16話 危険

 初めてのパーティーということもあって、ワクワクドキドキでギルドに向かっていた。

 だが、若干歩きづらい。

 なぜなら、リドゥルが俺の右腕をガッチリ掴んでいるからだ。


「リドゥル、少し離れておこう」

「どうして? 私のことが嫌いになったの? いつもピッタリくっついて、こうやって歩いてたのに」

「それは嘘だからやめよう」

「わかった」

「今からパーティーで狩りをするんだ。初めて会う人たちが、こうやって距離が近すぎると対応に困るだろ?」

「そうかな?」

「そうだよ」

「そうなんだ」


 あまり納得はいっていないみたいだったが、しゅんとしながらも理解してくれた。

 パーティーは初めてだ。

 今まではずっと一人だったし、役割分担ができるなんて効率もよさそう。

 前衛と後衛、さらに休憩時間でも交代が可能。

 それに、どんな人と出会えるのか楽しみだ。


「そういえばリドゥル、本当に戦えるの?」

「もちろん。身体の痛みもない」


 魔力は完全に回復していないものの、身体の痛みは随分と取れたようだ。

 肌も綺麗になったので、いつもの毛布も取っている。


 ダークエルフというよりは、褐色肌に近いのかも。

 髪の毛は黒と白でマバラだけれど、これはこれで似合っている。


 可愛いよ、というと、「嬉しい」と喜んだ。


 とはいえ、パーティー補佐なので、できるだけ俺に任せてほしいと頼んでいる。

 今回は、俺の試験みたいなものも兼ねているからだ。



「ユリウスさん、リドゥルさん」


 中へ入ると、さっそく、ランさんが笑顔で声をかけてきてくれた。

 いや、どこかひきつっている……ような?


 静かに歩みよってくると、口角がピクピクしているのがわかる。


「どうしたんですか?」


 ここはギルド内だ。建前があるので、できるだけ丁寧な言葉を使う。

 普段使うと、なぜか怒られるようになったけれど。


「パーティーの件ですが……次回にしましょう」

「え? どうしてですか?」


 今日のパーティーは、俺と同じで等級が上がったメンバーでの狩り。

 レイドボスと呼ばれる特殊個体が出現したときに、ギルドから招集がかかることがある。

 その際、見知らぬ人たちと組むことがあるので、義務づけられている通過儀礼、軽い試験みたいなもの。

 人によっては面倒だと感じるらしいが、俺にとっては憧れだった。


 それが、なぜ次回に?


「行こう。ユリウス。次回に持ち越し」

「リドゥル、まだ何も聞いてないよ」


 やれ幸いと俺を外に連れ出そうとしてきたので、ひらりとかわす。


 けれども、ランさんも「早く外に」と俺を押そうとした。

 そこで、声が聞こえてくる。


「なーんだぉ、ようやく来たのか? ったく遅いな。――ビアンカ・マーキー様だ。相手が俺だなんて、光栄だろ?」


 現れたのは、短髪の金髪で細目の男だった。隣には露出の激しい女子たちの腰を掴んでいる。

 唇と耳にピアスをしてて、腰に携えた剣は一目見てわかるほど煌びやかに輝いている。

 軽装ではあるが、魔力の攻撃をできるだけ通さないズボンを履いていた。


 マーキーってどこかで聞いたことあるな。


 そうだ。

 このペルポの領地を持っている子爵家だったか。

 確か、父親が実業家で有名だったはず。


「もしかして、子爵家の?」


「ハッ、やっぱ俺様は有名人か。こんなぼろっちぃ恰好しててもバレちゃうだなんて! まったく。こんな・・・冒険者の憧れの対象なってるとは!」

「さすがビアンカ様です」

「素晴らしいですわ。ビアンカ様」


 ハハハと笑いながら声を上げると、リドゥルが魔力を漲らせたように感じた。

 ビアンカが気づいたのか、身体をゾクっとさせ周囲を見渡すも、どこからかわかっていない。


「リドゥル、どうしたの?」

「……魔力調節がうまくできなくて」


 そうか、まだ身体が不安定なのか。


「…………」


 あれ、ランさんまで何か様子がおかしい。どうしたんだろうか。


「ビアンカさん、彼の名前はユリウスさんです。等級はあなたと同じですよ」


 ランさんが淡々というと、ビアンカが笑う。


「ハッ、こいつと違って、俺にとっちゃここは通過点なのさぁ!」

「流石ですわ」

「ビアンカ様、素敵!」


 ふたたび魔力が周囲に行き渡り、ビアンカがやっぱり後ろを見る。

 リドゥルに魔力を抑えてと注意した。


 すると、ランさんが小声で、


「ユリウスさん……実は、半年ほど前から冒険者に興味を持ったらしいのです。金に物を言わせて魔物を乱獲し、普段は上位冒険者をつけて護衛狩りをしていたらしいのですが、このたび、一人でもやりたいと言い始め……なので、今回は別にしたほうがよろしいかと……」

「そうなの? でも、ここでやめておくっていったら、それこそ面倒なことにならないかな? それに、俺の査定も入ってるんでしょ?」

「……それは、そうですが……まさかこんなことになるとは」


 確かにちょっと態度は大きいみたいだが、貴族だから多少傲慢な性格にはなってもおかしくはないだろう。

 それに今後、色んな人と組むかもしれない。

 初めの印象が悪いからといってやめておくのもな。


「大丈夫だよ。任務を遂行してくるから」


 いつも通りやればいい。

 自分のすべきことをする。もしかしたら、良い面も見えてくるかもしれない。

 むしろ、初めの任務で子爵家と成功させたと書かれれば、今後も信頼してもらえるだろう。


「よし、早速行こうぜ。まあ安心しなよユリウスぅ、俺が、全部やっつけてやるからよぉ。お前は俺が守ってやるさ」

「流石ビアンカ様!」

「素晴らしいですわ!」


 態度はアレだが、言動は頼もしい。

 とにかく、初めてのパーティー頑張るぞ。



 ◇


「リドゥルさん」


 出発する直前、ランが声を掛けた。

 その目は恐ろしいほど黒く、恐ろしいほど深い。


 だがそれに対して振り返ったリドゥルの表情も、この世の物とは思えないほど深く沈み、怒りに満ち震えていた。

 ユリウスに失礼な態度をとっただけでなく、愛すべき、敬愛してひれ伏すべきにもかかわらず彼に、こんな・・・お前・・などと発言したからだ。

 あわやビアンカの首を落とすところだったが、かろうじて残っていた理性でふみとどまった。


 だがそれは、ランも同じだった。あとほんの少しのところで、ロングスピアーを出現させ、背中から腹部を突き破っていた。

 ビアンカのパーティー申請はイレギュラーだった。

 直前で現れ、ちぃーす、よろしくなと言い出したのだ。

 当然、ユリウスの初めての相棒としてありえない。今日の仕事は終わりですと伝えようとしたが、あまりにもギリギリのタイミングだったため、ユリウスが来てしまった。

 ビアンカはクソゴミカスアホボケマヌケだが、父親は親バカで有名、かつ権力もある。

 今度のユリウスの長い冒険者人生を考えると、ここで断って面倒になる可能性はあった。


 ランは唇を噛み、何もできない自分の血の味を深く飲み込みながら、リドゥルにすべてを託す。


「……もしあの男が粗相をしたら……ユリウス様に何かあったら……よろしくお願いいたします」

「わかってる。私のすべてをかけ、世界を滅ぼさん勢いでぐちょぐちょにする。証拠も魔力も、この世にいた痕跡がすべて消えるくらいに」

「安心してください。何があっても、私が後処理をします」

「わかった」


 こうして、ユリウスが楽しみにしていた、初めてのパーティーが幕を開けた。

 

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