19話 考察

  軍狼の風貌は普通のオオカミとそっくりだが、まったく違う。

 全身の毛が魔力で覆われており、それが、凄まじい防御の役割を果たしている。 

 打撃に対しても有効でありながら、魔法や刃物に対しても強い。

 生半可な攻撃は跳ね返される上に、少しでも手間取ってしまうと反撃を食らう。

 強靭な牙とそれを支える、恐ろしく力強い顎は皮膚を簡単に破り、骨をかみ砕いてくる。


「ガゥガゥガゥ!」


 ――干渉インターフェア


 俺を餌としか思っていない軍狼の一匹が、大口を開けて飛び掛かってくる。

 あえて遅めに能力を使い、あんぐりと開けた口の中めがけて剣を突き刺す。

 剣がズブズブと突き刺さると、脳に到達して即死した。

 これなら攻撃を跳ね返されることもない。


「――リドゥル、後ろ!」

「大丈夫」


 俺のやり方は単純だ。動きを止めて、倒す。

 だがリドゥルはそれすらも必要ない、無駄のない動きをしていた。

 遠距離攻撃がないことを理解しているからか、その場から動かなかった。


 まるで演舞のように回転し、襲いかかってきた軍狼を一匹ずつ倒していく。

 漆黒の剣は、鋼と言われた軍狼を一刀両断していた。


 その動きは洗練されており、惚れ惚れするほどだ。


 見様見真似で模倣しながら駆逐していく。


「ユリウス、楽しそうだね」


 気づけば笑みを浮かべていた。

 軍狼を駆逐しながら、自分が強くなっているいくことにも喜びを隠しきれなかった。


 まだ俺は強くなれる。

 能力のおかげかもしれない。それでも、楽しくて仕方がなかった。


「ありがとうリドゥル。君のおかげだよ」

「――私はきっかけに過ぎない。ユリウスは元から強かった」


 褒めてくれて嬉しいが、そんなことはないんだけどな。


 リドゥルの後ろにいるビアンカを見る。

 剣を盾にし、牙を受け止めながら叫んでいた。


「ひ、し、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!? な、なんだこいつら硬てぇっ!? ひゃっぁぁっっ!? 」

「……………」


 すさかず、リドゥルが後ろから突き刺した。

 それが終わると、すぐに前を向いた。


 血がビアンカに降り注ぐと、ふたたび声を上げる。


 なぜ……倒せなかったのだろうか。

 不思議に思いながら軍狼の死体を見てみると、タテガミが白かった。

 これは確か母体に現れる特徴だったはず。


 魔物にも情けを持つのか。俺と違って優しい人なんだな。


 お付きの女の子たちも見事な動きだった。

 ビアンカのそばで必死に戦っている。

 完全に任せてもよさそうだな。


「リドゥル、ちょっと行ってきていい?」

「……無理はしないでね」

「ああ」


 俺は、一人で森の中に飛び込んだ。

 そこには沢山の軍狼がいた。

 おそらく、いつ飛び掛かるのかと待機していたのだ。

 俺は弱い。だからこそ、場数を踏む。


 ――干渉インターフェア


 一体ずつではなく、あえて複数との戦いを挑む。

 これが、自分に必要なことだ。


「――さあ、かかってこい」



 ――――

 ――

 ―


 元の場所へ戻ると、リドゥルが最後の一体を倒していた。

 地面には恐ろしいほどの軍狼が倒れている。

 数は多かったが、逆に相手も動きづらそうだった。

 ビアンカは肩で息をしながら死体を見つめている。

 それから涙を流す。


「……うう……うぅ……」


 魔物にも感情移入をするだなんて、優しい貴族なんだな。

 俺も見習いたいが、もう無理だろう。


 すると、リドゥルが駆け寄ってくる。


「ユリウス、私、頑張ったよ」

「偉いね」

「いつもより褒めて」

「え?」

「いつもの何倍も褒めてほしい。凄く、凄く頑張った」


 いつもより押しが強い。頭を撫でると、やっぱり喜んだ。

 初めてのパーティーだったが、仲間がいるのは本当に心強いな。

 リドゥルの動きは見事なものだったし、ビアンカのような純粋な心の持ち主がいてくれると俺も初心に戻れる。


 狩りという言葉で惑わされるが、戦闘は殺し合いなのだ。

 今日、俺の命がここで終わっていた可能性もある。

 勝利の余韻に浸りすぎて、その事実を忘れないようにしなきゃな。


「……そ、それなりに強かったな。――お前らも……よくやった」

「ビアンカ様、そんな褒めても何も出ませんわ」

「そうです! ビアンカ様も凄まじかったですわ!」


 女の子たちも嬉しそうに声を上げていた。

 けれども、ビアンカは笑顔ではない。


 それから俺たちを見た。


「お、お前らもまぁまあ強かったな! やるじゃねえか! ……ありがとな」

「……はい」

「そんなことないよ。でも、ありがとう」


 仲間に声を掛けも忘れない。なんて素敵なんだ。


 けれども、ここからが大変な作業だった。

 軍狼の牙を引きちぎり、丁寧に拭き、鞄に入れておく。

 魔力ってのは厄介だ。死後硬直のように固まっていて、なかなか取れない。


「クソっかてぇっなあ……あちぃし……」


 ビアンカも苦労していた。額に汗を流しながら、鞄に入れていく。

 数が多かったからすっかり遅くなり、夜になってしまう。


「ふう、さて帰ろうか。みんなお疲れ様」

「ユリウスもお疲れ様」


 ビアンカに声をかけたが、返事がなかった。

 なぜだろうと思っていたが、すぐに察する。


 今は夜。

 ここからは夜行性の魔物が増えてくるはず。

 それこそ、聴力が鋭い相手も。


 なるほど、無駄な会話は避けろということか。


 初めての仲間が優秀で良かった。


 とはいえ、ここからが本番みたいなものだ。


 さて、仕掛けてくるかな。

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