コレクト - File02 人魚の肉

平中なごん

一 八百比丘尼伝説

 初夏の爽やかな風が吹く海岸線の道路を、O.P.Aミュージアムの学芸員 ・ 此木戸蔵夫これきどくらお甘沢敬美あまさわよしみはレトロなデザインのクーペで走っていた。


 二人が向かう先は福井県某所にある鄙びた漁村。そこの尼寺に伝来するというあるもの・・・・の調査が目的である。


「──またミイラですか? 前回はカッパでしたけど……」


 ハンドルを握る此木戸に、となりに座るショートボブの可愛らしい女性──甘沢が少々不服そうに尋ねる。


 彼女は昨日、米国スミソニアンにある本館から帰ってきたばかりであり、その疲れでちょっとばかし機嫌が悪いのであろう。


「今回はミイラというより、むしろ干物・・といった方が正確かもしれないな……純粋に魚じゃないけど〝人魚〟だし」


 その問いに、此木戸は正面をぼんやり見つめたまま、そんな冗談めかした答えを真顔で彼女に返した。


久遠くおん寺でしたっけ? その人魚のミイラだか干物だかのある尼寺には、いわゆる〝八百比丘尼やおびくに伝説〟があるって話ですよね? で、その八百比丘尼が開いたお寺だから本物・・の可能性が高いと」


 対して甘沢はこれから行く寺の名前を思い出しながら、さらなる質問を此木戸にぶつける。


 八百比丘尼伝説──それは、人魚の肉を食べて不老不死になった少女が、世を儚んで尼になったという昔話である。北陸や京丹波をはじめ、全国各地に類話が伝えられている。


「でも、いかにも出来過ぎ・・・・でしょう? どう見てもただの客寄せパンダじゃないですか。よくある話ですよ」


 だが、甘沢は此木戸が口を開くよりも先に、自らの思うところをそう続ける。キリストの聖遺物なんかもそうであるが、えてして寺院という宗教施設には、彼女のいうようなパフォーマンスをする所が多い。


「ま、伝説だけだったらね……君にはまだ詳細を伝えていなかったが、こいつを見てほしい。〝人魚〟とあるフォルダの中だ」


 その話をはなから信じようとはしない同僚に、此木戸は手だけを後部座席へ伸ばし、そこにあったタブレットを取り寄せて彼女へと渡す。


「それはできうる限り時代を遡り、明治中期以降、歴代の久遠寺庵主あんじゅを撮った写真を集めたものだ」


「……これは!?」


 此木戸の説明を聞きつつ、受けっ取ったタブレットを操作していた甘沢は、そのフォルダにあった十数枚の写真を見比べて思わず声をあげる。


「似ているだろう? 世間的には親族から後継者を立てて次の庵主にしているという話だが、それにしても瓜二つだ。おまけにどの時代も同じ年齢に見える」


 そのフォルダにあったのは、お寺の行事か何かを写した集合写真だった。


 荒い画像の白黒から鮮明なカラーまであるが、お寺の御堂と思しき建物を前に、村人達に囲まれて写る妙齢の尼僧はどの写真を見ても同じ顔をしている。


 どう見ても同一人物にしか思えないが、そんなことあるわけがない。なぜならこの幾枚もの写真は、明治から現代まで150年あまりの時を跨いで撮影されたものなのだから。


「まさか、この庵主さんが本当に不老不死だなんて言わないですよね?」


 常識的な思考がそれを許さず、その推論を否定するかのように甘沢は此木戸を問い質す。


「ありえない話だが、これだけ状況証拠が重なれば放置しておくわけにもいかないだろう。一度、その人魚のミイラとやらを調べてみる必要性は充分にある……正体が真に〝人魚〟とも限らんしね……」


 対して此木戸はなんだか意味深な言葉を口にクーペのハンドルを握り、引き続き海岸沿いの道路を目的地へ向けて走らせた──。

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