20話 病み

 轍を作っていたおかげで、帰りは楽だった。

 半分ぐらいきたところで、腕に誰かが抱き着く。

 でもそれはリドゥルではなかった。


「さっきの戦闘、凄かったですねえ」


 ビアンカの傍にいた女の子だ。

 すると、もう一人やって来る。


「本当。実は八級なんて嘘なんじゃないんですか?」

「いや、本当だよ。みんなのおかげさ」

「えー謙遜するなんてすごーい」


 あれほど動いたのにまったく疲れていないみたいだ。

 かなり体力があるんだな。


「…………」


 先頭で歩いていたリドゥルが振り返る。

 ゆっくり近づいてくると、女の子たちを睨んだ。


「私のユリウスに触れていいと思ってるの?」

「な、なによ!? 仲間として褒めてるだけじゃない」

「そうよ。なにその言い方――」

 

 次の瞬間――女の子が、口から血を吐いた。


「かぁぁっはぁっ――」

「ダメに決まってるでしょ。ユリウスは私の命の恩人なんだよ。気軽に触れていいわけがない」


 漆黒の剣を出現させたリドゥルは、女性の腹部に剣を突き立てた。

 驚いた隣の女の子が剣を取り出すも、リドゥルに腕を斬られてしまって叫ぶ。


「その腕は私の腕なの。――気安く触るな」

「お前、よくも――」


 別の女の子が剣を取り出す。


「――干渉インターフェア。フェイ・リグーレ」


 しかしそこで、俺は真名を呼んだ。

 当然、身体が固まる。

 放置したまま、リドゥルに声を掛けた


「リドゥル、俺の腕は君のじゃないよ」

「え、な、なんで!?」

「何ででもないよ。後、突然すぎ」

「……ごめんなさい」

「ひ、お、お前ら何してんだよ!? お、おい!?」


 ビアンカが叫び、何人かの女たちが動きだそうとしたので、順番に目を向け、名を呼んでいった。

 当然動かなくなり、恐怖で震える。


「俺に危害を加えようとしなかったら通報だけで済ませるつもりだった。でも、手を出してくるなら反撃させてもらう」


 リドゥルが腹部を刺した女性は、俺の心臓に剣を突き立てようとしていた。

 そして彼女たちは強盗犯だ。


 俺は記憶力がいい。ギルドで公開されている犯罪者リストはすべて記憶している。

 ギルドの外でこいつらを見つけたとき、すぐに気づいた。

 すぐ返り討ちにしても良かったが、彼女たちが奴隷商人の手先なのかを調べたかった。

 なので、ずっと様子を見ていた。

 だが軍狼が現れたとき、彼女たちがビアンカを殺したがっているのがわかった。

 なぜなら一切守ろうとしなかったからだ。

 リドゥルも気づいていたので、ビアンカを任せると頼んだ。

 ここで揉めると帰りが面倒なので街についてからだと思ったが、その前に俺を殺ろうと思ったのだろう。

 左右で挟んで剣を突き刺す予定だったみたいだが、先にリドゥルが動いた。


「ビアンカさん、外にいた彼女たちとは知り合いですか?」

「い、いやち、違う!? 新しく、護衛をつけるって執事にいわれて!?」


 なるほど、となると本当の護衛は殺したか、もしくは執事もグルってことか。

 全員ではないみたいだな。


「殺していい? ユリウス」

「手続きが面倒になるからダメだよ。それにまだ、奴隷商人の手先かどうか念入りに調べないと」

「――わかった。だったら私が聞き出すね」

「絶対に殺しちゃダメだからね?」

「うん」


 するとリドゥルは、動けない女たちに近づく。


「ユリウスの腕に触れただけじゃなくて、あまつさえ不意打ちで殺そうとした。優しい、優しいユリウスの性格に気づいて、ウブで可愛くて愛らしいユリウスの心に触れようと、嘘の笑顔で近づいた。そんなことしていいと思ってるの? ダメだよね? ダメだよ。ダメに決まってる。今後悔してるでしょ? なんで、なんでこんなことになったんだろうって。命だけはって思ってる? でももう遅いよ。遅い。遅い遅い。遅い遅い。――殺さないよ。殺さない。でも、死にたくなるくらい傷つけてあげるね。安心してね。治癒魔法も少し使えるから」


 次の瞬間、リドゥルは一人の女性の指を落とした。

 叫び声が森の中で響き、血しぶきが舞う。


 まあ後はリドゥル任せるか。


「う、うう……ううう……早くお家に帰りたい……はぁはぁ……パンが、美味しいパンを食べて眠りたいよお」


 ビアンカに視線を向けると、空を見ていた。

 なるほど、確かにこのとき魔物に襲われると大変だもんな。

 さっきまで暗殺されかけていたかもしれないのに、食事のことまで考えられる精神力があるだなんて。


 俺もビアンカを見習おう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る