第6話 類だから友を呼ぶ③
身霊研究所内部、研究室。時刻は15時を少し過ぎていた。
「あとはもう、計測され続ける数値を記録するだけだね。」
朝の騒動以降研究室に閉じこもっていた八真人と溝呂木は、ようやくひと段落したといった様子で大きく伸びをする。
「結果的に計測器に異常はなかったのだね、琴吹君。」
「ああ。だがそれはつまり、早朝の時間帯に霊的なインシデントが起きたことを逆説的に示しているわけだが。」
「……朝の一件からもそう思ったのだが、琴吹君、君にはその心当たりがあるのではないかしら?」
「……」
溝呂木の指摘を受けた八真人は、バツが悪い様子で虚空を見つめる。溝呂木はその様子を少し訝しみながらも、詰問の手を緩めることはなかった。
「琴吹君は我々のチームの主任研究員なのだ。研究について隠し事をしているのは、不誠実なのではないか?」
「分かってるさ。だが……あっ」
八真人の反論は、彼自身の腹の虫の鳴き声に阻まれた。溝呂木はその様子を見て
「ぷっ、ふふっ……」
と思わず吹き出した。
「いや、悪かったね。お昼どきは逃してしまったけど、近くで何か食べないか?」
「……乗った。アンタが気になってることも、そこで話してやるよ。」
「おいおい、誰に聞かれるか分かったもんじゃないんだぞ。それならここで話してしまえばいいじゃないか。」
「なんつーかな……突拍子もない話なんだ。こんな鬱屈とした空間じゃなくて、もっと開放的な場所の方がよく似合う馬鹿みたいな話だ。聞かれたって誰も真に受けやしない。」
八真人はそう言いながら白衣を脱ぎ、デスクの椅子へと掛ける。そしてデスクの上のカードキーを手に取ると、研究室の奥で作業をしている海咲と将揮の方へと向かった。
「少し出てくるが……将揮、大丈夫か?お前。」
八真人はふらついた足取りで試験管を持ち運んでいる将揮に声をかける。彼は朝と比べて明らかにやつれていた。
「ご心配いりませんよぉ、やわな鍛え方はさせてませんから!」
将揮の隣で記録をつけている海咲が、喋らない将揮の代わりに返答した。こっちは朝と比べ明らかに肌のツヤが増している。
「将揮に聞いたんだが、まあいい。キーを渡しておこう……将揮、何か買ってこようか?」
「栄養剤……頼みます……」
消え入りそうな将揮の声に応答を見せた八真人は、そのままカードキーを一つ海咲に預け、溝呂木と共に研究室を出た。
「さて、それじゃ聞かせてもらおうかね。早朝の霊的親和性の急上昇の原因とはなんなのか!」
「声がでけえぞ、溝呂木。」
溝呂木と八真人はラーメン屋に来ていた。研究所から徒歩3分ほどの距離にあるこのラーメン屋を、八真人は非常に気に入っているのである。二人はカウンター席の隣同士に座り、湯気の立ち上るラーメンを目の前にしながら興奮のあまり声が大きくなった溝呂木を窘め、八真人はラーメンを一口啜った。
「ああ、悪い悪い。つい嬉しくなってな。こうして二人でラーメンを食べるのも久しぶりだし、たまにはこういうのも悪くないとね。」
溝呂木は少し微笑みながら、赤くなった頬を誤魔化すように麺を啜った。
「……溝呂木、お前は魔力という概念を信じられるか?」
「この目で見て、その概念でしか説明できないのであれば、受け入れる覚悟はできているつもりだよ。」
「お前はそう言うと思ったぜ。」
期待通りと呆れを半分ずつ、といった様子で溝呂木に苦笑いを返した八真人は、早朝の出来事について溝呂木に語った。溝呂木は真剣な眼差しで考え込むように目線を下ろす。
「笑わないのか?」
「いいや、正直驚いている。困ったことに、論理的な反論もできそうにない以上、あの測定値を信用するしかないようだし。それで、その吸血鬼とやらはどこにいるのかね?」
「歩いて帰ったんじゃないか?起きた頃にはもういなかったよ。」
「へぇ……」
八真人はそう言うと、溝呂木から目を逸らしラーメンを勢いよく啜った。溝呂木は頬杖をつきながらその様子を見つめる。
「ほんと、よくそんなに食べられるよね。ラーメンにチャーハンにエビチリ?もっと栄養のバランスとか……」
「すみません、替え玉ください。」
「話聞いてる?ねえ。」
八真人の露骨な無視に、溝呂木は少し腹を立てたように問い詰める。
「そんなんだから、血が不味いって言われたんでしょ。」
「ああ、だから俺の寿命は結果的に延びたってことだ。」
「屁理屈じゃないか……」
溝呂木は呆れ果て、自分の頼んだラーメンの方へと向き食事を再開した。その後替え玉を三度繰り返した八真人が会計を全て支払い、二人は店を出て近くのコンビニへと向かった。
「食った食った。将揮に土産を買ってやらんとな。」
「まったく……面白い話を聞いた礼に会計はボクが持つつもりだったんだけど。」
「あんだけ替え玉したんだから、お前に払わせるわけないだろ。」
「ホントだよ!払えるわけがないだろう!ただでさえラーメンは高くなっているんだ……最近本当によく感じるよ。学生時代放課後や土日の午後に通っていたラーメン屋とは本当にラーメン屋だったのか!ってね!!……ん?」
溝呂木が涙目で昨今のラーメン価格高への演説を訴えていると、視線の先に警察に絡まれる女性を発見した。
「琴吹君、今朝君の部屋に出たという吸血鬼だが……」
「なんだよ、急に話変わったな。それでなんなんだそのゴキブリが出たかのような言い回しは。」
「そいつは金髪のツインテールの、背中にコウモリのような小さい羽を生やした、痴女だと言っていたな。」
「痴女みたいな格好な、実際はどうか知らんが……ま、海咲よりはマシじゃないか?」
「ん」
溝呂木は視線の先に映る女性を指さした。八真人は怪訝な顔をしながらも言われるがままに振り返ると、自転車を押している警官二人に質問される女性がいる。それは見紛うことなく、センカであった。
「ちょっと、なんなのよ!アタシ急いでるのよ!」
「お姉さんごめんねー。お急ぎのところ悪いんだけれど、その格好で外出るのはどうなのさ。」
「何よ、アタシこれしか服持ってないんだから仕方ないじゃない!」
「はいはい、話は交番で聞くからさ。とりあえず普段何されてる方なの?コスプレイヤーさんかな?」
「えっ、普段?普段……えと、血を吸っています。」
そんな会話を聞いた八真人は、溝呂木の方へと向き直り、
「知らないゴキブリだよ。行こう。」
そう言って、センカを放置し再び歩き始めた。
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