道具としての殺人(2)

「到着しました」


 運転手の声かけに、村雨と仲原はシートベルトを外し車から降りた。長時間同じ姿勢での移動かつ飛んだり跳ねたりの荒道だったためか、身体の至る所が悲鳴を上げている。仲原は思い切り腕を突き上げ身体を後ろへ反らし、縮こまった筋肉を解そうと伸びをした。


「っはぁ……やっとついた!」

「少し来ない間にだいぶ様変わりしたわね……」

「もっと綺麗だったんですか?」

「えぇ。かなり狭いけど、しっかり舗装された道だったわ。こんなに草木が伸び切っているような場所じゃ……」


 村雨は比良山の手錠にロープを繋げ、外へ出てくるように促す。素直に車から降りた比良山は森の新鮮な空気を肌で感じたのか、ずっと閉じていた口を不意に開き、小さく深呼吸をした。


 仲原たちが運ばれたのは、木々が空を覆い、地のほとんどを日陰にしてしまうほど鬱蒼とした森の中だった。駐車された車の周辺は除草剤でも撒かれているのか地面が剥き出しになっているが、そこ以外は草木が伸び放題に荒れ放題、必要以上の人の手は全く加わっていない。前方には一つの祠があった。手入れのなされていない森の中に相応しい、蔦に絡まれ苔むした石造りのそれ。忘れ去られた、という表現がしっくりくる様相だ。


「ここに箱庭の入口があるんですね」

「……」

「どこに隠されてるんだか……あ、もしかしてこの祠ですか?」

「……」

「村雨さん?」


 自分の言葉に全く反応が示されないことに、仲原は何かあったのかと上司の方を振り返る。そこには、警戒心を剥き出しにしてじっと辺りを見渡す村雨の姿があった。


 サブグリーは世間から秘匿されるため、人目につかないよう箱庭と呼ばれる施設の中へ収容される。箱庭の場所も当然外界と隔絶した場所に隠されており、そのゲートは仲原たちの所属する組織でもごく一部の人間しか知り得ない。村雨はそのうちの一人であり、故に今回の護送の任を請け負っていた。


 それなのに、どうしたことか。


「仲原、ここじゃない……」

「はい?」

「違うのよ……ちょっと来なかったから変わってたとか、そんなレベルの話じゃない……本当の入口は途中で海を横切るの……」

「海? ここに来るとき海なんてありませんでしたけど」


 村雨は固唾を飲み込んだ。


 何故だ?


 何故、気が付かなかった?


 道中ですぐに察せたはずだ。


 仲原の言う通り、ここにたどり着くまでに海は一度も目にしていない。それどころか、ひたすらに荒れくれた山道を突き進んできた。これほど分かりやすい異変も無いだろうに、村雨は完全に見落としていたのだ。


 あり得ない現状を把握するために村雨は思考を巡らせる。


 普段の自分なら絶対にやらないようなミスをしている。いや、これはミスの範疇では済まされない。まるで自分の意識を意図的に別のものへ集中させられていたような……それこそ、洗脳を受けていたと言っても差し支えないのではないか。違う。今は過去のことなんてどうでもいい。これから何をするべきか考えろ。そうだ、運転手が一番怪しいじゃないか。初めて見た顔だったがそれはいつものことだ。まずは彼を捕縛して、それからこんな場所へ連れてきた理由を吐かせなければ……比良山千里は?


「……え……?」


 村雨の手に二重に巻き付けられたロープの片端。辿っていけば、すぐに比良山の手錠が、拘束された比良山が目に入るはずだった。


 しかし、居ないのだ。


 村雨の足下には、反対側のロープ端が落ちている。自らできつく結んだはずの結び目は無く、無慈悲にも鋭利なもので断ち切られた痕跡があった。


「――っ」


 逃げられた?


 まずい。


 いつ消えた。


 駄目だ、失敗した。


 いやまだだ、遠くには行っていないはず。


 探さなくては。


 動かなくては。


 早く、はやく、はやく――。




 はやく、死なないと!!




「あれ……え……」


 村雨は呆然とする。


 死ぬ?


 死にたい?


 どうして?


 理解ができない。


 意味がわからない。


 いったい私は何をしている?



 何を思って、首にナイフをあてがっている?

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