7話 剣×盾=ヤンデレ

 俺がこの街、ペルポに来たのは半年前くらいだ。

 理由は二つ。


 元々、数ヵ月単位で国や街を転々としている。

 狩場に慣れてしまうと、どうしても油断してしまう。

 たとえ美味しくても、できるだけ金を貯めて次へ行くようにしている。


 それと、仲間がほしかったからだ。

 俺の夢である、大勢から尊敬されたいという夢を叶えるには、一人では難しい。


 まあ、今だ見つかったことはないけれど。


 ペルポに半年もいるのは、怪我を負ってしまい、金がなくなってしまったからだ。

 浅瀬の狩場でソロをしていたところ、普段はいない魔物と遭遇した。


 だがおかげでリドゥルと出会い、新しい能力を授けてもらった。

 何が運命を変えるのかはわからないものだ。


 俺は、まだ話していなかったことを伝えた。

 魔石でリドゥルを買ったことも含めて。


 そして、大事なことを尋ねる。


「リドゥル、君は――元魔王なのか?」


 ほぼ確定事項だとは思うが、彼女はしっかり頷いた。


「でも、そのときの記憶を思い出そうとすると頭にモヤがかかっているみたいになる。嘘じゃない。ごめんなさい」


 リドゥルはまだ完全に治っていない。そんなの当たり前だろう。

 無理しないで、と言った。


 だが最悪だったのは、奴隷市場の前の記憶、痛めつけられたことはしっかり覚えているらしい。


「私は、まるで実験体だった」


 それからリドゥルは、身も震えてしまうようなことを言った。

 四肢を痛めつけられ、歯を抜かれ、爪を抜かれ、聴力を奪われ、視力は気づけばなくなっていたという。

 その都度回復薬を飲まされたらしく、気づけば精神が病んでいた。



 ひどい……誰がそんなことを。


 魔王は勇者に倒されて死んだ。

 これは史実とは違う。きっと、何か理由がありそうだ。



「ありがとうリドゥル、すべてを思い出さなくていいよ」


 彼女はまだ完全に回復していない。負担をかけすぎるのはよくないだろう。

 昨日今日で歩けるようになったのだ。

 それに過去を聞いても何も変わらない。大事なのは今だ。


「それで、どうして俺に能力をくれた?」

「ユリウスのためになると思ったから。私を助けてくれたんだから、能力を授けるくらい当たり前」


 思っていたよりも簡単な答えだった。

 まあ、ありがたいことだから掘り下げる必要もないか。


 もっと聞きたいことはあるが、身体が治った当日に何でもかんでも質問責めはよくないだろう。

 思い出すってのは、かなり負担になるからな。


 ちなみに今は街の食堂、椅子に座っていた。

 対面に座るかと思っていたら、なぜか真横に座った。


 ――なぜ。


「お待ちどうさま。ベル肉の炒め物と米、スープだよ。注文通り、少し冷めてからもってきたけど、いいのかい?」

「はい、ありがとうございます」


 そこでちょうど食事が届いた。

 ちょっと奮発したが、これくらいはいいだろう。


「どうして冷めてるのを?」

「リドゥルの舌、まだ痛んでるみたいだから。後、俺も冷めた飯が好きだし」


 彼女はまだちょっと喋りづらそうだ。昨日まで乳歯だったし、舌もまだ痛いはず。

 するとリドゥルは、満面の笑みを浮かべた。


「ユリウスは優しい。私のこれからの人生を捧げてもいい」

「まずはご飯を食べようか」

「食べる」


 元魔王時代のシキタリなのか、かなり礼節を重んじるみたいだ。

 だがリドゥルは食べず、なぜか俺を見つめていた。


「食べないの?」

「まだ……手が痛くて」


 さっきまで両腕を振って歩いていた気もするが、突然痛むときもあるだろう。

 スプーンで肉の炒めものをすくって、彼女の口に近づけた。

 

 口内はまだボロボロだ。本当に大丈夫だろうか。


 だがリドゥルは気にせず口に含んだ。


「……美味しい」


 感極まったのか、静かに咀嚼しながら呟いた。

 直後、涙がこぼれる。


 ああ、そうだよな。

 苦しい時の食事は美味しいんだ。


 それもずっとあんな地下牢にいたなら嬉しいよな。


「ユリウスが私のために食べさせてくれるなんて、本当に幸せ」


 ……そっち?

 食事じゃなくて?


 いや、でも母親から食事をもらうような感覚か。

 確かに嬉しいかも。


 食事をしながら、いや、食事を与えつつ、これからのことを話した。


「正直に言うと、リドゥルを助けたのはただの気まぐれなんだ。だから、恩に着なくていい。これから好きに生きていいよ」


 彼女のことを縛るつもりもなければ、何かをねだろうとも思っていない。

 もらった能力はありがたく使わせてもらうが、命を助けたからもっとよこせ、なんて言わない。


 そんな卑しい奴を死ぬほど見てきた。タダより高いものはない。

 もらった手札で勝負してきた。新しいカードが手に入ったことを喜ぶことはしても、乞食にはならない。


「気まぐれでもあなたは私を助けてくれた。だから、好きに生きる」


 そうだよな。もう少し話したいとは思っていたが、リドゥルはもっと外に出たいはずだ。

 束縛なんてする気はない。


 短い間だったが、十分すぎるほどの力をいただいた。


 ちょうど食事を終えた。


 さわやかに去ろう。


「それじゃあリドゥル――」

「これからどこへでもついていく。私はあなたの剣となり、盾となり、すべてを捧げる覚悟で、何でも命令してほしい」



 ……なんで?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る