヘルムは焦っていた。それを表に出さないのは、昔からの癖だ。

 街を出るとき、門兵たちに呼び止められる。詰問されるわけではない。兵たちはウィルヘルムを囲んだが、和やかなものだ。


「ウィルヘルムさま、ご出発ですか! いつお戻りになられるのでしょうか」


「戻りか。うむ、いつになるかな」


「護衛は必要ありませんか。何人か用意できますが……、いえ、ウィルヘルムさまには必要はないかもしれませんが、魔物は油断なりませんから」


「いや、必要ない。この街のことを頼んだぞ」


「ハッ!」


 兵士たちが槍を掲げて敬礼し、ウィルヘルムたちを見送る。ベルトリアでは別れは常に『今生の別れ』と同義だ。兵士たちはウィルヘルムの姿が見えなくなるまで見送った。


 ◆


 レイリアルはゴルサには感謝していたが、それとともに煩わしくも思っていた。

 ゴルサは街や村に寄るたびに何泊もして、困り事や魔物退治を手伝った。時間がかかる。まるで、先に進みたくないかのように、レイリアルを足止めするのだ。

 もちろん、それが悪い事ばかりだったわけではない。そのたびに報酬で潤うし、経験を積むことで実力も上がった。ウィルヘルムたちを探す時間も必要だったから、レイリアルも強くは反対しなかった。ようやく王都へ続く街道上の、王都の目前の街コルムシダルに来ることができたのは、ひと月をも時間が経ってしまった。

 ゴルサも旅に慣れ、どこに行っても恥ずかしくない振る舞いを身に着ける。冒険者としての振舞い、戦士としての振舞いだ。とにかく大声でしゃべり、酒を飲み、沢山食べ、大抵のことは笑い飛ばすのだ。そしてトラブルに巻き込まれて、足止めを喰らうことになる。


「ゴルサ。次また酔って暴れたりしたら、あなたをそこに置いていくから」


「レイ、悪かったって……。でも、出てくる物が酒なんだから仕方がないじゃないか」


「飲む前にわかるでしょう!」


 そんなやり取りをしながら、街に近付く、正規兵とも傭兵ともわからない者が、二人を外壁の上から問い質す。まだ日は高いのに、この街では門は解放されていない。小さな村ではそういうところもあったが、これほど大きな街では初めてだ。


「私たちはメネルのレイと、プリオナイル族のゴルサ。冒険者です。谷風の村を出発し、各地を巡りながらここまで来ました。旅に疲れて、もう歩けません。どうか、門を開けて貰えませんでしょうか」


 正確な自己紹介と、好感を持たせる礼儀、ハッキリとした発音の言葉。そして、少しの同情で大抵はうまくいく。


「わかった。だが、この門は、今は開けられない。梯子を降ろすから、それで登ってきてくれ」


 この高い壁を梯子で登るのは手間だ。この壁は魔法や魔術では登れないようにできているから、ゴルサも漁綱の加護では登れない。試練には持って来いだが、旅の最後には厳しいものだ。幸いなことに、二人が縄梯子に取り付いたの見た兵が、巻き取り上げてくれたので、疲れて足が縺れて落下死、ということはなかった。


「ありがとうございます。警戒が厳重ですね。何があったのですか」


「魔物だよ。来たばかりで悪いが、もし帰るなら今の内だ。戦いに参加することになったら、逃げることはできないからな」


「それでは、王都に向かうことは……」


「王都に? 無理だ。王都の方から魔物と霧が迫ってるんだ。悪いが詳しく話している時間はない。今は見張りに集中したいからな。入るか、帰るか、どっちにする」


 中に入ることを選んだレイリアルたちだったが、その光景に後悔することになる。

 目抜き通りの道に人が溢れている。忙しくしている者、泣き喚く者、悲しむ者、そして、ピクリとも動かなくなった者。ムシロに乗っている者は幸いで、固い石の地面に放置されている者もいる。死体が等間隔に通りを埋め尽くし、その隙間に生きている者もいた。戦火か、嵐でも過ぎ去ったかのような状態だ。

 街のあちこちで黒煙が上がっているのは、この死体たちを火葬しているのである。三日も経つとゾンビと化してしまうから、葬儀は簡素に手早く行うしかない。所々には魔物の死体が転がっており、街の中とは思えないほど荒れている。小さな村にて魔物の襲撃にあったこともあるが、ここまで悲惨ではなかった。


「レイ……、これは……」


 ゴルサが口元を押さえながら言う。魔物の血の臭いは酷いものだが、慣れてきていた。それでも人の血の臭いには、まだ慣れない。

 街に侵入した魔物は、全滅させることができたようだ。今は負傷者の治療を優先する段階にあるらしい。


「……ここに留まっていても仕方がないようです。王都に向かう方法を探しましょう」


「こ、この状況で……か?」


 確かに忙しそうに走り回る人か、悲惨さに打ちのめされている人ばかりだ。この状況で、王都に向かう方法を教えてくれる人を捕まえることは、かなり難しそうである。傭兵を雇うこともできそうにない。

 途方に暮れていると、ゴルサがレイリアルに話しかけた。


「なぁ、お前の仲間が、王都を目指していたのはわかるが……。この状況じゃ、引き返したんじゃないか。やっぱり、まだ行っていない街を探そうぜ」


 ゴルサには王都ホルムベルに向かう理由は、仲間を探すためと教えてある。


「それで諦める人たちなら良かったのだけど。残念ながら、こういう状況の方が彼らの好む状況です。王都に向かうことは諦めません」


 レイリアルはとにかく休める場所を探すために、目抜き通りを離れようとした。後ろの方でゴルサが声を上げた。レイリアルに何かを言っているのかと思い振り返るが、彼がさっきまで居たところには、その姿はなかった。

 レイリアルはゴルサのまだら模様の毛皮を探すと、すぐに見つかることを学んでいた。ただ今回は、見つけられたことは見つけられたが、同じような姿の猫の魔人デーモンがいることに驚いた。

 ゴルサは小さなプリオナイル族の腕を取り、半ば持ち上げるようにして詰問している。


「フェンネル……! お前、こんなところで何をしているんだ!」


「ゴルサ……? 離してよ! 今はこの人を治療しなきゃいけないんだ!」


「そんなことを言って逃げるつもりだろ……あぐっ!」


 レイリアルがゴルサの腕を捻り上げると、彼はフェンネルの腕から手を離した。フェンネルは気にせず何も言わず、地面に寝かせられた怪我人に、透明感のある赤い液体を飲ませている。


(治癒の霊薬ポーション……。どこかの街で作っているとは聞いていたけど……)


 魔人デーモン族と暮らすうちに、レイリアルも彼らのことに詳しくなってきていた。魔法の加護を持っている魔人は、魔術のことを加護の模倣、弱き持たざる者の力だと思う傾向がある。霊薬もその魔術のひとつだと考えられているので、この国ではあまり出回っていない。


「レ、レイ、わかったから、もう放してくれ……。腕が折れる……」


 レイリアルは捻り続けていたゴルサの腕を離した。


「どういう事情なの?」


 同じ少数部族のプリオナイル族だ。皆が顔見知りのようなものである。村から出ていった者のひとりであることはわかるが、それにしてもゴルサも妙な反応だ。


「フェンネルは……幼馴染だ。一年ほど前に村を飛び出して、それっきりだったんだ」


 ゴルサはフェンネルが怪我人の間を駆け回っているのを目で追っている。怒り半分、心配半分といった表情である。


「そうか、それで他の街でもプリオナイル族はいなかったか聞いて回っていたんだな」


 レイリアルが仲間を探しているのと同じように、ゴルサも友人を探していたのだ。

 フェンネルは治療師になったようだ。怪我の具合を見て、小さな瓶がいくつも入った鞄から適切な物を取り出して使っている。霊薬の扱いに慣れているようである。彼は鞄の中が空になると、体格の大きな狒々の魔人に何かを言った。そして、どこかに行ってしまおうとする。ゴルサは彼に呼びかけた。


「おい、フェンネル。暇ができたなら……」


「暇なんてない! 見てわからないのか⁉ 邪魔をするなら消えてくれ!」


 厳しく言われて、ゴルサは黙ってしまった。レイリアルが話を変わる。


「フェンネルさん。私も止血や縫合くらいならできます。お手伝いできませんか」


 ファンネルは反射的に怒鳴り返そうとして、なんとか止めた。


「だったら、止血だけ頼みます。可能であれば、助かりそうにない人がいたら、話を聞いてあげてほしいです。家族への遺言とか、そういうのを……。僕らは治療に集中したいから」


「わかりました」


 フェアリーがフェンネルの周りを飛び回り、何やら食べ物を貰ったり、話しかけたりしている。ゴルサは変わってしまったフェンネルを、少し羨ましく思った。

 レイリアルが動き出したのを見て、ゴルサも自分ができることを探すが、血を流し、痛みに呻く人たちを見て、目が眩んでしまう。仕方なく邪魔にならないように、通りの隅でフェンネルたちが治療を終えるのを待とうとする。けれど、懸命に働くフェンネルたちの姿に居たたまれなくなったゴルサは、荷物運びくらいなら、と手伝い始めるのだった。

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