6話 種

 朝目を覚ますと、リドゥルが俺のベッドにもぐりこんでいた。


「……すぅすぅ」


 静かに寝息を立てながら、白い下着だけを身に着けた状態で。

 訳が分からないけれど、これが事実だ。


 冒険者には必要な才能がある。

 それは、いつ、どんなときでも冷静さを保つことだ。


 俺は今まで自信があった。

 誰かにバカにされても、狩場を奪われても、危険な目に遭っても冷静に対処してきた。


 でもこれは……異例すぎる。


 いや、落ち着け。冷静に分析しよう。


 おそらく夜中に目を覚まし、ここで眠った。

 寒かったからだろうか。

 人肌は暖かい。そう思ってこの中に入ってきた。


 実に合理的な判断だ。納得ができる。


 よし、理解できた。


 肌の傷はまだ完全には治っていない。

 髪の色も、黒と白が混在していてまばらだし、体温調整もままならないのだろう。

 

「…………」


 それから、申し訳ないと思いながら口の中に指を入れる。

 乳歯ではなく、しっかりとした歯が生えていた。

 やはり、夜中に身体が回復したに違いない。


「……チュパチュパ」


 変な音が聞こえるなと思ったら、リドゥルが俺の指をしゃぶっていた。

 まるで赤ん坊のおしゃぶり。

 ……子供みたいだ。


 直後、パチっと瞼を開けた。

 あまりにも突然すぎて後ずさりする。

 リドゥルは、上半身を起こした。


 それから、生まれたてかのように周囲を見渡し、俺に目を向けた。


「ユリウス」


 すると、俺の名を呼んだ。

 え、なんで知ってる!? いや、そういえば昨晩、伝えたか。


「お、おはよう」


 挨拶をするも、直後、虚無の時間が流れる。


 え、終わり!? 


 困惑していると、リドゥルは何を思ったのか近づいてくる。

 え、なに殺される!?


「褒めてほしい」


 ……褒める? 朝、目が覚めたことを?

 よくわからないけれど、リドゥルは頭を突き出していた。


 撫でろってことか……? え、なにどういうこと?


 いや、まあ……合ってるよな?


 おそるおそる頭を撫でると、満足そうに微笑んだ。

 

 ――訳がわからない。


 魔王として君臨していた時代のシキタリなのだろうか。

 その頃は、朝起きるのがそんなに偉かったとか。まあいい。


「リドゥル、俺のことはわかるの?」

「……わかる。私を、奴隷商人から助けてくれたこと。魔法薬を飲ませてくれたこと。口の中に指を入れてくれたことも、凄く感謝してる。この恩は生涯をかけて返すつもり」

 

 ……なんか重くない? それに口の中に指って感謝することか……?


 まあ深く考えずにいくか。

 やはり、耳は聞こえていたみたいだ。

 すべてを理解した上でここに残ったんだな。


「リドゥル、で名前は合ってる?」

「合ってる」

 

 なんか、思ってたよりも従順というか、普通の女の子みたいだ。

 ガハハ、みたいな感じかと思っていたけれど、喋りやすくていい。


「とりあえず、聞きたいことはいっぱいあるけど……身体は? 痛みとかは」

「ある。でも、問題ない。これも全部、ユリウスのおかげ」


 ひとまずは安心というところか。

 後遺症とかあったらどうかと思っていたけれど。


 それに、歯が揃ったということは、固形物も食べられるはず。

 米粥だけじゃ物足りなかっただろうし、朝からやっている食堂でもいってそこでゆっくり話そうか。

 この部屋は暗いし、あの地下もそんな感じだったしな。


「だったら……朝ご飯でもしながらゆっくり話さない?」


 リドゥルは、「わかった」と言いながら下着に手をかける。

 何を思ったのか、あわや服を脱ごうとしたところで声を掛けた。


「な、何を!?」

「朝ご飯しながら、ゆっくりじゃないの?」


 元魔王時代のシキタリがよくわからない。

 とりあえず、やめましょうといったら「はい」と従順に答えた。


 ◇ ◇ ◇


「着心地はどう?」

「凄く快適。ありがとう、これも全部ユリウスのおかげ」


 こんなこともあろうかと、リドゥル用の服を奴隷商人から用意してもらっていた。

 簡素な服だが、女の子らしいシャツとスカートだ。

 だが、それが恥ずかしかったのか、その上から毛布でくるまっている。ちょっと怪しいが、まあいいだろう。


 リドゥルがなぜ奴隷商人に捕まっていたのか、どうして俺に能力をくれたのか、聞きたいことは山ほどある。


 宿で聞くこともできたが、まずは外に連れ出したかった。

 

 薄汚れた地下牢獄から、怪しい宿に幽閉されていたようなものだ。

 外に出て、新鮮な空気に触れてほしかった。


 これはただの善意ではなく、能力をくれた感謝の気持ちだ。

 リドゥルは周りをキョロキョロ見ていた。

 やっぱり、色々と変わっているのだろうか。

 それから深呼吸した。


「……気持ちいい」


 彼女にすれば何気ない一言だったかもしれないが、俺のしたことはやっぱり間違っていなかった。

 今のところは。


 もうすぐ食堂というところで、路地裏に人だかりができていた。


「うへ、頭部のない死体が三つもかよ」

「冒険者タグで誰かわかったらしいぜ。あいつらの粗暴っぷりには兵士も手を焼いてたからな。誰かの恨みを買ってたんだろ」

「自業自得だ」


 どうやら誰かが死んだらしい。

 

 この世界は危険だ。寝首をかかれる可能性は誰にだってある。


 いくら能力をもらっても、俺はまだ弱い冒険者だ。


 これからも気を付けていこう。


「ユリウス、誰かに絡まれたらまた私に言ってね」


 するとなぜか、リドゥルが俺を気遣ってくれた。

 少し口角が上がってるような。


 ……また・・



 

 


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