17話 七級

 ビアンカの装備は金色で輝いていた。両手には女性を従え、さらに別の女の子まで外で待機していた。

 尋ねてみると、パーティー補佐には限界があったからだという。

 ズルかもしれないが、まあ貴族相手にとやかく言わないでいいだろう。


「かわい子ちゃんたち、お待たせだぜぇ!」

「きゃあぁっ、さすがビアンカ様!」

「今日も素敵!」


 黄色い声援というやつだろうか。賑やかで、みんなビアンカのことを気に入っているみたいだ。

 すると女性の一人が俺を見た。


「……ビアンカ様、彼は?」

「今日の俺様の仲間さ。見た目はぼろっちぃが、俺様が守ってやると約束した。まあ、できるだけ暖かい目で見守ってやってくれよ」

「さすがビアンカ様、かっこいいですわ!」


 確かに俺の装備はまだ貧弱だ。優先度が低いためしかたないだろう。

 リドゥルがいないと思っていたら、俺の後ろで気配を消していた。


「……ぼろっちぃ……ぁ?」


 ビアンカの言葉を復習するかのように呟きながら、魔力を漲らせていた。

 それが凄まじかったのか、少し離れた場所の森から一斉に鳥が飛び立つ。


「な、なんだどうした!? さっきからこの異様な魔力はなんだ!?」


 ビアンカが驚き周りを見渡す。やっぱり気づいていないみたいだ。


「リドゥル、魔力を抑えなきゃダメだよ」

「はい。でも……あいつ、ユリウスを侮辱した」

「まあ事実ではあるから。とりあえず、初対面だから落ち着いて」

「わかった」


 リドゥルは、俺の悪口っぽいことを言われると嫌なのかな。

 ありがたいが、貴族相手には気を付けてもらわないと。


 それからビアンカは、額の汗をぬぐうとさっそく地図を取り出した。


「さてと、指定の場所まで行こうか」


 コンパスを取り出し、地図と合わせる。

 目の前は一本道だが、念のためだろうか。

 じぃっと地図を見つめ、うんうんと唸る。


 それからかなりの時間をかけて、俺を見た。


「おい、そこなんだっか――えーと、プリウス?」

「ユリウスです」

「あーそうそう。突っ立ってないで、ほら地図を見れるのか? 俺はわかったが、これは試験なんだ。ちゃんと自分でも出来なきゃだめだぜ」


 一応相手は貴族、目上だ。丁寧な対応をしておこう。

 にしても俺にまで確認を促すとは、結構場数を踏んでいるのかもしれないな。


 地図をもらって確認してみる。

 当然だが一本道だ。すぐにあっちだろうと伝えると、ビアンカが強く頷いた。


「その通りだ。まあ少し時間はかかったみたいだがギリギリ合格にしておこう」

「さすがビアンカ様、お優しいですわ」


 冒険者等級は十級から始まる。

 スライム程度を倒せるようになると九級となり、ゴブリンなどを駆逐できるようになると八級となる。

 俺は八級から七級になるところだった。


 ビアンカの胸元には七級のタグが光っている。つまり、俺よりも学べることが多いだろう。


 地図を見るのは苦手かもしれないが、他のことには長けている気がする。

 俺は能力をもらったとはいえ、他人の戦いを見ることなんてほとんどなかった。

 今日は、勉強させてもらう。


「よしユリウス、前を歩く許可をしよう。俺様を狩場まで案内してくれ」

「わかりました」


 森へ入るとき、実は後ろが一番危ない。

 ゴブリンたちにも知能がある。

 目の前から現れるなんて馬鹿な真似はしない。

 木陰や樹上にいることが多く、先に見つけられてしまうと、後ろから攻撃されてしまう。

 だがビアンカはシンガリをつとめてくれるらしい。


 さすが七級だな。


「行こう、リドゥル」

「……わかった」


 ちなみに任務は軍狼と呼ばれる獣を討伐することだ。

 ゴブリンたちより統率力があり、狼に近い行動をする。

 一人では今まで狩りしなかったが、ビアンカがいれば大丈夫だろう。

 それに、リドゥルもいてくれるしな。

 女の子たちが強いのかは、ちょっとわからないが。



 森入って指定の狩場へ向かって歩く。

 さっきまで不満そうだったリドゥルが、俺の横で嬉しそうにしていた。


「どうしたのリドゥル」

「ユリウスと一緒に戦えることが嬉しい。この前はダメだって言われたから」


 前に俺の狩りをみていたときも言ってたな。

 身体が治ってないからダメだといったけれど。


「無理はしちゃだめだよ。軍狼は強いからね」

「もちろん。でも、今のユリウスなら余裕だと思う」

「油断も禁止」

「そういうところ、素敵」


 リドゥルがえへへと笑って、俺の腕を掴もうとする。

 だが異変に気付き、振り返った。

 彼女は倒れそうになるも、態勢を戻す。


「どうしたの、ユリウス」

「――ビアンカがいない!」


 なぜ気づかなかったのか。後ろのビアンカがいなくなっていた。

 いや、森へ入って徐々に距離があったのはわかっていた。

 でもそれはあえてだろうと言わなかった。

 シンガリを務めるならば、多少の距離は開けていたほうがいい。

 なぜならゴブリンが裏へ回るのが難しくなるからだ。

 でも、いない。


「放っておこう」

「ダメだよ。来た道を戻るよ」


 不満そうなリドゥルを宥め、すぐに戻る。

 すると、岩に座ってるビアンカがいた。

 女の子たちが心配そうにしている。


「どうしたんですか?」

「はぁはぁ……ぜぇっぜぇっ……はぁはぁっはぁっ……はぁっはぁっはぁっはぁっ……ぜえぜぇっぜぇっふぁっふぁっ……ちょっおま……早………」

「ええと、すいません聞こえないです」

 

 かなり息が切れているみたいだ。

 肩がピクピク動いている。


 ……どうしたんだろう。


 ビアンカは女の子たちから水をもらったりしていた。

 かなりの時間を待って、ようやく口を開く。


「……気づかなかったのか?」

「え、何がですか?」

「俺だけか……今、ここで魔物がいた」


 な、んだと!?

 急いで周りを見渡すも魔力の気配はない。

 リドゥルから「……あ?」と聞こえた。


「おそらく気付いたのは俺様だけだ。突然始まった交戦だった。何とか追い払うことはできたが、気を付けるべきかもしれねえな。いや、帰ったほうがいいかもしれない」


 そんな敵がいただなんて一切わからなかった。

 さすが七級というべきだろうか。

 

「ですがビアンカ様、この試験に合格しなければ家族内での立場が悪くなるのではなのですか?」

「……まあ、そうだが……親父が貴族でも強くなれとうるせえからな……クソ」


 なぜか突然悪態をつく。それから立ち上がった。


「行くぞユリウス。これは貸しだ」

「わかりました」

「……………」

「いつ何時、敵が襲ってくるかわからない。少し、いやかなり歩幅を遅くしてくれ」


 この警戒心、さすが七級だ。

 リドゥルがなぜか恐ろしく睨んでいた。


 それからふぅと深い、凄く深い呼吸をする。


「……これは、ユリウスの大事な試験。落ち着こう、落ち着け私。首は、落とすな」


 何を言っているのか聞こえないが、やる気はあるみたいだ。



 するとそのとき、軍狼の唸り声が聞こえた。


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