9話 気づき

 冒険者ギルドの扉を開く前、リドゥルに声を掛ける。


「審査は簡単だし、登録もすぐに終わると思う。変なことは言わないようにね」

「わかった。でも、大丈夫? 私は、身分を証明するようなものを持ってない」

「大丈夫。融通を効かせてくれるから」

「え?」


 リドゥルは不安そうにしていたが、安心させながら扉を開けた。


 冒険者ギルド内はいつも混雑している。

 俺はずっと一人なので誰とも話すことはないが、絶対に会話をする人はいる。


「ランさん」

「――あら、ユリウスさんめずらしい時間に来ましたね!」


 世話しなく動き回っていた女性に声を掛ける。

 満面の笑みで返してくれたのは、ギルドの受付嬢だ。

 長い金髪に整った顔立ち。

 俺がペルポにきてから何度も顔を合わせている。


 ソロの俺は自分に合った依頼を探すだけでも大変だ。


 そんな中、ランさんがいつも俺に適正の依頼を優先して教えてくれる。


「……名前呼び」

「リドゥル、なんか言った?」

「何も」


 リドゥルから熱気を感じる。まだ、体温調節がままらないのかな。


 他の人の対応に落ち着いてから、ランさんが歩み寄ってきてくれた。


「忙しいのにすみません」

「とんでもないです! ユリウスさんの頼みなら、時間外でも対応しますよ!」

「………」


 俺は、リドゥルの冒険者資格がほしいと伝えた。

 彼女とは街で偶然知り合い、助けてもらったと。


 まあ、これは嘘ではない。


「わかりました。でしたら、名前の記載だけお願いできますか?」


 ランさんは、一枚の紙を手渡そうとしてくれた。

 だがそのとき、つい倒れそうになってしまったのか俺に覆いかぶさるようになる。


「す、すいません!? 態勢を崩してしまって」

「気にしないでください。大丈夫ですか?」

「…………」


 リドゥルがさっきからじっと見つめている。

 もしかしてギルド内は人が多いから不安なのだろうか。


 ……俺としたことが考慮できていなかったな。次から気を付けよう。


 リドゥルは、ぶつぶつナニカを呟きながら名前を書いていた。

 筆圧が強かったのか紙が破れてしまう。


 不安定なのだろう。まだ力の調節が難しいみたいだ。


 それからほどなくして、首から下げる冒険者のタグをもらった。

 これさえあれば、兵士に止められても問題ない。ようやく、ホッと落ち着いた。


「ありがとうランさん」

「とんでもないです! ここだけの話、ユリウスさんは冒険者の中でもとってもお優しいんですよね。だから、私にとっての癒しなんです」

「アリガトウゴザイマス」


 リドゥルの言葉がさっきよりもカタコト気味だった。

 疲れたのだろう。無理させすぎたな。


 お礼を言って外に出る。

 リドゥルは、何を思ったのかタグを近くの水飲み場で洗っていた。

 意外と潔癖症なのかな。


「除霊完了」

「どういうこと?」

「何でもない。――ユリウス、ありがとう。初めてのプレゼント」

「え、まあ、そうか……そうかな?」


 リドゥルは一つ一つが大げさだ。でも、喜んでもらえてよかった。


「任務を受注したからいつもの狩場へ行ってくるよ。リドゥルは――」

「わかった。ついていく」


 宿で待っていてほしいと伝えようと思ったが、そんな気持ちは毛頭ないそうだ。

 まあ、傍にいてくれたほうが安心か。


「いいけど、魔物と戦ったらダメだよ。身体が治るまでは約束」

「……わかった。約束する。魔物・・とは戦わない」


 聞き分けがいいのが、リドゥルのいいところだな。



 いつもの森に移動した。

 リドゥルが隣で見ていると、何だか緊張するな。


 安全地帯の場所は頭に入っている。背に魔物がこない場所で、イノシシの魔物を見つけた。


 ――干渉インターフェア


 真名を叫び、動きを止めて頸動脈を斬りつける。

 そのとき、また別の魔物が現れた。

 同じように言葉を叫び、魔物を淡々と狩っていく。


 やっぱり、この能力はとんでもないな。

 ネームド相手にはまだ使用していないけれど、一人でも戦えるかもしれないな。


 ……と、欲深くならないようにすると。


 リドゥルは思っていたよりも静かだった。

 だが突然、声をかけてくる。


「ユリウス」

「ん、どうしたの?」


 いつもと違うというか、何だか驚いているみたいだ。


「なんで、この森で戦ってるの?」

「どういうこと? いつも、この狩場だよ。一度、別のところに行ったら怪我しちゃってね。だから、気を付けてるんだよ」

「……そうなんだ。――それに驚いた。能力、完全に使いこなしてる」

「? だって、君がくれたじゃないか」

「私は、その能力を使いこなすのに十年かかった」

「……え?」

「それに、動きを止めるといっても長い時間は止められない。他人の魔力を制御するのは、とっても難しい」


 使いこなすってほどなのかな……ただ、名前を叫んでいるだけなのに。

 そうか、自信を持たせてくれているのか。

 嬉しいな。


 するとリドゥルが、微笑んだ。


「ユリウスは凄いんだね」


 元魔王に褒められる。

 こんなことあるとは思わなかったな。


「ありがとう」


 素直に礼を言って、夕方までリドゥルに見守られながら狩りをした。


  ◇ ◇ ◇


 換金を終えて、いつもより手持ちが多くなった。

 結構深いところまで行ったからだ。

 彼女が褒めてくれたので、いいところを見せようと頑張ってしまった。

 おかげで、目標・・がすぐ達成した。


「ユリウス、宿の道そっちじゃないよ」

「いや、あそこには戻らない」

「どうして?」

「リドゥルが歩けるようになったこと、多分宿の連中に気づかれた。俺はあの奴隷商人を信用していない。だから、別の宿に泊まる。荷物もあえて置かなかったしね」

「……いつからそこまで考えたの?」

「君を宿につれていったときからだよ。もっと急ぎたかったけど、金がなかった」


 俺はずっと一人だった。だから、誰も信用していない。

 もちろんそれはランさんも、リドゥルもだ。

 申し訳ないが、それが、生きるために必要なこと。


 別に偉そうに言えることじゃない。


「大丈夫。何かあったら私がいる。私が死んでも、あなたを守る」

「ありがとう」


 嬉しいけれど、気合が凄いな。


 

 良さげな宿を見つけると、リドゥルが突然、俺の背中をちょんちょんした。それから宿を決めた。


「ギルドに忘れものした。すぐ戻るからまってて」


 その言葉だけを言い残して、ササッと消えていく。


 一人で行かせるのは不安だが、さすがに心配しすぎか。


 ……というか、忘れるものなんかあったっけ?


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